第5章:話術師としての名声とプレッシャー
ギルド本部の掲示板。
そこに貼られている、ひとつのチラシが目を引いた。
> 【公開話術講座 by 話術師・水科咲良】
> 「言葉で解決できない問題なんて、ほんのわずかです」
> 参加費無料|予約満席御礼!受付停止中!
「いや、これ誰が作ったの!?私こんな名言めいたこと言ってないし!?」
咲良の話術スキルは、モンスターとの交渉だけでなく、 ギルド内部のクレーム対応、冒険者のチームビルディング支援、果ては王都の貴族間トラブル解消まで波及していた。
一部ではこう呼ばれていた。
> “異世界ホットライン”
どんなに込み入った案件でも、彼女が介入すれば数時間後には拍手と笑顔。
その実績が人々の間で神格化され始めたことに、咲良自身は内心、かなりプレッシャーを感じていた。
「みんな、“話せばわかる”って思い込んじゃってない……?」
その日の案件は、王都側からのものだった。
> 【特別依頼】新興宗教団体「オブラート教団」との協議に話術師を推薦。
「オブラート……ってつまり、“何でも柔らかく包めば伝わる”って教義の団体……?」
「ええ、言い換え術を極めた結果、“本音一切禁止”の教えになったらしいです」
対応は極めて難しい。
共感も説得もできない相手に、どう言葉を届けるのか。
咲良は迷った。
「……本当に、私が向いてるのかな」
夜、久しぶりにひとりきりになったギルドの休憩室。
湯気をのぼらせるカップと、ホログラムで映し出された“対応ログ”をぼんやり眺める。
そこには、過去に救ってきたゴブリンやランディたちの“感謝記録”が残っていた。
> 「話を聞いてもらえただけで、楽になった」
> 「俺の話に、誰かが“うん”って言ってくれたの初めてだった」
咲良は思う。
(私がすごいんじゃない。ただ、“話を聞いてもらえる”って機会が、この世界にはなかっただけ)
翌朝。
彼女は迷わず、ギルドの出張用通話石を首に提げ、王都に向かう馬車へと乗った。
「行くよ。“本音で話すこと”を、もう一度思い出させに」
その背中に、カーティスの声が届く。
「咲良さん!今日も行ってらっしゃいませっ!」
「……応対用語的に言うと、『次も満足いただけるよう尽くしてきます』ってとこかな」
ふっと笑うその表情には、 “話し続ける者”としての覚悟が、しっかりと灯っていた。