第1章:コールセンター勤務の女王様
「お電話ありがとうございます。オールステラ・カスタマーセンターでございます。担当、水科が承ります」
その声は、夜明け前のオフィスにすら澄み渡るほどに落ち着いていた。 ──だが、ヘッドセットの向こうでは誰かが爆音で怒鳴っている。
「こっちは3時間待って繋がったんだよ!!人間じゃないのかオマエらはァァァ!!」
「ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません。まずお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
あまりに自然なトーン。
まるで“怒鳴り声を浴びること”も日課の一部であるかのように―― この対応こそが、“コールセンターの女王”の異名を持つ女性、水科 咲良の仕事。
年齢29。
勤務歴10年。
数々の修羅場をくぐり抜け、いまやスーパーバイザー(SV として数十人のオペレーターを束ねている。
「“お客様のお怒りの本質”を見抜きましょう。怒鳴ってる内容と、怒ってる理由は別物ですからね〜」
新人研修のロールプレイでは、相手役の“クレーマー”さえ「圧倒的……」と震えるほどの演技力と対応力を発揮する咲良。
けれど、完璧な対応の裏で、彼女は日々少しずつ心を削られていた。
「また“理不尽対応”で表彰されたわ、あはは……これで今月、2回目」
昼休み、休憩室のソファに崩れ落ちるように座る咲良。
手には冷めたペットボトルの紅茶と、コンビニのロールパン。
(今日の通話、12件中9件が怒鳴り系。ひとつは泣かれて、ひとつは無言の圧……)
疲れは取れず、耳の奥にまだ怒声が残響している。
けれど彼女は笑ってみせた。
「私はプロだから」
その夜、ある一本のクレームが咲良に回ってくる。
何人も対応を諦めた“カスタマーレッドリスト”――別名「昇天案件」。
「……てめぇ!!聞こえてんのか!?頭ん中、飾りかよォ!!!」
咲良は耳を抑えず、静かに口を開く。
「はい、お電話ありがとうございます。オールステラ・カスタマーセンター、水科でございます」
通話時間、開始。
(よし、3分以内に沈める)だがその時、スマートフォンの画面が光を放った。
「……っなに!?急に……」
画面に浮かぶ謎の文字列。声が響いた。
> “あなたの声は、異世界の意思に共鳴しました”
「……は?」
次の瞬間――咲良は、光に包まれた。
「いやいや待って、まだ通話中――!!」
そして彼女の前職は、“現代カスタマー対応職”から、“異世界話術師”へと変わることになる。
水科 咲良/異名:言霊の交渉人
年齢:29歳|前職:コールセンターSV 話術師ランク:S級
異世界に転生した元・伝説のカスタマー対応職員。理不尽な相手に対しても“笑顔声”でねじ伏せるスキルを持ち、クレーム8連を1日で丸く収めた伝説をもつ。
異世界では“話術が魔法になる”という世界の仕様をフルに活用して、会話ひとつで魔物すら黙らせる存在に。
性格はタフで冷静、だけどたまに地雷を踏むと超絶皮肉モードに突入する。