第2話:引き出しの中の時間
家に着いたのは、いつもより少し遅い時間だった。
冷蔵庫の中には、コンビニで買ったサラダとパックのお味噌汁。それをテーブルに並べながら、美咲はさっき聴いた曲を思い出していた。
思い出は、曲と一緒に風景ごと蘇ってくる。肌をくすぐるような初夏の風、蝉の声、夕焼けの教室。そして、隣で笑っていた香澄の横顔。
「あの頃、私たち…ずっと笑ってたよね」
ふと、独り言のように呟く。
香澄とは、入学してすぐに仲良くなった。明るくて、少し変わり者で、でもいつも周りの空気を温かくするような子だった。美咲がラジオにハマったのも、彼女が持っていたポータブルプレイヤーを貸してくれたのがきっかけだった。
「古い曲って、いいでしょ? なんかね、声の奥に時間が入ってる気がするの」
そう言って、香澄は懐かしそうに目を細めた。
時間が入ってる——その言葉の意味が、今なら少しだけ分かる気がする。
部屋の片隅に置かれた段ボール箱を、美咲は何となく開けてみた。数年前に引っ越してきたとき、荷ほどきせずにそのままにしていた箱。中には、学生時代のアルバムやノート、手紙の束が入っていた。
ガムテープを剥がすと、懐かしい紙の匂いがふわりと広がった。
高校の卒業アルバム。表紙を撫でるように開くと、すぐに香澄の笑顔が目に飛び込んできた。カメラを向けられると全力で変顔をする彼女と、それを引きつった笑顔で止めようとする自分。
――あの日々は、確かにここにあった。
アルバムの裏に、何かが挟まっていた。
一枚のCD-R。タイトルはマジックで書かれている。
「放課後ミックステープ」
美咲は、息を呑んだ。忘れていたはずの宝物。二人で好きな曲を詰め込んで作った、世界で一枚だけのCDだった。
——また、あの音楽を聴きたくなった。
美咲は押入れの奥から、古びたポータブルプレイヤーを引っ張り出した。電池を入れ替え、イヤフォンを差し込んで、再生ボタンを押す。
ブツッというノイズのあと、スピーカーから、あのイントロが流れ出した。
胸の奥で、何かがじんわりとほどけていく。
あの頃にしかなかった時間、あの頃の自分。
そして、香澄という存在。
思い出の音が、今も確かに響いている。