知られざるマモノ学校の裏側 〜 クラス替えの秘密 〜
卒業式も終わり、春休みを迎えた頃、主幹教諭であるエビルプリーストの「ブル」をはじめとする教師陣は、【クラス替え】という次年度へ向けての一大行事に取り組んでいた。
「ブル、何見てんの?」
「あぁ、イッシーか。」
動きまくる石像、イッシー。人間の世界によくある人型石像だ。見た目はいかつくて大きいけれど、気さくで優しい。
「写真?」
「あぁ、こないだのやつな。さっき持ってきてくれたんだよ。」
スゥーッと引き出しに写真と封筒を戻す。
「やっぱり、辞められないよな。この仕事は。堪んねえだろ?」
「ん?まぁ…悪い気分ではないな。」
「ツンデレか?」
「うるせえよ。で、何?」
「今からクラス替え会議するから呼びにきたんだよ。」
…あっ。そういえば、今朝サマヨロ先生に言われてたっけ。すっかり忘れてた。
「忙しいのはわかってるけど、早めにきてくれよな。」
そう言い残すとジャガジャガと職員室から去っていった。ほんと、動きすぎなんだよ。動かないはずなのに。
食堂に着くと長い机に所狭しとカードが置かれている。ちょうど並べ終わったところのようだ。
「じゃあ、各自、まずは見ていってください。」
サマヨロ先生が促した。
「なぁ。これってさ、何順だったっけ?」
「確か、成績順のはず。学年末にやる、能力テストの。」
「あの…あれか。全種目するやつ?」
「そうそう、頭から身体から全部測るやつ。」
「上から?」
「そう。上から、1位をA、2位をB、ってな具合で横に並べていって、次は最後のクラスから折り返し。」
「じゃあ、6クラスだとすると、6位と7位はF組ってことか。言われてみればそんなんだったな。」
「年に一度じゃ忘れるよね。」
「まぁ、それもあるけど、俺たちみたいな動かない系の場合、一旦出張に行ったら、機密情報はリセットされるからな。」
「そうだよな。ってかさ、今年の一位は去年と変わったんだな。」
「ん?おっ、本当だ!確か去年はバトラー系の薔薇のやつだったよな?」
「そうそう。あいつは別格って感じだったの覚えてるよ。将来は間違いなく魔王格。でも、今年は…E組か。」
「A組のトップがマシン系の最新モデル。B組がドラゴン系の…あっ、竜型の方か。C組はケンタウロス系のゴールデン。D組は…おっ!動かないはずのやつ。頑張ってるねぇ。」
「おぉ!久しぶりに級長クラス!嬉しいねぇ。へぇー、1番大きいサイズのやつか。あいつらの系譜は硬くて強いやつらがそろってるからなぁ。」
そう言って、イッシーは頬を緩ませた。
自分も同系統の僧侶系や魔法使い系を探したが上位帯には見つからなかった。まぁ、魔法使える魔者も減ってきているから…仕方ないか。
「みなさん、だいたい目を通してもらえましたか。今年は見慣れない系統もたくさんいて、少しクラス編成が難しいですが…えーっと…まずは離さないといけない生徒から見ていきましょうか。」
問題児と問題児をくっつけることは決してしない。これはクラス替えの鉄則だ。大原則として、クラス替えは全体の幸福度がプラスになるように組まなければならない。学校は集団生活なので、他者への迷惑度の総和を下げていく作業がスタート地点だ。
これは予想通りスムーズにいった。在校生だと、わかりやすくていい。新入生のクラス分けは、基本的に前の学校の先生たちが行うので、ガシャポンみたいなクラスになることが多いけれども。
「ここは、予定通りだよな。」
イッシーが隣でぽそりと声を出す。
「新入生じゃないからな。」
「新入生のクラスはひどいよな。こっちと見ている角度が違いすぎて。」
「だな。」
「さっ、次いこう。次。」
みんなで備考欄をあらためていく。
「すみません、私なかなかわからなくて。これって、どう見ればいいんでしょうか。」
新卒のクミホ先生。九つの尾っぽが不安そうに揺れている。しかし、今日もモデルみたいな顔してるな。いかにも、キュービ系の顔だ。
「あぁ、そうでしたね。親×と親魔王を探してください。あまり1つのクラスに偏ってると担任が大変ですので。」
サマヨロ先生がカードを手に取り、備考欄を指しながら教える。
「なぁ、イッシー。今年も親×とかいんの?」
「あー…いるな。ヒステリックなやつやら、話が通じないやつやら。」
「何系?」
「植物系とアンデッド系だったかな。」
「鉄板だね。植物系は過保護が多いし、アンデッド系は言語からして違う時あるし。なんなら、念思が使えないと話せないやつとかいるしね。」
「あるある。でも今年は×な親より、魔王が多いんだよ。」
「3、4人くらい?」
「いや、7。」
「…多すぎ。いつも1か2なのに。」
「鳥系の魔王のところが3つ子でさ。ほかにも、スライム系とアンデッド系、ドラゴン系。で、分類不可のやつ。」
「うっわ。強烈!」
「まぁ、魔王属は成長が遅いから、特にこの時期に何があるってわけでもないんだけどな。」
「だろうけども、家庭訪問、大変そう。ただでさえ魔王城って、こっからだと転移できないようにされてるのに。」
「特別手当も出ないしな。っても、さすがにみんなプロだから、それぞれ上手いこと行ってるみたい。」
「まぁ、そうだよな。下手したら、たどり着く前に殉職だし。ところでさ、親×の二人は誰が持つの?」
「多分、去年と同じ担任かな。来年度もこの学校いるみたいだし。親と信頼関係が築けてるから、その方が学年としては楽。」
そんなことを言いながら、上から下まで名前と備考欄に目を通していく。
「ってかさ、親が微妙ってお家多くない?何なんだよ、微妙って。三角ついてるし。昔ってこんなに印ついてたっけ?」
「昔は親の欄ってほぼ余白だったけど。でもまぁ、そう顔をしかめるなよ。これも大きな流れなんだから。俺は動かなくても、時代は動く…ってな。」
そういって、ドヤ顔を決めながらロボットダンスのように、ちょこまかと手足を動かし続けている。
「いやいや、イッシーが務めを果たしてる場面なんて、歓送迎会の受付以外、見たことねぇよ。」
皆それぞれに気になるところがあるのか、発言しては、少しずつ生徒をトレードしていく。
「じゃあ、次は隊長◎と一芸◎を見ていってください。これは校外学習の生存率に直結しますので、散らばらせておきたいです。ご確認お願いします。」
サマヨロ先生が、チラリとこちらに目配せをしてきた。はいはい、わかってますよ。
人差し指を一振りして、クラス分けカードの封印を一つだけ解除した。じんわりと一芸や隊長などといった文字がカードに浮かび上がる。個人の資質や特性に関わることは機密扱いなので、管理職や首席が同席しないと解除できないことに決まっている。
「隊長とか一芸とかって、どうやって決まってるんですか?」
キュービ先生がこちらを向いて質問してくる。
すぐにサマヨロ先生と目が合った。すまない、という目をしている…気がする。表情はわからないから勘だけど。ま、先月渡した資料に、ひと通り載せておいたからねぇ。
「かいつまんで話しますね。」
そういって、血統によって個人の資質が引き継がれていること、家柄が良ければ、子どもも優秀になりやすいこと、潜在能力の高さを色で示していることなどを説明した。
「じゃ、この中だと金色が一番いいってことですか?」
「いや、この中だと…虹色ないかな?ほら、一番下のスライムの生徒とか。」
「あっ、ほんとだ。…ちらほらと虹色の子がいますね。」
「まぁ、魔者は基本的に一つ以上、金か虹の特性をもってるからね。もちろん上位と下位はあるけども。」
サマヨロ学年のもと、きちんと育っているのだろう。透け文字ではない生徒も、ちらほらいる。
「この文字は何なんですか?」
「文字が透けているものは、これから発現しうるもの。で、透けてないものはすでに習得済みだね。」
そんなこんなで、いい感じに新クラスができあがってきた。だが、ここからが難関だ。
「じゃあ、今日のラストですが、いじめ、やられやすい、など、生徒同士の相性を見ていってください。どの生徒も確実にクラスに1人は友達がいるように組んでいきましょう。親から、あの子とは離してほしいという要望がある場合もかなりありますので、見逃さないようにしてください。ここに書かれていないことは気づいた時点で、すぐ共有しましょう。」
…これが大変なんだよぁ。ここに書かれていないことも多いし。嫌がられているやつってのは、基本的にみんなから嫌われているから、ピタッとクラスに合わないんだよ。
「えっ、こいつの名前多くないですか?これ、全部、親の要求、叶えるの難しくないですか?これ、達成できますか?」
ぼそぼそと矢継ぎ早に弱気発言。何を言い出すかと思えば、知的なエリミネーター、マスル先生じゃないか。なんでそんなに見た目強そうなのに、いつもオドオドしているんだよ。
「できるよ。もしも、できないようなら、こっちで優先度を判断するしかない。」
うってかわって、声がでかい。ゆっくり話すし。デスピエロのマッダー先生。知的な発言と、あほそうな顔のギャップがすごいな。
要望と相性を見て、つけたり、離したり。これがなかなか終わらない。
「なぁ、イッシー。この名前あがりまくってるやつ、なんでこんなにあがってるの?」
「あー、モーリスのことか?こいつはなぁ…とりあえず相手との距離感がわかんないんだ。合格だよ、こいつ。もってるよ。」
「えっ?じゃあ、はじまりのクラスの方が合ってるんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだけど…なかなかな。情緒的には完全にアウトだけど、戦闘能力がはじまりのクラスにはそぐわないんだ。精霊系の魔者なんだよ。」
「あー…グレイゾーンってやつね。しかも、精霊混じりだったら…はじまり、には入れられないよな。」
個人的には、そういうやつはとりあえず塔か洞窟あたりに入れておけばいいと思う。動きたいやつが多いから、一人でも喜んで動き回るだろうに。っても、まぁ、今のシステムでは、それも難しいか。
「モーリスみたいなやつが、ゴロゴロいるんだ。最近は、特に。」
「家庭か?」
「だろうね。多分、親が親をしてないんだ。」
「家庭の教育力が低下してるってことね。」
「地域の子育て力も一昔前とは全く違うし。家庭で教わってるはずのことさえ、平気で知らないまま育てられて。礼儀、作法、他者との距離感、言い出したらきりがないよ。」
軽く相槌をいれる。確かにイッシーが言うことはど正論だ。生徒指導の内容も昔と今とでは明らかに違う。イッシーは余計に感じるんだろうな。
あちらこちらで、話し合い、サマヨロ先生に了承を取っては、くるくるとメンバーが入れ替わる。そろそろ煮詰まってくるはずだけど…。
「今の戦闘能力の平均点はどう?」
サマヨロ先生がたずねる。
「ちょっと待ってください。今、計算します。」そう言うと、オツカー先生は6本の腕をしなやかに使い、目にも止まらぬ速さでタイピングしていく。さすがアンデッド剣士界の雄。6刀流は伊達じゃない。
「だいたい、同じですね。1組が少し抜けてますけど、許容だと思います。」
確かに。ランク1つ分くらいなら、特性や資質でひっくり返る。
その後は予想通り、みんなの手が止まり出して、視線だけが忙しそうになってきた。どこかのタイミングで、クラス替えが生徒一人一人にとってプラスになりうるのか確認したほうがいいんだけども…。
「はい、じゃあ今日はここまでにして、次回、分けたクラスを細かく見ていきましょう。クラス替えで困る生徒が出ないように。」
さすが、主任。その通り。こういう肌感で行う会議は経験が出るんだよな。
「今日はこのまま、営繕を行いましょうか。昼休みとって、だいたい14時頃に再集合ということで。」