表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雨だれの一幕

作者: 黒ヒジキ2

雨の中を男が一人歩いていた。

男は裃に刀を帯びていた。侍である。

名を、藤木信綱という。

信綱のさす赤い傘を叩く雨音は、信綱の周囲の音を消し去っていった。

だから、信綱は、いつの間にか周囲に人っ子一人いなくなったことにも気づかなかった。

信綱が路地裏に差し掛かったところで、雨の中にぼんやりと人影が見えた。

傘もささずに佇むその男に、信綱は見覚えがあった。

かつて弟子として剣術を指導した男であった。

その男は無表情に信綱の前に立ち塞がった。

「どうして裏切りましたか」

男の問いかけはまるで獣の鳴き声のようであった。男は信綱の答えなど要らぬのであろう。

「……いつ気づいた」

「蘇芳の香りが、しませなんだので」

信綱は、一瞬何のことかと返そうとして。

「…ああ、そうか」

男の言う蘇芳とは、花のことではない。男の妹の名だ。

信綱が野心のため、捨てた女剣士の名であった。

「そうか。せなんだか」

信綱は瞑目し、傘を捨て刀を抜き放ちながら男に斬りかかった。

しかし、不意打ちを狙って放った信綱の一撃は男の刀によって受け止められた。

防がれたのを知るや、信綱はすぐに間合いを取り直し、抜いた刀を正眼に構えた。

相対する男は上段に構えていた。

その構えは、信綱の記憶にある蘇芳の剣を呼び起こした。

「小僧、やるようになったではないか」

信綱の記憶にある男なら最初の一撃を防ぐことなどできなかった。

男は無言で間合いを詰めてきた。

信綱はそれに応じ、ゆっくり右回りに間合いを詰め、機を伺う。

やがて、その時が訪れた。

先に動いたのはどちらだったか。

信綱は袈裟懸けに斬り捨てられ、地に倒れ伏した。

男には傷一つなかった。

「蘇芳の香りはしませなんだか」

「……せなんだ」

男は信綱の頭の横に膝をついていた。

信綱からは男は変わらず無表情であった。

信綱は。

「ふじならば……」

それが信綱の最後の言葉だった。


信綱を斬った男、藤丸はただ師匠であり、親代わりであった信綱の傍らで跪くのみであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ