◆4◆
もし、魔王を倒していたらこんな日々を飽きるほど過ごしていたんだろうな。
「それはそれで、退屈だな」
もう関係ないこと。
しかしそれでも、俺は退屈さを感じてしまう。
元々冒険者になったのは、その退屈さを紛らわせるためでもあった。
ダンジョンの奥地にある名所をめぐり、思い出としてその光景を目に焼き付けて。
今だとその光景を画像として残す技術もあったな。
それでたくさんの風景を撮り収めるのも悪くないか。
「だけど元々は、故郷のギルドを引き継ぐために冒険者になったんだったな」
故郷には有望なダンジョンがある。
当然ながらそれを管理するギルドもあるのだが、ギルドマスター、いや俺の親父が高齢だった。
俺はその跡を引き継ぐために冒険者になったものの、ギルド運営には興味がなかった。
だから冒険者になったことをいいことにやりたいことをしまくったんだ。
結果的に上位ランクの冒険者になり、やりたいことができなくなってしまったが。
いろんなことを経験したからこそ、俺は故郷にいる親父のことを考えてしまう。
「今も元気かな?」
久々に顔を出そうか。
いや、怒られるのは目に見えているから嫌だな。
じゃあ怒られないような何かを引っ提げていくか?
いやいや、怒られないような何かってなんだ?
そんなことを何となく俺が寝そべりながら考えていると、一つの影が覗き込んできた。
なんだ、と思い目を向けるとそこには一匹の黒猫が浮かんでいる。
〈やっと見つけたにゃ〉
いかにも怪しそうな猫だ。
よく見ると背中にコウモリのような翼があり、パタパタ動かして飛んでいるじゃないか。
「なんだお前?」
〈我、いやにゃーは魔王の使いだにゃ〉
「魔王だと!」
思わず俺は起き上がる。
すると顔を覗き込んでいた黒猫と頭をぶつけてしまった。
黒猫はなかなかの石頭らしく、ぶつけた俺は非常に痛い。
そんな俺を見て、黒猫は楽しげに笑っていた。
〈にゃはははっ。そんなに慌てることはないにゃ〉
「何しにきたんだお前は!」
〈別に生命を奪いに来た訳じゃないにゃ。そうだにゃ、魔王様の言いつけでこれからお前に右手の使い方を教えてやるにゃ〉
「は? 右手の使い方?」
この黒猫は何を言っているんだ?
そもそもこの右手は呪われてて至極厄介なものになったんだが。
〈ま、その呪いはお前達にとっては厄介なものだにゃ。だけどそれも使い方次第。試しに封印を解いて草に触れてみろにゃ〉
「なんでそんなことしないと行けないんだよ?」
〈いいからやってみろにゃ〉
俺は仕方なく草に触れてみる。
途端に草は黒ずみ、枯れて消えると代わりに小さな玉が手の中にあった。
その玉には【回復(微)】と記されており、俺はその文字を見て思わず頭を傾げてしまう。
〈成功だにゃ。お前、いい筋をしているにゃ〉
「何がいい筋だ。それよりこれ、何なんだ?」
〈それは宝玉――別名【スキル玉】だにゃ。砕くことで効果を発揮するものにゃが、他にも使い道があるんだにゃ〉
黒猫が怪しい笑顔を浮かべている。
何かよからぬことを企んでいるな、こいつ。
「おーい、シーン」
黒猫とやり取りしているとクレアの呼ぶ声が聞こえてきた。
俺は振り返り、立ち上がると彼女はすぐに駆けてくる。
「どうしたんだ?」
「クロ様がいたよね? そうだよね!」
「クロ様?」
「シンと話していた猫のことだよ! ねえねえ、何を話してたの?」
何と言われても。
俺は思わず振り返り、黒猫がいた場所に目を向ける。
だが、そこにはすでに黒猫の姿はなかった。
どうやら逃げたか。
まあ、会話の内容も隠すことじゃないし話そうか。
「右手の使い方を教えるって言ってたな」
「右手? あ、呪われたって言ってたね」
「封印を試しに外してそこら辺の草に触ってみたんだが、スキル玉だったかな。これが誕生したんだ」
「え? スキル玉? もしかして宝玉のこと!?」
俺は右手にあるスキル玉を見せる。
するとそれを見たクレアはひどく興奮したような歓声を上げた。
なんでそんなに喜んでいるんだろうか。
そんなことを考えていると、クレアは思案し始める。
そして、何かが閃いたのかこんなことを言い放った。
「これで商売ができるよ、シン!」
「は?」
一体どういうことだろうか?
よくわからないで立ち尽くしてると、クレアは思いついたことを説明し始める。
「スキル玉は武器に装着することで、特殊な効果を発揮できるんだ。でも装着するにはスロットが必要で、なかったら意味ないんだけどね。でも、シンはそのスキル玉をたくさん生み出せるからいろんなことが試せるかも!」
「それはつまりどういうことだ?」
「大儲けの香りがするってことだよ!」
そ、それはなんだか夢のある話だな。
「早速、エレナに相談してくるね。あ、シン。作ったスキル玉はちゃんと保管してよ。大切な商売道具だからね!」
「あ、ああ。わかった」
「これから忙しくなるぞぉ〜。にししっ」
きゃっきゃっ、と楽しそうな声を上げてクレアは店へ駆け込んでいく。
まさかこの出来事がきっかけに、刺激的で忙しい時間を過ごすようになるとはこの時の俺は思ってもいなかった。