エピローグ
ここは異世界、リヒト。
まだ国が5つに別れる前、国が1つにまとまっていた時代。
歴史上最も恐れられた魔王がいた。
「魔王様!!! 今月だけでどれだけの建物を壊せば気が済むんですか!」
魔王城と呼ばれる建物に声が響き渡る。
その声の主は背中にコウモリのような漆黒の翼、頭には角が生え、腰あたりからサキュバスのような尻尾を持ち、身長は女性にしては背が高い黒が似合う美女だった。
「うぅ、私魔王なのに」
そんな女性の前には、一人の女の子がいる。
水色に近い銀色のサラサラな髪、目は透き通るような青色、身長は少し低め、容姿は美しいという言葉が似合う女の子が正座させられている。
端から見れば、説教をされている子供なのだが、彼女は世間から『最恐』の魔王と呼ばれている。
そう、彼女こそがこの異世界、リヒト現魔王なのだ。
だが、到底そんなようには見えない。
「私、そんなに何か壊したかな?」
魔王様はなろう系主人公の如く、私なんかやっちゃいました? みたいな顔をしている。
そんな魔王様に女は呆れたように溜め息をつき、手元に持っていた紙を突き出す。
「なんだこれは?」
首を傾げ手元に持つ紙が何なのかを探る。
「魔王様が、今月壊した物の請求書です」
そう、女は言い放つ。
ーーー
リヒト、魔暦233年。
現在、私はミーニャに怒られ正座させられている。
正直言って、足がかなり痺れてきている。
ミーニャって誰? と思っただろう。
ミーニャは私の専属メイドのような者で、私が魔王になる前から私に仕えていてくれたら
今は数少ない友達の一人、親友だと思っている。
皆、私が魔王と知ると、意識を失い倒れ始めるから友達が少ないのは仕方がない
「ミーニャ、そんな大袈裟な事言ってーー」
「その名前は辞めてっていつも言ってるでしょ!」
そうだった。
私の親友と変わりないであろう人物だからミーニャの事を名前呼びしているし、私のことを名前呼びでと呼んで良いと言っているのだが、ミーニャは上下関係はしっかりとさせたいようで、魔王様と私の事を呼び、私にいつも召使いと呼べと怒られる。
でも、それは仕事中で、最近ではプライベートだと、ちゃんと名前呼びしてくれる、ミーニャも私の事を親友だと思ってくれていると分かってかなり嬉しい。
そんな事を思いながら、ミーニャの持つ紙に目をやる、紙には2億3000万の数字が書かれている。
普通の人では日常的に、こんな桁の高い数字を見ることが無いだろうが私はよくこういう数字をよく見る。
「!? ……冗談だよね」
そう口にする、いや、嘘であって欲しい。
だが、ミーニャは冗談を言うような性格じゃないんだよな……。
ミーニャはニコッと笑う。
「いいえ」
やっぱりか。
「……」
「まず、今月の13日、魔王様が寝返りを打ち、魔王城の4分の1が崩壊により1億2000万金貨。そして次に2日前、愛犬とのキャッチボールにて、近くの村を吹き飛ばし1億1000万金貨です」
確かにそんな事もあったような気がする。
でもだって、寝ている時、私意識ないし、犬の運動をさせるのも飼い主としての勤めで仕方ないだろ……ないよな……ないはずだ。
体中から汗が吹き出て、無言で下を向いている。
精一杯の申し訳無さそうな態度だ。
「……はい、すいません」
「はぁ、そんなんだから破壊兵器だの。歩く災害だの、魔抜け王だの、馬鹿って言われるんですよ」
えぇ…私そんな事言われてんの?
「おいちょっと待て、最後の2つは破壊と関係ないよな。ただの悪口だろ、誰だよいった奴!」
見つけたらパンチしてやる、任せろ私は半殺しにするのが得意なんだ、三途の川でクロールさせてやる。
ミーニャが私を睨みつけていたが、顔の筋肉がゆるみ優しい声に変える。
「まあ、そんな魔王様のお陰で人間と魔族は共存し、平和な世の中が続いているんです。皆、魔王様を尊敬しています」
急に褒められ、顔を赤らめる。
いつも怒られて、褒められ慣れていないせいだろう。
多分、ミーニャなりに慰めてくれているのだ、このツンデレめ、後で抱き付こう。
「そうか…それは良かった……」
「まあ、色々破壊してしまうから人々から恐れられていますけどね。本当はこんなに優しいのに。私は皆にもっと魔王様の良さを伝えたいんですけどね」
「私はどんなに恐れられようとも皆が幸せなら良いんだよ」
「そうですか……」
ミーニャは少し不満そうな顔をするが、魔王がそういうので聞き分けている。
とても尊敬されている証しだ。
まあ、私という恐怖のシンボルがあることにより、多種多様な種族が仲良く暮らせているのだ、これくらいの我慢余裕よ。
「では、そろそろお食事にしますかね」
「おぉ! もうそんな時間か。いつもいつもミーニャのご飯は絶品だからな」
「おだてても、破壊した物は帰って来ませんよ?」
バレたか。
でも、本当に毎度毎度、あれほどの物が食える、私はとても幸せだと思っている。
「食堂に行きましょう」
そう言うとミーニャは王室の扉を開け奥に進んでいく。
私もそれに続こうと正座を止め、立ち上がる。
「痛てて、正座って結構キツいんだな」
王室を出ようとする、しかし何故か分からないがその時私は何かを感じた、そして王室に振り返る。
見ると玉座の上の空間が、歪み光を発している事に気付く。
何だあれ?
私は体が吸い寄せられるようにそれに近付く。
「これはなんだ? 何かの魔法か何かなのか?」
疑問が増えていく。
生まれて始めてみる、不思議な物に目を奪われる。
そして好奇心旺盛な魔王は次第に歪みに興味津々となっていき、歪みに近付いて行く。
「少しだけ確認するか」
何か危険な物かも知れないし、魔王として確認するだけだ、決して触ってみたいとかではない。
歪みに手を伸ばしていく、いつしか歪みの放つ光に目が奪われる。
そして歪みに触れる。
次の瞬間、私は吸い込まれるように歪みの中へと姿を消す。
その時私は、飛ぶような感覚と共に意識を失った。
そして歪みも吸い込まれたと同時に消えてなくなってしまった。
魔王城がとても静かになる。
しかしこれがきっかけに私は運命の人と出会う。
この時の私はまだ何も知らなかった。
ーーー
テレビのニュースの音がリビングで流れている。
「続いてのニュースです。昨夜、6時頃、後藤清正(35)がトラックに引かれる事件がーーーーー」
そんなニュースを見ながら40代くらいの女性とその夫が、夜ご飯を食べている。
「世の中物騒だね」
「そうだな」
その近くで小学生ぐらいの女の子が、皿洗いをしながら答える。
次の瞬間、遠くからドアの閉まる音が聞こえる誰かが真夜中から出掛けた。
「はぁ…世の中こんなだってんのに彩斗はなんであんなに呑気なのやら」
「どうしてああなっちゃったのかな…」
少女の親は、そんな事を言っている。
妹とは大違いだな、と見下すように言う。
しかし妹は心配そうに兄の部屋を見つめる。
外の音
俺の名前は鈴木彩斗高校1年生。
あることがきっかけで学校が嫌になり、見ての通り普段着はジャージのヒキニートだ。
そんな俺に親は愛想を尽かしている、すぐに妹はこんなにいい子なのに、などと比べてくる。
俺には家にすら、居場所が無いのだ。
だから外に出たのがとても清々しい。
今日は新作漫画の初回限定版のフィギュアを手に入れるため、2ヶ月ぶりに外に出たのだ。
夜から並び、1番に手にしてやるぞ!
歩き始めると、夜だというのにとても明るく光っている。
何かと思ったが、すぐ近くにコンビニが見える。
「まあ、待つ時間に、何かおやつでも食べるとするか」
コンビニに入るといつもの聞き慣れた音楽が流れる。
そしてお菓子コーナーに行く。
どれにしようか、と悩んでいると、ふっと後ろから喋り声が聞こえてくる。
女性二人組で、とても若い、スーツを着ているから多分残業終わりだろう。
「ねえ、知ってる」
「なに?」
「ここの前にあるすぐの道路。あそこで昨日の夜、事故があったらしいよ」
「えぇ、こわーい」
この辺で事故か……まあ、俺には関係ないけれど。
お菓子とジュースを手に取り、レジで買い物を済ませ外に出る。
「ありがとうございました」
お会計を済ませ、俺は歩き始める。
後はお店に向かい、場所を陣取り、誰よりも先にフィギュアを手に入れるぞ。
オタクたるもの、より早く入手し、それを堪能するのだ。
コンビニを出て歩くと横断道が見えてくる。
信号が赤だったので立ち止まる。
そういえば、ここがさっき言ってた事故の現場か……そんな事を思いながら、信号が変わるのを待つ。
信号が青になり、歩き始める。
その瞬間あるものが見える。
それは空間を歪ませ、光を発している何かだった。
そして下には、人のシミのようなものが浮き出ている。
「……これってまさか、事故に遭った人が亡くなった場所?」
だとしたら、これは魂か何かなのか?
そんな事を思いながら、何故か手が伸びる。
こんな得体の知れないものに近付いて行けないと分かっているのに、どうしてか、俺は吸い込まれるように手が伸びていく。
そして、俺は歪みに手を触れる。
次の瞬間、歪みに吸い込まれる、体がどうなっているか分からないが、確実に引っ張られている。
どうなっているのか自分でも、理解出来ない。
「なんだこれ!? うわああああああ!!!」
歪みの中心に向かうようにぐるぐると吸い込まれ、遂には歪みと一緒に姿が消える。
ーーー
辺りが眩しくなってくる、とても心地のいい温かさに包まれ、ふかふかの何かに寝っ転がっているみたいだ。
そして目を開く。
「ここは?」
さっきまで夜中だったいうのに、朝になっている。
引きこもりには、とても太陽が眩しい。
そして一番の謎、それは草原のような場所で寝っ転がっている、木が一本とぽつんと生えていて、その奥には町のようなものが見える。
街は塀に囲まれている、しかし、一つだけ門がある、そこから少し建物が見える。
その建物は明らかに現代の建築物ではなく、レンガや石を多く使って建てられているため、中世時代の建物と言うことが分かる。
つまり……これはゲームオタク、漫画オタクの皆様が大好きな...
「異世界転移って奴じゃね?」
数秒その出来事の余韻に浸り、冷静に考える。
「これって異世界だよな? でもどうして? あの歪みのせいなのか?」
そんな事を考えながら草原の木の周りをぐるぐると回っている。
「まあ、俺もゲーマーだ、異世界は好きだよでもな...このジャージ初期装備ってどういう事だよ! こういう時って何か特別な位置にいるもんじゃないの? 王族に勇者として呼ばれたり、なんか特別な装備で無双したりとかさ……」
ジャージのポケットや、さっき買った、お菓子やジュースの入った袋の中を探ったり覗いたりする。
「ない!!! 何もない!!! ただ単純に異世界に送られちゃった人じゃねえか!!! なにもイベント始まらないんだが?」
一人でそんな大声をあげてもなにも起きない、ただ草原と木があるのみ誰も何も返事を返してくれない、本当に何もないらしい。
「もしかしたら、魔物が居ない異世界でスローライフを送る系の異世界転移なのかも知れないな…」
また一人でそんな事を言っていると、草原の草の所がカサカサと音を鳴らす。
「なんだ?」
音は徐々にこちらに近付いてくる、そして黒い陰が見え俺の前に立つ。
「ま、まさか魔物?」
そこに立っていたのは角の生えたウサギだった、こちらを見ると首を傾げる。
つぶらな瞳はとても可愛い。
「何だウサギか。可愛いな少し撫でさせてもらおう」
ウサギに近付き毛を撫でようとする。
「よしよし、うさちゃん怖くないよ」
次の瞬間、ウサギのつぶらな瞳の様子が変わり、牙をむき出し、シャーっと声を上げ俺の指を思いっきり噛む。
「いってえ! 気性が荒いのか? 悪かったって」
そんな事を言ってもウサギはどこにも行かず、なんならこちらに迫って来る。
さっきのウサギの声に反応したのかまた草の所からカサカサと音が聞こえる、しかもさっきより音の数が多い。
「おいおい嘘だろ……」
ウサギが大量に草から出てくる、白い毛をした者もいれば紫色の毛をした目が赤いウサギもいる、その数は気付かぬ内に十匹、二十匹、遂には数えられない数がこちらに殺意を見せている。
そして一斉にこちらに向かい始める。
「ふっざけんなバリバリ凶悪の魔物じゃねえか! 何がスローライフだ。今まさに死にそうなんですけど? デットライフじゃねえか」
誰も居ないのに何故か、文句を言いながら走り回る。
どうする? 何も武器も装備も無いぞ、このままじゃ本当に死んじゃうぞ。
「クッソ! ここで死んでたまるかよ!」
コツンっと石につまづき、鼻をぶつける。
「痛てて」
後ろを振り返る、大量のウサギがこちらに迫って来ている。
あぁ、俺はここで死ぬんだ、いっつもそうだ、俺の人生毎回毎回何をやったって上手く行かない、最後の最後までそんなかよ。
目からは少しの涙がこぼれる、そして目を閉じ、歯を食いしばる。
ウサギが追い付き、歯を尖らせながら彩斗に飛びつこうとする。
その時、ドン!っと、何か衝撃波のような物でウサギ達は飛ばされる。
その出来事に彩斗は目を疑う。
「何が起きたんだ?」
次の瞬間、空が光を増すのが分かる。
目をそちらに向けると、空は俺が異世界に来たときのような、あの歪みとは比べ物にならないくらいの大きさの歪みで覆い尽くされていた。
そして、よく歪みを見ていると、何かが動いているのが分かる。
いや、動いていると言うよりも、落ちていると言うべきだろう、それの正体を見ようと目を凝らす。
「あれは...女の子?」
銀髪の女の子が、空をぐるぐると回りながら落っこちている、見ている内に、こちらに落ちて来るのが分かる。
「え? こっちきてないか?」
「ぅぁぁぁぁぁぁ」
空高くから叫び声のようなものが聞こえてくる。
どんどんとその叫び声は近付いてくる。
「ぅぁぁぁぁああああああ」
「こっちに来る!? 何かないか? 何かないか? 何か受け止める物」
そんな事を考えながら慌てていると女の子がもうつく距離まで来ていた。
そして地面につく瞬間フワッと浮き上がり、空に滞空する。
「ふぅ、危なかった」
「あ………」
驚きで全く声が出ない。
俺の前には一人の美少女が空に浮かんでいた。
最初にこの物語を取っていただきありがとう御座います。
誤字や脱字があるかも知れませんが、温かい目で見ていただけると有り難いです。