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第7話 「決断」

()()()()だと!?」


 タレイアは、反射的に叫んだ。


「だめだ。今すぐに、仕事にかかってもらおう! やれるな?」


「いや、しかし……」


「今夜、やれることならば、今すぐにでもやれるはずだ」


 詰め寄るタレイアの顔を、メラスは黙って見返していたが、やがて、静かに言った。


「いいえ。やはり、夜を待ちます」


()()()!」


 アリストデモスを含めたその場の戦士たち全員が思わず肩を揺らすほどの声量で、タレイアは怒鳴った。


「時間がない! 今、この時にも、王は苦しんでいるというのに!」


「王妃様ッ」


 アリストデモスの咎めるような囁きに、タレイアは、はっと我に返った。

 王が伏せっていることは、こちらからは決して口外しないつもりだった。

 つい先ほど、そう考えたばかりだったのに、焦りと怒りのあまり、つい口を滑らせてしまった――


「王?」


 驚いたような調子で、メラスが言った。


「王、というと、あなたの夫ですね。具合が悪いのですか?」


 これは、本心からの問いなのか、それとも、白々しい空とぼけなのか?

 アテナ神殿に怪異が巣食ったという事実は知っていながら、王が倒れたことについては何も知らない、などということが、本当にあるのだろうか?

 タレイアがメラスをにらみつけているあいだに、


「昨日のことだ」


 アリストデモスが、彼女に一瞥をよこしてから、重々しく事情を語り始めた。

 儀式のためにアテナ神殿に入った神官たちが、戻ってこなくなったこと。

 物見のために送り込んだ奴隷が、半狂乱になってしまったこと。

 王妃であるタレイア自らが神殿に乗り込んだところ、頭を食らわれて動く死者となってしまった男たちがいたこと。

 そして、巨大な「顎」が現れ、タレイアを助けようとした王が、黒い息を吐きかけられて倒れたこと。

 王は、今も高熱を発して寝込んでおり、食べ物も水も、ほとんど喉を通らない状態であること――


「ああ、ええ……そうですか。そういうことになってたんですね……だから、僕に、急いでくれと」


 納得したように呟いているメラスを、タレイアは、まだにらみつけたままでいる。

 一度は、(わら)にもすがる思いで、こいつに賭けてみようという気になった。

 だが、メラスは、王が伏せっていることを、今まで知らなかったという。

 それならば、いったいなぜ、こいつは最初に『()()()会わせよ』と言ったのか?

 スパルタの王ではなく、この自分に、なぜ――


「今の話、いっさいの他言を禁じる。口にすれば、命はないと思え」


「ええ、ええ、もちろん。……それじゃあ」


 問い詰めてやろうとタレイアが口を開きかけた瞬間、ちょうどアリストデモスの話に頷いたメラスが、こちらを見た。


「今すぐに、行きましょう。王様のところへ!」


「……何、だと?」


「僕が、何とかできるかもしれません」


 メラスの顔つきは、あくまでも真面目だ。


「ふつうの病なら、僕よりも、エピダウロスの医療神官のほうが適任でしょう。でも、王の病が、魔術的な原因――呪いによるものなら、あるいは」


 タレイアは、アリストデモスと目を見合わせた。

 正直に言えば、メラスの申し出に、なりふり構わず(すが)りたいという気持ちはある。

 だが、この男には、あまりにも不明な点が多い。

 どうすればいい? 信頼できるのか?

 だが、迷っている時間はないのだ。

 はやく何らかの手を打たなければ、王は――


「何とかする、とは、どうする気だ?」


 タレイアは、メラスを見据え、低く問うた。


「ええと……どうするか、は、王様の容体を診てみないことには、まだ分かりません。でも、多分、手持ちの薬草と、呪文で……」


「王を、助けられるか」


「わかりません」


 ふざけるな、と怒鳴りつけるには、あまりにも真摯なまなざしで、メラスは答えた。


「とにかく、診てみないことには、何とも言えません。だから、今から行きましょう」


 タレイアは、覚悟を決めた。


「よし。来い」


 周囲の戦士たちから一斉に非難の声があがったが、タレイアは、メラスの青い目を見据えたまま、両手で戦士たちを制した。


「ただし。王に、少しでもおかしな真似をすれば、私が、貴様を殺す」


「わかりました」


 戦士たちの険悪な顔つきも、声も、まったく意に介していない様子でメラスは言った。


「やれるだけのことを、僕はやります。僕の師も言っていました。命の借りは、命で返さなくてはね……」


「命?」


「ええ。あなたは、さっき、僕の命を守ろうとしてくれたでしょう? さっき、そこの皆さんが入ってきたとき……あなたは、僕に背を向けて、僕をかばいました」


 そうだったか、と、タレイアは驚いた。

 自分は、得体の知れないこの男に、背中を見せたのだったか。

 それは、スパルタ人としてあるまじき行動なのに――


「あなたは、僕を信用して、守ろうとしてくれた。だから、その借りを返します」


 一度、信じた。

 自分の直感に、賭けるしかない。


「来い」


 タレイアはメラスに片手を振り、大股に牢から踏み出していった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王様の方を先に何とか出来るかも? これは期待したいですね!王がなんとかなれば、ゆっくり対処できるかもしれない……
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