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第3話 特務中尉のカノン 1.2

「To be, or not to be, that is the question.」


 カノンが突如、意味不明な英文を口にした。

 

「シェイクスピアの『ハムレット』の有名なセリフだから知っていると思うけど、そんな感じな顔をしているわね」


 いや、そんなの知らない。日本人の8割5分は知らない。シェイクスピアで知っているのなんて、せいぜいロミジュリぐらいだ。


 だけども。


 やるか、やらないか……は確かにそうだ。わたしは勇気を出してカノンに聞いた。


「あのさ……なんでわたしは、こんなところにいるの……?」

 

 それを耳にしたカノンはティーカップをガッシャーンと床に落として目を丸くしその破片でわたしの首をかき切ろうとした、というのは嘘だが、驚いているようではあった。


「え、だって、あなたも、弾いてしまったのでしょう? あのメロディ」

「……さっきも言ってたけど、なにそれ?」


 そう、思い出せないのだ、あの旋律が……弾き心地は覚えているんだけどな、気持ちよかったって……

 するとカノンは、ふっふっふ、と不気味な笑みを浮かべ、こう言った。


「実は、わたしにもなんなのか分からないのよ……でも、もう1回弾きたいな、あのメロディ……」

「……それを弾いたから、あなたもわたしもここにいる、ってわけ?」

「まあ、論理的にはね」


 そんなロジック認めたくなかったのだが、いちおうの筋としては、「我弾いた、ゆえに我あり」という乱暴なデカルト的思考と理由によって、わたしはこの世界に飛ばされたようだ。


「……それで、なんでわたしは特務やら少尉やらって呼ばれているの? それに、あなたはなぜこんな所で、ピアノなんか弾いているの?」


 うーん、それはねえ、と言葉を濁すように、カノンは紅茶を注いだ。


「やっぱり、それもよく分からないのよ。ここにいるカワシマ准尉も、シュレディンガーにもアインシュタインにも分からないはずよ、きっと。まあ明日、総長にでも聞いてみたら」


 それから、わたしとカノンは、カワシマ准尉という人の先導によって、ものすごい車に乗せられた。


「防弾仕様ですから、ご安心を」

 と、カワシマさんが誇らしげに言った。


「アメリカ大統領の、なんだったっけ、ああ、キャデラック・ワンより頑丈で、陸自の軽装甲機動車よりも強靭なんだって」

 そう言いながらカノンは、自身のカバンに手を入れた。ちらっと目をやると、ページには音符の嵐が吹き荒れていた。


挿絵(By みてみん)


 ……そういえば、わたしもピアノを習ったことがある。


 幼稚園ごろで、情操教育の一環だったのだろう。1年はやったかな。おかげで、バッハが好きになった。

 が! そこの先生はハイパースパルタ主義というか、見込みがあると思った生徒には、徹底して仕込む、ということで有名だった。

 そして、わたしは見てしまった……鍵盤と鍵盤の間にカミソリを立てて演奏させる、という虐待的指導を……カミソリを片付けながら、その先生はニコッとこう言った。


「ノゾミちゃんには、まだ早いから安心してね」


 ホラーである。


 それ以来、わたしはこの教室なんて行かなくなったし、ピアノを弾くことにも恐怖心をいだくようになった。


 カノンはどうなのだろう。

 彼女は今、左手で楽譜を持ち、右手で指を動かしている。というより、太ももの上で叩いている。音符に合わせているのだろう。わたしは透けたブラジャーを凝視する男子のように、その指を見つめた。


 傷ひとつない、キレイな指だった。


 ピアノを弾くためにつくられたか、あるいは、異性……いや、同性でも欲情させてしまうような形をしている。よって、わたしはカノンがピアノを弾く姿より、その長い指でいろんなモノをなでたりいじったりしているのを想像してしまって、不覚にも赤面してしまった。


「どうしたの?」

「……いえ、なんでもありません……」

 わたしは敬語で答えた。

「いやいや、ノゾミちゃん、なんかあるでしょう?」


 カノンはわたしのほっぺを、ちょんっと突いた。


 こんな時、男子ならどう反応すべきか……?


 いや、まてよ、わたしはチビだが17歳の女子のはずだ、だからそれ相応の反応を示すべきである……条件反射のパブロフ、刷り込みのローレンツ、いずれもノーベル生理・医学賞を獲った偉大な科学者だ。彼らならどう説明する……?


「あ、口元にクッキーの残りがついているわ」


 カノンの指先は、わたしの頬から口元へとすべり落ち、クッキーの残りかすを払ってくれた。


挿絵(By みてみん)


 結論。


 パブロフもローレンツも、科学では説明できないことがある、ゆえに、この状況下では説明不可能、以上、閉廷!




 なーんて、鼻血が出そうな心境だったが、到着地には着くもので。


 車を降りると、クラシックな建物がそびえだっていた。

挿絵・大橋鉄郎

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