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第5話 死ぬほど甘くて、死ぬほど辛い

「俺はランスローだ」

「私はアドニス商会のカイルと申します」


厳つい体つきに子犬の瞳を持つ商人は、にこやかに挨拶すると、俺の手を力強く握った。

手の平の皮が硬く分厚かった。武器を振り回す男の手だ。


「アドニス商会か。この国一番の商会だな」


「はい。何か御入用の物があれば、是非アドニス商会でお買い求めください。食料から宝石まで、なんでも取り扱っております。絨毯も馬車も家もご用意いたします。もちろんランスロー様には他の方よりお安くご用意いたします事をお約束いたしますとも」

カインは戦士の手をしているが、口は確かに商人だった。


俺が何か買うまで喋り続ける気かと思ったが、

「では、ランスロー様、さっそくですが、これから商隊の待機場所へ向かいます。私の馬車へお乗りください」

と、にこやかに喋りながら、俺の背中をグイグイ押した。


そしてさっきカイルが飛び降りてきた馬車まで俺を導くと、またグイグイ押して、俺を馬車に乗せたのだ。

後で分かったが、カイルは意外とせっかちな男だった。


馬車が動き出すより早く、カイルはこれからについて説明をはじめた。

「私どもの商隊は、今、旅立ち前の最後の準備を行なっている最中なのです。準備が終わり次第、出発する予定です。よろしいですか?」


「そりゃよろしいが、今からか?随分ゆっくりとした出発だな」


もう日は高い。追い出されたばかりの俺ならともかく、今から旅立っても、そう遠くまではいけないだろう。せっかちなくせに意外だった。


しかしカイルは、厳つい顔に、にこりと余裕のある笑みをみせた。


「私どもは商隊ですからね。途中の町で売り買いをしながら王都まで向かうのです。今日は二つ先の町までしか行きません。そこで王都の貴族達が好きそうな織物を積み込み一泊して、早朝に次の宿泊地へ向かいます。そこまでは少し距離がありますからね」


「なるほど。商人は商売しないとな。王都まではどれくらいで着く?」


「ひと月半といったところでしょうか。お急ぎの御予定ですか?」


もちろん急ぎだ!そして俺の予定はただひとつ。『銀の牡鹿亭』に行くことだけだ!俺なら無理すれば、ひと月掛からず王都に着ける。街道を通らず、最短距離を行けば着く・・・いや。そうか。今の俺には無理だった。


「そうだな。ひと月半くらいかけて王都に行くぐらいが今の俺には丁度いいのかもしれない」


「と、言いますと?」

カイルが子犬のような瞳をパチパチさせた。


「半年間がかりの依頼が完了したばかりで疲れているんだよ。無茶な旅はまだやりたくない。どうせなら荷馬車の隅にでも俺がゴロゴロ出来る場所を作ってくれよ。寝ながら移動したい。もちろん魔物や盗賊が来たらちゃんと切るよ」


「ははは、ちゃんと切る、ですか。頼もしいですね。分かりました。ランスロー様の場所を作りましょう」


「面倒な事を頼んだのに、ずいぶんあっさり了解するんだな」

嫌な顔をされるだろうと思っていたのだ。

俺はわりと、そういう顔をされるのだ。


カイルは俺の言葉に子犬の目を瞬かせると、照れたように言った。


「あっさり、ですか。そうかもしれませんが、理由はあります。私は三年前まで冒険者ギルドに所属しておりました。二級の槍使いでした。あなたからは、私が冒険者時代に信頼していた先輩方と同じ匂いがします。彼らは強く、率直でした。必要なものがあれば、必要だと遠慮なく言ってきました。あなたも同じなのでしょう。私はあなたを信頼します」


初対面なのに!?


いきなり全てを さらけ出すようなカイルの純粋な信頼の言葉は、俺を戸惑わせた。

でも妙に、あっけなく、俺の心に突き刺さっていたのだ。

信頼という言葉が嬉しく感じるのは、俺が弱っているからなのか。


馬車が止まると、俺の戸惑いに気づく事もなく、カイルはせっかちに言った。

「さあここです。着きました。降りましょう」


馬車から降りると、いきなり俺の目の前を別の馬車が騒々しく走り抜けていった。


周りを見ると、そこは町の入り口にある広場だった。いつも多くの馬車が集まっている場所だが、この日は人間が歩く隙間を探すのが大変なほど馬車が並び、激しく行き交っていた。


「気をつけてください」


カイルは気遣わしげな言葉を俺にかけながらも、グイグイと背中を押し、馬車の隙間を縫うように進むと、そのまま俺を露天の茶屋へと連れていった。

茶屋と言っても、 道端で焚き火をたき、その周りに椅子を置いただけの店だ。


カイルはグイグイと俺を椅子に座らせ、店の主人らしき男に何かを注文すると、にこやかに言った。

「ここでお待ちください。ご用意が出来ましたらお呼びいたします」


「ここで?」

天井のない、ただの空を見上げると、雪が俺に向かって降ってきた。寒い。


「はい。準備が出来るまでの間です。すぐですよ」

にこやかに走り去るカイルを捨てられた子犬の気持ちで眺めていると、店の主人が湯気の立つ飲み物を俺に「はいよ」と押し付けた。


「いくらだ?」


「カイルさんの客ならカイルさんの奢りだよ。後でカイルさんの店に集金に行くから、好きなだけ飲んでくれ」


「そりゃいいな」


この辺りの人達が好んでよく飲んでいるこの飲み物は、甘酸っぱい果実酒にたっぷりの蜜と赤い粒の香辛料をいれて温めるという、他所の土地では飲む気にもなれない代物だが、寒いこの地で飲むと喉を焼く甘さと刺激がいいのだ。しみじみ旨いなと思うのだ。これを飲んでいればこの寒さでも死なない気がするのだ。


半年前まではよく飲んでいた。久しぶりだな、と一口飲む。甘っ!そして辛っ!


咳き込んでこんいると店主がニヤニヤしはじめた。


「兄ちゃん、この辺りの人間じゃないだろ。他所の人間にはちょっとキツいよな。無理するなよ。ほら、湯を足してやるよ。そしたら他所の人には飲みやすくなるよ。ほら、それをこっちに寄越しな」


小さなヤカンを差し出した店主がニヤニヤしながら言ってくる。


「いや、いいよ。むしろこの赤い粒と蜜を足してくれ」


俺がそう言うと、周りで飲んでいた他の客達がこちらを向いた。


「いいのか?キツいぞ」


「ああ。カイルの奢りだ。たっぷり入れてくれ」


「入れるぞ。本当にいいんだな!」


「おう!」


甘っっっ!!!辛っっっ!!!


むせながらもチビチビと飲み続ける俺を見て、「それは俺たちの飲み方だよ」と、すっかり嬉しそうな顔になって集まってきた地元民らしき店主や客達に、俺はカイルの奢りだと酒を振る舞った。


「いいのか?」


「もちろんだ!ただし一人一杯までだぞ」


俺は自信たっぷりに答えた。それぐらいならカイルは許してくれるだろう。たぶん。知らんけど。


地元民が嬉しそうに飲み始め、皆で甘っ!辛っ!でホカホカしている最中に、俺は皆から怪しい商人カイルについて、何もかもすっかりと聞き出した。


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