第4話 さあ、王都に向かおう。今度こそ!
俺に王都は遠かった。
まず、雪で覆われた広い道の隅っこをザクザク歩き、馬車乗り場まで行こうと思ったのだが。
腰に下げた剣が重く感じた。
え?なんで?
次に肩に背負ったそれほど多くもない荷物まで重く感じはじめ、更に歩き続けていると息が切れはじめた。
歩いてるだけなのに?どうしたの、俺?
半年前までは何ということも無く往復出来た道なのだ。
いやでも、そういえば、辺境伯に「ひと月ほど城で療養すれば体も元にもどるだろう。まあ、完全に元通りと言うわけにはいかないだろうが、多少マシにはなっておるはずだ」と言われていたのに、二週間もしないうちに追い出されたのだったなあ。
粥生活からは抜け出せていたが、俺の体は自分で思っていた以上に衰えていたらしい。
まあ嘆いても仕方がない。金ならいっぱいあるのだから、その辺の茶屋でちょっと休むか。
俺はあまり思い悩まないタチなのだ。
店を探す為、辺りを見回すと、背後の城が目に入った。
門の前に綺麗に並んだまま俺を見送っている騎士団が見えた。
ええ!?まだ見送ってたのか!もしかすると、俺が見えなくなるまで見送る気なのか!?
俺より弱いがクソ真面目な騎士団長の顔を思い、さっきまで感動的な場面にいたあの騎士達の事を思うと、ここで一休みは出来なかった。感動的なまま立ち去らねば。
俺は必死になって足を進めた。
雪が、なんでこんなに積もっているんだ。くそっ。
なんとか城の門から見えないところまで進むと道端に座り込んだ。
どうしよう、俺。
馬車乗り場まではまだ遠かった。乗り場まで辿り着いたとしても、馬車に長旅など、今の俺に耐えられるだろうか。
このまましばらくこの辺の宿に泊まり、長旅に耐えられるくらいまで回復するのを待つか?でも俺は早く王都に行きたかった。早くあの煮込み料理が食べたいのだ。
早く早くという思いに急かされ、なんとか立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。
しかしすぐ、立ち止まる事になったのだ。
・ ・ ・ ・ ・
俺が歩いていたのは、城から続く大通りで、北の辺境伯領の中でも一番活気があり華やかな場所だった。人通りも多いが、行き交う馬車も多い。
その馬車の中の一台が、一度俺を追い越した後、慌てたように止まったのだ。
しかも止まると同時にドアが開き、中から屈強な体つきの男が飛び出してきた。
その男は、どう見ても俺と同じ荒事の得意な厳つい冒険者なのだが、着ている服は裕福な商人のもので、なんともチグハグな感じがした。
そのチグハグな男は真っ直ぐ俺を見つめた後、俺に駆け寄りまた見つめ、俺の周りを一周しながら更に見つめ、最後に間近で俺の目を見つめてきた。
厳つい体に似合わない子犬のような目をしていた。
何もかもがチグハグな男だった。
俺を落ち着かない気持ちにさせるその男は、どう考えても重い武器を握り慣れたゴツゴツとした両手の指を全開にして、俺に差し出しながら言ったのだ。
「あなた、最近、魔物の群れを倒しましたか?」
あ、これ面倒臭い奴だ。
辺境伯のところで、何か聞いてきた奴だ。
俺は何も答えず立ち去ろうとした。
しかし、男はしつこかった。
「私は怪しいものではないのです。ただ、お聞きしたいだけなのです。お願いします。答えてください。あなた、強いですよね?」
丁寧な口調でしつこかった。おまけに子犬のような目を潤ませている。
何この人?と思いながらも、つぶらな瞳の純真そうな圧に押されて正直に答えてしまった。
「うん、強いよ」
男は喜びで瞳をパチパチさせながら更に質問してくる。
「冒険者ですね?」
「うん、そうだよ」
「剣士ですね?」
「ああ、そうだよ」
「歳は二十、、、六くらい?」
「最近歳を数えてないから分からないが、それくらいかもしれないな」
「旅に出るのですね?」
「まあ、そのつもりではあるな」
「向かう場所は王都ですか?!」
「ああ、そうだが、なんだよあんた、気持ち悪いな!辺境伯のところで聞いてきたのか?それとも占い師かなんかなのか?!」
引いている俺の前で、男は崩れ落ちるように、その場に跪くと、俺を無視して空に向かって叫び出した。
「この地を守る白き精霊様!ありがとうございます!あなたのお導きで我々は救われました!」
俺は肩をすくめた。
この北の地を守っていると言われる白き精霊様なんてただのおとぎ話だ。俺は奇跡なんて信じない。信じない方が魔獣に勝ってこれるのだ。
俺は男を残し、立ち去ろうとしたのだが、びっくりするほど勢いよく立ち上がった男に回り込まれ、縋りつかれた。
「行かないでください!私は怪しいものではありません!強い護衛を探しているだけです!私はこの北の辺境伯領で商会の支店を任されております商人です。妻が王都の出身で、王都にいる両親を恋しがるものですから、今回、王都に向かううちの商会の商隊と一緒に、妻の里帰りをさせる事にしたんです。もちろん私も一緒です。しかし最近は魔物が増え、これまで通りの護衛をつけても、無傷で王都まで辿り着けるのか怪しいのです。可愛い妻にそんな危険な旅をさせたくない!強い護衛を増やしたいのです!お願いします!あなたを護衛として雇わせてください!」
なるほど。俺にとってはいい話しだな。王都に行くついでに護衛仕事でもうけられる。都合のいい話だ。いい話しすぎて怪しいくらいだ。
怪しい話は嫌いなのだ。俺はまた立ち去ろうとした。
「待ってください!料金は倍出します!」
そりゃいいけど、今は別に金に困ってないしなあ。
「妻が行くので、使用人も一緒に行きます。あなたの身の回りのお世話などもさせましょう」
身の回りのって言っても、洗濯ぐらいのものだしなあ
「ま、待ってください!料理人も一緒に行きます。あなたには、我々夫婦と同じ食事をお出ししましょう。野営中の料理など味気ないものばかりですが、うちの料理人のつくる料理は違います!簡単な料理でもたまらなく美味しいのです!」
へえ、美味しいのか。
「たとえば、どんな料理がでてくるんだ?」と俺は聞いてみた。
男は子犬のような目を輝かせ、また指を全開にした手を顔の前でぐにゃぐにゃと動かしながら、熱弁をふるい始めた。
「うちの商会では、各地から取り寄せたスパイスやソースも取り扱っているのですが、うちの料理人は、それを扱うのが上手いのです!たとえば魔獣肉のようなクセのある肉を塩漬けにする時もスパイスをまぶすのですが、そのスパイスの組み合わせ方、まぶす量が絶妙なのです。ほんの少し違うだけで全然別の味になってしまう。ギリギリのところを見極める事が出来るのです。ああ、あの味をなんと表現すればよいのでしょう!たまらない味!翻弄される味!その肉を焼いて薄切りにしてパンに挟むも良し。シチューに入れても良し」
「良し。護衛を引き受けよう」
即決だった。