第3話 どうやらこの世界は色々と気付いてないことが多いらしい
この異世界の常識は何かおかしいのはわかったが、今はそんなことよりクレリのことが重要だ。
異世界の常識に疑問を抱くのを一旦止めてクレリを見ると、クレリはその場に頭を抱えてうずくまっていた。
「嫌…嫌だ。私は魔物憑なんかじゃないのに、違うのに何で…」
どうやらクレリは泣く暇が無い程怯えているようだが、俺はクレリを殺すつもりは無いし殺す理由も無い。
何故なら、ここは赤い花から舞う花粉で魔物が死んでしまう筈なのに魔物憑が治らない理由がわかったからだ。
その理由はとてもシンプルで、最初から魔物憑なんてものは存在しないのだ。
誰もそう考えたり思わないのは、恐らく常識が魔物憑の概念を固定化していて、それが当たり前だと刷り込まれているからであろう。
「クレリ、大丈夫だ。クレリが魔物憑じゃないのはわかってる。」
「やめて…私は違う。死にたくないよ…」
俺はクレリに声をかけたが、クレリには俺の声を聞く余裕なんて一切無いようだ。
まぁ、たった4歳の少女がいきなり殺される立場になれば他人の声を聞けないのは当たり前だ。
「クレリ、聞いてくれ。」
「ひっ!?」
だから次はクレリの両肩を掴んで声をかけると、クレリは体をビクッと震わせて独り言を止めた。
「クレリ、まずは落ち着くんだ。クレリは魔物憑じゃないから、殺される必要は無いんだ。」
そしてクレリに落ち着くようにゆっくりと話すと、クレリは怯えたまま顔を上げて聞いてきた。
「ジャ、ジャック、兄…魔物憑じゃないって、信じてくれるの?」
「あぁ、信じるよ。魔法を使えるようになったのは、何か理由があるんだろ?」
俺はクレリに信じると答えると同時に魔法を使えるようになった理由を聞くと、クレリはコクコクと頷いた。
「う、うん、そうなの!魔法が使えるのはお姉ちゃんのせいなの!」
「えっ、シャルのせい?」
「お姉ちゃんがね、手を合わせて魔法を使ったらね、私もいきなり魔法が使えるようになったの!」
予想外の答えに戸惑い思わずポロッと出た声に、クレリは興奮気味に何があったのかを話した。
しかし4歳の言葉遣いでは説明不足な部分があり、詳しい経緯がわからなかった。
「あ〜、えっと…クレリ?一回落ち着いて。ゆっくりでいいから何があったのか教えてくれないか?」
「ん、わかった!」
なので俺はクレリに落ち着いてもらってからもう一度説明を求め、説明不足な部分は質問をして詳しい経緯を知ることにした。
そして数分後、俺は最後にクレリに何があったのか簡単にまとめて確認をとった。
「クレリ、確認するぞ。クレリがシャルに魔法を使う感覚を知りたいって言ったら、シャルはクレリと両手に合わせて『風よ、吹け。』と詠唱をした。そしたらクレリも急に同じ魔法を発動して、それから魔法が使えるようになった。それで合ってるか?」
「ん、合ってる…ていうか、最初にそう言ってるのに。ジャック兄、話わかるの遅い。」
「あはは…悪かったよ。あとクレリが魔法を使えるのはシャルしか知ってないし、シャル自身誰にも言うつもりは無いんだよな?」
「だから、さっきからそう言ってる。」
(シャルに関してのことは初めて確認をとったんだけどな…)
何故か俺が謝る状況になりながらも、クレリが魔法を使えるようになった経緯はわかった。
だけど魔物憑と呼ばれる全員がクレリのように魔法を使えるようになった訳では無いだろうし、魔法を使えるようになる原因は他にもあるのだろう。
しかし魔物憑に関しての情報は5歳未満でも魔法が使える子供ということだけで、魔法が使えるようになった頃の情報は一切無い。
サレムは魔法の評判が高い国なんだから、何故魔法が使えるようになったのか研究しろよと不満を感じていたら、クレリが俺の手を両手で握ってきた。
「ん?急にどうしたんだ、クレリ。」
「ジャック兄、魔法使えないでしょ?だから、お姉ちゃんと同じことする。魔法使えるかも。」
「いやいや、そんな都合良く魔法が使えるようになるわけ無いだろ。」
「やってみないと、わかんない。風よ、吹け。」
クレリは構わず魔法を発動させると、俺の手の周りをクレリの両手ごと包むように風が吹いた。
だが特に何かを感じることもなく、何かが起きる気配も無かった。
「ほら、だから言っただろ?そんな都合良く魔法を使えるように…」
「うん、何これ?」
「クレリ、どうしたんだ?」
しばらくしてクレリは何かを感じ取ったのか首を傾げると、手を包んでいた風が急に周りの草木を揺らす程の強風に変わった。
「なっ!ク、クレリ?!」
「ん、あとチョット。」
「おい、クレリ!俺の話を聞いて…」
「できた!」
クレリがそう言った次の瞬間、俺は胸に熱いものを感じたと同時に手から何かが溢れ出し、周りの草木を更に揺らした。
俺は一体何が起こったのかわからず困惑していたのだが、そんな俺を余所にクレリは無邪気に両手を上げて喜んでいた。
「やった!ジャック兄、私もお姉ちゃんと同じことできた!」
「な、何を言ってるんだ、クレリ?っていうか急に何をして…」
「ねぇ、何か流れてるの感じるよね?胸とか手とか足とか!」
確かにクレリの言う通り、主に胸から手足に向かって全身に何かが流れているのを感じた。
クレリがシャルと同じことができたと言っていたが、まさか本当に俺は魔法が使えるようになったのか?
「…火よ、点れ。」
俺は半信半疑だったが試しに火属性の基礎魔法の詠唱をすると、手のひらに魔法陣が現れて小さな火が点った。
「な…う、嘘だろ?」
「やった、これでジャック兄も魔法が使える!」
「…なあ、クレリ?一体何をしたんだ?」
俺は目の前で起きたことが信じられずクレリに何をしたのかを聞くと、クレリは近くに落ちていた枝を拾って地面に何かを描き始めた。
「えっとね、手には体に流れてるのが出てくる穴があってね、ジャック兄の手の穴は何かが邪魔してたの。」
クレリは地面に細いT字路のような絵を描いたが、横に真っ直ぐに伸びている線を枝でグシャグシャとかき消した。
「だから魔法で邪魔してたのを取ったら、ジャック兄は魔法が使えるようになったの。」
「えっと…要するに穴を塞いでた蓋を取ったってことか?」
「うん!」
俺はクレリの話を聞いて、どうして魔法適性の儀式で水晶玉が反応しなかったのか納得した。
王都の人は気と言っていたが、あれは魔力を水晶玉に送って魔法適性を調べるもので、俺は魔力を送ろうにも送ることができなかったんだ。
「はは…魔力が出せないなら魔法が使えるわけねぇよ。何だ、そんな単純な理由だったのか。」
俺は魔法を使うことができなかった理由に呆れながらもホッとして、全身を流れる魔力をゆっくりと感じた。
「クレリ、この全身に流れているのが魔力なんだよな?」
「うん、多分。」
「…えっと、多分ってどういうことだ?」
クレリは全身に流れているものが魔力だと確信していないのか多分と言い、どういうことか聞くとクレリは『風よ、吹け。』と詠唱をした後に答えた。
「お姉ちゃんは何も流れてるの感じないみたい。ママとパパにも聞いたんだけど、何も感じないって。」
「そうなのか?じゃあ、この流れているのを感じることができるのは…」
「私とジャック兄だけ。」
「知る限りは、だけどな。」
魔力を感じることができるのは俺とクレリだけなのか、それとも魔物憑と言われる子供も感じることができるのだろうか?
色々考えてみるが情報が少なすぎるせいで正解が見える気がしなかった。
「情報が少なすぎるし考えるだけ無駄か。まぁ、そんなことより…」
俺は思い立ったことをすぐに実行するために立ち上がり教科書を拾って家に帰ろうとすると、クレリに呼び止められた。
「ジャック兄、どこ行くの?」
「ん?あぁ、ごめんごめん。一緒に帰ろうか、家まで送るよ。」
「ん、あ…ありがとう。ジャック、兄。」
シャルの手を取ると何故かはにかんだが、特に気には止めずにフェルリール家までシャルを送った。
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その後家に帰ると奥から母さんが出迎えてくれたが、俺は悪いと思いつつ母さんの脇を足早に通り過ぎた。
「あら〜、おかえりジャック。今日は早かった…」
「母さん、ごめん!ちょっと急いでやりたいことがあるから!」
そして自分の部屋に直行して机に紙を何枚も広げ、紙に前世で読んだ異世界転生系のラノベにあった魔法の設定をひたすら書き出した。
「よし、それじゃあ検証といくか!火よ、点れ。」
片手で火の基礎魔法を発動させ全身を流れる魔力を感じながら、俺はラノベの魔法の設定を参考にこの世界の魔法の本質を調べ始めることにした。
「魔法は詠唱しただけで発動するからイメージが大切な設定は違うか?でも極めた魔法は詠唱省略とか無詠唱で発動できるって教科書に書いてあったな。その場合にもイメージは必要無いのか?」
まずは魔法とイメージの関連性を確かめるために1度基礎魔法を止め、今度はイメージだけで基礎魔法を発動できるかを試した。
しかし基礎魔法は発動せず、ただ魔力の流れだけを感じた。
やっぱりこの世界の魔法はイメージは関係無いのか?
だとしたら無詠唱で魔法を発動するのは何でだ?
他にも色々考察したが結局何が問題なのかわからないので、再度基礎魔法を発動させてから考えようと詠唱した瞬間に気付いた。
基礎魔法を発動させると、魔力の流れが変わったのを。
どうして流れが変わった?
初めて発動させた時は変わらなかった…いや、発動してない時の流れに慣れたから気付けたのか?
俺はまた基礎魔法を止めて今度は基礎魔法を発動していた時の魔力の流れをイメージをすると、魔力の流れが変わって手から火が不定期に出てきた。
「うおっ!?な、何が起きてるんだ?」
不測の事態に思わず声を出して驚いたが詠唱をしなくても魔法を発動させた事実に気付き、早速魔法の本質の一部を理解することができた。
「そうか…詠唱は魔力を魔法を発動させる流れにさせる為の自己暗示か!つまり詠唱省略と無詠唱は無意識に自己暗示で魔力の流れを変えているんだ!」
でもそれはあくまでも魔力を認識することができない人が魔法を発動させる時のことであり、魔力を認識することができる俺とクレリは魔力の流れを意識的に操作すれば無詠唱で魔法を発動させることができるのだ。
思いの外すぐに詠唱についてまずは理解することができて拍子は抜けたが、それよりも俺は魔法の本質を知る感激の方が上回っていた。
そして紙に一心不乱に今回の検証方法と理解した魔法の本質の一部を書き記し、広げた紙をまとめて束にして1番上の紙に『魔法の本質 研究資料』と題名を書いた。
「あ、そういやこれも書いとかないとな。」
俺は魔法の本質を理解する第一歩を踏み出せたことに一瞬満足したが、忘れない内に表紙の下の方にこう書いた。
『どうやらこの世界は色々と気付いてないことが多いらしい』