#11.冬の風物詩・野盗将軍
西の森は、入り口からして物々しい警戒のされようだった。
原っぱから森につながる道の周囲にはフットトラップが設置されていて、どれか一つでも引っかかると鳴子が鳴り響き敵を引き寄せてしまう。
なので、わざと無関係な場所の鳴子を鳴らして、大挙して押し寄せてきた賊を少し離れた場所から狙い撃ちにすることにした。
「ひとーつ、ふたーつ、みーっつ」
《ビシッ、バシッ、ベシッ》
「ひぎぃっ」
「ぎゃうんっ」
「いてぇっ、いてぇよぉっ」
引き寄せられた賊の大半は短剣やショートソード、クロスボウ持ちもいるにはいたけど、ミースの位置を特定すらできないまま一方的に投石の餌食になっていた。
いくら威力がある武器を持っていても、狙いをつけられなければ意味がないのだ。
アドバンテージは圧倒的にこちらに傾いている。
「く、くそぅっ、うぉぉぉぉぉぉっ!!」
そんな中、たまに根性のあるやつがミースの投石を喰らいながら無理やり突っ込んでくることがあった。
「エリク君」
「任せて」
焦る事もない。一緒になってダガーを投げるだけだ。
《ヒュッ――トスッ》
「うぐっ――おっ……」
《ドゴォっ》
「ぐべぇっ」
鴨撃ちより酷い何かが起きていた。
一方的な虐殺というか。
「賊に人権はないから」
「そうね」
結構酷いシーンな気がするけど、幸いミースはそれほど気にしていないらしい。
まあ、村の女の子からすれば、自分を襲うかもしれない相手に同情なんてできるはずもないだろうし、当然の意識なのかもしれない。
ちょっと安心したというか、これでミースが酷く心を病んでしまうようなら気にしないといけないと思ったけど、そんな必要はなさそうだった。
「これで何人? 結構雑に倒したから数え忘れてたわ」
「えーっと、ここにいるだけで……10人は倒したか」
思った以上に釣れたというか、釣れ過ぎたというか。
後先考えずに突っ込んでくる奴多過ぎない? と疑問も残るけど、後先考えず街とかから逃げ出した奴らだし、そんなにおかしくもない気もしてくるから困る。
「てことは、後18人ね。かなり減らせたわねえ」
「ほんとにね。こんなに引っかかるとは思わなかったよ」
流石にこれだけの人数が向かってすぐに戻らないと、将軍とやらの周りにいる奴らは警戒強めそうだし、あんまり時間をおいておくのはよくないかもしれない。
「今ならまだ敵の懐はそこまで警戒してないかもだから、今の内にもぐりこんじゃおう」
「もう鳴子は鳴らさなくていいの? まだ釣れない?」
「釣れたとしても、自分の周りが静かになり過ぎたら、逃げちゃうかもしれないし」
一番の懸念はそこにある。
その辺の小物が一人二人逃げたところで大して被害は出せないだろうけど、賊の頭が生き残れば、例えそれが一人だけで逃げたんだとしても、また大挙して戻ってきてしまう可能性があるのだ。
何か怪しいと感じたら逃げ出してしまうかもしれないと思えば、できる限り、僕達の存在はぎりぎりまで察知させたくない。
「一度目で沢山釣られたんだから、それで片付いたと思わせないとね」
「そう……なんとなく、このまま全滅させるまでいけそうな気がしたけど、やっぱり森の中までいかないといけないのね」
そんなにうまくはいかないかあ、と、苦笑いしながら頷いてくれる。
まあ、僕としてもそうなってくれた方が楽ではあるけど。
そうして、森に潜伏すると、やはりというか、奥の方はかなりの密度で固まっていた。
一か所に6人。これは中々屈強な奴も混ざっていて、恐らくは将軍とやらの直接の部下なんだと思う。
持っている武器も鋼の大剣やチェインフレイルなど、まともに戦ったら中々凶悪そうなものばか持っている。
(何かしらあれ……鉄の、爪?)
(貝とか取ったりする奴だね)
僕の隊にも居た、貝とか取ったりする道具を手に付けてる奴。
これは近接戦闘だと結構厄介で、武器をからめとったり弾き返したり、一気に肉薄して切り裂いてきたりとトリッキーな動きができるのが強みらしい。
(あんなものつけてるなんて、よっぽど貝が好きなのかしら?)
(よっぽどなんだろうね。きっと貝がないと生きられないんだよ)
人生に関わるレベルで、貝にどっぷり浸かっているっているのだろう。
だから賊なんてやってるんだ、きっと。
そう思うとちょっと涙が出てきた。
悲しいのではない、ただ、その努力を想って虚しく感じたのだ。
(これだけ至る所に樹が生えてると、長距離から狙い撃ちにするのは難しそうね……)
(ひきつけて倒す作戦も、この近さだと敵のボスまで呼んじゃいそうだしなあ)
一人二人ならミース砲で簡単に倒せるだろうけど、見てみればこの辺りの賊は賊の癖に鉄兜を被っていたり、軽鎧を身に着けていたりと、やけに装備が豪華。
これだと結構しぶとそうだし、当てられても倒せなかったりとかしそうだから、一人ずつ着実に仕留めていく方がいいだろうか。
(突っ込むよ、支援よろしく)
(任せて)
罠に気をつけながら、一歩、二歩、慎重に敵に近づいていく。
直近の賊のすぐ近くの茂みまで入り込み、他の賊の視線を確認し――ミースが合わせるように、小石を遠くへと投げる。
《コンッ》
お決まりの作戦。地味だけど、これが一番上手く行く。
「っ!」
「なんだっ」
意識が別に向いたところで、一番近い奴の真後ろを取り、口をふさぎながら――
《ザシュッ》
「――っ!!!」
抵抗もあるけど、首を斬られればひとたまりもなく、賊はアイテムとなる。
アイテムになった賊は地面に落ちても何の音も立てない。
「おっ、こんなところにタイ焼きが落ちてるじゃないか! 丁度良かった」
――少しは疑いを持てっ!
《もごっ、うっ――》
茂み近くに落ちているアイテム――タイ焼きとかいう謎の料理を前に、一人の賊がウキウキと近づいてきたので、そのまま仕留める。
きらりと落ちたアイテムは、チョコレート。
「丁度良かった喉が渇いてたんだ!」
続々釣られる賊達。警戒心というものはないのか!?
とはいえ、流石に釣られ過ぎている。僕一人では対処は難しいかと思えたけど――
《ヒュンッ――ゴォンッ》
「うぉっ!?」
鉄兜の賊の頭にミースの投擲が直撃し、大きくのけぞった。
「なんだっ!?」
「やっぱ何かいるぞっ! 敵襲っ!!」
何事かと、石の飛んできた方向に賊の意識が向く。
声もあげられてしまうが……この距離なら、やれる。
「――こっちだよ!」
ミースの位置を特定させるより前に、わざと声をあげて賊の意識をこちらに引き寄せる。
だけれど、賊が意識を向けたのは、僕が居た茂みだ。
こいつらが僕を次に認識するのは――目の前に迫ってからなんだから。
「なっ、こいつ――ぐぇぇっ!?」
一人を顎の下から貫き。
「ひいっ、く、くらえっ!!」
《ヒュンッ――ビシッ》
「ちぃっ」
反撃で飛んできたクロスボウを腕に掠らせながら、二人目に肉薄。
最低でも、クロスボウ持ちは潰さないとまずい。
ミースへの反撃能力は失わせないと、僕よりも、ミースは軽装なんだから。
「ぐわっ、こ、このぉっ、放せっ、こいつっ、うぉぉぉぉっ!!」
「暴れるなっ、この……このっ」
飛びかかって押さえつけて、だけれど必死の抵抗を見せるクロスボウ持ちに、なんとか刃を立てようとして、後ろからぶぉん、と、風を切る音が響く。
嫌な気配がした瞬間、本能的に飛び退いた。
「――ぐぇっ!?」
「ふん、逃したか――勘のいいガキめ!」
いつの間に接近したのか、巨大なハンマーを持った巨漢が、クロスボウ持ちを叩き潰していた。
頭がそのまま地面にめり込んで、ハンマーに潰されたクロスボウ持ちは、スティックキャンディーへと変わってゆく。
「お前がボスか」
「おうともよ! 余の部下どもが世話になったようだなぁ! だがもう好きにはさせんぞ!」
「将軍っ、将軍がいらしたぞぉっ」
「ヒィハーッ!! これでもう勝ちは揺るぎないぜぇっ、我らがボスの登場だぁっ!!」
俄かにはしゃぎだす部下たちに、「ふん」と、髭面の巨漢がつまらなさそうに鼻息を漏らす。
「これだけ数を減らされちまったらと思ったが、お前らを倒しちまえば、あの村の抵抗戦力も碌にいなさそうだなあ? ああん?」
その辺の賊よりは、いくらかは戦況分析ができているらしい。
数を減らされたことに憤りながらも、僕達が最大の障害だというのは読んでいるらしい。
「僕らを倒してもあの村には強い傭兵団が居るんだけどね」
「がははははは! そんなバカな話があるものか。先に散った弟二人からの報告で、この辺りには碌な防衛戦力もない村ばかりなのは知っておるわ!」
《ヒュンッ――ベシッ》
「あいたぁっ!?」
決めポーズらしきものを取っているところに、ミースの投石が直撃する。
本人は格好いいセリフを言ってるつもりかもしれないけど、その間は隙だらけだった。
しゃべってる間は一方的に攻撃できるのはこの兄弟の特徴なのか。
おかげでダメージを稼げるので助かる。
僕もダガーを投げまくることにした。
「あぐっ、あっ、あっあっ――はぅあっ!!」
ミースも容赦なく投げ続ける。
スタンまでしていた。
「こんのぉっ、調子乗――はぅんっ」
「ボスぅっ!?」
「将軍っ、くそ、石を投げてる奴を探して殺せぇっ」
流石に取り巻きも棒立ちとはいかないようで、ミース狩りに走り始める。
……僕を無視して?
「いやそれはないだろっ」
《ザシュッ》
「ひぎぃっ!?」
わざわざ僕に背を向けてミースを探し始めたので、後ろから斬りつけて賊を倒していく。
意味が分からない。
こいつらの目には僕は映ってなかったのか?
「うぅぉぉぉ……あうっ、あうっ――ふ、ふざけあひんっ!?」
その間にもミースの投石が賊の頭に当たり続けている。
すごい、段々速度も上がり始めてて連射になってきてる。
森に入る前よりも錬度が上がってる……?
《きらーん、エリク君はミースの育成ランク『投石の達人』の称号を手に入れました!》
またどさくさに変な称号が手に入った。
育成ランクって……もしかして、他の人のとかもあるんだろうか?
《ふふふふふ、このエリク君にも聞こえてない隠し称号作るの、結構楽しくなってきたなあ》
どうやらロイズはどうでもいいことに目覚めたらしい。
丸聞こえだけど。
《各ヒロイン別+αみたいな感じで用意したけど、エリク君は全部達成できるかなあ? 楽しみだなあ》
どうやらミース以外にも、村の女の人とかに用意しているようだった。
ロゼッタにもあるんだろうか?
えっ、ロゼッタを賊の討伐に駆り出すの?
(それはちょっとないなあ)
賊の頭を前にして、僕は何を考えているんだろうか。
本を片手にモンスターや賊を蹴散らしていくマッシブなロゼッタなんて、想像してはいけないはずなのに。
「ぷっ、くっ……くくっ」
「なっ、何を笑ってやがるっ、ぐぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
流石にいつまでも投石を喰らい続けてはくれないのか、野盗の将軍がハンマーを前に突き出し突っ込んでくる。
《くすくす、エリク君は気づいてないかもだけど、各状態異常には耐性が発生するから、いつまでもスタンさせ続けて、なんてできないんだよなあ》
とても親切な助言だった。
できればもっと早く聞きたかったけど。
でも、まあ、敵の動きは大分弱っている。
「死ねぇっ」
「わっ、と」
《ドゴォンッ》
激しい土煙と、まるで火薬でも爆ぜたかのような轟音。
地面に巨大なクレーターができて、その威力がはっきりとわかるけれど。
「あっ――あ……っ?」
将軍は、僕の姿を見失っていた。
どこにいたかって?
将軍の、頭の上だ。
「盲点、だよね」
ハンマーが地面にぶちあたる直前、真後ろに抜けて、振り降ろした将軍の後頭部に向け、ショートソードを思い切り振りかぶって。
「死ね」
ざん、と、思い切り振りぬいた。
切れ味の鋭い鋼の刃は、余計な音もたてず、ボスの頭を切り裂いた。
僕達の、勝利だ。




