#8.野盗の季節
冬もかなり進んできて、時々強い風が吹いたり、雨も冷たくなったりでどんどん厳しさを増してきたころの事だった。
また、アーシーさんが僕の元を訪れたのだ。
「――それで、今度は何の用事?」
家の中、リビングでアーシーさんを迎えるのは、僕とミース。
早速ミースがアーシーさんに訪れた理由を問う。
「実は、また賊の類が現れ始めたようで……」
「また? 今年入って三度目じゃない? 今年は多いわねえ」
「ええ、そうなのよ」
ミースが驚く辺り、今まではそこまで頻繁ではなかったというのか。
しかし、冬場に賊が現れるというのは、そんなに珍しくもない気がする。
「寒くなると、街から追い出されたならず者や食うに困った寒村の人とかが野盗になって徒党を組む事は、結構あると思うんだけど」
「そうですね。確かに今までも、賊の到来は冬場が多かった気がするわ。食料を求めて、最初は村を脅迫してくるのよ」
多くの場合、賊というのは、春や夏場は獣も多く、ねらい目となる旅行者や採取者が多く出歩く他の季節は、わざわざ村を襲撃するようなリスクはあまり犯さない。
規模が大きければ別だが、大体の場合、ああいった手合いが狂暴化したり、村に直接乗り込んでくるのは、食料の当てが乏しくなってくる冬場と相場が決まっていた。
「今回は、脅迫をしてきたんですか?」
「いいえ、まだよ。でも、行商の人が命からがら逃げてきて、その存在がはっきりしたらしいわ」
「行商が狙われたのか……みんな無事なんですか?」
「ええ。怪我をした人は今のところは。少なくとも、広場にいつも来る人達は無事らしいわ」
狙われたとなるとまず心配になるのはシスカだけれど、幸い怪我をせず済んだらしい。
かよわい女の子が賊に捕まったら、なんて考えると恐ろしくて仕方ない。
被害が出る前に、なんとかしなくてはいけないだろう。
「討伐してきます」
「お願いしますわ」
賊がいると聞けば動くのは解っていたのか、アーシーさんも頷きながら任せてくれる。
「今回は私もついていくからね?」
勝手にいかないでね、と、釘を刺してくるミースに「もちろんだよ」と笑いかける。
ミースはもう、頼れる相棒なのだ。
どんなところにだって着いてきてもらうつもりだった。
ミースも僕の反応が嬉しいのかふふん、と、満足そうだ。
「……ミースも、すっかり頼もしくなってしまったわね。女の子だから戦えないなんて、そんな事はなかったのね……」
僕らの顔を見比べるようにしながら、アーシーさんは感慨深そうにまた頷き。
「――よし、それでは改めて、二人にお願いしますね! ただし、怪我などしないように気を付けて」
「解りました」
「解ったわ」
僕だけでなく、ミースへの依頼になり。
僕らは互いに顔を見合いながら、力強く頷きあったのだった。
まず最初に向かったのは、報告のあった南の街道。
以前二回賊を討伐した西の森を探さなかったのは、行商の人たちが直近で賊の被害に遭ったのがそこだから、というのが大きい。
「この辺りで遭遇したって話だから、そろそろ出くわすかもしれないね」
「馬車があって良かったわねえ。これなら行商とか通行人を装えるし」
街道狙いと聞けば、相手をひきつける囮となるのが一番手っ取り早い。
まさかその為に行商の人に頼むわけにもいかないので、自分たちが囮となって、一網打尽にできれば、と思うのだけれど。
ミースとぽそりぽそりと会話をしていた中、ほどなく、馬の蹄の音が増えたような気がして。
妙だなと思った矢先、そいつは現れた。
「おい、そこの馬車、止まれぇっ!! 速度を落とせぇっ」
馬に乗った男が一人。馬車の右を並走していた。
見ればわらわらと、草陰から武装した男が現れる。
「やなこった」
僕が無視して馬の速度を上げると、並走する馬上の男は「くそが」と喚きながら追随してくる。
荷馬車を積んだ馬と男一人しか乗せていない馬とでどちらに余裕があるかなど言うまでもなく、すぐに追いつかれ、また並ばれる。
「逆らうと命はないぞ! この先は馬留だ! どう足掻いても止まる羽目になる!! 止まっておけよ、おい!!」
偉そうなことを言うこの男を一瞥し、「それはいいことを聞いた」と笑い、後ろに乗っているミースの顔を見る。
無言のまま「やっちゃって」とばかりに頷き、僕は馬の向きを――一気に右へと変えた。
「なっ、おっ、おいっ! やめっ、うわぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
「ヒヒヒヒーンッ!?」
男の馬は、馬車が自分に迫ってくるのを見て混乱し、操馬を受け付けなくなって無茶苦茶に走り出す。
馬上の男は混乱した馬にしがみつくことしかできず、そのまま草陰へと突っ込んでいった。
「大きく揺れるよっ、何かにしがみついててっ」
「解った! 上手くやってね!」
ミースに注意だけ促し、そのまま道ならぬ道を走る。
並走する馬はもういなくなり、賊が湧いていた場所からは相当離れた場所まで突っ切り、ミースが後ろを確認して「もういないみたい」と確認してから速度を落とし、周囲の警戒に移る。
「――大したことない包囲網だ。あんまり慣れてないのかな?」
完全に包囲されれば馬車のこちらは身動きが取れなくなって捕まっていたけれど、そこまでは想定していなかったのか、あるいはそんなに規模が大きくないのか、いずれにしても拿捕されずに済んだのは相手の手落ちのおかげだ。
一歩間違えればミースともども、馬車を捨てるか的中ど真ん中で大立ち回りをする選択を取らなければならなかったので、これは幸いだった。
「じゃあミース、ここからは反撃の開始だよ」
「さっきの場所に戻るのね?」
「戻ってくるなんて思わないだろうからね。いると解ってれば、いくらでも奇襲できる」
僕の本懐を活かすなら、奇襲か強襲に限る。
敵の規模はまだはっきりしないながらも、予想外が起きれば突破できる程度の戦力なら、僕ら二人でもそこまで心配はないだろう。
「ぱっと見た感じクロスボウ持ちは二人だけ。それも即座に狙えない辺りそんなに腕はよくなさそうだ」
あくまで見せかけだけか、使えるにしても覚悟の伴ってない奴か。
いずれにしてもそれほど脅威ではない。
狙える奴は、殺すつもりの奴は、その場で即撃ってくるはずだから。
それをしない相手など、どうにでもできた。
「行くよミース」
「ええ。気を付けましょうね」
互いに準備万端。賊を討伐する。




