#6.フラグミスは突然に
「わあ、私の台車……変な鳥に奪われて大変だったんですよぉ、ありがとうございます、お兄さん……!」
「わあ、私の裁縫道具……よかったぁ、もう戻らないんじゃないかって……ありがとうエリク!」
「まあまあ、至らぬ私に天からなにがしかの罰が下ったのかと思いましたが……敬虔な思いはちゃんと神に届いたのですね。ありがとうございます。貴方は神の導き手のようですわ、エリクさん」
「うわっ、私のショートパンツじゃん!? なに、盗んだのエリク君だったの!? ……えっ、違う? 大きな鳥が持ってた!? そういえば変な羽音聞こえてた! ありがとうエリク君! 疑ってごめんね~」
村に帰ったから、怪鳥の巣に組み込まれていた品々を、その持ち主っぽい人たちに返していったところ、感謝された。
ステラだけちょっと疑いの目を向けられたりしたけど、傍で聞いていたミースからは「報われないわねー」と腹を抱えて笑われてしまい、ちょっと切ない気持ちになる。
だけど、概ね喜ばれたのでそれはヨシ、として。
「皆、大事なものを奪われてたみたいだね」
特にロゼッタとシスターに関してはアイデンティティに関わるレベルで大事なものだったので、心底安心した、といった感じだったのを見て思ったことがある。
「なんであんなの盗んだんだろうね、あの鳥」
「解らないわね……スケッチブックだって、別に鳥が盗みたくなるようなものでもないでしょうに」
結果として僕とミースは、これでフラグとやらを達成できたのだろうか?
そして今年は無理でも、来年は結婚できるチャンスがあるのだろうか?
今から来年の事を考えても仕方ないけれど、僕としてはそこが気になるのだ。
《都合なんだよねえ……ミースを攻略したいならスケッチブックだし、ロゼッタなら裁縫道具だし、セリカなら十字架だし……一番に攻略したい人に一番先に渡せばルート確定っていうご都合主義……ボクァ好きにはなれないなあ》
酷い設定が今脳裏に響いた!
渡す順番でミースと結婚できなくなるところだったとか酷い!?
「まあ、ちょっと理不尽な感じはするけど、上手く取り戻せてよかったよ……」
「ほんとにそうね。見た感じスケッチブックも破れたり壊れたりしてないし……うふふ、エリク君のおかげよ♪」
おかげでミースも機嫌がよさそうだし、満面の笑みは確かに可愛いけれど。
でも「お礼に」とか言いながら僕の頭を撫でてくるのはやめて欲しい。
「ミース、恥ずかしいから」
「何よー? いいじゃない、これくらい受けなさいよー♪」
ミース視点では、僕は年下の男の子という感じで、まだまだ男って感じじゃないのかもしれない。
今後の課題は、いかに自分が男らしいのかをミースに見せつける事だろうか。
いや、それよりもまず……女装がかわいい男の子みたいに思われてるのをなんとかすべきか!
そうだ、思い出した。ミースは描いているのだきっと。
僕の、恥ずかしい絵を!
逆転の為だ。少しばかりミースを怒らせても仕方ない。
「ミース」
「えっ、何?」
「山の上で描いてた僕の絵、見せてもらってもいい?」
唐突な提案だったからか、「なんで?」と不思議そうな顔をしていたけれど。
でも、僕は勢いで突っ走る男だ。
「僕が絵をうまくなるには、上手な絵をいくつも見なきゃいけないと思うんだ」
思い浮かべたのは、こんなことになる直前の話。
そう、ミースが僕に、絵について語って聞かせてくれてた時の事だ。
「ああ、そういう事……うん、そういえば、スケッチブック奪われる前はそんな話だったものね。ごめんなさい、あの時はいきなり奪われて、混乱してたから――」
唐突に感じていたようだけれど、それでも理由を聞けば納得してくれたのか、うんうん頷きながらミースはスケッチブックを広げようとして――止まる。
「そうねえ、じゃあ、畑に行きましょ。あそこならあんまり人も来ないし、見られないし」
「うん、わかった」
流れは前の時と若干違うけれど。
でも、やっぱり行く先は畑なのだ。
家のミースの部屋でもいいはずなのに。
それとも、プラウドさんにも見られたくないのだろうか?
ちょっと不思議になる瞬間だった。
そのままミースに引っ張られるように畑まで来て、ミースがいつもの場所に腰かける。
そうしてスケッチブックを広げて――
『キョェェェェェェェェッ』
「きゃっ――スケッチブックが!?」
「ええええええっ」
まさかの二度目が起きた。
《――いや、それは流石に無いよ。フラグ管理無茶苦茶じゃないか……もう、アリスめっ》
「……はっ」
気が付くと、僕は青一色の寒々しい部屋に居た。
置かれているのはシックな家具。
クッションにアンニュイな表情で埋もれている、銀髪の少女と目が合う。
「やあ」
「ど、どうも……」
直前に聞こえた声、あれはこの少女のものらしい。
黒いミニハットを被った、髪の短めな、全体的に中性的な格好をした女の子だ。
「初めましてエリク君。ボクはロイズ。ロイズ=ブルー=ベリィだよ」
「初めまして、ロイズ」
そうだ、ロイズだ。
確かアリスが、そんなような名前を口にしていた気がする。
けれど、何故思い出せなかったのか。
いや、問題はそこではなかった。
「あの、ここは……?」
「ここは『ブルーベリータワー』の中だよ。最初にミースから説明されてたでしょ? 謎の塔」
「あ、ああ、なるほど……」
……聞いたっけ? ストロベリータワーは覚えてたけど、もしかしたら最初の説明を聞き流してしまっていたのかもしれない。
一度聞いたものだし、知っていたつもりで。
「はあ……それにしても、悪いねエリク君。折角上手く行ってたんだけど、変なフラグミスが発生してしまってね。一度攻略した山のボス『ロック鳥』の、討伐フラグが上手く機能してなかったらしいんだ」
ごめんね、と謝るものの、どこか他人事のようなロイズの口調に違和感を覚えながらも。
それはそれとして、今起きたことをなんとなく悟る。
(あれは、バグって奴だったのか)
明らかにおかしい状況。
確かにこれは、この偉い人達側のミスが起きた時に発生するもののように感じられた。
今回も、やはりそうなのだろう。
「でも恨まないでね。今回のミスはアリスの……君は忘れてるだろうけど、もう一人のゲームマスターのミスだから。ボクはただ見ていただけだからね。文句はアリスに言ってね」
ロイズはとても言い訳がましかった。
そして責任をもう一人にぶん投げていた。
「まあ、原因ははっきりしてるからすぐに直して……っと、これで良し。じゃ、直前の場面まで戻すから、ミースといちゃいちゃしてればいいよ」
何やら一人ごちりながら、何か忘れてはいけないようなことを忘れてる気がして――そして、思い出す。
直前の場面まで戻す。それはつまり……
「あ、あのっ」
「うん?」
案の定というか、ロイズはアリス同様、やたら巨大な斧を持ち出していた。
僕が何も言わなければ、そのまま振り降ろされていたのだろう。真っ二つだ。
幸い、止まってくれたけれど。
「一つ、質問をしたいんだけど」
「なんだい? どうせ忘れるから意味はないけど……」
「意味がなくても、聞きたいんでっ」
僕は必死だった。
恐らく、質問なんてしてもこの先僕がこの斧にやられるのは間違いない。
やめてなんて言ってもやめてくれるとも思えないし、彼女やアリスの発言からして、僕はあくまで生かされている側だから、何度殺そうが何の罪悪感もわかないだろうし。
だけど、一つでも二つでも質問して答えを聞ければ、もしかしたら次の僕に活かせるかもしれないじゃないか。
忘れてしまうかもしれないけれど。今回は、忘れなかったんだから。
「ロイズは、僕をどうしたいの?」
「どうって……? ううん、そうだなあ……」
即答しないのは考えていない質問だったからか、あるいは何かに迷っているのか。
わずかばかり視線を逸らし、顔を上に反らし。
そしてまた、僕の顔を見る。
「ボクとアリスはね。君に、理想の男の子になって欲しいんだ」
「理想、の……?」
「そう。ボク達の理想の男の子。素晴らしい男の子になってもらう為に、色んな経験を積んで欲しいな。その為に君は生まれ、その為に君は生きる。生きた先に、いずれ来るかもしれない、ボクたちの攻略ルートの為に」
それはとても素晴らしい物なんだよ、と、アリスに似た、無邪気な笑顔を見せながら。
「ロイズ達の、理想の為に――僕は、生きている……?」
「それは君の幸せでもあるから。君にはたくさん恋愛経験を積んでもらって、ボク達を満足させてほしい」
頼んだよ、と、とても優しい口調で、とても身勝手な願いを聞かせながら。
今度こそ、何かを言う暇もなく、斧は振り降ろされた。
ずだん、と、身体が真っ二つに割れるような感覚がして。
僕はまた、元の場面へと戻される。




