#8.村長の娘さんとシスターと雑貨屋さんと
市場から離れると、ロゼッタは村を更に北に進み、一番奥にある、他よりも大き目の家の前で足を止める。
歩き出す前は不機嫌だったロゼッタだけど、歩きながらに一言二言話す間にみるみる機嫌を取り戻し、到着する頃にはいつものニコニコ顔に戻っていた。
女の子って、よく解らない。
「ここが、この村の村長さんのおうち。村のことを仕切ってるのは、代々この家の人なの」
「へえ。この村で一番偉い家なんだね」
「うん、そう。入ってみましょう」
エリクも会っておかないとね、と、入り口のドアをノックする。
「んん……どなたかしら?」
ぎい、と、ドアの開く音と共に、栗色の髪の女の人が顔をのぞかせる。
どこか眠たげで、ウェーブがかった髪もところどころ寝癖がついていた。
声もアンニュイで気だるそうな様子だったが、ロゼッタと僕を見るや、はっと顔を引き、ドアを閉めてしまった。
『も、もうっ、ロゼッタ! お客さんを連れてくるなら先にそう言いなさいよっ』
「この間言ったじゃないですか。夜更かしばかりしてるからそうなるんですよー」
ドアの内と外とで、呆れ顔のロゼッタと女の人とが言い合うのがちょっと面白かった。
「――改めまして、この村の村長代理をしているアーシーといいます。初めまして」
そうして、色々と準備に時間を掛けた末、家の中まで招待されてから改めての挨拶となった。
肩ほどまでのウェーブがかった栗色の髪、水色の瞳。
ちょっと化粧をしているのか、最初に見たときよりも目元はすっきりしていたし、頬の色とかも鮮やかになっていた。
背の高い優しそうなお姉さん、というのが今の印象だろうか。
服装も、村で見た他の女の子と比べて大人びてゆったりとしていて、余裕を感じる。
「初めまして。その……エリクといいます。ロゼッタにはお世話になっていて」
「ええ、よく聞いてますわ。何かと言うとロゼッタが『エリクが、エリクが』と話すものですから」
ニコニコ顔で対応してくれるが、先ほどのお返しとばかりにロゼッタの名前を出してくる。
意外と抜け目ない性格なのかもしれない。
「そ、そんな事、何も言わなくても――」
やられたとばかりに、ロゼッタは頬を赤くしながらアーシーさんを睨み付ける。
「エリクさんは記憶を失っているとかで、なにやら大変そうですが、今後の見通しは何かあるのですか?」
三人、卓について朝のお茶会みたいな感じになっていた。三人分のカップにポット、それから小皿の上のビスケット。
じっと抗議めいた視線を向けるロゼッタを気にもせず、アーシーさんは僕を見つめて微笑みかけてくる。
「とりあえず、ロゼッタに恩を返したくて、畑を全部使えるようにしたいっていうのと、少しずつでも作物を育てていけたらって思っています。そうやっていく内に、何か記憶を取り戻せたらって」
「なるほど。では、しばらくはロゼッタの家で暮らすつもりなのね?」
噛み締めるように呟きながら、カップの中のお茶を一口。優雅な仕草だった。
「……何か、問題があるんですか?」
噛み付くようにロゼッタはアーシーさんに問う。
「会う前は『いたいけな村の少女と見知らぬ記憶喪失の男とが一緒に暮らすなんて危ない』と言おうかと思ってたけど、エリクさんを見るととても……なんというか、そんな危険がなさそうに見えてしまって、私も戸惑っているのよ?」
「当たり前です。エリクは優しい人だもの。危ないことなんてなんにもないんですから!」
困ったわ、と、悩ましげにため息をつくアーシーさんに、ロゼッタは熱が入ったように語り始める。
「私の家の畑だって、エリクが頑張ってどんどん使えるようにしてくれてるんです!」
「それも貴方から何度も聞かされてるわ。一日に何度も何度も言うから、もうソラで言えてしまいそう」
「はうっ」
そんなロゼッタも、アーシーさんの一言で黙らされてしまう。強かった。
場の空気は完全にこの人が握ってる感じで、僕も緊張してしまう。
「――まあ、こんな感じでロゼッタは村中の人に貴方の事を話してるから、村で貴方の事を全く知らない、という人はいないはずだわ」
今度は僕をじ、と見つめながら、やんわりとした雰囲気で話しかけてくる。
「加えて言うと、話を聞くだけだと初心な村娘が怪しい余所者の男に騙されてるようにしか聞こえなかったのだけれど、実物を見ると全くそんな感じがしなくてホッとしてるから、安心して良いですよ?」
警戒する気もなくなりました、と、にこり。
僕としては喜んで良いのか複雑なところだけれど、変に怪しまれるよりはマシかなあという気もする。
「そ、そうですか……」
なので、半笑いになってると思う。
アーシーさんも、そんな僕を見てか口元を押さえて笑いを堪えているようだった。
「村の人は皆、変なところ心配しすぎなんです。警戒心が強すぎるっていうか、他所の人を怖がりすぎるっていうか」
不満げにロゼッタがぼやくも、アーシーさんは表情一つ変えず。
「貴方が特別警戒心薄すぎるだけなんだけどね。端から見ていて不安になるのよ」
もっと周りに気を配りなさい、と、年上の人らしい指摘までするのだ。余裕たっぷりに。
「そんな事、ないもの……」
ロゼッタはぷーっと可愛らしくむくれて、そっぽを向いてしまった。
「ロゼッタはこう言うけれど、村の人は皆、この娘を心配しているのよ。だからねエリクさん、まずはその心配を安心に変えること。それが、貴方がこの村ですべきことだと思うわ」
「もっと、村を回ったほうが良いっていう事ですか?」
「勿論それは大切だけど、それだけではただ貴方が怖い人ではないっていうのが解るだけ。ロゼッタと一緒に居ても心配が無いと、そう村の人に信じて欲しいのなら、相応に頑張る必要があるんじゃないかしらね?」
なんにもせずに信頼は得られないわ、と、どこか試すように見やりながら、アーシーさんは小皿の上のビスケットを割る。
「例えば一つ。村の人が困っているところを、貴方が助けたとしたら。勿論、助けられた人は感謝するでしょうし、その分だけ貴方を信頼して、根拠なく悪く言う人が居たら、それを止めてくれるかもしれないわ」
割ったビスケットの一片をお茶に浸して柔らかくし、口に運ぶ。
「またもう一つ。この村にはかつて、マーシュさんというとても偉大な農夫がいました。他ならぬロゼッタのお父さんですが、村一番の働き者で、たくさんの作物を育て、大量のグリーンストーンを採掘し、豊かな恵みを自分達だけでなく、村の多くに行き渡るよう、尽力してくれました」
ちら、とだけロゼッタを見やり、また僕に視線を戻す。
「彼と同じくらいとはいかないまでも、いくらかは村に貢献できれば、当然その分だけ村の人達は貴方を認めてくれるでしょうね」
これも大切なことだわ、と、もう一片を、そのままぱり、と、口に運ぶ。
「最後に一つ。これはあまりあってはならないことなのですが、村にもモンスターや凶暴な獣、盗賊などが接近する事があるかもしれません。こうした『村に害悪を及ぼす恐れのある危険な存在』を討伐してくれたなら、勿論、私は村の代表として貴方の活躍を村の人達に伝えますし、貴方自身にもお礼をするつもりですわ」
個人的にですが、と、先ほどまでとは違う眼で僕を見る。
なんとなく色っぽいというか、艶っぽく感じる視線で、思わずどきりとしてしまう。
「なんと言っても、貴方はこの村で唯一無二の歳若い、働く事の出来る男性ですから。村の人達は、貴方の動向には当然意識を向けるでしょうし、貴方が信頼するに足る存在だと解れば、相応に頼ることも多いと思います」
アーシーさんはそこで止めるが、僕には『それでも問題ないですか』と聞いているように感じられた。
この村に留まること。つまり、僕がロゼッタの為に働けば働くほど、村の人達にも頼られるかもしれないという事になる。
それでしんどくないか。辛くはないか。人に頼られるのが嫌ではないか。そういう事なんだと思う。
「信頼されるように、信用してもらえるように、頑張ろうと思います」
だから、僕はそれを受け入れた。
ロゼッタと一緒に居ても誰からも笑われない、そんな村の一員になろうと。
今僕に出来ることは少ないだろうけれど、それでも少しずつ増やして行こうと誓ったのだ。
「――よろしい。村を代表して、このアーシーが貴方を村の一員として迎えましょう。胸を張りなさい。余所者と嘲られぬよう、ロゼッタを笑われぬよう、善い村の男となってください」
期待していますわ、と、包容力を感じる優しい瞳で微笑みながら。
アーシーさんは僕にビスケットを一枚、手渡してくれた。
「――はい」
頷きながら、それを受け取り、割らずに口に放り込む。
ビスケットは堅かったけれど、それを無理矢理に噛み砕いて飲み込んで見せた。
「ふふっ――見た目に反して男らしいのね。先が楽しみだわ」
そんな僕に満足げに笑うアーシーさん。
「……」
そしてロゼッタは、どこか神妙な面持ちで僕とアーシーさんの二人を交互に見ていた。
「――もう、エリクが認められる手前、仕方ないことだけど……あんまり、無茶して安請け合いしなくてもいいからね?」
アーシーさんの家から出た後、次の場所へと歩きながら、ロゼッタが眉を下げながら、そんな事を言いだす。
「エリクが頼られるようになるのは嬉しいけど。でも、それでエリクが疲れちゃったらなんにもならないんだから」
自分を最優先で、と、指を立てながらに忠告してくれる。
「うん。あくまで自分に出来る範囲にするよ。少なくとも、今のうちは僕に出来ることなんて限られてるしね」
何ができるのかはまだ解らないのだ。
なんとなく戦うのに向いてるかなあ、くらいしかないので、色々試す必要はあるのだろうけど。
でも、無理に急ぐことは無いだろう。
いや、早く助けてもらった恩は返したいけど、ただそれだけじゃないのだ。
「……それならいいけど」
僕が素直に聞いたからか、ロゼッタはそれ以上何かを言うでもなく、前を向いて歩く。
僕もそれに合わせてその隣を歩く。この位置が良い。ロゼッタの隣は、好きだった。
「ここが、この辺りで唯一の教会。この村にはお医者様がいないから、怪我をしたり病気になったりした時には教会頼りになるわ」
次に到着したのは、十字の紋章が描かれた古い建物。
小さかったので一人で村を回った時は気づかなかったけど、近くで見ると立派な教会だった。
「教会で怪我とかの治療をしてくれるの?」
「ええ。無料で、とはいかないけれど、少しくらいの怪我や病気ならすぐに治してくれるの。ここのシスターは薬草にも詳しくって、傷薬や毒消しの調合も得意なのよ」
とても頼りになるわ、と、にっこり微笑む。
「僕にとってもありがたい所なんだね。中に入るの?」
「ええ、勿論。お祈りがてら、シスターに会っていきましょう」
ほら、と、僕の手を自然に取って引っ張っていく。
こうしてロゼッタと触れ合えるのが、なんとなく気恥ずかしいのだけれど。同時に嬉しくもあった。
「あら、ロゼッタさん――それから、そちらの方は?」
ステンドグラスに彩られたささやかな礼拝堂。
女神像の前で一人跪き、祈りを捧げていたシスターが、立ち上がって僕たちの方へと歩いてきた。
修道服に身を包んではいるものの、年齢的には僕やロゼッタより少し上くらいのお姉さん、というより女の子と言った感じ。
意外と言えば意外で、薬草に詳しいというからてっきり高齢の方なのかと思いこんでいたので、これはちょっとした驚きだった。
「シスター。こちらは前に話していたエリクです。エリク、こちらがシスター・セリカ」
「初めましてシスター」
「ええ、初めまして……私、ロゼッタさんに聞いた話で、もっと逞しくて背の高い方を想像しておりましたが……ふふっ、可愛らしい容姿の方でしたのね」
やはりというか、会話に僕の容姿が真っ先に挙がる。
そんなに皆気にしていたのだろうか。そして今の僕はそんなに安心できるのだろうか。
「礼拝堂はいつでも開いていますから、女神様にお祈りしたい時や、懺悔したい時には気軽にいらしてくださいね」
「はい。何か悩みがあったら、聞いてもらおうと思います」
年齢的には若いものの、そこはシスター。
慈愛のこもった笑顔で微笑んでくれるので、なんとも安心できてしまう。
ロゼッタとは違う意味でほっとする、心落ち着く笑顔だった。
「それと、聞いているかもしれませんが、怪我や病気の際にも気兼ねなく。ある程度の薬も用意がありますから。ただ、お布施という形で、いくらか報酬を頂いておりますが……」
「そちらの方は、できるだけ世話にならないように気をつけたいと思います」
お金がかかるから、というよりは、ロゼッタを心配させることになりそうなので、そうならないように気をつけたい。
ロゼッタもうんうんと頷いているし、『機会があったら』なんて言わなくてよかったと思う。
「そうですね。怪我や病気はなさらないに越したことはありません。この教会の信仰はあちらの『豊穣の女神様』にありますが、女神様は人々が傷つくのを好みませんので……」
「優しい神様なんですね。神様も、色々居ると思ったけれど」
「ええ。様々な神が居て、いずれかを好ましいと信仰するそれぞれの教会があるのです。この教会に出入りする以上、ご自身の身体には出来る限りの自愛を向けてくださいね」
健康なのが一番なのです、と、シスターはたおやかに微笑む。
神秘とか、そういったものは感じないけれど、その笑顔はどこか優しくて。
「はい。女神様に嫌われないように、気をつけたいと思います」
だからか、僕はシスターと、それから女神像を見て、静かに一礼した。
その後、女神像にお祈りをして、次の場所へと移動する事となった。
向かった先は、市場の近くにあるお店。
最初に通りかかった時には看板が裏返しになっていたけれど、今ではかわいらしい花のマークが描かれた看板が出ていた。
「ここが村の雑貨屋さん。食料品や農業に使う資材、色々と扱っているわ」
説明ながらに、ロゼッタはお店へと入っていく。
ぎぃ、という小さな音を立て、ドアを押してゆく。
「いらっしゃいませー」
店の中、カウンターには、黒髪赤眼の女の子が一人。ロゼッタと同じくらいの年頃だろうか。
白いドレスに緑の薄いショール。清潔感を感じさせる白いスカーフを頭に、髪先には白い小さな花が飾られていた。
「あら、ロゼッタじゃない。そちらの彼は……この間話してたエリクくん、かな?」
「そうよ。エリク、この娘はこのお店の店主のステラ」
にこやかあに女の子同士の話が始まりそうでいて、先ほどと同じ流れで僕に投げられる。
「初めまして。よろしくおねがいします」
「はいはい。よろしくねぇ。うん、ロゼッタの言うように大丈夫そうねぇ」
まじまじと僕の顔、それから上下を見ながらうんうんと楽しげに頷くステラ。
ロゼッタも「そうでしょう」と、何やら満足げであった。
「聞いてるかもしれないけど、うちは雑貨屋さんだから割と何でも扱ってるよ。もし村で売りたいものがあったら、私の所に持ってきてくれれば買い取るから、遠慮なく持ってきてね」
カウンターに立つステラは、その赤い瞳を僕に向けながら、にぃ、とはにかむ。
「作物とかでもいいの?」
「勿論だわ。村の人達みんなが農業をしてる訳じゃないし、食料はなんだかんだ必要なの」
シスカに売るのもいいけど、いつもいる訳じゃないみたいだし、いない時はステラに売るのも良いかもしれない。
どちらに売るかは迷うところだけど、いつでも売れるというのは結構大きいんじゃないだろうか。
「ただ、ごめん。あんまり変わったものを持ってこられても、私は鑑定とかできないから。見た目で売り物にならなさそうなものは、流石に買い取りは難しいから、先に断っておくよ」
「鉱石とかは買い取ってくれるの?」
「モノによるかなあ。グリーンストーンは、ガンドさんの方が高く買ってくれるはずだし、いるならそっちの方が良いよ。安くても私で良いっていうなら、喜んで買い取るけどね」
安く買えるの大好き、と、屈託無く笑う。
この辺り、同じ商人でもシスカと違ってかなり明るいというか、朗らかな女の子に感じた。
「種とか、農具とかも売ってるんだね」
店の棚を軽く見て回ると、色んな植物の種や苗、それから、ちょっとした農具、刃物も売られていた。
「ナイフや包丁もだけど、刃物金物は鍛治屋さんがあるから、お金に余裕があって良い物が欲しいなら、うちよりはそっちに行って直接依頼したほうが良いかも?」
商人らしからぬこの正直さ。稼ぐ気はあるのだろうけれど、いいのかなあと思ってしまう。
「農具とかは、体型に合わないと使いにくいって聞くものね。お父さんのクワを使ってるけど、エリクは大丈夫?」
「今のところは特には……だけど、鍛治屋さんか」
そういえば、僕のブーツもそちらで直してもらった、と、ロゼッタが言ってたのを思い出す。
「昨日から山に篭っちゃったから、またしばらくは戻ってこないけどね。材料になる鉱石集めが大変なんだよねえ」
鉄は西の洞窟じゃ採掘できないから、と、ステラは頬をぽりぽり。
ロゼッタもこくこくと小さく頷いていた。
「本当は今日、一度に紹介できればよかったんだけど……またの機会ね」
「そっか。残念だけど、仕方ないね」
間が悪いというべきか。でも、僕のブーツが戻ってきた後でよかったのかもしれない。
何せとても頑丈なブーツだ。洞窟とを往復しても、農作業をしていても痛む気配がない。
良い仕事をしているのは、素人の僕にも良く解るくらいだった。
「ステラ、服を作りたいんだけど、新しい生地はあるかしら?」
少しの間、二人で店の中を眺めていたのだけれど、やがてロゼッタがカウンターのステラに注文をかけた。
「ん? 生地なら、この間ロゼッタが買っていったので全部だわ。今は入荷待ち。もう全部キルトにしちゃったの?」
「半分くらいはエリクの服の材料にしちゃったから。残りはもう縫い終わってるけどね」
「えっ? こんな短い期間で服まで縫ったの? 相変わらず手先が器用ねー」
驚きながらも感心したように息をつくステラ。
そういえばロゼッタはいつも針仕事をしていた気がする。
「ロゼッタって、縫い物が得意なの?」
「えっ? あ、ううん。そんな事ないわ。人並くらい」
大した事無いわ、と、手をわたわた振って否定するロゼッタ。
だけれど、ステラは首を小さく横に振って「それはないわ」と苦笑い。
「この村でキルト縫わせたらロゼッタの右に出る人なんていないよー。行商の人もよく売れるからって欲しがるくらいだもの」
「そうなんだ。すごいんだねロゼッタ」
なるほど、確かに僕が気が付いてからの短期間で服まで用意できたのだから、縫い物の上手さは抜きん出ているのだろう。
素直に感心する。そんな器用さが羨ましい。
「も、もう、ステラったら……恥ずかしいなあ」
褒めたはずなのだけれど、ロゼッタは頬を赤くしながらそっぽを向いてしまった。
どこか落ち着かない様子。照れてるのだろうか。
「と、とりあえず挨拶はこれくらいでいいかな。ステラ、また来るから」
「はーい。それじゃ、エリク君も、またねー」
僕に目配せしてからお店を出ていくロゼットに、にこやかあに手を小さく振ってくれるステラ。
僕も小さく頷いて返し、ロゼットの後に続いた。
「大体、村の主要なところはこのくらいかなあ。村で決め事をする時は村長さんの家か、教会でするのが習わしね」
ステラのお店からの帰路。
家へと向かう道を並んで歩きながら、ロゼッタは説明を続けてくれる。
「回ってみて思ったけど、結構賑やかな村なんだね」
ちゃんとした店舗を組んでいるお店は少ないけれど、行商が集まる広場もあるし、教会もきちんとある。
家の数も畑の数も多いし、村としては結構規模が大きい気がする。
「そうね。ラグナはこの辺りでは一番大きな村よ。だから、時々他の村の人とかもきたりする。村に慣れても、エリクが全く知らない人が来る事もあるから、そこは気をつけたほうがいいかなあ」
指折り数え、それから僕の方を見て首をかしげるような仕草。可愛い。
「やっぱり、村の外からは教会に用事があってくる人が多いのかな?」
「うん。心の安寧の為に、というのもあるし、病気や怪我の治療の為にシスターを頼る人もとても多いわ」
大切な事よ、と、正面に視線を戻しながらぽつり。
「後は……村から離れた場所にあるところが問題かなあ。それは、家についてから地図を見ながら説明するわね」
「解った。そうと解れば、急いで帰らないと」
時間は有限。ロゼッタと一緒に歩く道は楽しいけれど、やらなきゃいけないことはとても多いのだから。
「ふふっ……エリクったら」
ちょっとだけ早足で歩く僕を、後ろから笑いかけてくれるロゼッタ。
僕もつい、笑ってしまう。何故だか解らない。
「待ってよエリク。ふふっ」
そうして、駆け足で寄ってきてくれる。隣にロゼッタ。僕はまた早足で前に進む。
離れてはくっつく。この距離感がどこかもどかしくて、温かくて。
子供遊びのように、家に帰るまでの間、二人、続けていた。