#19.見覚えのある人の、見覚えのない顔
「あら、こんなところで村の英雄殿がいらしたなんて」
赤髪の、腰ほどまでの長い髪に、貝殻のブローチ。
特徴的な髪飾りは見覚えがあって、その人は僕の知り合いで。
「村の外の人かしら……? エリク君、見覚え、ある?」
「リゾッテ村の人……だったかな?」
「ええ、そうよ」
ミースも知っているはずだけれど、やはりあの一瞬だけでは顔までは覚えていないのだろう。
僕はすぐ気づけたけれど、それはあくまで前の人生の、それもかなり終盤に直接話したからだし、そうでなければ、少なくとも今のところは、うちの村には関係のない、よその村の女性なのだから無理もない。
「ピオーネと言うわ。貴方達は一度、リゾッテ村に来てくれた時に見た覚えがあるから……村を救ってくれた英雄カップルよね。狩猟ゲームも見させてもらったわ。とっても格好良かった」
「か、カップルじゃ……」
「はい」
「はいって、エリク君!?」
恥じらってるミースも可愛いけれど、話が進まないのでばっさりとカットしてゆく。
ピオーネさんがここにいる理由。
いや、それ以上に、彼女が抱いている人形に、見覚えがあった。
「その人形は……?」
「私の大事にしていた宝物よ。いつも遠出の際には必ずこうして一緒に旅をしているの……」
古びたアンティーク人形。
これはピオーネさんのだったのか、と、その幼い顔立ちに安堵する。
(今度は主人と離れ離れにならなくて、よかったな)
なんでか、僕は人形の方に妙に感情移入してしまっていた。
こんな、人形好きでもなければがらくたにすら見える、古い人形なのに。
「私はね、服飾職人をしているの。この村にいる間は広場にお店を出すから、もしよかったら広場で見ていってくれると嬉しいわ」
「そうなの! 男物もある?」
「勿論よ。リゾッテにエリクさんがいらした時から、男の人向けの商品もまた扱うようにしたの。週感覚でリゾッテと往復するからいつでも必ずいる訳ではないけれど、いる時には是非」
「良いことを聞いたわねエリク君。これでもうオシャレをできない口実はなくなったわね!」
今までどれだけ待っても全然広場にきてくれなかった服飾屋さんの代わりに、とでも言うのだろうか。
僕としても、ミースが用意してくれた服以外にも服があるのはありがたいので、まずは広場に行ってみたいと思う。
何よりミースがウキウキなのがいい。やっぱりお洒落さんには新しい服がそこにあるというだけで心が躍るのだろう。
「じゃあ、一度見に行かないとね」
「うふふ、楽しみねエリク君。じゃあ、ピオーネさん、また」
「ええ、お店に来てくれる時を楽しみにさせてもらうわね」
「さようなら」
たおやかに微笑みを見せてくれるピオーネさんは、赤髪が夕焼けと重なっているのもあって、とても鮮やかで、そして綺麗な顔立ちをしているように思えた。
「それにしても、ほとんど面識がなかった人なのに、声をかけてくるなんてね……ちょっとびっくりしちゃったわ」
「そうだね。支援物資を運んだのもそうだけど、狩猟ゲームのおかげもあったのかな?」
僕としても、この村にピオーネさんが来ていて、服飾職人をしていたとは思いもしなかったので、これは純粋に驚きだった。
腕に人形を抱いていたのもそうだけど、いつもそうなら、居たらそうと気づきそうなものなのに。
実際には声を掛けられなければ存在すら気付かなかったのだろうから、向こうから声をかけてきてくれたのはありがたかったのかもしれない。
「なんだ、あんなゲーム、無茶苦茶だと思っていたけれど……良い面もあるのね」
「見てくれた人には印象深かったのかな? でも、ちょっと嬉しくなっちゃうね」
「うふふ、そうね! 家に帰ったらパパに自慢しましょ! 新しいお話のネタにもなるかもしれないし!!」
執筆に悩んでいるらしいプラウドさんは、相変わらず自室で悩み続けているようだけれど。
こんな僕たちの話でも、もしかしたらそれを乗り越えるきっかけになるかもしれないと思うと、確かに面白くもある。
そうだ、僕の人生は今、こんなにも起伏に富んでいる、様々なものが詰まったものだったんだ。
出会い一つで、気付けることはたくさんあって。
気付けるはずだったことをたくさん、本当にたくさん戦場に置いてきたんだと思うと、僕は、とても大きな喪失をしたのだなと、今更のように思い始めていた。
今からでも、少しでも思い出していければと、そう思いながら。
今ばかりは、楽しい気持ちで家に帰ろうと、先を小走りになるミースを追いかけるように走り出した。
秋が終わり、夜が冷え。
空はしんしんと静まり返り、静寂が支配する。
眠り落ちる僕はしかし、誰かの視線を感じていたのだ。
『……ね? 今はまだ、平穏でしょう?』
『そのようね。メリヴィエール。今はまだ、行動を起こす時ではない、という事か』
『どこの村だってそうですよ? 彼らのおかげで争いの元は断たれ、みんな幸せそうに笑っていたでしょう?』
『……まだ、信用ならない。人はどこまでも、信用ならないから』
『そんな寂しいことは言わないでください……信用できる、人間だっていますから』
『メリヴィエール。貴方だから言うけれど……私はまだ、過去の事を忘れられてはいないのよ』
『ガンツァー……』
脳髄に響く、上位存在の声。
ガンツァーという化け物と、メリヴィエールという女神様と。
どちらも人の身ではどうにもならなさそうな、遥か高みの存在が、僕を見ていたような気がして。
その会話が聞こえたような気がして。
そうしてそれが、わずかながら希望と安堵を伝えてくれていることも、理解できていた。
(なんだろうな……あの人はやっぱり、僕達を見て判断材料にしていたのか……?)
もしそうなら、あくまで今は今だけ。
この先の事も考えて、頑張らなければならなかった。
とりあえずは、命は繋がった。
これから先は、完全なる未知の、冬なのだから。




