#18.秋の奇祭は静かに終わる
三日目の狩猟が終わってからは、メリウィンは少しずつ落ち着いていき。
最終日の満月の夜は、村中総出で広場に集まり、穏やかに皆で焚火を見つめていた。
「なんだかんだあったけど、今年は楽しかったわね、メリウィン」
「去年はそうでもなかったの?」
「こんなに賑やかではなかったわ。周りの村の人なんて来なかったし、行商もそれなりにはいたけれど、村の人たちがそもそも、そんなに盛り上げようとはしてなかったわね」
ミースと二人、並んで焚火を見つめながら、静かに語り合う。
美しい月夜。けれど、炎に照らされるミースの顔は、どこか寂しさも感じさせるもので。
「今は想像もつかないかもしれないけどね、男の人のいない村って、すごく寂れてたのよ? 皆意気消沈してて、オシャレとかも、あんまりしようっていう人がいなくって、張り合う相手すらいなかったわ」
「ステラとも?」
「ステラ? あの娘はエリク君が来てから急にそういうの気にしだした口よ。それより前は、オシャレのオの字も興味なかったし」
「そうなんだ」
ステラが聞いたら赤面して反論しそうな事だけど、でも、そうなのだとしたら。
この村に僕が一人いる、という事は、この村にとって、とんでもない変化だった事になるのか。
そういえば、何度も言われた気がする。
僕は、この村で唯一の若い男性なのだから、と。
それは、労働力的な意味で、戦闘力的な意味で、そして、夫になるという意味で重要な事なのだろうと思っていたけれど。
それ以上に、村の女性たちにとっての、意識の変化を促す意味で重要だったのかもしれない。
「皆変わったのよ。エリク君が来てから。エリク君が居てくれたから、まだ誰も泣かずに済んでる」
辛い思いをせずに。悲しい気持ちにならずに。
それは、リゾッテ村で言い争いをしてしまった人たちのように、絶望感から来る、諦観から来る辛さ、悲しみなのかもしれないけれど。
それがやはりこの村にもあって、それでもなんとかしようと、こんな奇抜なお祭りを考えたのだとしたら、アーシーさんはきっと、すごく頑張っていたんだと思う。
「アーシーさんはね、あんな人だけど、尊敬もしてるのよ」
僕がアーシーさんの事を考えているように、ミースもまた、考えていたらしく。
ミースの翠色の瞳から焚火が消え、代わりに映ったのは、アーシーさんの姿。
行商達に囲まれながら、お酒をぐびぐびと飲んで笑っていた。
「だって、皆が諦めてて、もうだめだって思い始めてる人もいたのに、あの人だけは諦めずに村を盛り上げようとし続けてたの。最初は村長の仕事なんて何もわからなかったお嬢様がよ?」
そうは見えないでしょうけど、と笑いながら。
けれど、僕が知らないアーシーさんを、ミースは確かに知っていたのだ。
「毎日毎日遅くまで勉強して、いつも村中駆け回って必要なことを報せて、思いついた良いと思ったこと全部実行してた。この村がまだ村の体裁保ててたのは、ロゼッタが皆にお金を貸してたのもあるけど、間違いなくアーシーさんのおかげでもあるのよ」
「すごいね。アーシーさん」
「そうよ。すごいの。デザインセンスは最低だったけどね」
あれはほんと酷かったわ、と笑顔になりながら。
けれど、笑っているのは尊敬してた人を褒められたからだと、なんとなくそう思った。
「今回のお祭りだって、あの人は必死になって色々考えてたんでしょうね。だからその……変なお祭りだし、エリク君も大変だったでしょうけど、嫌いにならないであげて」
なんでアーシーさんの事を話し出したのか、という疑問は、そこではっきりとした。
ミースは、この祭りが好きなのだ。
口でなんだかんだ言っても、気に入っていたのだ、きっと。
「かぼちゃ頭も大変だし、芋掘りは楽しかったけど突然すぎたし、狩猟ゲームはそれはもう命がけだったけど――」
だから、僕も空を見上げる。
満天の星。綺麗な満月。
穢れ一つない星は、僕の横でも輝いていて、とても綺麗だった。
「――でも、とっても楽しかったよ。メリウィン」
前の時、全力で楽しまなかったのが惜しいと思えたくらい。
結婚を焦らず、もっと色々楽しんでから、ロゼッタともっと絆を深めてから結婚していたなら、僕は後悔なんてせず、こんな複雑な気持ちにもならずにいられたのだろうか?
いいやそんなことはない。
だって、僕の気持ちなんてあの時は、操られていたようなものなのだろうから。
『これまではチュートリアルだから強制的にロゼッタルートだったけど、これからは一部隠しヒロイン以外のルートが解放されたの♪ エリク君が好きなミースのルートもこれからは選べちゃうんだから♪』
強制されていたのだ。
強制的にロゼッタを好きになっていたのだ。
だから、僕はロゼッタを好きという事にされていたのだ。それは間違いない。
間違いないけれど……
(でも、僕は、ロゼッタルート、とかいうのを最後まで進められなかった……?)
もしアリスの言っていた通りなら、僕はまだ、ロゼッタとの話を進められたのではないか。
選ぶルート次第では、もう一度ロゼッタと結婚して、今度こそ本当に、本当の恋人同士になれたかもしれないんじゃないか。
今のミースのように、まだ知ることのできないロゼッタの何かがあって、それを知ることがあったら、今ミースに感じている愛着にも似た感情を、ロゼッタにも感じていたんじゃないだろうか。
(抜け落ちてる部分も、あるよな)
記憶がないのはどこまでが本当なのか解らない。
前回の人生の内、どこまで僕が覚えているのかが、今の僕にはわからない。
基本的な部分は全部覚えているように思えて、ロゼッタとの結婚後の生活のかなりの部分、忘れているような気がする。
何か、大事なことも。
「――エリク君は、お祭りを楽しんでくれてたのね。良かったわ」
だけど、そんなことは今のミースには関係なくて。
そして、その時と同じ轍を、ミースの隣で踏みたくはないと、そう思っている自分もいた。
――守りたい。この、無邪気な笑顔を見せてくれる女の子を。
心から綺麗だと思える、そんな女の子との日々を、守りたい。
前の時にガンツァーが来た冬は、もう間もなく始まろうとしていた。
リゾッテ村は、今はもう争いとは無縁の穏やかな感じの村になっているし、他の、周辺の村だって同じように助けられるだけ助けた。
おかげで今回のメリウィンにも、周辺の村から沢山の来客があったくらいで。
それもあって賑わいがさらに増していて、祭りがとても楽しい。
「来年の祭りも、きっと楽しくなるはずだよ」
「ふふっ、もう来年の話? 年明けまでまだ早いのに……でも、うん」
ミースは笑うけれど、僕にとっては切実な問題で。
そして、それが起きてからではきっと、手遅れなのも解ってしまっていた。
今の僕には、まだガンツァーと渡り合えるだけの力は、無いのだから。
「頑張るよ、僕」
残りの日数がどれだけなのかも分からない。
猶予があるのか、全く違うルートに進んだのかすら解らない。
だけどもし来たら、同じ展開にはならないようにしたいと思う。
だって、一度結末を見て知っているのに同じ展開になるなんて、そんなのあんまりじゃあないか。
少しでも何か、違う結末にしたい。幸せになりたい。
そう、幸せになりたいと、そう思えたのだ、今の僕は。
「……エリク君」
僕が変に真面目な顔をしているからかもしれない。
ミースも僕の顔を見てキョトンとしていた。
「ええ、頑張りましょうね」
だけれど、ミースは手を取ってくれた。
一人で戦おうとしていた僕に。一人で苦難を乗り越えようとしていた僕に。
二人で、歩んでくれようとしていた。
「うん」
それがもう、それだけで、嬉しかった。
僕は一人じゃないんだと。何度人生を歩んでも、きっとミースは同じように力を貸してくれるに違いないから。
寄り添ってくれるのが、肩を並べてくれるのが、こんなにも嬉しい。
僕にはもう、そんな『仲間』はいないと思ってしまっていたから。
焚火が静かに弱くなってゆく。
誰かが祭りの終わりを告げる事もなく、一人、また一人潮時と考え家や馬車へと戻っていき。
僕達もまた、帰り道を急ぐ。
また楽しみたいな、と思っているとき、見覚えのある影が、僕の前に現れた。




