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アイアムバグゲープレイヤー!!  作者: 海蛇
五章.夏の再来・秋の奇祭

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#16.血色の握撃

 開幕の流れは完全に僕たちの優位に向いていた。

右前足に罠が突き刺さり、胴にはショートソード、そして頭部には投石によるダメージ。

特に投石は、その辺の魔物ならそれだけで昏倒しかねない威力だろうけど、流石は熊というべきか、しぶとい。

『グギャォォォォッ! ブフォッ!!!!』

立ち上がり、僕に向けて鋭い爪が振るわれる。

剛腕から繰り出される風切音(かざきりね)

「――っ」

これを、罠を敷いた樹を盾にするように避ける。

《メキメキメキ――ボコォッ》

「なっ――」

僕の代わりに直撃を受けた樹が、そのままバリアント・ベアの腕の力で強引にへし折られてゆく。

間に樹があろうが関係ないとばかりに、その後ろにいる僕を樹体ごと潰そうとしたのだ。

すぐさま逃げの姿勢に入る。

「――エリク君っ」

《パシィッ》

『ぐぉぉぉぉぉっ!? フスッ、スンスン――』

追撃しようとしていたバリアント・ベアに、ミースからの投石が当たるも。

今度はそこまでのダメージではないのか、冷静に鼻先を鳴らし、何かを探ろうとしていた。

「ミースっ、離れてっ」

「えっ――」

敵の狙いは、ミースだ。

そう直感で悟り、声を荒げ。

僕は転換し、バリアント・ベアへと仕掛ける。

「喰らえ――」

剣とナイフ、同時に構え、バリアント・ベアの胴へと刺突狙い。

『ぐぉっ!? がぁっ!!!』

狙いに気づいたのか、それとも本能的に危機を悟ったのか、咄嗟に一撃を繰り出してくる。

正面からの刺突狙いでは、首が狩られる。

(まずっ――)

飛びかかろうとした身体を無理やり前傾姿勢に持っていき、そのままダイブ。

《ビュォッ》

髪先が風圧に削られる感覚を肌で感じながら、地についた左手をバネに、右へと飛ぶ。

『グブゥッ……』

それに追撃しようとして、けれどバリアント・ベアは、先ほどの罠のダメージで右の前足が思うように動かず、痛みでためらっているようだった。

(こっちからか――っ)

その隙に武器を再度構え、突する。

正面からでは僕の反応速度以上の攻撃が飛んでくる。狙いも正確だ。

だけれど、右ならあるいは。

目の前の獲物の反応速度を超え、一撃を狙い。

「くら、えーっ」

『グェッ、ギィィィィィッ!!!』

今度は移動を終えたミースの援護射撃が入り、明確にバリアント・ベアの意識がそちらに向く。

「お前の敵は、僕だっ!!」

胴へと突き刺さる刃。

直後反撃が飛んでくる気配を感じ、バックステップで距離を離し。

バリアント・ベアが空振りしたのを見てからダガーを投げつけた。

『グガァッ!? ガァッ、ガァァッ――ッ』

首を狙ったけれど、微妙にずれて肩口に突き刺さる。

それでもダメージには違いない。

盛大に血を吹いて、バリアント・ベアは立ち上がり続けられず、再び四つ足となる。

「畳みかけるっ」

「解ったわ!」

僕達は、連携が取れていた。

弱っていくバリアント・ベアに、とどめを仕掛けようとした。

死力を尽くすかもしれない。最大の抵抗が始まるかもしれない。

そう思い警戒しながらも、僕は残ったナイフで飛びかかる。

『グギャァッ、グギャォォォォォォォォォォォォッ!!!!!』

身の毛もよだつような叫び声をあげながら、左腕を振り上げ強烈なスタンプを叩きつけてくる。

けれど、熊は人間のフェイントなど読めない。

その場には僕は居らず、僕は――飛んでいたのだから。

「――しゃぁっ!!!」

『グベッ――ギャウ――ッ』

ダガーで傷を負わせた肩口にナイフを突き刺し。

再び立ち上がろうとしたバリアント・ベアが、けれどそれ以上の抵抗はできなくなり、ぐったりと倒れこんだ。

「やったわね!」

ミースの声。草揺れの音。

「うん。なんとか――」

無事、狩猟成功。

動かなくなったバリアント・ベアを前に、僕も油断があった。

だけど、動物というのは人間とは違って。

『――グバァッ!!!』

死んだふりという奴をしてくるのを、僕は失念していた。

「なっ――」

「えっ、エリク君っ、逃げてぇっ!!」

今度は僕が逃げる番か。

そう思い、けれど、僕が動き出すより早く、バリアント・ベアは僕へと拳を向けていて。

《ブォンッ――》

振り降ろされた。

「ぐぁっ」

激しい勢いの攻撃を背中から受けて、そのまま派手に吹っ飛ばされ、かなり離れた場所にある樹に叩きつけられる。

背筋から走る、不慣れな激痛。

「うぐっ、ぼっ……げほっ――うぇ……」

背中の痛み以上に、強烈な吐き気に襲われ、嘔吐してしまう。

痛い。こんな傷み、初めてだ。

戦争の世の中だ。戦場が僕の人生だった。

敵に切られたことだって、ナイフが刺さったことだって、罠に足を穿たれたことだってあった。

魔物にお尻をかじられたり、変な病気にかかって死にそうになったり、苦しいことは一杯あったのに。

なのに今、僕が受けている痛みは、そんなものよりずっと辛くて。

(どう、して、こんな――)



 死ぬときは、死ぬ。

それが、戦場で育った僕が、ずっと考え抱いていた、唯一の真実だった。

大人の誰がどんなふうに僕に知識を授けようとしたって、どんなお説教をされたって、どんな偉そうなことを言われたって、僕はこれだけがそれで十分だった。

いつか、自分は死ぬのだから。

死んだ人間がどうなるかなんてどうでもよくて。

だから、誰かが死んだって涙は流れないし、悲しくもなかった。

僕だって、いつか何かあって、死ぬんだから。



(怖いのか、僕は)

なんにもない人生だったから、何かを失ったって怖くなかった。

死を恐れ、自らに襲い来る死に取り乱している奴を見て、僕は何も理解できてなかったのだ。

彼らはきっと、今まで得たものを失うのが、怖いのだと。

そして僕は今、それが理解できてしまっていた。

――楽しかったのだ。毎日が。


 バリアント・ベアはどうなったか。どうにもなっていない。

死にかけているのか、大したダメージではないけれど死んだふりをしただけだったのか。

いずれにしても僕は吹っ飛ばされ、うずくまっていて。

そして、あいつは生きている。

今は、動かなければ行けない時だった。

だってあいつは、僕が攻撃を仕掛けていなければ、ミースを――

「エリク君っ、エリク君っ!!」

草揺れの音。

ミースが僕に向け走り出しているのが分かる。

けれど、それはいけないのだ。それでは。

「――来るなっ」

「……っ」

血の唾を飛ばしながら、必死に叫ぶ。立ち上がる。

「僕は、大丈夫だから」

一撃喰らったぐらいなんだ。

この痛みは、確かに辛いけれど。

でも、死にかけた事なんて一度ではないはずだった。

そして僕は、死んでいるのだ、一度。

(落ち着けよ僕。気づけよ僕の身体。ガンツァーに殺された時なんて、こんなものじゃなかっただろ……?)


 まだ、身体のどこも欠損していない。

お腹の中身はやられたかもしれないけど、骨はいくらか砕けたかもしれないけれど、それでもまだ、僕の身体という器に、それらは収まったままだ。

立ち上がれば、膝が笑っている。

けれど、立ち上がれるじゃあないか。

立ち上がる事すらできず、苦しみの末に吐しゃ物をぶちまけながら、どうにもならない力量差を思い知らされながら、最愛の妻の目の前で殺される惨めなあの時の僕と今とでは、どちらの方がマシだったのか――?


 見ればバリアント・ベアも無傷とまではいかないのか、ふらふらとしながらも、その巨躯を立ち上がらせ、ミースの方へと向かっているのが見えた。

よれよれで、人間が走るのより遅い、辛うじて歩いているだけの熊。

一方僕は、立ち上がれているだけで、戦えるかもわからない人間だった。

「こいよ熊。戦ってやるから」

僕の役割は、こいつの意識を引き付け続け、ミースの安全を図る事。

勝てるかどうかではない。そうしなければならないのだ。

そして、僕が傷つき、動けなくなったと思ったら、ミースは危険を顧みず寄ってきてしまう。

だから、動けなくなんてなれないのだ。

生き続けなければ、果敢に戦って見せなければならない。

(待てよ……なんで僕は、傷をそのままにしている?)

そして、冷静になると僕は、自分の用意したリソースを何一つ生かしていなかったことに気づいた。

大量のアイテムは、いつ使った?

武器と罠に頼って狩猟めいたゲームに興じはしたけれど、これらは禁じられてもいないもので。

使い放題のはずなのに、なんで僕は正面から挑んでしまった?

「……ははっ、ははははっ」

『グフォ……? グフォフォフォフォ……』

おかしい。おかしなことだらけだ。

ちゃんとやれば楽勝だったんじゃないだろうか。

魔物相手なら、こんなことにはならなかったはずだ。

僕はいつの間にか、こいつに、この目の前の化け物に、乗せられていたのだ。

その証拠に、バリアント・ベアも楽しそうに笑いだしているじゃあないか。

いや、これはそう思い込んでいるだけで、笑い声などではなく、ただ叫びたいのに叫びきれないくらい、消耗しているだけなのかもしれない。

「悪いな熊、人間のほんとの本気、出してなかったようだ」

人間の全力とは何なのか。

身体能力の全てを費やし、正面から化け物に挑むことか。

そんなはずはない。

持ちうるあらゆるリソースを使い、やれる限りの努力をする。

使えるものはすべて使う。

その知恵こそが、人間の最たる特徴ではないか。

ケダモノではなく獣でもなく魔物でもなく、人間が人間たる所以(ゆえん)は、そこにあるはず。

背負っていたアイテム袋からポーションを取り出し、雑に飲み干す。

すぐに傷が癒え、お腹の痛みも骨の軋みも、全てが癒された。

ぴんぴんだ。いくらでも戦える。

料理を食べながら熊に接近する。

それはとても異様な光景だろうけれど、僕にとっては普通の、当たり前だった。

だって料理は、様々な便利効果のあるアイテムなのだから。

『グォォォォォォッ』

剛腕が僕へと振り下ろされる。

「エリク君っ、避けてっ」

ミースの悲鳴のような叫びが森に響く。

「――ふんっ」

そして僕は、バリアント・ベアの腕を、掴んで止めていた。

「……えっ」

『ぐふぉっ?』

ミースだけでなく、当の熊本人も間の抜けた声をあげ。

特にバリアント・ベアなどは「えっ、どうして?」とでも言いたそうに、目をぱちくりとさせていた。

直近で見ると、意外とつぶらな目だった。

「悪いな熊。ポテトシチューは腕力を跳ね上げてくれるんだ。串焼き肉は反射神経の強化。ポテトサラダは体表を硬くしてくれるみたいでさ」

食べただけで身体能力は跳ね上がってゆく。

これはそう、お祈りのようなもので、説明しながらもまた料理を取り出し、口に運ぶ。

「もぐもぐ……焼き芋は、パワーの強化――だっ」

がしりと、掴む手の力をさらに強める。

ぴきぴきと骨が軋む音が聞こえ、口角が吊り上がった。

『ギィィィッ、グギ、グギギギギ……』

状況を理解したのか、僕から腕を離そうとしたバリアント・ベアの腕を掴んだまま、無造作に引っ張り、そのまま勢いとバランスを利用して――地べたへと叩きつけた。

『ギャウンッ!?』

頭から地面へと叩きつけられたバリアント・ベアは、その自身の体躯と体重によって大ダメージを受ける。

剣なんて使うより、こっちのほうがずっと効果的だった。

そのまま苦しみうめき声をあげるバリアント・ベアの前腕を掴み、後ろへと引き。

『ギピィッ、ギャインッ、ギャインッ!!!』

それまで聞いたこともない可愛らしい悲鳴が森に響くのも気にせず、ぐきゃりと、へし折った。

これで抵抗が大分緩む。

そのまま首を掴むと、流石に体をじたばたとさせ抵抗するが、抗おうとして抗えるものではない。

だって、僕はもう、こいつの背中に乗って、ぐぐ、と、へし折る姿勢を取っていたのだから。

「僕達の――勝ちだっ!!」

『ギッ、ピッ……グピッ』

ばきり、と、首が後ろへとへし折れ。

バリアントベアは、それでもしばらくの間身体をじたばたとさせていたけれど。

やがてそれも止まり、痙攣するだけ痙攣した後、動かなくなった。

「……まだだ」

死んだとは限らない。

そう思いながら、手元に残ったダガーで念入りに首を突き刺してえぐる。

びくり、大きく動いたのを見て「やっぱり死んだふりか」と思ったけれど。

どうやらそれが最後の反応だったらしく、その後は何をしても動かなくなっていた。


「……ふうっ」

終わった。

戦い、終わり。

ずたずたになったけれど。ぼろぼろにされたけれど。

でも僕は、生きている。

清々しい気分だった。人間の、勝利だ。

(どうだ、見たか)

拳を空へと掲げ、僕は、ギルに勝利を見せつけた。


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