#13.ハンティングロード・開幕
いよいよメリウィンの三日目がやってきた。
事前の説明では、この日、朝から狩猟ゲームが始まるのだとか。
かぼちゃ頭の、ギルを名乗る男といい、神々の狩猟ゲームを真似ているようにも思えるこのゲーム、果たしてどう転ぶのか……
「ふふふ、楽しみね、腕が鳴るわ!」
西の森に向かう間、ミースはやる気満々のようで、始終機嫌がよかった。
「ミース、昨日からテンション高いよね」
「え? そうかしら? そうでもないと思うけど」
昨日、僕が家に帰宅した時には顔面蒼白で、ぶつぶつと「やっぱりやめておけば」「でもあの子には協力しないと」と、何か独り言を呟いていたりと、かなりメンタリズム的に不味かったように思えたのだけれど。
僕の顔を見るなり急にその辺り安心したのか、いつも以上にテンションが上がっていた。
「私、てっきり昨日は遅くまで帰らないんじゃないかと思ってたわ」
「そうなの?」
「ええ。そしたらスイートポテトを沢山持って、暗くなる前に帰ってきてるんだもの。ついでに変な装備も」
変な装備は即売りに出したかったけど、ミースは「こんなもの家に置かないで」と、アイテム袋から取り出すことすら嫌がられたので、今も袋の中に入ったままだ。
「そのまま、ダンスでも踊るのかと思ってたのに」
「広場の料理も美味しいけど、ミースと食べる料理の方がおいしいからね」
ロゼッタと一緒にいるのは間違いなく楽しいけれど。
でも、やっぱり僕はミースと一緒に居たいのだ。
ダンスは、やっぱりミースと踊りたいから。
「……そっか。うん。それならそれでいいのよ。でも、心配が一つ収まったから……頑張って熊狩りよ!」
「うん。頑張ろうね」
結局、調べても今回狩る動物がどんなものなのかも解らなかったけれど。
それでも、頼りになるこの相棒が隣にいるのだから、やれないことはないと、そう信じた。
「くくくく、よく来たなエリクよ! そして隣の少女も!」
森の入り口前。
木の枝の上に、かぼちゃ頭の男が一人。ギルだ。
「ミースよ」
ただの少女扱いにムッとしながら、ミースがギルに即答する。
「うむ、元気そうでなかなかいいぞ! では改めて、簡単にルールを説明する」
そのくらいでは気にもしないのか、すと、と、木の枝から降り立ち、かぼちゃ頭のずれをくい、と直した。
「まず第一に。今回の狩猟ゲーム『ハンティングロード』は、君たち二人と俺の用意した特別な獣との戦いだ。それ以外の第三者は、参加することは許していない。助太刀などは無駄になる」
「ええ」
「その辺は大丈夫よ」
これは大前提だし、そもそも他の知り合いで何かできるような人がいるとは思えないので、全く問題にならないはずだった。
そもそも村から離れた森な訳だし、今ここには僕達しかいないだろうし。
「次に、時間の設定だが、空を見上げろ」
指さされ、言われるままに見上げる。
雲に、妙な模様がかかっていた。
「あれは……時計?」
僕が気付くより先に、ミースの方が思い当たったらしい。
そう言われてみれば、確かに時計だった。
「ほう、良く気づいたな。この村には時計は限られた家にしかないようだから、説明も必要かと思ったが……では時計の見方は知っているな?」
「ええ、解るわ」
「なんとか……」
懐中時計という形で、指揮官とかが持っているイメージが強かったけれど。
それでも、なんとか時計の読み方は解る。
作戦の時に、よく時間が作戦内容に出ていたから。
この村では……使う必要のないものだと思っていたけれど。
「今がちょうど7時だ。狩猟期間の終わりは、昼の3時。この時間までに討伐ができなければお前らの負け。できればお前らの勝ちだ。シンプルだろう?」
「解りました」
「その前に終わらせたいところね」
午前と午後、合わせて8時間。
それくらいあれば、ある程度の作戦行動もとれるし、場合によっては休息や不祥事の手当の時間もあるだろう。
異様に短い時間なら何の準備もできずに即探して即狩猟しなければならなかったけれど、これならひとまずは安心できそうだ。
「狩猟時に使えるものの説明もしておこう。基本的には、参加者は武器・防具類、罠類、石、そして攻撃に使う用途以外のアイテムは使用を認める。ただしカレーだけはダメな」
「回復アイテムとしても、カレーは駄目なんですか?」
「アレはちょっと色々問題が多いからダメだ。悪いな」
バツの字を作って駄目だしされる。
残念だが仕方ない。
幸い、今はまだそこまで寒くないし、カレーの温暖効果に頼る必要もないだろうけど。
「そのほか、不足の事態が発生しかねんから、料理を武器として投擲することは禁止する」
「武器としてはだめなのね」
「そうだ、武器としてはな」
くくく、と、何か腹の読みあいのような雰囲気をギルとミースとの間に感じ。
ちょっとだけ居心地が悪く感じながらも、「他には?」と、先を促す。
「安全保障の説明をしようか。森には三か所、絶対に狩猟対象が入り込むことがない『聖域』を用意した」
指を三本立てながら、けれど次の瞬間には手を開き、僕達へと向ける。
「ここを利用することで安全に煮炊きや休息、傷の手当ができるが、逆にここからでは決して狩猟対象にはダメージは与えられないようになっている」
そうかと思えば、今度は背を向け、森を指さす。
一々リアクションが大仰というか、「こういうのに慣れてるんだな」と思わされる仕草だった。
「基本的に聖域は狩猟対象からは存在しないものと認識されているが、同時にお前達も、聖域から狩猟対象を監視することはできない」
また振り向く。今度はどうかと思ったら、僕の腰に下げている剣を指さしていた。
「また、狩猟対象は、戦わずにいる間、一定時間経過すると傷や受けた毒・呪い・そのほか何かしらの不都合な症状が少しずつ回復するようになっている。毒を一撃浴びせて逃げ勝ち、という事はできないという事だ」
そして、にやりと、かぼちゃの中の口が歪んでいく。
嫌な顔だった。碌なことを考えてなさそうな。
「それとこれは説明ではなく忠告だが、今回お前たちが戦う『バリアント・ベア』は、お前達の命を奪う事に一切の躊躇がない。前もって言ったはずだが、モンスター討伐と同じだと思うといい」
「命がけって事? それくらいは覚悟の上よ」
「ほう。それは勇ましいな。だがミースよ。お前は別に狩猟に慣れている訳でもなかろう? よくそんな覚悟ができるな?」
「……エリク君がいるんだから、怖いことなんてないわ!」
ミースの勇ましさには、僕も驚かされていたけれど。
でも、それは勇ましさではなく、信頼から来る、安心だったのだと気づかされる。
だから僕も、頷きながらギルへと歩み寄った。
森を通る為には、この人を抜けなければいけないのだから。
ギルはといえば、納得したように頷きながら、どこか嬉しそうな顔をしていた。
いつもはにやにやしているのに、今ばかりは真面目そうな、爽やかな顔で。
「どうやら愚問だったらしい。少年と少女よ、どうか楽しい狩猟の時間を。そして、我らに、観客たちに、至上の楽しみを見せてくれ」
ぐ、と、両の腕を森の方へ向け、片足を一歩引いて見せ、姿勢をやや前傾し。
いかにも「どうぞこの先へ」と示すかのような姿勢で、ギルは再度にやり、ほくそ笑む。
「――ハンティングロードの、幕開けだ!!」




