#12.ロゼッタの真意
二日目。
流石に昨日の今日で、また昼から変なイベントが始まるという事はないようで、広場は平和なお祭りの光景を見せていた。
「今日は、変な事ないわよね……?」
「うん、ないみたいだね」
今日は、ロゼッタと二人で村をうろついていた。
特に目当てもなく、ただぶらぶらとあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
時々休みながらお喋りして。
それだけで、時間が過ぎ去っていった。
「よかったわ。昨日は一緒に回りたかったのに、あんなイベントのせいで台無しだったもの……」
困ったアーシーさん、と、胸元に手を置きながら眉を下げる。
肩にかけた小さめのバッグが揺れる。
「そういえば、昨日はあんまり回れなかったもんね」
「うん……でも、今日は一緒に回れて嬉しいわ♪」
本当は、今日もミースと回りたかったのだけれど。
でも、ミースは「どうしても今日はロゼッタと回って」と、お願いされて逃げられてしまった。
なんか最後の方は「用事があるから」とか、すごく無理やりな理由をつけながら家から出ていった気がする。
おかげで朝から何も食べられなかった。
《ぐう》
間の抜けた音が鳴る。
「……おなか、すいてるの?」
「うん、まあ」
お腹をさすりながら、空腹を主張する腹の虫をどうにか黙らせようとしたけれど、生憎と黙ってくれそうもない。
《ぐぅ》
せめて同じ音でもなればいいのに、微妙にバリエーションがあるから困る。
おかげでちょっと恥ずかしい。
「じゃあ、えっと……ちょっと、そこのベンチで休みましょ」
「うん。でも……」
広場は人が多いけれど、たまたまベンチが空いていた。
ロゼッタが目ざとく見つけてくれたけれど、座ったところで空腹はまぎらわせられない。
「いいから。座って」
「食べ物なら、自分で――」
きっと気をまわして、「私が買ってくるわ」とか、そんなことを言ってくれるんだと思うけれど。
だからこそ、それくらいは自分でやりたかったのだ。
自分で食べるだけのお金があるのに、人に奢らせるなんて違う気がするし。
けれど、ロゼッタはバッグを下げて、中から箱を取り出すのだ。
「えっと……お弁当、作ってきたの」
「――へぇ」
懐かしいなあ、と。
ちょっとだけ、嬉しく感じてしまった。
僕は、ミースの事が好きなはずなのに。
だけどやっぱり、ロゼッタと過ごした日々は、あれはあれで、僕としては楽しかったのかもしれない。
「良かったら、食べて」
「ありがとう。それじゃ、遠慮なく」
ロゼッタのご飯が美味しくないはずがない。
開ける前から、それは美味しいものなのだと解っているのだ。
だから僕は、遠慮なしに受け取って、全く躊躇なく蓋を開けて、そして、中に入っていたサンドイッチを手に取る。
「いただきます」
「うん……どうぞ」
ちょっと照れたように、だけれど満面の笑みで。
そんなロゼッタを、僕は前にも何度も見ていた。
けれど今は、今は違くて。
(……何が違ったんだろうな)
そりゃ、僕はミースが好きだけれど。
でも、別にロゼッタを嫌っていた訳ではなくって。
なのに僕は、今までロゼッタに全く構わず、ミースにばかり目を向けていた、ような気がする。
「ありがとうね」
ハムとキューカンのサンドイッチはとても美味しい。
サンドイッチの箱だけでなく、ミートボールや炒め物も入った箱も用意されていて、これだけで物足りない男心をよく解ってくれていた。
ただ量が多いだけでなく、バリエーションが豊かなだけでなく、色合いもよくて、バランスもとれていて。
こんな素敵なお弁当を、わざわざ用意してくれたのが嬉しくて。懐かしくて。
だから、今だけは素直になりたい。
「ううん……お礼を言いたいのは、私の方だから」
だけれど、ロゼッタはかしこまったように真面目そうな顔になる。
そのままニコニコと、食べ終わるまで見ていてくれればよかったのに。
「どうして?」
「だって、お父さんの畑を、また蘇らせてくれたから……それに、村の皆を、助けてくれたから」
僕にとってそれらは、当たり前の事だった。
そうしなければ生活ができず、そうしなければ、ガンツァーがやってくるかもしれないから。
少しでも村の雰囲気をよくしなくてはいけなかったから。
だけど、それはあくまで僕の都合で。
結果だけ見れば確かに、ロゼッタの畑を元通りにして、村の皆を助けたことになるのか。
勘違いではないけれど、行き違いはあるよな、と思いながら「でも」と、その好意を否定しようとして。
なのに、できなかった。
「私ね、エリクがここまで頑張ってくれるなんて思わなくて。だけど、ミースがエリクを信じていたから……私も、信じられるって思って」
「ミースが信じたから?」
「うん」
――違うよ。だって君は、僕を最初から信じてくれていたじゃあないか。
親友が信じたからなんて、そんなことなくて。
君はずっと、僕を信じてくれていたはずだ。
その好意に、僕はずっと答えたいと思っていたのだから。
(……なんでだろう)
そう。最初は、ロゼッタを助けたいと思っていたはずだった。
なのに僕は、いつの間にかミースが好きになっていて。
それが当たり前なんだと思っていた。
(どっちだ……? どっちが本心なんだ……?)
困惑する。
確か、そう。ミースのスケッチブックを返すまで。
僕はずっと、ロゼッタの事を――
「ははは、はははははっ」
笑いが込み上げてきた。
そうか、そうだったのか、と。
驚き目を白黒させるロゼッタを前に、頭を掻きながら「ごめん」と笑う。
「どうしたの、エリク? 突然笑いだしてびっくりしたわ……」
「うん。ほんとにごめん。そうやってロゼッタに感謝してもらえたのが嬉しかったというか……ううん。僕にとってこれは、当たり前のことだから」
「あたり、まえ?」
「だって、最初に僕を見つけてくれたのはロゼッタなんでしょ? だから」
そうだ。前回も今回も、結局そこは変わらない。
その後、ロゼッタに助けられるか、ミースに助けられるかの差だけ。
それにしたって、ロゼッタが助けようとしなければそうはならなかったのだ。
だから、ロゼッタは相変わらず、僕にとって命の恩人のはずなのだ。
その恩に報いることに、何のおかしなこともない。
「僕にとっては、君を、そして僕を受け入れてくれたこの村を助けるのは、当たり前だよ」
それは、何の感傷もない表向きの理由かもしれないけれど。
でも、確かに僕の本心だった、何故か今の僕は忘れようとしていた、本来の理由だった。
僕は、恩返しがしたくて、頑張っていたはずなのに。
この女の子に、少しでも笑っていて欲しいから、毎日必死になっていたのに。
(目を覚ませ、僕)
揺れることなんてない。
僕の本心なんていつも一つじゃあないか。
(僕が好きなのは、ミースだ)
悩むことなんてない。
僕の心は、もう定まっている。
「そうなんだ……エリクって、格好いいのね。お父さんみたい」
だけれど、ロゼッタはそんな、心の籠ってない言葉ですら受け入れ、笑ってくれた。
彼女のお父さんとは、一体どんな人だったのか。
マーシュという名前に聞き覚えはないけれど、でも。
きっと、その人は愛した女性を、ずっと幸せにしていたのだろうな、というのは解る。
こんなに心優しい、素敵な女の子が娘なんだから。
きっと母親だって、素敵な女性に違いない。
「ロゼッタ。この炒め物、すごく美味しいよ」
「本当? うふふ、持ち歩き用だから、冷めても大丈夫なものを選んだのよ? 気に入ってくれた?」
「うん。とっても美味しいよ」
かつては食べ慣れた、トマトとポテトの炒め物。
さっぱりとした味わいの中にポテトの確かな歯ごたえが、塩気のおかげもあって、農作業で疲れた体を癒してくれた、そんな思い出があって。
(僕は、バカだなあ)
今更になって失った、幸せだった日々を思い出してしまって。
なのに泣く訳にもいかず、バカみたいに笑っていたのだ。
とっても美味しいお弁当を食べた後は、二人でまたお祭りを楽しもう……と思ったのだけれど。
「さあさあ皆さん、お祭りのイベントはまだまだ続きますわ! 二日目は、スイートポテトショーです!!」
厄介な事に、アーシーさんがまた変なイベントを思いついたらしい。
村の東側。丁度畑が多い辺りを歩いていたのだけれど、鉢合わせてしまった。
「東側にいるみなさーん! 秋の風物詩と言えばかぼちゃだけでなく、スイートポテトもありますよね! 美味しい焼きポテト、食べたいですよね!!」
「食べたいわ」
「食べたいです……」
「わ、私も……」
同じように近くを歩いていた女性陣が、焼きポテトという単語に引き寄せられていた。
「わあ、焼きポテト……」
ロゼッタも引き寄せられていた。
「……好きなの?」
「うん……とっても甘いから、好きよ」
そういえば前回は全く育ててなかったな、と思いながら。
スイートポテトを焼いただけで、何故そんなに人が集まるのか、謎だった。
スイートポテトと言えば、甘みの強いポテト類の一つ。
そのままでなく、焼くとさらに美味しいとか、そんなことが作物の生育法を記した本に書かれていた気がした。
水はけがいい土地じゃないと育たないし蔓が伸びるらしいという事で、「わざわざ手間をかけて掘るのもなあ」と、スルーしていたのだ。
だけど、ロゼッタの反応を見るに、どうにもこれはアリなのだろうか?
「ポテトショーって、何をやるんだろうね」
「気になるわ……エリク、ちょっと見てみない?」
そわそわとして、もう今にもアーシーさんの元に駆けつけたいのがよく解る。
それでもわざわざ断りを入れてくれたのだ。
人でなしでもなければ、誰だってそんなロゼッタに「ダメ」とは言えないだろう。
「じゃあ、行ってみようか」
「あ……うんっ♪」
合意するなり、はしゃいだように走り出すロゼッタ。
僕もそんなロゼッタを追いかけながら「まるで子犬みたいだな」と、愛らしく感じていた。
「あらあらロゼッタ。それにエリクさんも。お話を聞きに来てくれたのかしら?」
「はい! 焼きポテト、食べたいから」
「僕はロゼッタの付き添いですけど、焼きポテトは興味があります」
お腹は満たされたはずだけど、そんなに女性陣が食いつくほどの味覚なのだろうかと、ちょっと気になり始めていた。
実際美味しければ、僕も自分で作ってみてもいいだろうと思ったのだ。
「それでは、人が集まったところでスイートポテトショーの説明を始めるわね。このイベントは、美味しい美味しいスイートポテトを、皆で収穫して、その数を競うイベントなのです♪」
「スイートポテトの収穫……?」
「そうよ。この畑の持ち主だけだと収穫しきれないくらいに沢山実ったから、どうせならイベントで収穫してしまおうと思ってね」
つまり、体のいい労働者確保のための口実、という事だろうか。
だけど、労働と聞いて尚女性陣の士気は下がらない。
「そういう事なら仕方ないわね」
「収穫、頑張りますっ」
皆目がランランとしていた。
スイートポテトの何が、そこまで女性陣を突き動かすのか。
「エリクっ、私達も、私達も頑張りましょうねっ」
「う、うん……ロゼッタも参加するの? 僕だけでも――」
「勿論よ! 焼きポテトが待ってるのよ? そうでしょ、アーシーさん!」
あまりにその表情が真面目過ぎて笑いをこらえるのが大変だったけれど。
でも、本人は真面目なのだ。
声を掛けられたアーシーさんも「そうよ」と、焼きポテトを肯定する。
「収穫数は競いますけど、焼きポテトは勝敗に関係なく皆で食べられますから……皆で収穫したスイートポテトを集めて、広場の焚火で焼くんですよ♪」
「素敵……♪」
「アーシーさんもたまにはまともな事を考えるのね……」
「私、昨日のイベントの時はどうしたものかと思ったけれど、アーシーさんを見直したわ」
ところどころ酷い評価が出ている気がしたけれど、概ねプラスに傾いているらしい。
僕もまあ、ポテトを掘るくらいなんてことないだろうから、参加は構わないけれど。
「大丈夫? 汚れちゃわない?」
「いいの……スイートポテトの為なら、いいの」
ロゼッタは覚悟を決めているらしい。
僕も、これ以上は何も言うまい。
こうしてその場に居合わせたほぼ全員がスイートポテト掘りに参加し。
そして、僕とロゼッタはペアを組んでいたのもあり、優勝となった。
優勝賞品はスイートポテトの種芋と、アーシーさんお手製のビスケット、それからかぼちゃ鎧・かぼちゃヘルム、かぼちゃブーツの装備三点セットだった。
アーシーさん曰く「これを付けているとモンスターや動物から人間と思われなくなるんですよ」との事だけど、僕だってこんなのをつけてる奴と外で出くわしたら人間扱いはしたくないから、ただそれだけなんじゃないかとも思ったのだけれど。
ロゼッタは「素敵な記念品ね♪」ととても楽しそうだったので、僕はその空気を優先して素直に受け取った。
後でステラのお店に売りつけたいと思う。
表彰が終わった後は焼きポテトの配布。
皆で食べる時には掘る時以上に人が集まり。けれど、大量に掘れたこともあって全く問題なく皆で食べられるよう分けられ。
「美味しい……♪ またこの美味しいのが食べられるなんて……幸せ……♪」
ポテトを半分に割って、それでもその小さくなったポテトをちょっとずつ端から食べているロゼッタは、相変わらず可愛らしく。
そして、僕自身も、口の中に広がる異次元の甘さに「なんて素敵なんだ」と、惚れてしまいそうになっていた。
「エリクと一緒で……ミースに、無理を言ってお願いして、よかったわ……」
焼きポテトの甘さに感動していた横で、ぽそりと、ロゼッタが何かを言った気がしたけれど。今はそれどころではなかった。
こんな甘味、自分で作らなかった僕は、途方もない愚か者だと思いながら。
メリウィンが終わったら、スイートポテトを大量に作付けしようと、そう心に決めたのが、今の僕という奴だった。




