#11.とつぜんはじまったぼくのしらないいべんと
もうすぐ日が暮れようかという頃合い時の事だった。
僕の記憶では、メリウィンというお祭りは、村の人みんなでかぼちゃ頭を被り、広場で行商の人たちがお店を出したり、村の人たちが用意した料理やお酒を楽しむ、そんな、かぼちゃ頭成分さえ除けば普通の収穫祭だったはず、なのだけれど。
「……ぐうっ、これは厳しいな……」
今僕は、突然アーシーさんの宣言により始まった『かぼちゃ投げ大会』という謎の競技に巻き込まれていた。
ルールは簡単、村のそこかしこに用意されたかぼちゃの頭を投げつけ、当てられたら負け。一定時間以上生き残った全員にご褒美というもの。
普通に考えて非力な村の人はそんなに高速で投げられないし、投げたところで飛ばないのだけれど。
「ふふふ、どこに隠れてるのかしら? 逃がさないわよエリク君っ」
今、この村には、凄腕の投擲手がいるのだ。
他でもないミースである。
小型のかぼちゃ頭を両手に、どや顔で僕を探し回っている。
ここ、広場を中心に、強制参加させられた村人たちはほぼ全滅でぐったりとしている。
僕も命からがら逃げ回り、安全そうな場所に隠れていたのだけれど。
「うわっ、死屍累々っ!?」
「てやーっ」
《バヒュンッ――ドゴォッ》
とてもファンシーとは言い難い音をしながら、たまたまその場に居合わせてしまったミライドさんの頭に命中。
当てられたミライドさんは哀れ、そのままずさ、と、声もなくまるで作物袋か何かのように倒れていった。
(このままじゃまずい……ミースに、殺されてしまう……)
殺気を感じてから投げるまでの速度が異様に早く、しかもそれが正確なのだ。
流石に大きなかぼちゃだと持ち上げるまでに時間がかかるのか、その動作もゆっくり目になるけれど、小型のかぼちゃだとそうはいかず、手に持ってから投げつけるまでのモーションは僕にも読み切れない。
「うーん、エリク君ったら、どこに隠れたのかしら? この辺にいるのは解るんだけど……倒れた人の陰に隠れてる……?」
実際にはミースの死角になるように、死角から死角へと移動を繰り返すことで探査の目を回避しているのだけれど、ミースは監視能力も高いので下手な行動をとると即座に見つかってしまう。
一度見つかれば、再度隠れられるようになるまでには相当厳しいことになる。
広場で始まり、大半の人をせん滅したミースは、そこから逃げ出した僕を追いかけ村中を回り。
そしてまた広場に戻った僕を探し、広場に訪れた者達を念入りに潰していくのだ。
ちなみにステラは真っ先にミースを狙おうとしたのもあって、開幕最初の一投目で沈められた。
馬車や行商の椅子、作物袋の山など、障害物になるようなものはいくらでもあるけれど、逃げ隠れするにも限度というものがある。
どうしたものかと思いながら小型のかぼちゃを一つ拾い上げ、ミースを見た。
「はぁ、はぁ……ふぅ、中々、居ないわねえ」
余裕そうだけれど、ミースにはそこまで体力はないので、流石に疲弊したらしく。
時折思い出したように胸を抑えながら、目標である僕がどこにいるのかと探し回っているようだった。
制限時間もあるし、時間の経過は、概ね僕にとって有利に働くけれど。
(ミースに気づかれずに広場から離れるのは……ちょっと難しいかなあ)
さっきミライドさんが現れた時に一瞬のスキをついて逃げられないかと思ったのだけれど、ミースはミライドさんを見つけた後すみやかにかぼちゃを投擲し、そのまま当たったかどうかを確認するより前に周りの警戒に入り始めたので、アクションを取る暇すらなかった。
というか、ミースが本気すぎる。
(こんな変なイベント、二人で生き延びようねとか、そんな風に話し合って生き延びるの優先すればよかったんじゃないのかな……)
負けたからと罰ゲームがある訳でもなし。
生き延びたらご褒美なのだから、一人勝ち残る意味なんてないはずなのだけれど。
ミースは「そんなの駄目よ」とはっきりと拒絶し、正々堂々と戦う事を誓ったのだ。
そして実際、村の至る所で大暴れして主催者のアーシーさんすら撃破した。
後はもう、こんなイベント起きてる事すら知らないであろう屋内のプラウドさんやシスターくらいしか生きてないのではないだろうか。
(そうなるともう、一騎打ち、か)
ミースはまだ僕を見つけられていない。
広場からどこかへと移動したと勘違いして、そのまま広場から離れてくれればいいのだけれど。
生憎と、それはないと確信しているのか、少し移動してはきょろきょろと僕を探すばかりだ。
殺気は、一向に薄れない。
恐ろしいまでの集中力だった。
(……そうか。スケッチしてる時と同じ感覚なんだな)
何をおいても一つ事に集中し続けるのは、ミースにとっては日常的に行っていることの一つなのかもしれない。
だから、いつまでたっても緊張感が薄れない。
(それなら……っ)
確認の為周囲に目を向ける。
近場にはステラが倒れていて、投げようとしていたらしいミニかぼちゃ頭を手に持っている。
これを利用しよう、と、手に持った分を大きく振りかぶる。
(これ……で!)
ぶん、と、高角に投げ、少し離れた場所に落ちるように祈る。
ほどなくぼすん、と、間の抜けた音が響いてミースの意識が一瞬そこらに逸れる。
「えいっ」
陽動に引っかかってくれたのか、手に持ったかぼちゃ頭を、音の鳴った方に投げつける。
(今だっ)
今なら走れる。
問題なくいけるな、と、頭を出し走り出し。
「……そこだったの!?」
即座に反応したミースが、近くに転がっているかぼちゃ頭を拾うのが見え。
僕もステラのかぼちゃ頭を手に取り、投げつける。
《ぶんっ》
《ぶぉんっ》
互いのかぼちゃ頭が交差し。
「――くっ」
「あぶな! やるわねっ」
互いに頭一つ分ずれるのに成功し、外れる。
姿勢が少し無理があったか。あるいはかぼちゃ頭を被っているせいで上手く投げられなかったか。
ナイフやカレーよりも重い物なのもあってか、思いのほかうまく飛ばなかったらしい。
「まだまだっ」
「次っ、次は――っ」
僕はこれを最高のチャンスと考えていたので、次弾を探すのに手間取っていた。
それに対し、ミースはかぼちゃ頭が大量に転がっている、シスカのお店の近くに陣取っていたのもあって、在庫には事欠かない。
「もらったわ!」
「う、うわあああっ」
回避することしかできない。
飛び退く、けれど、かぼちゃは飛んでこない。
「えっ――あっ!?」
「ふふん、狙い通り♪」
――思考を読まれた?
回避先に飛んでくるくらいはまだ予測もしていたけれど。
まさか、投げようとしたモーションそのものがブラフだったなんて――
顔面に向け飛んでくるかぼちゃ頭を前に、僕は自分のミスを、そしてミースの読みの鋭さに驚かされていた。
驚嘆に値する。けれど、それどころではなく、それはもう、回避できなくて。
《ぼごぉんっ》
「ぐは――っ」
顔面にかぼちゃ頭を受けながら、情けない声をあげながら、僕は、仰向けに倒れた。
「ふふふっ、勝ったわ。私の勝ち、よね!」
やったやった、と、嬉しそうにはしゃぐミース。
普段から、何か鬱憤でも溜まっていたのだろうか。
それとも、これが素のミースなのだろうか。
こんなゲームで本気になって。だけど、それが本気で嬉しいのだろう。
そういえば、もうすぐ時間だった。
勝負に出ずにずっと隠れ続けていれば、僕も勝ち組に入れたのかもしれないのに。
「ああ、一投に全てを賭けてしまった僕の、負け、だな」
「うふふ、エリク君なら、きっと最後に勝負に出てくれると思ったわ。陽動には焦ったけど」
嬉しそうに近寄ってきて、僕を見下ろしながら微笑む。
しゃがみこんだりはしない。あくまで見下ろしだ。
でも、それでよかったのだ。
「ミース」
「なあに?」
「スカートは抑えた方がいいと思うよ?」
「……? 何言って……きゃーっ!!」
――倒されてよかった。
そう思えるくらいにはご褒美があって、僕はゆっくりと目を閉じる。
「何満足そうに気を失いかけてるのよーっ! 起きなさいっ、起きて謝りなさいっ!! そして忘れてーっ」
今度はしゃがみこんだのか、襟首をつかまれてゆさゆさと揺さぶられる。
流石、かぼちゃ頭を持ち上げられるくらいなら僕一人掴むのは難しくもないのか、まるで作物の泥でも落とすかのように揺さぶられてしまう。
「うわ~わ~わ~……」
ぐわんぐわんと揺れる意識の中、僕は間の抜けた声をあげることしかできず。
「おや、決着はついてしまったようだね」
そして、プラウドさんが広場に現れ、僕とミースはそちらに意識が向いてしまった。
「パパ? どうしてこんなところに? 家にいたんじゃないの?」
「ああ、さっきまで執筆に専念していたが」
どうやら祭りよりも締め切りの方が大変だったらしいプラウドさんだった。
いつも通りだけれど。
「今しがた、なんとかか書き終わってね。それで、祭りを楽しもうと広場に到着してみたら、ミースがエリク君にキスをしようと迫っているところで――」
「しないわよっ!」
「してくれてもいいんだよ?」
「し、しないったら!!」
プラウドさんの嬉しい勘違いでミースの羞恥心は更に加速する。
僕の掛け合いにも速攻で答えてくれるのが嬉しい。
「ははは、まあ、よく解らないけど、ミースが勝ったんだね。おめでとう」
主催者すら倒されたこの大会。
けれど、勝者を祝ってくれる者がいないでは、称える事すらできないという事か。
結果として、プラウドさんがミースを祝う事で、無事にこの不毛すぎるイベントは終わり――
(うん? まだ時間切れじゃ、ない……?)
そう、まだ時間切れではないのだ。
終了の合図は、村の中心の緊急用の鐘。
これが鳴らなければ終わりではない。
つまり、今はまだ……?
「ま、一応ありがとうと言っておくわ、パパ」
「しかしまあ、エリク君に勝つのはちょっと予想外だった、かな」
「え……?」
肉薄していたから、ミースからは解らなかったけれど。
ちょっとだけ離れていた僕には、プラウドさんが後ろ手に何か持っているのが見えていたのだ。
「ミースっ」
「な、何?」
――プラウドさんから離れて。
最初からそう叫べばよかったのに、名前を呼んでしまったから、ミースの意識は僕に向いてしまう。
そしてその一瞬があれば、至近距離の相手にかぼちゃ頭をぶつけることなど余裕で。
《ぽんっ》
「――あぅっ」
殺意など全く感じさせず、ゆっくりと、上から落とすようにしてミースの頭に投げられたかぼちゃ頭は、ミースに的中。
「あ……パ、パ……?」
「ははは、悪いねミース。僕の勝ちだ」
ここで勝利を拾いに来るなんて……!
娘相手でも容赦のないプラウドさんに、ちょっとだけ恐ろしいものを感じながら、信じられないかのように唖然としていたミースを見て、僕は驚きを禁じ得ない。
大人げない。大人、大人げない。
だけど、まだ終わっていなかったのだ。
終わっていないんだから、これは正義だった。
《カーン、カーン、カーン》
そしてそれを待っていたかのように、鐘が鳴り響く。
戦いの終わり。メリウィンの昼の1日目は、こうして終わりを迎えた。
「――もう、パパったら、ああいう卑怯なのは駄目よ、ダメ!」
「ははは、油断大敵だよ、ミース」
戦いが終わり、広場には賑わいが戻っていた。
かぼちゃ頭なんてまともに投げつけられたらただじゃすまない気もするけれど、幸い重傷者は一人も居らず、せいぜいがぶつけられた場所がひりひりするくらいで済んでいる人ばかりだ。
僕も、そこまでダメージは大きくなかった。
「もう、アーシーさんったら、思い付きで村の方に無茶をさせるなんて、よくないですわ!!」
「ご、ごめんなさいセリカ……でも、これには事情が~」
「事情なんて知りません! 今後かぼちゃ投げは禁止、禁止です!!」
「そんなぁ、折角考えたのに――」
「反省する気はないのですか!?」
「ひゃいっ、ご、ごめんなさいっ」
とはいえ村の人は傷ついたので、無事だったシスターは激しく怒っていた。
怒りの矛先はもちろん、こんな変なイベントを考えたアーシーさんだ。
「ちぇー、今回で終わりかー。次があったら絶対負けないのに……」
「ふふん、何度やっても私には勝てないわよ、貴方じゃあね」
ステラも悔しそうにしていたけれど、ミースは自慢げだった。
究極、ステラにさえ負けなければそれでよかったのかもしれない。
プラウドさんには怒っていたものの、すぐに機嫌を取り戻したし。
「まあ、僕ら全員負けたんだけどね」
勝者は最初から参加してなかったシスターと、最後に美味しいところだけ拾ったプラウドさんだけというなんともいえない結果である。
これにはアーシーさんも想定外だったらしく「もっと皆チームを組んでやるかと思ってたの~」と、言い訳がましくシスターに説明していた。
「でも驚いたわ。ミースがあんなに早くかぼちゃを投げられるなんて。私、持ち上げるのすら精一杯だったのに」
他の人の傷の手当てをシスターと一緒になって手伝っていたロゼッタが戻ってきて、またいつもの感じに戻る。
にらみ合っていたミースとステラも、ロゼッタが来るやそれを止めて「おかえりなさい」と笑顔になった。
やっぱりロゼッタは、皆にとって重要な鎹なのだ。
「ま……エリク君との冒険で鍛えられてるから。物を投げるのは得意よ」
だけど、今度の戦いで分かったことがある。
僕は、ミースと喧嘩になるともれなく負ける。
あの監視能力と投擲能力は、隠密して奇襲したり強襲したりする僕にとって相性最悪と言えるから、敵に回したらかなり分が悪い。
ミースとは、2度と喧嘩しないようにしようと心に決めた。




