#10.かぼちゃ祭り再来!
一週間後。
アーシーさんの宣言通り、村はこの日、朝からかぼちゃ色に染まっていた。
「パンプキンいえーいっ! パンプキンさいこーっ!!」
当然ながら僕のテンションも爆上がりだ。
ミースと一緒に歩きながら普段はあげない大声をあげる。
「ちょっとエリク君……そういうのは恥ずかしいから、やめて頂戴」
かぼちゃ頭の顎の部分を手でずらしながら、ミースが苦言を呈する。
僕のテンションはダダ下がりだった。
「……ごめんなさい」
「お祭りではしゃぎたくなるかもしれないけど、節度を持って行動しないと。皆に迷惑かけちゃだめよ?」
「はい……」
普通にお説教されてしまった。
駄目だったのだろうか。このテンションはだめだったのだろうか。
確かにちょっと違う気もしたけれど、たまにはこんな日こんな時があってもいいんじゃないかと思ったのだ。
そう、戦場なんかでもそうだったのだから。
『そんじゃ総員、勝利を記念して―っ』
『うぇーーーーーいっ』
『がんほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!』
『俺たちの勝ちだヒャッハァァァァァァァァッ』
『見事にばらばらだね、掛け声』
『ぎゃはははは、いいんだよ名無しちゃん、こういう時はな、雰囲気で叫ぶもんだ、ほらっ、名無しちゃんも一緒にーっ!!』
(めりうぃんさいこーっ!!!)
一度怒られたので、今度は心の中で叫ぶことにした。
これくらいなら怒られないはず。きっと。うん。
「めりうぃんさいこーっ!!! いぇーいっ!!!」
そして広場にたどり着いた僕達の目の前に、僕の心の叫びと同じことを叫んでいるかぼちゃ頭の女の子がいた。ロゼッタだ。
「めりうぃんさいこーっ!! やっほーっ」
ステラも一緒になって叫んでいた。ロゼッタには仲間がいたのだ。
「め、メリウィン、さいこ……うぅっ、ごめんなさい、やっぱり恥ずかしいです……っ」
そして何故かシスカも巻き込まれていた。
涙目で叫ぼうとしていた。可愛かった。
「……見なさいエリク君。これがわが村のお馬鹿さん三銃士よ」
「お馬鹿さん三銃士!?」
「わ、私も巻き込まれてるんですか……?」
例え親友だろうと被害者枠の少女だろうと容赦なくバカと切って捨てる。
ミースはそういうところがある女の子だった。
「こんなところで大はしゃぎでバカみたいな声をあげてる子達はね? お馬鹿さん扱いされても文句は言えないのよ?」
ぐうの音も出ない正論だった。
おかげでロゼッタも何も言えない。
ステラだけは納得がいかないようで「ふんだ」と身体を反るようにしながらミースを見下ろす。
わざわざかぼちゃ頭の下の穴から見下ろしていた。
「相変わらず言う事が細かいわねえ。ちっちゃいからそんな風に一々気になるのかーい?」
「人の背丈の事で一々どうこう言わないと反論した気になれないなんて、可哀想ね」
そして最低だわ、と、ため息しながらも、ミースはステラをにらみつける。
ああ、本気だ。
僕に怒ってた時より本気の怒り顔だ。
ミースは、背丈の事を言われるのが嫌いなのだ、きっと。
僕としては小さくて可愛いと思うけど、ミースはお姉さんぶりたい子だから……
「ミースは小柄のままの方が抱きかかえやすいからそのままでいいよ」
だけど親しい人たちの喧嘩なんて見たくもないし、何よりガンツァー案件になりそうで怖いので割って入る。
「なっ……」
「エリク君、そんなにミースの事抱きかかえてるの?」
「いつの間にそんな……」
絶句するミース。
冷静に疑問をぶつけてくるステラ。
困惑するロゼッタ。
「え、エリク君! そういうのは人前で言う事じゃないでしょ! 大体、そんな数えるほども抱えられてないわよ!!」
「でも抱きかかえられはしたのね……」
「そういえばこないだアーシーさんがそれっぽい事話してたっけ。エリク君、何? 筋力トレーニングでもしてたの?」
あくまで喧嘩を売らないと気が済まないのか、あるいは素でそういう方向に考えてしまう子なのか、ステラだけはそのままだとまずそうなのでしっかりと「そんなことないよ」とフォローする。
「ミースは軽いから、ずっと抱きかかえててもトレーニングにはならないよ」
「だ、だから……エリク君!!」
それ以上はやめて、と、真っ赤になりながら僕の口を手で押さえつけようとする。
だけどかぼちゃ頭を被っているので上手くできないらしく、かぼちゃ頭の口の部分や目の部分を抑えようと必死になっていた。可愛い。
「はー……エリク君って、そうなんだ。ふーん」
「ミース、怪我をした、とかじゃないの? 体調が悪かったとか……」
「あの時は、足を痛めていたのよ。その、賊の討伐に付き添って――」
言い訳するとすればそれしかないのだけれど。
でも、それを説明すると逆効果になりそうな気がしてならない。
「賊の討伐ですって!?」
「あれって、エリクだけじゃなくミースもついていってたの? それ、初耳だわ!」
何それ何それ、と、却って二人の好奇心を刺激してしまったらしい。
というか、ロゼッタは純粋に心配しているのか。
ちょっと悪いことをしている気になってしまった。
(ロゼッタと結婚した時は……ついてきてはくれなかったしね)
というかロゼッタと結婚していてもミースがついてきたので、尚の事ロゼッタと冒険をしているとかそんなシーンのイメージが湧かない。
むしろステラの方がまだそういうのを好みそうな気がしてくる。
「ほほー、エリク君、ミースを守りながら賊を討伐できるくらい余裕あるんだー、すごー」
「でもミース、そんな無理をしてはだめよ……怪我とか、心配になってしまうわ」
ミースは勝手に向かった僕を怒ったけれど、ロゼッタ視点で見ればミースが勝手に行くのも同じことになってしまうのだから、ミース自身もやらかした形になる。
おかげでミースはバツが悪そうだ。
こうなってから「言わなきゃよかった」みたいな顔になっていた。
「ミースはね、僕のことを心配してくれたんだよ。僕が勝手にでかけて賊にやられたら、村も大変なことになるし、悲しむ人もいるだろうからって」
きっとそれはミース自身の事を指してたんだと思うけれど。
でも、今はその口実を利用すべきだとも思った。
おかげでロゼッタもステラも顔を見合わせながら「確かに」と納得しかけている。
「エリクが勝手に居なくなったら……それは、とても辛いわ。でも、ううん……」
「もー、そんな事言われたらこれ以上からかえなくなるじゃん。じゃん!」
とりあえず勢いは留めた。
これで今はしのげるだろう。喧嘩にもならない。
「それより、お祭りを楽しむんでしょ? まだお店とかは出てないみたいだけど……」
「そういえば、シスカちゃんがさっきから……あっ、あんなところにいたっ」
勝手に身内同士で話が進んでしまったけれど、巻き込まれただけのシスカは早々に輪から外れ、自分のスペースで商売の準備を始めようとしていた。
丁度、ステラからの声が聞こえてびく、と、背を震わせていたのが見えた。
「な……なんですかステラさん? あのあの、もう、用事は済んだんじゃ……」
「いや、折角だから一緒に遊ぼうと思ったのに……こんな時でもなきゃ、あたしも店番から外れられないし? お店屋さんやってる女の子同士仲良くしようぜーっ」
び、と、親指を立てながらファンキーな口調で誘うステラだったが、シスカは「うぇぇ」と心底嫌そうな顔をしていた。
「あの、私、これからお店の準備を――」
「後で手伝うからさーっ、お姉さんとめくるめくお祭りめぐりしようぜ! ついでに村の女の子の間で流行ってる占いとかも教えてあげるし!」
「バカな事言ってないで行くわよ。シスカが困ってるじゃない」
「私も、商売の邪魔をするのはいけないと思うの……ごめんね、シスカ」
今回に関してはロゼッタもシスカに同情的なので、ステラの暴走は抑え込まれる。
「ええーっ、つまんなーい、そんなのつまんないよーっ」
ステラは面白さ優先で生きていた。
「エリク君」
深いため息。そしてミースは、僕を見た。
「うん?」
どうしたの、と、顔を見ると、親指を立てながらステラを示す。
「抱きかかえちゃいなさい」
「解った」
何を求められているのか理解し、即行動に移す。
「えっ、ちょっ、なっ――うわああああっ、やめっ、やめてよぅエリク君っ、はずいっ、はずかしいからぁぁぁぁぁっ」
抱きかかえるにも三種類。
好きな女の子にはお姫様のように大切に優しく。
可愛い我が子には宝物のようにそっと、力強く。
そしてステラは、作物袋のように肩に抱えた。
「こっ、この姿勢っ、想像してたのと違うんだけど!? 見えちゃうっ、パンツ見えちゃうから降ろしてよぅっ」
「大丈夫よステラ。あんたのパンツなんて誰も見たがらないから」
「なにおーっ、み、ミースっ、あんただって、同じなんだからーっ」
(同じではないかな)
ミースの皮肉にステラも応酬するが、赤面しながらでは格好もつかず。
手足をばたばたさせるも、僕は微動だにしないのでやがて疲れてしまい、儚い抵抗に終わる。
「あはは……男の行商の人は今日はまだいないみたいだから……」
コミカルな形に収束し、ロゼッタもとりあえずはほっとしたらしく、ステラへのお仕置きにはそれ以上は言及しなかった。
「それじゃ、またあとでねシスカ」
「いいなあ……あっ、は、はいっ! またあとでっ」
ちょっとうらやましそうにしていたシスカに声をかけ、広場を後にする。
出店とかもまだのようだし、まだ村の中をぶらぶらしているだけになるけれど。
それでも楽しいし、アリかなと思う。
結局その後、「ロゼッタだけ抱きかかえないのは不公平」とステラが訳の分からないことを言い出したので、公平を期するためにロゼッタも抱きかかえた。
脇の下から抱えたのもあって、ミースからは「エリク君の変態」というさげすむような視線を頂きすごくドキドキしてしまった。
僕はもうだめなのかもしれない。
恥ずかしがっているロゼッタは可愛かったけれど、でも。
それ以上にやきもちを焼いているミースは、とても愛らしかったから。




