#9.イベント、始まるよ
「――エリク君、もう朝よ? いつまで寝てるつもり?」
秋の朝はとても穏やかで。
遅くまで本を読んでいた僕は、ついつい早い時間帯に起きられなかったようで。
ミースの声が聞こえるとともに揺すられ、不意に意識が覚醒してゆく。
「……ああ」
目の前にいたのは、いつものミースだった。
可愛い。抱きしめたい。愛しい。そういう感情が湧くような。
そして、ベッド脇にはかぼちゃ頭がでん、と、置かれていた。
「……被るの?」
「いや、被らないでしょ。まだ始まってもいないのよ?」
流石にそろそろ始まるでしょうけど、と、ミースもかぼちゃ頭を見下ろす。
「忘れたの? これ、貴方が自分で作ったものじゃない。試しにーって」
「あれ、そうだったっけ……ごめん、なんか忘れてたみたいだ」
言われてみたらそうだった気がした。
確かにそうだ。家に帰ってからミースと一緒にかぼちゃ頭を作ったのだ。
作り方を知らないから、という理由で。
そう、一度は知らないフリをしないといけないから。
「起きるのも遅いし。夜更かしでもしてたの?」
「ちょっと、狩猟動物について調べたくて、ロゼッタから本を借りたから」
「見つけられたの? その、バリアント・ベアっていうの」
「ううん。見つけられなかった」
最初に『狩猟神に選ばれし者』を読んだけれどそれらしい動物は見つからず、他の二冊も読んだものの、結局バリアント・ベアについては何も書かれていなかった。
だけど、『狩猟神に~』には興味深い記述があったのだ。
「見つけられなかったけど、為になることは書いてあったよ」
「ふぅん。どんな?」
ミースも興味深げに、腕を組みながら僕の言葉を待つ。
「例えば、神話の話だけど、狩猟の神から試練の対象に選ばれると、神が作り出した獣と戦わされる、という話とか」
「それって、今回の狩猟イベントみたいね」
「うん。近いなあって思ったんだ。微妙にルールとかは違うけど、かなり酷似してる」
読んでいて驚かされたのは、この狩猟の神『メルヴィー』は、この村の教会で信仰されている豊穣の女神『メリヴィエール』の兄だという事。
つまり、この村とも無関係ではない、ともとれるのだ。
「その、神の獣って、どんなものなの?」
「本に書いてある限りだと、普通にやるとどうやっても勝てないくらいに強くて、首がへし折れても、頭が吹き飛ばされても死なず、更には空まで走り出すって……なんか、無茶苦茶だよね」
「……モンスターとは違うのそれ?」
「違うみたいだけど……なんか、倒すとすごくいいものをくれるみたいだ。後、神々の宴に招待されるんだって」
そんな変な試練を押し付けてくる神様の宴なんて碌なものじゃない気もするけれど、それでもやるだけ無意味とかやったら損するだけとかよりはマシに思える。
神様とは理不尽なものだというし。
「でも、それだと困ってしまうわね。エリク君、どうやって勝つつもり?」
「今のところ勝ち筋が見えないというか、ここまで強くないことを祈るばかりだよ。本の方だと、精霊が邪魔したりしてなんだかんだギリギリ勝利または相打ちみたいになる事が多いって話だけど」
この本に書かれていた『選ばれてしまった者』は、途中参戦してきたもう一人と共闘し、様々な罠を張り巡らせ、神々や妨害してくる精霊の裏を掻いて見事撃破したというのだから、相当な手練れだったのだろう。
僕だって結構戦えるようになってると思うけれど、カレーを封じられたのはちょっときついか。
「精霊次第って事?」
「多分……でも、それもよく解らないしなあ」
よく解らないという事が分かった、くらいしか収穫がない。
まあ、楽観して不意打ちで殺されるよりは遥かにマシなので、緊張感が高まったことそのものはヨシとして。
「参加する以上は、できる限り準備しないとね」
「そうね。私も、投げつける石をなるべく強そうなものにしてみるわ」
この状況で救いがあるとすれば、ミースが投擲に専念してくれる、というところだろうか。
誤射されかねないような配置にしなければ、相手の注意力を削ぐこともできるかもしれないのだから、一人きりで戦うより遥かにやりやすい。
「動物図鑑には、熊っていうのはかなりぶ厚い筋肉と硬い肌をしているから、剣での攻撃はあんまり通らないみたいな事が書かれてたんだ」
「そうなの? そうなると、武器は……どうするの?」
「ツルハシを使おうと思う。衝撃は通るみたいだから、ハンマーならいいかもとも思ったんだけど……ツルハシ以上に使いにくくって」
一応、ショートソードばかりでもよくないと思い、可能性を感じられそうな武器を探してみたのだけれど、ハンマーもメイスも僕にはあまり向いていないようで、うまく使いこなせる気がしなかった。
特にハンマーは重心がかなり偏ってしまうので、素早く動きたい僕とは相性が悪いのだ。
決まれば大きな衝撃を与えるので、普通の熊のように硬いだけなら、衝撃によって骨や内臓に直にダメージを与えられるハンマーの方が便利なのだけれど。
代わりに、ツルハシの一点突破の威力に期待することにした。
勿論、メインアームはそれとしても、サブアームは充実させるけれど。
「ツルハシね……ま、いいんじゃないの? それはそうと、朝ご飯出来てるわよ? 早く起きてきて」
「あ、そうだった。ごめん」
大事な話では合ったけれど、朝食を遅らせるほど喫緊のものでもなく。
僕はミースに促されるまま、朝食をとる為に食卓へ向かった。
「――はい、メリウィンの期日が決まりましたー、わーぱちぱちぱち!」
例によってアーシーさん到来。
畑で作物の収穫をしていた中だったので、ミースも定位置に座っていた……のだけれど、ハイテンションなアーシーさんに、怪訝な様子だ。
「何の説明もせずに何が『決まりました』よ。エリク君が混乱したらどうするの?」
「あら、貴方から説明してくれてるんじゃないの?」
「……したけど。したけど、まず貴方が説明するのが筋でしょ? あの発案者の提案に乗っかったんだから」
それくらい解ってよね、と、柵の上に腰かけたまま足をばたつかせて抗議めいた視線を送る。
けれどアーシーさんは慣れたものなのか「ごめんなさいねー」と、いつもの笑みを崩すことはなかった。
「それで、話を戻しますね。エリクさんからのかぼちゃの納品のおかげもあって、一週間後にメリウィンを行える目途が立ちました」
「一週間後ですか」
「それくらいにギルさんが森の準備を終えられるというので……ですので、それまでが貴方達に与えられた猶予になるわ」
狩猟のための、という事だろう。
意外と時間がかかるようだった。というかどれだけ大規模な準備をしているのか。
ちょっと心配になってしまう。
「勿論、メリウィンが開催されてすぐに狩猟が始まる訳ではないから安心してちょうだい。狩猟は三日目からだから、それまでに作戦と覚悟を決めてくださいね」
期待してますよ、と、わくわくとしたキラキラの瞳で見つめられ、「かなわないなあ」と思わされる。
ギルといいアーシーさんといい、僕を乗せるのが上手すぎる。
「……」
ミースは思うところがあるのか、抗議めいた視線のまま。
だけれど触れる気がないのか、アーシーさんはあくまで僕の方を見たままだ。
「イベント中は、広場で行商の人たちがいつもより沢山商品を売っていますし、今年は近隣の村から遊びに来る人も増えるでしょうから、きっと賑わいますよ」
「それはいいですね……他の村の特産品、結構役に立つの多いですし」
「更に夜には焚火を囲んでダンスを踊ったり、美味しいものを食べたりするんです。楽しい時間を過ごしてくださいね」
アーシーさんにしてみれば、元の収穫祭の頃からわざわざ変えてまでメリウィンにしたのだから、最大限楽しんでほしいのだろう。
これは認識を改めなくてはいけない。
かぼちゃ頭の奇祭なんかじゃなく、真面目に楽しむべくイベントなのだと。
「……かぼちゃ頭じゃなければ、素直に楽しめるんだけどねえ」
ぽそり、ミースが呟いた皮肉は、けれどアーシーさんには「聞こえませんでした♪」とスルーされ。
結局、僕とアーシーさんが話している間中にミースの口から出た抗議や皮肉は何一つアーシーさんに通じず、却ってミースが不機嫌になるだけで終わった。
ともあれ、イベント開催日は決まったのだ。




