#8.本は知識の源
ハンティングフィールドは西の森。
対象は一体。今年の獲物は『バリアント・ベア』と呼ばれる赤毛の熊。
使っていいのは武器類、罠類、そして石のみ。
カレーなどの武器として使えるアイテムの使用は禁止。
傷薬やダメージ元になり得ないアイテムの使用は制限なし。
狩猟に参加していいのは、基本的には僕一人だけれど、アシスト要員として一人まで支援を頼めるらしい。
まあ、これはミースにお願いすることになるだろう。
開始日までに西の森全域をイベント仕様に飾り付けるだとか、そんなことを言っていたので、あのかぼちゃ頭の二人が今頃は森で作業をしているのだと思う。
制限日数は三日間。
この間にバリアント・ベアを狩れればラグナの村の勝利。
狩れなければバリアント・ベアを用意したギルの勝利。
僕達が勝つと「豪華賞品」がプレゼントされるらしいけれど、ギルが勝った場合は、女神メリヴィエールへのお祈りを一日三回増やすように、というよく解らない罰ゲーム設定だった。
アーシーさんもこの件は了承済みらしく、メリウィンの三日目以降はこのイベントをメインとして計画立てているのだとか。
(あの人らしいといえばらしいけど、これは僕にも教えてほしかったな……)
ギルなんて人が居た事、僕は知らなかったし。
だからと恨んだりするつもりはないけれど、知ってればそれなりに準備も前もってできただろうし。
かぼちゃなんて作ってる場合じゃなかったのだ。
本当に作るべきは、対熊用の装備だったのだから。
「えっ、メリウィンで熊退治? 何それ」
家に帰り、ミースに事情を説明すると、やはりというか、困惑していた。
意味が解らないのは仕方ない。僕にだって意味が解らないのだから。
「なんか、狩猟に成功すると豪華賞品がもらえるからって……強制参加らしい」
「……毎度思うけれど、貴方っていつも流され続けてるわよね。疲れない?」
「時々……ね」
どうしようもなく疲れる瞬間というのは、確かにあった。
だけれど、それは僕にとって、乗り越えなくてはならないものだった。
それに、今回に関しては少しおもしろそうとも思ってしまった僕が居たのだ。
景品に釣られたからではないけれど。景品があるというのも良い。
「でも、今回は無理やりっていうより、僕自身もやろうと思っての参加だから」
「ふーん……なんか、燃えてるのね」
ぐ、と握りこぶしを見せると、ミースも理解してくれたのか、うんうん頷いてくれた。
よかった。これで冷めた目で「じゃあ一人でがんばりなさいな」なんて言われたら一気に熱が冷めてしまうかもしれなかったのだから。
認めてくれて、うれしい。
「ま、エリク君がやりたいっていうなら、私も付き合ってあげるわよ。アシスト役、必要なんでしょ?」
「ありがとう。助かるよ」
「本当はロゼッタと、と言いたいところだけど、あの子走ったり戦ったりって駄目だからね。ここは私がやるわ」
自分から進んでアシスト役を買って出てくれる。
本当にミースは優しいなあと思わされた。
抱きしめたくなってしまう。キスしてしまいたくなる。
できないけど。やらないけど。
でも、気持ちの上では僕はもうミースをぎゅっとして離さないくらいには昂ってもいたのだ。
「頑張ろうね、二人でっ」
「ええ。頑張りましょ。二人でそのギルとかいう……メルのお兄さん? ぼこすかにしてあげましょうね」
まるでギルをボコボコにするかのようだけれど、相手は熊だ。
だけどまあ、今はミースと手をがっちりと組めたから、細かいことはどうでもいい。
とりあえずは狩猟の準備を始めるところから進めようかと思う。
「あっ、エリク、いらっしゃい。どうしたの?」
まず、知識を得るところから始めようと思い、ロゼッタの家を訪ねた。
「実は調べ物がしたくって。ロゼッタの家って、たくさん本があるって聞いたから、良かったら読ませてもらえないかなって思ったんだ」
動物についての知識。
狩猟なんて、戦争中は食事をとる為に何度もやったけれど。
でも、僕は一度も、バリアント・ベアなんて熊、見たことはなかったのだ。
どこからか用意されている以上は、どこかに生息している生物なんだろうけど。
行動の癖も、何が好きで何が嫌いで、何を苦手としているのかも、そして何より重要な弱点も、僕にはわからないままなのだから。
「そういう事なら。うふふ♪ 本を読みたがるなんて、エリクって勉強家なのね!」
もう目がランランとしていた。
本について語れるのが嬉しくて仕方ないのだろう。
前の人生の時は最初以外さほど意識することもなかったけれど、ロゼッタはそう、本の虫なのだ。
「早速何冊か持ってくるわね! どんな本がいいの? ジャンルは? 恋愛もの? 戦記? 神話? あっ、エリクなら農業に関連した本の方がいいかしら?」
「動物について詳しく書かれている本、というか図鑑とかがあると嬉しいんだけど……」
「動物についての資料? うん、じゃあ持ってくるわね」
僕の要望はちゃんと届いたのか否や。
ロゼッタは興奮気味に書庫に走っていき、ほどなくして三冊の本を持ってきた。
「まず左から紹介するわね! 青色の図鑑『世界動物図鑑』はちょっと大人向けで、割といろんなことが細かく書かれている代わりに、図解などが少なくってちょっと解りにくいかなって思ったの。それで真ん中のこの本『空を飛んだウサギ』、これはさっきと逆で児童書なんだけど、すごくいいお話してるなあって」
「三冊目は?」
「右のこの本『狩猟神に選ばれし者』は、神話を記したものなの。動物について調べるっていうとちょっとコースが外れちゃうかもしれないけれど、神々の生み出した獣とか、図鑑には乗らないような生物について知りたいなら、こういうのもありかなって」
これがただ、ありふれた動物の癖を知りたいだけなら、まず間違いなく一冊目を選ぶだろう。
だけれど、今知りたいのは、特殊な獣についてだ。
特に『狩猟神に選ばれし者』は、いかにも僕のように変なイベントに巻き込まれた人ついて書いてありそうで、ちょっと気になっていた。
「とりあえず私の一押しはこの三冊なんだけれど……無理そうなら、直接探す?」
もしかしたらロゼッタが勧めてくれた本以外にも、目的にぴたりと合致する何かが記さている本があるかもしれない。
そこまで思って、「いいや」と、素直に首を振った。
「とりあえずはこの三冊をとっかかりにしようと思う。貸してもらっていいかな?」
いつまでも選ばずではロゼッタが不安になるのは解っているので、速攻を掛ける。
幸いロゼッタはぱあ、と、ニコニコ顔になって「よかった♪」と安心していた。
「もしそれで足りなかったらま言ってね。私も、他にないか探してみるから」
「うん。ありがとうねロゼッタ」
「そんな……いいのよ。貴方の役に立てるなら、私……♪」
なんだろう。立ててもいないフラグが立とうとしている気がする。
このままここにいるのは不味いのではないだろうか。
頬を朱に染め嬉しそうにしているロゼッタから本を受け取り、長居は無用と判断する。
「それじゃ、またね」
「ええ、また。メリウィン、一杯楽しみましょうね♪」
お祭り好きの血も騒いでいたらしい。
今年は、前回より忙しくなりそうだった。




