#6.居ない山のボス
「うーん……」
「ねえ、どうしたのエリク君? さっきから山の中をうろうろして」
もうそろそろ夏も終わろうかという頃。
僕とミースは、北の山の中をうろうろとしていた。
「いや、ちょっと探し物をしててね」
「探し物……?」
「うん。鉱脈の露出したところっていうのを見ておこうと思って」
探し物というのは本当。
だけれど、露出した鉱脈云々はブラフだ。
別に僕は、そんな物を探してはいない。
「そんなの探してどうするの? 鉱石が欲しいなら、いつものように鉱区にいけばいいんじゃないの?」
「うん。そうなんだけど……ほら、何かあって鉱区に入れなくなることもあるかもしれないじゃないか。そしたら、鉱区以外で鉱石を探さないとだからね」
念のために、と言い訳しながら、その辺をうろうろ探す。
当然ながら、まだ木の生えている、傾斜の比較的緩やかな部分ではそんな露出は見られないから、見つかるはずもない。
「そういうのはよく解らないけれど、もっと傾斜の厳しい場所じゃないと見つかりにくいんじゃない? 頂上付近とか」
ミースのいう事は尤もだ。
僕としても、低い場所を探すのは無意味に感じ始めていた。
(前回は、結構見晴らしのいいところまで登ったもんなあ)
僕の探していたもの。
それは、山のボスだという怪鳥だ。
多分だけど、あれを倒さないとフラグとやらが立たない。
前の時はスケッチブック関係でミースと関係が親密になった瞬間があったので、多分あれがトリガーになっているのだ。
「もっと登らないと無理か」
「鉱脈を探すなら、そうなるんでしょうね。こんな事ならミライドから聞いておけばよかったのに」
「ミライドさん、忙しそうだったからね」
マジックスティールの話を聞きはしたものの、その生成法がかなり狂っていたのもあり、早々に諦めていこう、ミライドさんと話すことはかなり減っていた。
用事がないというか、会う必要性があんまりないというか。
農具がくたびれてきたら新製品に変えてもらおうかな、くらいだろうか。
「ミース、ちょっと大変だけど、上の方に行こう」
「まあ、エリク君がそれでいいなら……」
ミースは、どこにだって着いてきてくれる。
そんな確信があった。
前と違って当たり前のようについてくるというより、誘ったら来てくれる、といった感じなのだけれど。
でも、僕は毎度のように誘うし、ミースは毎度のように来てくれる。
前回の事もあるし、これだけべったりならいくら僕でもミースの好意に気づかないはずはないけれど、それはそれとして、ミースもスケッチする事ができるので互いにお得感がある。
ミースの投擲は、やはりあるとなしとでは大違いなのだ。
「かなり上まで来たわねえ。ああ、良い景色」
「そうだね……」
そのまま二人、山の頂上付近まで登ってきたけれど、怪鳥の姿はおろか鳴き声すら聞こえず。
ぼんやりと、その場に座り込んで絵を描きだすミースを眺めながら「まだ早かったか」と、小さくため息をつく。
結婚、したかったんだけど。
そういえば、と、景色に目を向けながら思い出したことがあった。
(あの時は、雪景色だったな)
そう、雪中の登山だったのだ。
入ろうと思った時はそんなことなかったのに、入った途端雪山になっていて、何故か出ることができなかったのだ。
あれもバグとやらなのだろう。
たまたま持っていたカレーのおかげであの時は事なきを得たけれど、もしかしたら冬まで待たないとあの怪鳥は現れないし、ミースとのフラグとやらも立てることができないのかもしれない。
(あの時、アリスは僕が会長を倒したことに驚いてたし……もしかしたら、本来今の時点の僕には倒せないような敵だったのか? 一撃で死ぬって言ってたよな)
あの時の僕は、たまたまカレーを落としたことで頭上から怪鳥にダメージを与えられたが、そうでなければ不可能なくらいの危険な化け物だったのかもしれない。
よくよく考えたらよく勝てたな僕、と、ちょっとだけドキドキしてきた。
きっと薄氷の上の勝利だったのだ、あれは。
「――っ」
「――君たち、こんなところで何をやっている?」
不意に何かが近づく気配がして、武器に手を伸ばしながら振り向くと、頂上の方から人影が二つ、こちらに向かっているのに気づいた。
人影、人、いや、鎧を着た兵隊だ。
それも、二人ともまだ若い男だった。
「オーランドの兵隊さんね。ご苦労様です」
「おや君は……あの村の娘か。そちらの男の子は見ない顔だが、ラグナの人かな」
ミースとも顔見知りらしい。
でも、頂上から向こうが国境だというなら、オーランドの兵隊がここにいるのはまずいのではないだろうか?
疑問に思いながらも、「初めまして」と会釈する。
「新しく村の仲間になった人よ。エリク君、この人たちが、賊とかに襲われた時に助けてくれるオーランドの兵隊さんよ」
「なるほど。確かに強そうな人たちだね」
「村に君のような若い男がいるというなら、これからは我々が出張るような事態に陥る心配はなさそうだね」
「まあ、女の子に囲まれて美味いもん食えるのは悪いことじゃないから、必要がなくても呼んでくれていいんだけどな!」
目下の相手にも丁寧な口調の片方と違って、もう片方は欲望駄々洩れだった。
女の子に囲まれるのって結構居心地悪い気がするんだけど。
ミースだけじゃなくロゼッタとステラとで三人に囲まれていた湖の時は、本当に対応に困ったくらいだ。
「そんな事言ってるからお前は隊長から怒られるんだよ」
「ははは、いいじゃないっすか。どうせ俺たちの任務なんて、来るかどうかも分からない敵が来ないかどうかの監視なんですし」
とても国境警備兵とは思えない警戒の緩さ。
このエレニアなんて、侵略された時には国境警備隊は早々に攻め立てられたから、全滅覚悟で足止めをしていたという話だったのに。
オーランドは平和なんだな、と、ちょっとうらやましくも感じた。
「ま、戦争は終わったっていう話だし、君のような若者も直に村に戻ってくるんだろうな」
「そうね……早く、村に活気が戻るといいんだけどね」
「はは……」
笑って済ませる。
戦争は、確かに終わったのだ。
ミースもそれはうっすら感じていたのだろう。
だけれど、その顛末は、この兵隊たちも、ミース達も知らない事なのだ。
この国にはもう、希望なんてどこにもありはしない。
ほとんどの男が死に絶えた国など、国として成り立つはずもなく。
そう掛からず、この国はオーランドのような、まだ健康な国に飲み込まれてゆくのだろう。
あるいは、ゆっくりと自壊の道へと進むのかもしれない。
国を、女性たちが捨てようと見切りを付け始めたら。
「まあ、この辺りは危険な魔物もそうはいない。ただ、その恰好ではそこそこ冷えるだろうから、あんまり長居はしないようにね。夜になると耐えられなくなるから、早く降りるんだよ」
「ええ、解ってるわ。ちょっと鉱脈を探しにきているだけだから」
「スケッチじゃなく?」
「スケッチはついでよ」
口調から、ミースもこの二人には慣れているようで、それほど気にした様子もないけれど。
やはり村の人以外からも「よくスケッチをしている子」という認識らしい。
ミースの最大の個性だけど、それだけじゃないのは僕には解ってる。
「鉱脈なら、あっちの方にいくらか見つけたよ。鉄とか玉鋼とかね。だけどツルハシは持ってないよな……?」
「今日は探しに来ただけなんで。何かあった時の為に場所だけ見ておきたかったんです」
「なるほどね」
そういう事なら、と、納得したように頷く兵隊たち。
詳しく掘り下げる気もないのだろう。
「そういえば夏まで鍛冶屋の子も鉱脈掘ってたもんな。テントで」
「テントの外にわざわざ携帯式の炉まで持ち込んでたし、かなり本格的でしたよね。荒れる事が少ない時期とはいえ、よくやるぜホントに」
つくづくミライドさんは謎が多い。
戦う力はないとは言っていたけれど、炉なんて簡単に持ち運べるものではないと思うのだけれど。
村に戻る前には結局見つけられなかったし、戻ってきた時はいつの間にか戻ってたからどんな装備だったのか気になる。
もしかして、戦うセンスがないだけで腕力はすごいとかなんだろうか。
「スケッチも終わったし、あっちにあるっていうなら行ってみましょ」
「そうだね。それじゃ、ありがとうございました」
「構わんよ。気を付けて」
「アーシーちゃんによろしく!」
長話する気もないのか、早々に区切りをつけ、話の合った鉱脈へと向かう。
兵隊達も巡回の任務中なのか、軽く手をあげ僕らとは別の方向へと歩き出した。
「オーランドの兵隊さん、前よりも手前まで巡回し始めてたわ」
「そうなんだ」
兵隊達と別れてから、ミースがぽそり、歩きながらに呟く。
「もしかしてこの国、隣国から甘く見られてるのかしら……? オーランドとは上手く行ってたって聞いたけれど、解らないものね……」
「どうなんだろうね」
政治的な話は、僕にはわからない。
何が原因でエレニアが攻められたのかも知らないし、オーランドとエレニアの関係も良くは解らない。
ただ、オーランドは戦争に参加してなかったから国としての体裁をまだ保てていて、エレニアはそうではなかった。
というより、ガンツァーが来なくても敗北確定、侵略者に占拠されてそのまま滅ぼされる寸前だった、という状況だから、多分ガンツァーのおかげでギリギリ首が繋がっている状況なんだと思う。
死ぬまでの時間が、この国の女性たちが気づいて他国の男性を引き入れられるか、あるいは女性たちが国を捨てよそに逃げ出すか、いずれかの方法を選ぶまでの猶予なんだと思う。
賊やなんかが気づいて跋扈し始めたら、各地で惨劇が起こること請け合いだ。
そうなれば……きっとガンツァーは呆れ果て、また怒り狂うんだろうな、と。
そう思いながら、眼下の景色を見やる。
(この世界は、こんなにも綺麗なんだけどな)
雪景色の時にも思った。
目の前に広がる景色の美しさ。人々の暮らしのちっぽけさ。
なのに、あの竜はなぜ、そんなちっぽけなものに拘って今も尚怒り狂うのか。
綺麗な景色の一つも眺めていれば、嫌な気持ちも吹き飛ぶというのに。
「……エリク君? どうかしたの?」
難しそうな顔でもしていると思われたのか、ミースに顔を覗き込むようにして問われ、「なんでもないよ」と笑って返す。
ミースにとっては、僕はよく解らない事ばかり考えている、謎の多い男なのかもしれない。
だって、あまり面には出さないし、話さないから。
「エリク君って、時々難しい顔をするわよね。疲れない?」
「えっ……?」
「疲れてない? 貴方、いつも無理してるように見えるから……疲れてたら、休んだっていいんだからね?」
無理しないでよ、と、慈しみの言葉を向けられ。
なんだか、とっても救われた気がした。
「……ありがとう」
そうだ。僕は、こんな娘と一緒にいるんだ。
僕の事を大切に想ってくれる、この娘との瞬間を。人生を。
これを守りたいから、僕は生きてるんだった。
今の人生の、どうにかしたい、乗り越えたい壁。
自分でそう設定したのだから。目標づけたのだから。
(なんとしても、今度は乗り越えてみせる……!)
乗り越えられなかった壁を、乗り越えるために。
失った、二度と取り戻せない人生を、その先を見るために。




