#4.謎の水着美少女エリーちゃん15歳
「エリク、その姿は……」
「エリク君……」
女物の水着を着ているところを見られるのは、これで二度目だ。
大丈夫。もう慣れた。僕だって一度経験したことでそんな傷つくことなんて……なんて……
「忘れてください」
「可愛いわっ、ねっ、ミース、すごく可愛くない!?」
「これは……これは……っ」
ロゼッタの反応は変わらない。予測できた。
ミース、君は……君という子は……
「くうっ、スケッチブック、スケッチブックをっ」
管理小屋まで走り出すミース。
今までにない速度だった。
そして速攻戻ってきて、僕の姿を描き殴る。
それはもう、鬼のような形相で。
「ふーっ、ふーっ……エリク君」
「は、はい」
「なんで、私の水着を着たの?」
「自分でもよくわからないです」
なんでそうなったのか本当に解らない。
自分では男物の水着を着たつもりだった。
だけど、着た時にはミースの水着になっていたように感じたのだ。
いや、実際には前回と同じでミースの予備の水着と間違えて渡されただけなんだろうけど。
「エリク君の変態」
「うっ」
短いながらも酷い蔑みの言葉と、鋭い眼差し。
胸にぐさりと突き刺さる。シャレにならいくら言いたい。
《くふっ、くふふふ……エリク君、エリク君最高っ、最高過ぎるっ》
偉い人は笑っている。
ちょっと、いや、かなり気持ち悪い感じの笑い方で。
《このイベント作ってよかった……アリスからは白い目で見られたけど、絶対このイベントは必須だよ! 毎週見たいもん!!》
ああ、毎回ある出来事なのか、これ。
絶望が増した。
「エリクエリク、どうせだから髪型も変えない? ほら、付け毛で髪を伸ばして―」
なんで付け毛なんてもってるんですかロゼッタさん。
「ぶふぅっ、あーっ、あーっ!!!!」
ロゼッタと違って、必死になって我慢しようとしているミースが我慢しきれず、破顔してしまう。
――そうだよね、ミースも、可愛い格好した僕が好きなんだもんね。
かつてスケッチブックを埋め尽くしていた女装した僕のイメージイラストを思い出し、どんよりとした吐息が口から洩れる。
辛い。帰りたい。
「いいっ、最高にいいよエリク!! どこからどうみても可愛い女の子だわ! 謎の美少女エリーちゃんって感じ!! ねっ、ミース!!」
「ふぅ、ふぅ……え、ええ、そうね、強烈、過ぎるわ」
興奮冷めやらぬロゼッタと、なんとかこらえようとして鼻の頭をつまんでいるミースを見て、「なんで僕が女物を着ただけでこんな反応になるんだ」と、困惑ばかりが浮かんでしまう。
(いや、でも……水面に映った僕は、かなり……いけてる気がするな?)
長いストレートの髪なんかかなりいい。
髪の継ぎ目に花のフリルが付いた髪飾りまでついていてめちゃかわだ。
絶対儚い感じだろって思うような物憂げな表情も……これ僕の顔だ! 今の僕の辛い気持ちを端的に表してる顔だよ!
そりゃ物憂げにもなるよ! 何内心ちょっといいかもって思い始めてるんだ僕は!
「なんか、葛藤してるわねエリク君」
「うう……ごめんなさい。すぐに脱ぎます」
「いいわよ別に。エリク君が着たいなら着れば?」
「脱ぐよっ」
このままこの格好でいたら、僕が僕でなくなっていくような気がして。
それが怖くて、樹々の裏に逃げ込んだ。
結局その後は普通の男のモノの水着になり、ロゼッタとミースと、それから遅れて現れたステラの三人の水着を見て褒めて。
そして、例によってステラに湖に投げ込まれ、泳げるようになり。
ステラと一緒にミースに虫を投げつけたり、ロゼッタと一緒に貝殻を拾ったり、湖にたたずむミースにモデルにされて動けなかったりしていた。
遊び疲れた後は、焚火の前でのんびりと時間を過ごす。
今回は、ミースと二人でだった。
「エリク君、家に帰ったら私の服着てみなさいよ」
お姉さんが描いてあげるから、と、大層嬉しくない申し出をしてくるミースに「いや」と、真面目な顔になって首を振る。
「別に僕、女装趣味とかじゃないからね?」
「えー?」
「えーって……」
ロゼッタの時は普通に「たのしかったねー」「料理美味しいねー」と、取り留めない雑談になっていた気がしたけれど。
今回はそうでもなく、ミースによる追い打ちが続いていた。
「いいわよ別に。私はエリク君が女の子の水着を着ちゃう変態でも、追い出したりしないし。下着でやられたら怒るけど、そこまではしてないでしょ?」
「だから、あれは不可抗力というか……」
「不可抗力だろうとなんだろうと、エリク君が私の水着を着たのはほんとの事だし? 悪いと思うなら、私の服を着てモデルになりなさい?」
それは強制というのだ。ミースはひどい子だった。
僕の弱みに付け込んでそんなひどいことを押し付けるなんて。
だけどよくよく考えたら僕がミースの水着を着たからこうなった訳で、言い訳のしようもない。
黙って頷くことしかできなかった。ああ、敗北感。
「ふふ、安心しなさいな。そんな、エリク君が着られないような服は着させないから。でも、付け毛で髪型を変えるというのはちょっと意外な発想だったわねえ」
ロゼッタもやるわねえ、と、変な方向で感心している。
これはまずい。ただ女物を着させられるだけじゃない方向で発展してしまいそうだ。
「エリク君改造計画。結構ありな感じね?」
「ないよ。全然ないよ」
僕をありのままで愛でてください。
「それよりもミース」
「話題を変えたいの?」
話題を変えようとすると即刺しに来る。
ミースも最近は僕のやり口を学んだのかもしれない。
いや、そんないじわるしてないのに変だなあ?
「エリク君のやり口くらいわかるわよ。いつもいつも都合が悪くなると話を逸らそうとするし?」
どうやら解りやすいくらいに解りやすかったらしい。
僕ってもしかしてチョロいのか?
「それで、何を言おうとしたの?」
「話題逸らしだからいいです」
「いや、言ってよ」
いじけたみたくなってしまったのはちょっと情けないというか。
子供っぽかったかもしれない。
ミースは笑いながらそんな僕の顔すらスケッチする。
その手に目が向き、そして思ったのだ。
「僕にも、ミースを描かせてほしいな、って」
「え……?」
「僕ばかりモデルになるのって、なんか不公平じゃないか。ミースも描かせて?」
いいでしょ、と言いながら詰め寄る。
急に不安そうな顔になるミース。
構わずスケッチブックに触れようとして、もう一度「ダメ?」と聞くと、もうミースはすっかり気弱になってしまっていた。
「エリク君が……そうしたいなら」
というより、照れてしまっていたのか。
赤面してそっぽを向いて、スケッチブックを持つ手にも力が入らなくなっているようだった。
するりとミースの手から抜けるスケッチブックとペン。
「それじゃ、描かせてもらうね」
「……うん」
モデルになるのには慣れていないのか。
ミースはとてもガチガチに固まっていて面白かったけれど。
(そういえば、絵ってどうやって描くんだ……?)
僕の方も、絵の描き方なんてまるで知らなかったので、見たまま、なんとなくで当たりを付けて描くことしかできなかった。
折角の水着。折角の可愛い格好のミースなのに。
だけど、まじまじとミースの全身を眺められたのは役得な気がして、時間ばかりが経過していった。
結果、出来上がった『絵のような何か』を見たミースは、「なによこれは!?」と激怒し、「上達するまでは二度と私を描かないでよね!」と、スケッチブックとペンも奪い返されてしまった。




