#3.湖の賊リターンズ
「エリクとミースがそこまで言うなら……」
ロゼッタの説得も、ミースと二人で掛かればそんなにかかる事もなく。
それからは、ミースとロゼッタで「どんな水着にしようか」という話になり、男の僕として会話に混ざるのもどうかとそっぽを向いていたのだけれど。
「エリクは、どんな水着が好き?」
「動きやすければそれでいいと思うよ」
「貴方の、じゃなくてよ」
ちゃんと聞いてた? と、抗議めいた視線になるミース。
ロゼッタはといえば、真剣そのものだ。
そういえば、と、かつての時のことを思い出す。
(あの時も、ロゼッタは僕の好みを聞いてきたっけ)
その時の僕は、可愛いものを選んだのだ。
「可愛いものの方が好きだよ」
「ふーん。際どいのの方が好きっていうかと思ったわ」
「やっぱり可愛いほうがいいわよね。私達には、まだそれくらいでいいのよミース」
「そう? 私はそれでもいいと思うんだけどなあ」
駄目だったかしら、と、僕を見つつ。
それならそうと、といった感じで話は進んでゆく。
「じゃあさあ、フリルとか多めのデザインの方がいいかしら? こんな感じ……で」
「わあ♪ 可愛い可愛い♪ やっぱりミースが絵で描いてくれるとイメージも楽ねえ。あ、ここのところアクセントでクマさんマーク入れたり――」
「それはロゼッタオリジナルよね? 私のにはつけないからね?」
「えー、お揃いでもいいじゃない。可愛いと思うのになあ。ね、エリク?」
クマさんのワンポイント、再び。
トラウマが蘇る。
「……? どうしたのエリク君、急にうずくまって」
「お腹でも痛いの? 休んでいく?」
二人して心配されて、頭を抱えながら「大丈夫」と、なんとか立ち上がる。
けれど、突然のトラウマ再発に身体はふらふらになっていた。
「ちょっと……嫌なことを思い出して」
「嫌な、事?」
《この時に思い出すようなことってあったっけ? エリク君、何か想定外の記憶思い出してない?》
不意に聞こえる偉い人の声。
二度目だ。まずいごまかさないと。
「思い出したというか、嫌な気配がしたというか。うん、そんな感じ」
《なんだ、気のせいなのか。ああよかったよかった。エリク君って時々変なこと言うし、一度頭の中の物理領域を調べ直す事になるかと思ったよ。アリスってば記憶管理てきとーだしなあ》
ぞっとするような言葉を平然と発しながら、とりあえずは納得してくれたようでほっとする。
一歩間違えれば、僕は文字通り頭をかち割られていたのだろう。
シャレにならない。偉い人怖い。
「とりあえず大丈夫だから。うん、クマさんは、ロゼッタが使うといいと思うよ」
「うーん、三人でクマさんつけてたら絶対可愛いと思うのに……でもいいわ。今回は、気になるところもあるし……」
「ロゼッタ、ちゃんとご飯食べてる? 明後日は遠出なんだから無理しないでよ?」
ちらりと、自分の腕を見ていたロゼッタを見てミースが何か察したようだけれど。
でも、確かにロゼッタがちゃんとご飯を食べているかは心配だった。
顔色はそこまででもないけれど、どこか元気もないようだし。
「ロゼッタ」
「えっ、何?」
「僕は元気なロゼッタの方が嬉しいよ」
それが慰めになるかは解らないけれど。
でも、元気でいてほしいというのは本心だった。
「エリク……?」
「いやその、見当違いなこと言ってたらごめんね。でも、ロゼッタは元気に笑ってる方が、魅力的だと思うし」
「はっ……そ、そう……?」
「僕はそう思う」
「私もそう思うけどね」
幸いミースも同感だったらしい。
これで「貴方の趣味をロゼッタに押し付けないでよ」とか言われたらどうしようかと思ったけれど。
「解ったわ……うん。明後日まではまだ時間があるし、体調は大丈夫だと思うから……」
「貴方は一人で縫物させるとすぐ根を詰め過ぎちゃうから、今年は二人で縫うわよ」
「水着は、ステラも一緒にどうかと思ったんだけど……」
「あの娘自分で縫えないじゃない。今年もママに縫ってもらうんでしょ? 他の用事ならともかく、今回はダメ」
足手まとい、要らない、と、腕でバツを作って断固拒否。
ミース的には仲の悪い相手と一緒にいたくないというのもあるのだろうけれど、それ以上に、水着づくりには別の熱意が向いているような気がした。
「うーん……確かにステラはお母さんにやってもらうだろうから……それに、日数もあまりないものね」
「そういう事! それじゃエリク君? 私、今夜は泊りがけでロゼッタと水着づくりに専念するから……あ、ご飯とか――」
「カレーがあるから大丈夫」
「ヨシ! じゃあごめん、パパにも伝えておいて頂戴! 出発までには間に合わせるから」
折角やる気になってくれているのだから、二人の邪魔はできない。
今日はもう、家でやるようなことは大体ミースは出かける前に済ませてしまったはずだから、夕食の時間にプラウドさんを呼ぶのと、皿洗いをするくらいだし問題ないはずだ。
ちゃんとした水着が完成することを期待して――僕は一人で家に帰る事にした。
そして、水浴び当日。
ロゼッタとミースは、疲労困憊な様子で集合場所に現れた。
見るからに疲弊した感じだったので、アーシーさんは「これは歩かせられないわね」と、緊急用の馬車に二人を乗せることに。
緊急用の馬車の御者は僕なので、結局三人で移動することになったけれど。
二人は、移動中ずっとぐったりとしたまま「調子に乗って作りすぎたわ」とか、「アイデアが溢れすぎたのが駄目だったわね」とか、反省会をしていたようだった。
なので、ミースとステラの喧嘩もなし。平和そのものだった。
果たして、湖に到着したのだが……今回は、変なバグ?とかいうのはなく、キラキラとした湖面が続いていた。
ちょっとだけ安心する。
あの、自分だけが取り残される感覚、皆が瞬時に全てを忘れ去ってしまうあの瞬間は、今思うと途方もなく恐ろしいものだったのだと思えたのだ。
皆が、何も知らない中、自分だけ知っている今を体験している身としては。
「じゃあエリク君、水着はこのバッグに入ってるから……私たちは、あの管理小屋で着替えるからね」
「うん、解ったよ。ありがとう」
結局当日朝になってミースと合流したので、完成した水着を見ることはなかったけれど。
それでも、ミースがふらふらになるまで頑張って縫ってくれた水着なのだ。
信頼して、感謝して着たいと思う。
ミースはといえば、ふらふらとしたままロゼッタと二人、管理小屋へ向かってしまったので、僕もバッグ片手にその辺の木陰に入り、周りに誰もいないのを確認して着替えることにした。
「――よしっ!」
早速着替えたぞ!
大人しめの、けれどフリフリが可愛らしさを強調した――ああ、湖面に映った僕は中々に可愛――
「女物じゃないか!! また!!」
なんで着たんだ僕! なんでちょっと気に入りそうになってたんだ僕!!
女物の水着着た自分がちょっといいなと思ってしまうのはかなり危ないぞ僕!!
「ひゃぁーっ、可愛い女の子がいるじゃねえかっ、早速アジトに持ち帰って――」
「だから僕は男だぁぁぁぁぁっ!!」
何故かまた現れた賊に、僕は怒りの『緋色』を放った。




