#16.リゾッテ村へ2
鉱区攻略後は、大量のグリーンストーンの内約半数を、村の作物生産量強化の為にアーシーさんに渡した。
量そのものはまだ限られているので、最初に渡す人を誰にするのかを公平な視点で判断できるアーシーさんでなくては、村の中に不和が生まれるリスクがあるからだ。
全員にいきわたるくらいのまとまった量が手に入ってからでは手遅れになるかもしれないので、まずは生活重視、かつ生産量も重視という事で、最優先は生活が特に厳しい人、次いで一度に大量に生産できる人で考慮してもらうことにした。
「エリクさんの考え、まるでマーシュさんみたいで……いいえ、ゆくゆくは他の村の人たちも救いたいと考えるその慈悲深さ、既に貴方は、マーシュさんを越えているのかも……」
ロゼッタのお父さんがこの村においてどれほどの偉人だったのかは、今まで暮らしていて何度も耳にしたけれど。
それでも、ようやくその偉業と肩を並べる功績ができそうだと、素直に嬉しく感じた。
アーシーさんがそれを認めてくれたのが、なんだかすごく達成感と充足感を感じられたのだ。
「またある程度の量が手に入ったら渡しに来ますね。配ってない人にも、これきりではない事は教えてあげてください」
「ええ、解りました」
鉱区の攻略を終えた以上、これからしばらくはまた、忙しくなる。
まだ夏は始まったばかり。
だけれど大分早く進んだこの村での生活は、僕にとってはある意味、佳境に進んでいたのだ。
白の黒竜・ガンツァーを怒らせないためにも。
その後もアーシーさんと、当面できること、やりたいことを話し合って、少しでも村の状態を回復できるように務めることを約束し、今度は教会へと向かった。
「まあまあ、こんなに沢山のブルーストーンを……」
これに関しては、僕が持っていても仕方ないものなので、全部シスターに寄付した。
あくまで「こんなものを手に入れたんですが」と、使い方をよく知らない体で。
「ブルーストーンは、水の管理だけでなく、水を用いた聖域の奇跡の行使にも必須の石ですので……これがあるだけで、村の安全性が大きく変わってきますわ」
やはり聖域指定の奇跡用、というのがシスターの認識らしく、深く感謝された。
「エリクさん、貴方は村の為に頑張ってくれているのだと、ロゼッタさんやミースさんから噂で聞いていましたが、今回もまた、村の方の為に無私の奉公をしてくださったのですね……貴方の信仰心と慈愛に、尊敬と、深い感謝を」
十字を切りながらその場に片膝立ちし、深く祈る。
そんな感謝のされ方をされてしまうと、どうしても照れくさくなってしまうのが僕という奴だった。
「ありがとうございますシスター。その、聖域の奇跡、僕がいない間に、もしモンスターとかが襲撃してきたら活用してもらえたらと思います」
「ええ、勿論ですわ。それと……エリクさんにはまだ早いかもしれませんが、聖域指定の奇跡は、結婚式にも使いますので……何事もなく、エリクさんが将来を誓える相手と出会えたなら、是非」
そういえば、と、手に入れた時に思い出したことをまた、思い浮かべる。
前の人生の時には、メリウィンの中ロゼッタと婚約した後、結婚をするために必要だからとシスターに言われ、鉱区に向かったのだ。
そう考えると今回はかなり前倒しだし、そもそもメリウィンは大分先だしで、この辺りの違いが大きい。
僕の心はもうほぼミース一択なんだけど、ここから大逆転して他の誰かと結婚、なんて事もあり得るのだろうか?
それとも、このシスターとの会話は既定のもので、誰と結ばれる人生を歩んでいても同じ事を言われるだけなのだろうか。
疑問はいくつか浮かぶけれど、今はまだ答えが出そうにない。
ただ、シスターにブルーストーンを渡したことで、他にも水の奇跡を扱うことができるようになったとのことで、以降は聖水の販売もするという話を聞けた。
聖水の効果はかなり強力で、これ単体でもゴーストやレイス、ゾンビと言った邪悪なアンデッド系のモンスターを瞬殺できる他、武器に振りかける事でかなりの時間、アンデッド相手に特効ダメージを狙えるのだとか。
今のところはそういう場所に入る予定はないけれど、場合によっては必要になるかもしれないので、余裕があったらストックしておこうと思った。
何に使うか解らないから、ストックは大事。
「よし……こんなものかな」
家に戻った僕は、大量のポテト、それからシスカから買い付けた若干量の小麦を馬車に積み込み、出発の準備を完了させる。
「お父さんにも言っておいたわ。とりあえずはリゾッテだけでしょ?」
「うん。今は直近にあるリゾッテ村くらいしかいけないだろうからね」
適当に置かれた作物袋をクッション代わりにミースも乗り込み、ゆっくりと馬車を動かしてゆく。
これからしばらく、二人だけで馬車旅だ。
「道は大丈夫?」
「うん。南の方にあるのは知ってるから。街道沿いだよね」
「ええ。それで合ってるわ」
気をつけて進んでね、と、順調に進んでゆく馬を見ながらに後ろから声をかけてくれる。
――まるで夫婦の旅路みたいだな。
そんな色のある事を考えてしまう僕は、不純なんだろうか?
ミースが僕と一緒に旅に出てくれる新しい当たり前が、僕にはとても安心できて。
そして、幸せだった。
「エリク君って、絵は描かないの?」
「描いたこともないよ。描こうと思ったこともなかった」
ミースと二人の馬車旅は、一人での時よりずっと楽しかった。
前回がトラウマを掘り起こされた上での喫緊の状況下だったのもあって、余裕をもって旅ができる今だから余計にそう思ったのかもしれないけれど。
でも、好きな女の子と二人、なんでもない事を話しながら進む馬車旅は、のんびりできていい。
「描きたいと思ったこともないの?」
「絵については、教わったこともなかったから」
絵というものそのものは知識として理解できていた。
けれど、僕が居たあの隊の中には、絵描きだけはいなかったのだ。
農夫も居たし料理人も居たし、本好きも居ればモンスター学者、神父も居たけれど。
誰一人、まともに絵を描けなかったのだ。
「ふーん……エリク君って、もしかして戦場で色々教わったの? 時々すごく知ってる事あるけど、逆に極端に知らない事もあるみたいだし」
「僕が知ってる事って、大体は戦場で、一緒に戦った仲間たちから教わったことだから……偏りはあると思う」
針仕事がヘタだったのは単に僕の手先が不器用だからなのかもしれないけれど、戦場孤児の割には、読み書きもできるし特定の分野に関してだけは詳しいとか、そんな感じなんだろう。
そもそも戦場から逃げ出すまでは、僕は僕という兵隊の役割を果たせればそれでよかったので、自己を分析したり、他と比べてどうとか、そんなことを考えた事すらなかった。
ラグナに来てからだ。僕が、僕という人間になれたと実感できたのは。
「良かった。エリク君にも仲間がいたのね……いつかまた、再会できるといいわね」
「……うん。そうだね」
それは叶わない願いだと解っているけれど。
それでも、無邪気に微笑んでくれるミースを見たら、そんな斜に構えた事なんて言える訳もなく。
一緒になって笑顔で頷くくらいしか、僕にはできなかったのだ。




