#15.鉱区はカレーに蹂躙される
「そっちに行ったよ、ミース!!」
「てやぁぁぁっ」
翌日の事。
僕とミースは、鉱区に突入した。
「ぶもぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
投げつけられるカレー。
悶絶しながら死んでゆく牛頭。
「もう一匹!」
「はいっ」
「ぶひひひひひぃぃぃぃぃぃんっ」
投げつけられるカレー。
多段ヒットして宙に浮く馬頭。
……大体こんな感じの戦闘だった。
カレー投擲による快進撃は開幕から留まるところを知らず、当たりの通路も解っていたこともあり、とてもスムーズに鉱石のある場所へと進めた。
「よし、グリーンストーンだ」
「エリク君の勘もすごいわねえ。結構当たってるじゃない」
「そうだね……うん、自分でもびっくりだよ」
勿論、当たりの場所ばかりを選んでいるわけではない。
《ふーん……確かに鉱石のあるルートばかり選んでるように見えるけど、アリスからのデータと比べると最適解とは言えない……外れの道も何度か選んでるし、たまたまかな? 当たりも結構多いダンジョンだし》
『これ』があるから、一応警戒していた。
僕を見ていると思しき、アリスではないもう一人の人。
名前は……聞いたような気がするけれど忘れてしまった。
でも、この人は僕を見ている。そして、僕が前の人生の時にどういう道を進んだのかも、この鉱区での最適解のルートが何なのかも知っているのだろう。
だから、最適解を選ぶとまずい気がするのだ。
記憶を失っている体で進めているのに、実は知ってましたなんてこの人にばれたら、どうなるのか。
(また、頭から潰されるか……もしかしたら、別の方法で殺されるのかもしれない)
そして死んだ先には、またやり直しが待っているのだろう。
これはそう、この人たちにとっては、遊びのようなものなのかもしれない。
「……エリク君?」
少しの間無言だったからか、ミースが不思議そうに僕の顔を覗き込む。
壁に手を当てたままぼーっとしていたように見えたんじゃないかと思う。
心配してくれたのかもしれない。
「大丈夫だよ。ちょっと気になったことがあって」
「何か思い出した……とか?」
「うん、そんな感じかな」
嘘だけれど。
でも、必要な嘘だった。
この場をごまかす意味でも、当たりばかり引く事の理由付け的な意味でも。
《おかしいな? このタイミングでは何も思い出せないはずだけど……エリク君が思い出すのは、エリアボスの死神を倒した時だったはず……》
恐ろしいタイミングで突っ込みが入った!
「思い出したというか、気づいたんだよ。ほら、グリーンストーンって、グリーングリーンって何か音出してる気がしない?」
「えっ、そ、そうかしら?」
《気のせいか。グリーングリーンって何なんだ……そんな音出してないよ》
上手く逸らせたらしい。かなり無理やりだったけどごまかせてよかった。
《うぃーんぐががががーって感じの音ならたまに出してるけど》
音を出してるのは当たってた!?
(なんなんだこの世界……意味わからないぞ……?)
僕は今までそんな音を聞いたことはなかったはずだけど、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
多分この人も、アリスと同じで偉い人みたいだし……
「エリク君、大丈夫? 頭抱えて……疲れてるの? 無理してない?」
苦悩していた所で、ミースが本当に心配そうに額に手を当ててくる。
「わ……」
「じっとしてて……うーん、熱とかはないようね?」
突然だったので驚かされたけれど、ひんやりとしたミースの手が、とても心地いい。
「……」
「……」
自然、見つめあってしまう。
「い、いつまでもじっとしてないでよっ」
理不尽!
「もう、エリク君たら……最近おかしくない?」
「ごめんね。ミースと一緒にいると気が抜けちゃうみたいで」
これは本当だけれど。
本当だけれど、理由はそれではない。
「……っ」
けれど、ミースはそっぽを向いてしまった。
カンテラに照らされる顔が赤く染まっていたのに気づけたのは、僕の目が良かったからだろうか。
(こういう風に照れるミースも、可愛いな……)
抱きしめたくなる。ああ、抱きしめてしまおうか。
『ぐきぃっ、キーッ、キーッ、キーッ!!』
……いや、流石に場所が悪すぎるか。
「またモンスターが来たか。ミース、準備を」
「ええ、解ったわ!」
アイテム袋からカレーを取り出し、ミースに渡す。
僕もまた、手に持つ。
これで準備は完了だ。
「グキィィィィィィィィッ」
「くらえーっ」
「てやーっ」
二人して投げつける。
《ズダダダダダンッ》
多段ヒットするカレー×2。敵は死んだ。
「よし、このまま行こう」
「ええ、任せて頂戴!」
気が付けば、ミースは頼りになる相棒となっていた。
実のところ、この鉱区攻略は、ミースの成長によって楽になった部分が大きい。
僕自身も気軽にカレーを使っているのもあるけれど、ミースに試しに投げさせたところ、小石と大差ない感覚で的確にモンスターに投げつけてくれるようになったのだ。
最初は僕が囮になってミースが当てられるまで、というつもりだったのだけれど、序盤からもう、ミースと一緒になってカレーを投げた方が早いという事に気づいた。
《バシュゥッ》
「きゃんっ」
遠方から魔法が放たれ、ミースに直撃する。
「大丈夫?」
「痛いけど……平気よ! よくもやってくれたわね!」
そしてミースはばりばり前に進んで魔法を放ったネクロマージにカレーを投げつけていた。
(あの村の人って、モンスターと戦えないんじゃなかったっけ……)
ネクロマージの魔法は、僕でもまともに喰らえば割と痛いというか、当たり所次第では即死もありえるはずなんだけど、ミースは余裕のようだった。
氷の針が何本も胸やお腹に突き刺さっているけど血の一滴も流れない。
これくらい強いなら、西の洞窟くらいなら一人で踏破できそうだ。
「ミース、一人で行くのは危ないよ」
だがこれも一度や二度ではない。もう何度も起きた。
つまり、このスタイルでは何度も事故った。
最初は焦ったけど、ミースはぴんぴんしているし、反撃のカレーで敵は沈むしで、もうこの辺り気にするのは無駄だと思うようになった。
ボスのいる場所まではまだ遠いし、しばらくは気にしないで良さそうだ。
「ふう、色々回ったら疲れたわね……ブルーストーンって、ほんとに希少なのね。今まで一つもなかったわ」
「そうだね」
色々と当たりを引いたり外れにわざと向かったりを繰り返しながら、最後の最後にボスのいた場所へと向かう。
できるだけ遠回りにならないように道を選んではいたけれど、外れも結構あったから天の声の人にはばれてないはず。
「ちなみにブルーストーンは何か変な音出してるの?」
「えっ、それは……えっと、わからない……」
《ぷっ、ブルーストーンはぐぼぉんぶぉぉぉぉぉんっていう音だよエリク君。まあまだ解らなくても仕方ないね。鉱石ランク初心者だもんね》
(やっぱりブルーストーンも鳴るのか……ていうか鉱石ランクってなんだ)
確かに初心者と言われればそうだろうけれど、鉱石について造詣が深くなるとランクがあがるのだろうか?
今度鉱石図鑑でも読むかと、ちょっとだけ目的意識が湧いたのを感じる。
「まあ、変なこと言われても困るけど。でも、何か嫌な予感がするわね」
「そう?」
「備えた方がいいのかも。でも、エリク君がいるから安心かしら?」
どうなの? と、横目で僕の自信を問う。
さっきは適当な返しをしてしまったけれど、ここではちゃんと男を見せるべきだと僕の本能が命じる。
勿論、素直に従うのだ。格好つけたいから。
「任せてよ。何が居ようと僕がミースを守るから」
「へえ~、私を~? 本当にぃ~?」
いやらしい笑いを浮かべながら、からかうようにして口元に手を当てて。
けれど、それ以上はからかわずに、次いで出た「まあ、それならいいけど」という呟きは真面目なものだった。
「なんだか、モンスター相手でも怖くなくなってる自分が居て。エリク君の傍だからかしらね? それとも、戦った経験があるから? カレーを投げつければ倒せるモンスターって、何なのかしらね?」
「ほんとにね」
僕にも意味が解らない。
ただの好物だと思ったら超兵器だったなんて誰が思うだろうか。
というか食べ物が武器になる世界って何なんだ!
《カレーは最強だから仕方ないね》
仕方ないらしい。
《ボクとアリスもこうぶつだし》
貴方たちの好物でしたか。
《カレーの気持ちはよくわかる》
カレーの気持ち!?
「また変な顔してるわよエリク君。なんかここに入ってから時々するわよねその顔」
「いや、なんかその、ごめん」
どんな顔をしているのかとても気になるけれど、今は目の前のボスに集中すべきだ。
覚悟を決め、前に進む。
「弱かったわね、ボス」
「弱かったね、ボス」
戦いなど、一瞬で決着するものだ。
よくよく考えれば一週目の時もカレー二回で沈めたのだから、ミースと二人で同時に投げれば瞬殺できるようなもの。
巨大な鎌を持った骸骨という、インパクトばかりはすさまじいボスモンスターは、その実、僕たちに気づくより前にカレー二発の先制攻撃を前にあえなく崩れ去っていった。
《うーん……カレーはシスカのところで偶然スパイスを手に入れる、という形の方が自然かなあ? 序盤からカレー無双はちょっとバランスブレイカー過ぎたか》
天の声の人も流石にこれには気づいてしまったらしい。
《まあ、いいか。調整面倒くさいし》
面倒くさがりで助かった!
《この回終わったらアリスに言って修正させればいいよね……ボクはエリク君眺めてるのに忙しいし》
是非そのまま僕を見ていてほしい。
変な気を回さず、修正とか気にしなくていいから。
そのまま、そのまま僕にカレーを使わせてほしい。
(……この回終わったらって、やっぱりそういうことなんだろうな)
そして同時に、この人生が終わった後にも、次があるという事。
それをそれとなくでも知ってしまったのは、ちょっと残念でもあった。
カレーを使えなくなるのもそうだけれど、それ以上に。
きっとまた、アリスの部屋的な場所に呼ばれて、色々話して、記憶を奪われるのだ。
いや、前回は奪われなかったけれど、きっと次は。
(次は……覚えていられるのかな。覚えていられるといいなあ)
「……? どうしたの? エリク君?」
そう思うと、目の前にいるこの女の子がどうしようもなく儚いように思えて。
つい、髪に手を伸ばしてしまう。
《駄目だよエリク君! ロマンスは山のボスを倒してからじゃないと! まだおさわりとか駄目だからねっ》
どうやら天の声の人はこんな些細な触れ合いすら許せないらしい。
大人しく手を引っ込める。あとちょっとだったのに。
でも、そのあとちょっとをやっていたら、駄目だったのかもしれない。まずかったのかもしれない。
よく我慢できた僕。そしてよく教えてくれた天の声の人。でも絶対許さない。
「……? え、なに?」
不思議そうに首を傾げているミースに「蜘蛛の巣がついてたから」と適当な嘘をついてごまかし。
天の声の人も無事「蜘蛛の巣なら仕方ないね」と納得してくれたのもあって、無事事なきを得た。
何故か前回より多くなっているブルーストーン(結婚式に必要!!)を確保して、僕たちはのんびりと村へと戻ることにした。




