#14.主力兵装準備完了
盗賊王から手に入れたスパイスの種は、全てが新しい畑に投入された。
僕としても賭けに近かったけれど、幸いロゼッタのところにあった農業指南書に香辛料の育て方が載っていたので、賭けにしてもかなり分のあるところまで跳ね上がっていた。
それでも、完全に新規の作物を、それも村の人すらよく解らないであろうものを作るのはかなり怖かった。
その間にポテトでも作っておけば大量に用意できるのではないかという後悔もありそうで怖かったので、最初の畑ではポテトを大量生産したのだけれど。
「種のにおいは結構強かったけれど、実が生った時点ではそんなににおわないのね」
隣に並ぶミースも不思議そうに畑を眺めている。
「でも、これをどうするの?」
「まず三分の一は手元に残して次の種まきに使うとして、残りは全部カレー粉にするよ」
「カレー? これ全部、カレーにするの?」
料理としてのカレーすらこの村の人たちはよく知らない人がほとんどなようで、ミースにとっても名前を聞いたくらいでしかないらしいけれど。
でも、ロゼッタも問題なく食べられたし、何よりミースには有効に使ってほしいと思ったのだ。武器として。
「ミース、カレーはね……辛口だけど、とっても美味しいんだよ。そして、強力な武器にもなるんだ」
最強の武器である。置いてヨシ、投げてヨシ、食べてヨシ。最高じゃあないか。
だけれど、ミースは怪訝そうな視線を向けてくる。
「食べ物を粗末にしたら駄目よ?」
「いや、うん、粗末というか、ほんとに強いんだよ?」
「料理が強いっていうのがまず解らないわ。エリク君の言う事、何にもわからない」
意味不明過ぎるわ、と、深いため息をつかれる。
いや、僕だってこの村に来る前だったら「何言ってるんだ僕は」ってつっこまずにはいられなかっただろうけど。
でも、実際強いのだから仕方ない。
そしてこれからの戦いの上で、ミースを更に戦力として強化するなら、このカレーの存在は欠かせないと思ったのだ。
「戦場でも役に立ってたんだ」
だから嘘をついた。
心が痛むけど、でも、必要な嘘だ。
「戦場でも……? そう、まあ、エリク君がそう言うのなら良いわ。でも、武器になるってどういう事?」
「投げつけると相手が死ぬんだ」
「意味が解らない……」
僕にも解らないことだってある。
ジト目で見られて辛い気持ちになるけれど、これ以上に言えることなんて何もないのだ。
幸い、ミースはすぐに「まあいいけど」と、疲れたように視線を逸らしてくれた。
良かった。これ以上ジト目で見られ続けたら変な世界に目覚めてしまうところだった。
「エリク君が時々変なことをするのはいつもの事だけれど……まさかこのスパイス畑が、鉱区で必要な前準備だなんてねえ」
「信じられないかもしれないけど、信じてほしいな」
ヘタな用意より遥かに役立つから。
もうこれだけあればとりあえず鉱区はなんとかなるから。
「……信じてるわよ。じゃなきゃ、私までバカみたいだし」
頼んだわよ、とだけ言ってそっぽを向いてしまう。
そのまま一人、歩き出す。
「ロゼッタにも声をかけてくるわ。きっと、初めて見る光景でしょうから」
「うん。じゃあロゼッタが来てから収穫しようかな」
スパイスの収穫にどれくらい掛かるか解らないけれど、一日もあれば終わると考えれば、明日には準備を完了し、鉱区へ向かえるだろう。
待っている間に季節は夏へ。
不在の間もある程度賊の襲撃などに耐えられるように、合間合間を見て村に柵を張り巡らせてかなり堅牢にしておいたし、やれることは全部やった感がある。
(鉱区攻略は一日で終わらせる。そしたら次は……リゾッテ村だ)
やるべきことは沢山ある。
やりたい事は次から次に出てくる。
やらなくてはならない事は止め処ない。
それでも一つずつやるしかないというなら。
その一つ一つを、一気に片づけてしまうしかないだろう。
鉱区攻略だけじゃなく、次の段階まで一気に進めるために。
このスパイス畑は、きっと大いに役立ってくれることだろうから。
「明日はいよいよ鉱区に行くのよね。暑くなってきたけど、大丈夫?」
その日の夕食後。
小食ゆえに僕が食べ終わるのを待っていたミースが、お皿を片づけながら話題に出したのは、明日の事。
「うん。今のところはなんとか……作業にはもう、この格好はきつくなってきたけどね」
僕もお皿を片づけながら、炊事場で一緒になってお皿を洗う。
ちなみに今夜の夕食はカレーだった。
積んだばかりのスパイスの実をすり潰し、カレー粉にして作ったのだ。
辛いの余裕そうなミースだったけれど、一口食べただけで顔を真っ赤にして涙目になったのはちょっとだけ面白かった。
というかすごく可愛かった。
今はもう、落ち着いているけれど。
でも最終的にははちみつをたっぷり入れたものを食べてもらい「美味しいわ」と言わせたので安心する。
「それじゃ……本当は、鉱区が終わってから渡そうと思っていたのだけれど。待っててね」
洗っていたお皿を丁寧に拭いて棚に並べてから、エプロンで手を拭き、部屋へと戻ってゆく。
ほどなくして戻ってきたミースの手には、白地のシャツとカーキ色の短めのズボン。
そのまま「はい」と渡され、僕は慌てて手を拭いてから受け取った。
広げてみると、ロゼッタの縫ってくれた子供っぽい短パン半袖シャツではなく、シックな印象を受ける、レンジャーとかが着ているような無地のセットだった。
「農作業や村を歩くくらいなら、こういうのでいいかなって思ったのよ。靴は流石に作れないから、ミライドが戻ったら作ってもらいなさい?」
「うん。ありがとうミース」
改めて広げた服を見るけれど、とても地味で、そして普通っぽい村人ルックだと思う。
こういうのでよかったのだ。
こういう普通の服で。
「本当に……ほんとうに、うれしいよ、ミース……っ」
「あっ、ちょっ、なんでそんな、泣くほど嬉しいの? それ、かなり地味よ?」
ミース的にも地味なものらしい。
それでも、こういうのが欲しかった僕にはこの上ない。
「うん……変なシャツとか、子供っぽい格好とかじゃないから……それだけで、もう」
「あ、あれは……アーシーさんの時々やらかす悪い癖みたいなものだから。普段はちゃんとしてる人なんだから!」
あれだけ駄目だししてもちゃんとフォローできるミースは人ができてると思った。
「――どうかな?」
残った皿洗いはミースがやることになり、僕はリビングで実際に着てみることになった。
丈やなんかは事前にミースに測ってもらっていたけれど、着てみるとこれで、微妙な部分に問題があったりするらしい。
支給された服を着ていただけの僕にしてみれば、作ってもらった服を着るのはそんなにない体験だし、ミースは初めてなので、ちょっと緊張していた。
「んー、ちょっとわきの下が甘いかしら? ひざ丈はこんなもので大丈夫? 暑ければもっと短くしてもいいけれど……」
「ううん。農作業もあるし、これくらいで良いと思う。腕回りは……確かにちょっと違和感があるね」
ミースの指摘通り、わきの下が問題か。
すぐに「じゃあ脱いで」と言われ、その場で脱ぐ。
「わっ、ちょっ、目の前で脱がないでよっ」
すると慌てて顔を手で覆ったミースが、近くに置いてあった戦闘服を投げつけられる。
「うわっぷ」
「エリク君はデリカシーがなさすぎ! そういうのは、まだ……ごにょごにょ」
最後の方は何を言っているのかよく解らないけれど、とにかく怒られているらしい。
素直に「ごめん」と謝りながら、戦闘服で前を隠す。
「ん、よし……とりあえず手直しするわ」
幸いすぐに気を取り直してくれたようで、渡したシャツを早速手直しし始める。
ロゼッタと違って目の前でやっているのを見るのは、ちょっと貴重に感じた。
(ロゼッタはいつも部屋でこもりっきりだもんなあ)
たまにお茶を淹れてあげたりしてたけど、基本部屋にこもったロゼッタは、そのまま放っておくことしかできなかったのだ。
そういう意味では、目の前でちくちくしてくれるのはちょっと面白い。
「……なに? 気になるの?」
「ちょっとだけ」
「エリク君は、針仕事はできるの?」
「ボタンを留めるのは苦手かな」
針に糸を通すのは速くできるんだけど、まっすぐに縫えなかったり、糸を止めるために結ぶのがどうにも上手く行かないのが僕という奴だった。
「そういうのはできるとは言わないわねえ」
「まあ、そんな感じだから、人がやってるのを見るのは勉強になるかなって」
それを見ただけで学べるかは別としても。
さらさらと糸をほぐして縫い目の調整をしていくミースを見ると、それだけで楽しく感じるのだ。
「貴方が楽しいならそれでもいいけどね」
見られるのを嫌う訳でもなく。
ミースは何の不安も心配もなさそうに、あっさりとその手直しを終えてしまった。
その後、用意された服をばっちり着こなし、ミースはミースで「流石私」と満足そうに何度も頷いていたのが楽しい夜だった。




