#13.一面のスパイス畑
「この辺りの食糧事情を改善するために、中・長期的な視野で生産量を増やしたい……?」
「はい。さしあたっては、いくつか空いている畑があるなら売ってもらえないかな、と」
まず、現時点でこのラグナの村は、ほとんどの人がロゼッタから借金して生産した作物を売ったお金で返済しての繰り返しで急場をしのいでいる。
作物商人のシスカも、生産された作物の大半が生産者自身に消費されるせいで十分な量が確保できず、その所為で価格が高騰している事に嘆いていた。
というか、価格が高騰しているのに無理やり安く売らされてるせいで、というのが実際のところか。
なので、この辺りは前回と同じく、大量に作ることで大量にシスカに回せるようにして、結果的に多くの人に安価に食料がいきわたるようにできるようにしたい。
勿論シスカが売りに出す作物が安くなるという事はその分、シスカが買い取る価格も安くなるという事だけれど、まずは量を出回らせないといけない。
「僕の印象なんで間違ってたら教えてほしいんですけど、この村って、作って売りに出す量よりも、買う量の方が多くなりつつありますよね?」
冬場などは作物生産量が激減する為に自給しきれず、シスカから買う量も増えているのがこの村の人たちの首を締めあげているのが問題だった。
これも同時に解決しないといけないのが、問題を更にややこしくしている。
だからそれを解決するために、僕が首を突っ込む必要があるのだ。
「そうね……自分の畑でポテトや小麦を作る人は多いけれど、やっぱりグリーンストーンなしでは、そこまで沢山は作れませんから……空いている畑自体はいくらかあるから、どれがいいか考えておくわね」
「だったらその間に、グリーンストーンの産出を増やしたいですね。山の方に鉱区があるんですっけ?」
僕も随分役者みたいになってきたものだと思いながら、話を少しずつシフトしていく。
そう、これはただ生産量を増やしたいというだけの話ではない。
僕の、行動範囲の拡大に繋げるための大事な伏線。
「ええ。確かに鉱区がありますよ。ただ、モンスターの住処になってしまっているけれど……」
「問題ありません。僕なら行けます。流石に今すぐじゃなく、準備ができたら、ですけど」
これに関しては何の不安もない。一度行った道だ。
「そうね。貴方ならそれくらいはできるでしょう。解りました。正確な場所を教えますね」
「お願いします」
道も場所も知っているけれど、それでもここは教えてもらうという体で通すしかない。
アーシーさんが地図を持ってきて広げてくれたので身体を乗り出す。
ミースも興味があるのか、「どれどれ」と僕の横に並んで眺めていた。
「山の中腹……この道を進んだ先に、鉱区の入り口があります。山そのものはミライド――この村の鍛冶見習いの人なのですが、彼女が籠れる程度の場所なので、モンスターや賊の心配はそこまでないかもしれませんが……鉱区の中は、とても危険でしょうね」
再度、「それでも大丈夫ですか」と確認するように聞いてくる。
アーシーさんとすれば、賊とまともに戦える僕がモンスターに殺されてしまっては元も子もないので、そこを心配するのはよく解る。
素直に頷いてみせ、「はい」と答えると、安堵したように小さく頷き返してくれる。
「この鉱区は、鉄や鋼をはじめとして、様々な鉱石が採掘できるようです。その中でも特に私達にとって重要なのが『ブルーストーン』と呼ばれる鉱石です」
「湖で水を管理するのに使ってる石でしょ? 湖で何度か見たわ」
「そうよ。同時に、水を使った奇跡を扱えるようにするものでもあるから、エリクさんには見つけ次第、これを採取してきて貰えたらと思います」
「シスターが使うんですね、解りました」
教会を聖域化するのに役立つブルーストーンは、僕としてもいざという時の保険用として欲しいと思っていた。
あれがあるだけで、もし教会がモンスターに襲撃されても、一時的なりとも安全地帯を確保できるのだから、あるとないとでは大違いだ。
安心して村を離れられるようにするためにも、必要な要素と言えた。
「後は……もしミライドを見つけられたら、『ほどほどの所で戻ってきなさい』と私が言っていた事を伝えてもらえれば助かりますわ」
「解りました」
これに関しては見つけられたらでいいのだろうから優先的ではないけれど。
でも、山で修行している最中のミライドさんは、ちょっと気になるので見てみたい気もした。
気に留めておいてもいいだろう。
その後もいくらかアーシーさんと話し合った結果、山だけでなく、周囲の村へ直接様子見とパトロールを兼ねて向かえるようになった。
何より一番大きいのは、村の所有する馬車を借りられることになった事だろうか。
前の時にあった、いざという時の為の脱出用の馬車。
これをアーシーさんが融通してくれたのだ。
村としてはかなりの賭けとなる判断だけど、僕としてはありがたい。
「大盤振る舞いね。これで一気に遠出もできるわね」
帰り道すがら、ミースと二人、馬車について話していた。
「うん。まずは山だけど……ミースも、来る?」
鉱区に関しては、正直身の安全は保証できない。
西の洞窟なんかと違って、あそこにいるのは僕でも一歩間違えれば即死させられかねないようなのばかりだし、いけても入り口までだろうけど。
それでも、ミースを連れてどこかにいきたいという気持ちはあったのだ。
今日はまだ、足が痛いだろうけれど。
「う……ん、そう、ね。一緒に行きたいわ」
実際、前の時もミースは入り口前で一人待っていたし、一人で帰っていった。
あんまり運動は得意じゃないようだけど、それでも歩き回るの自体は嫌いではないのだと思う。
スケッチの為なら、という目的が必要なのかもしれないけれど。
「それじゃあまずは……畑の準備からだな」
「えっ? 畑……?」
目を白黒させるミースをよそに、ばらばらになっていった要素が、僕の頭の中でつながっていくのを感じていた。
一月後。
新たに売ってもらった新しい畑は、一面が黄色い実と花で埋め尽くされていた。
香辛料・カレースパイスの実。
これで、いよいよ最強武器・カレーの量産体制が整ったのだ!




