#11.盗賊頭はスパイス袋
「そういえば、さ」
森の中の休憩所から少しのところ。
慎重に進みながら、賊を一人、また一人葬っていく合間に、ミースの足に眼をやる。
「足、大丈夫?」
さっきよりも慎重に僕の後についてくるミースに、無理はしてないか問う。
歩く速度が、大分遅くなっていたのだ。
それはもちろん、賊のアジトが近いからというのもあるのだろうけれど。
「……大丈夫よ」
そしてミースが強がりを言うのもなんとなく解っていた。
前の時はさっきの場所で帰ったミースが、なんで今回はまだついてくるのか解らないけれど。
もうスケッチブックを開くこともないし、どんな時でも周囲の警戒を欠かさないので、本人が大丈夫と言う以上は、そして僕の言う事を聞いてくれる以上は、無理に追い返す気にもなれなかった。
「邪魔?」
「邪魔なら追い返してるかな」
僕自身、警戒を密にして周囲に注意を払っているつもりではある。
それでも、見落としはいくらかある。
それくらいに罠の量が多く、賊の数が予想以上に増えていた。
素人でも人手がある方がいいくらいには。
というか、ミースの監視能力は結構高い気がする。
バシバシ敵や罠を見つけてくれてる。
「……邪魔じゃなかったのね。ふふっ」
「でも、無理は禁物、だよ」
無理にミースを追い返すような真似はしたくないし、ミースの機嫌を損ねるような真似もできない。
できれば上機嫌のまま、第三者視点のまま全体の動きを見ていてほしかった。
僕はどうしても、自分が動いているときは自分の視点だけで考えてしまいがちだから。
「……クロスボウか」
「二人もいるわね。厳しそう?」
「かなり」
上手いところ進んだ先に、テントが設営されている拠点のようになっている広場があり。
そこに、二人のクロスボウ持ちを含め、五人ほどの賊が控えていた。
(前の時は二人だけだったな……それも剣だけで、とろかったんだけど)
その二人とそう違わない装備の賊が三人。更にそれとは別にクロスボウ持ちというおまけまでいる。余計なおまけ過ぎた。
「ねえミース」
「なあに?」
「この石を……その辺の樹に向けてでいいから、投げつけてくれないかな」
足元に転がっていた小石を渡しながら、賊がいる方とは少しずれた場所を指さす。
木々が良い感じにまとまって生えている場所なので、適当に投げつけてもどれかに当たるであろうポイントだ。
「これを? 賊にじゃなく樹でいいの?」
「うん。樹でいいんだ。身体を出さないようにここからね。敵はそれで意識が逸れるだろうからね。頼めるかな?」
簡単に作戦を説明する。ミースは賢い子だからこれで問題ないはず。
余計なことも言わず、静かに頷いてくれたので、安心してショートソードを手に、静かに茂みのぎりぎりのところまでにじり寄る。
「頼んだ」
もう一度ミースの顔を見て、頷く。
それを合図に、ミースは思い切り振りかぶり――石を投げつけた。
《カコンッ》
「おっ?」
果たして小石は無事、賊の近くの樹に辺り。
その場にいた賊全員が、その石に注意を向けた、その瞬間。
「――うぉっ」
「一人っ」
クロスボウ持ちの一人目掛け、一気に詰め寄り一撃でクビる。
そのままモノ言わさず二人目のクロスボウ持ちに駆け寄り――
「な、なんだこいつっ――」
「二人目っ」
――僕に狙いをつける一瞬で、なんとかクロスボウを押さえつけて打てなくさせ、胴を切り払った。
「うぐっ……あ、あぁぁぁぁぁっ!!」
「浅かったか」
「こ、こいつぅぅぅっ!!」
「侵入者だっ、侵入者がいたぞぉっ」
「死ねぇ!!!!」
すかさず逃げに入ったクロスボウ持ちにダガーを投げつけとどめを刺し。
残った三人の内二人が僕に襲い掛かってきたところで、一旦別の茂みへと飛び退く。
「くそっ、どこに逃げやがった!?」
「探せぇっ、まだ近くにいるはずだっ」
消えていった仲間のことなど一顧だにせず、ショートソード持ちの賊は僕を探そうとうろうろし始める。
様子を窺い隙ができたところで一人ずつ仕留めるつもりだったけれど、こうなると少し時間がかかるか。
ミースのいる方に賊が行かなければいいと思いながら、そうなる前に短期決戦を仕掛ける方向で覚悟を決める。
(いくか……っ)
《ヒュンッ――パシッ》
「うぐぉっ!?」
僕が踏み込むその一瞬。
賊の一人目掛け、小石が命中し。
他の賊の注意が、ぶつけられた賊へと向いたそのわずかな隙が、僕にとっては何よりもありがたいアシストだった。
「ナイスだミースっ」
「なっ、そっちかっ!?」
一瞬でも見当違いの方を向いてくれたのだ。
仕留めるには、十分だった。
ざざん、と、矢継ぎ早に三人切り伏せ。
消えていった賊たちが薬草に代わっていった辺りで、ミースが茂みから顔を出す。
「私のアシスト、役に立った?」
「うん。おかげで楽に勝てたよ」
ありがとうね、と、素直にお礼を言うと、ミースは今までに見たことがないくらいに満足そうな顔をしていた。すごいどや顔だった。
「ふふん、まあ、役に立ったというなら、着いてきてよかったわ。気が向いたらまた手伝ってあげるから」
「うん……早速で悪いんだけど」
「……?」
まだ、拠点の中から肝心のボスが出てきていない。
全て終わったような気になっているミースには悪いけれど、まだもう一人いるのだ。
いや、一人で済めばいいのだが。
「――クカカカカッ、吾輩の部下を蹴散らすとは、中々骨のあるガキではないかぁっ」
「来たなっ! 死ねっ」
「おうっ、おうっおおうっ!?」
案の定、警戒していると派手な口上と共に賊の頭が現れる。
勿論余計なことを言わせるつもりはないので現れた直後にダガーを投げつけてゆく。
「えいっ」
「うぉぅっ!?」
更に今回はミースも石を投げてくれる。頭にヒットした。
「うぉううぉう……はっ」
都合よくスタンしてくれていたので、その間に距離を詰め、斬りつけてゆく。
「でりゃぁぁぁっ」
「おおうっ!? うはっ、ふざけ、るなぁぁぁぁぁぁっ!!!」
やはり正面からの切り付けではダメージが浅いのか、すぐに反撃が飛んでくる。
今回はフレイルではなく、鎖鎌。それもかなり大物だ。
「この盗賊王・モーニガルデ様を怒らせたらどうなるのか、思い知らせてやるわぁぁぁぁぁっ!!」
前回と微妙に口調が違う気がしたが、どうやら全くの別人だったらしい。
「ヒルガルデじゃなかったのか」
「ヒルガルデは吾輩の弟っ! 死ねぇぇぇぇぇぇっ」
別に知りたくもない賊のプライベートな情報だった。
兄弟そろってロクでもない!
「えいっ、えいっ」
「おうっ、おおうっ!?」
そしてミースの投石でスタンしていた。強いぞミース。すごいぞミース。
格好のチャンス。一気にとどめを狙う。
『いいか坊主? ただ切り込むだけじゃなく、相手の弱点を的確につく。これこそが強襲の奥義よ』
「――そうかっ」
緋色。
確かそんな呼び名で呼ばれていた戦い方を、僕は知っていたはずだ。
「うぐぅ……おおぉぉぉっ!?」
意識をこちらに向けようとしていたモーニガルデが、鎖で攻撃をしのごうと前に突き出してくる。
だが、それは無意味な守りだった。
正面への守りで防げるのは、上半身だけ。
僕が狙ったのは下半身、それも守りの構えでは避けにくい、太ももへの攻撃だ。
「うぐっ、こ、こいつぅぅぅぅぅっ」
敵もそれは見越してか、鎌での反撃を狙ってくる。
だけれど、そのおかげで今度は上半身のガードが甘くなっていた。
「それじゃ、防げないな」
「なっ、なっ――」
つい口元が緩む。
一撃を回避し、ショートソードを逆手に持って、すれ違いざまにモーニガルデの首を斬りつける。
本当はこれで首狩りの一撃になったはずだけれど、僕もまだ甘い。
ネックガードに守られた首を破壊するには至らなかったので、振り向きざま、今度はダガーを投げつける。
「うぐぉ……おっ……おっ……かは――っ」
一撃は防げても、二撃は防げず。
モーニガルデは苦しみうめき、そのままどう、と倒れ、絶命した。
(これが……僕の戦い方)
戦場で身に着けた動作に、『隊長』に教えられ覚えた人間の急所、意識の向く特徴などを組み合わせた、強襲の奥義。
ようやく取り戻せた気がした。だけれど、まだ足りない。
(まだ……まだ何かある気がするな?)
これ一つではまだ、完全ではない気がするのだ。
それを取り戻せれば、あるいは。
そう思いながら手を握ったり閉じたりして、急に思い出した記憶に思い馳せる。
(隊長……役に立ったよ、これ)
当時の僕は、「そんなこと教わってもな」とため息交じりにそれを聞き流そうとしていた。
あの中年オヤジの話を聞くのが、心底面倒くさかったのだ。
どうせ、戦場で生きて死ぬだけなのに。
そんな技教わったって、教わって生き延びたって、仕方ないじゃあないかと、本気で思っていた。
(なんだ、僕は知らなかっただけなんだな)
今の僕は、必死だった。
必死で生き延びて、必死でミースと生きたいと思っていた。
僕は本当に、何も知らないただの子供だったのだ。
戦場しか知らなかった、ただの子供だったのだ。
「エリク君……?」
戦いが終わり、その場に大量の料理やなんかが落ちていたのに拾おうとしない僕に違和感を覚えたのか、ミースが茂みから顔を出す。
それでようやく我に返り、「やあ」と笑う事が出来た。
「ありがとうミース。おかげで楽に勝てたよ」
「ううん、いいの。でも……さっきのは、すごかったわね? とっさに?」
「元々知ってた動きみたいだ。思い出したのは、とっさだったけど」
あの土壇場であれを思い出せなければ、モーニガルデ相手に相当手間取らされていただろう。
ミースの援護があっても尚、それでもあいつの守りは硬かったし、正面からではかなり攻略に手間取っていたはずだ。
それでもヒルガルデの時のように手足を切り付け、無理やりそこを弱点として狙っていく戦法ならいけたかもしれないけれど、あの鎖鎌の動きが十全に活かされていたなら、僕自身、勝てたかも怪しかったのだから恐ろしい。
(フレイルよりもまずかったな……あんなのぶんぶん振り回されたら、どう対処したものか)
やっぱり、人間相手はモンスターよりも厄介だな、と、思わずにはいられなかった。
「すごく沢山アイテムが落ちてるわね。拾うの大変そう。手伝うわ」
「ありがとう……おお、見慣れない種だ」
何だこれ、と思いながら拾った布袋の中には、つん、とスパイシーな香りを漂わせる種が入っていた。
「もしかしてこれ……カレー粉の……」
覚えのある香り。
これはそう、カレー粉のものだ。
この種をすり潰せば、カレー粉を作れるのかもしれない。
「どれどれ……? うわ、すごいにおいねえ。なに、これ……?」
「多分、だけど、香辛料の……カレー粉の元になる植物の、種かな?」
「カレー? カレーって南方の方にある料理でしょう? なんでこんなところで、賊なんかが」
「さあ……」
料理を持っていたり鉱石を持っていたり、賊の持っているものは謎が多い。
どこかで略奪したのか、あるいは自力で確保したものなのか。
謎は多いが、スパイスが手に入ったのはありがたかった。




