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アイアムバグゲープレイヤー!!  作者: 海蛇
四章.手に入れた自由と失った人生

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#9.アーシーの依頼


「でりぁぁぁぁぁぁっ」

《ザンッ》

「グベ……グベォゥッ」

西の洞窟にて。

今日もグリーンストーンを確保するため、最奥まで攻略してゆく。

最初(・・)は命がけだったフレアリザードの群れも、今となってはただのアイテム保管庫だ。

鋼のショートソードの威力は、それだけ強力なのだ。

フレアリザードの硬いうろこもものともせず貫いてくれるので、余裕で蹴散らせる。

「エリク君って、もともとそういう戦い方する人だったのかしらね?」

例によってミースがついてきていて、岩に腰かけて余裕の表情でスケッチしていた。

最早不意打ちすら恐れていない。完全に僕がカバーすると思っているのだろう。

実際、スライムだろうと大蝙蝠だろうと、ミースに不意打ちなんてさせないのだから。

「僕はもともとは斥候だったようだから、多分今とは違う感じかな」

今の僕は、確実に蹴散らせると判断してフレアリザードの群れに敢えて突っ込んで片っ端から倒していっている。

鋼のショートソードでの強襲にはそれが可能なだけの威力があり、僕自身、無傷で済んでいるのでこれで間違ってはいないはず。

「元々はどんな感じなの?」

「敵に見つからないように隠れたりして不意打ちがほとんどかな。たまにわざと見つかって囮になったりもしてたよ」


 戦場に僕みたいな子供がいると結構目立つのか、僕は囮としても活躍できた。

敵の背後のように、本来誰も居なさそうな場所にすっと現れて、注意を引き付けている間に本隊が攻撃したり、大量に並べたかかし(・・・)と一緒に大騒ぎして敵に本隊と誤認させたり。

作戦の多くはあいつが考えたもので、実際上手く行くことが多かった気がする。

……そうだ、あいつはあんな嫌な奴だったけど、頭だけはよかったんだ。


「囮っていうと酷いことのように思えるけれど、エリク君は嫌ではなかったのね、その顔を見ると」

「やれることはやらないとね。僕自身の任務は、かなり危険だけど、上手くやれば死なずに済むような場所だから」

どれだけ上手くやっても死ぬかもしれない本隊の前衛部隊なんかと比べたら、僕のポジションは僕の使い方を間違えなければそう簡単には死なないような作戦が多かった気がする。

その辺、気遣われていたのかもしれないと思うようになったのは今さっき。

(……まさかね。あいつがそんな気を遣う訳ないし)

あいつは自己中心的な奴だった。

だから、あくまで自分が生き残るために必死だっただけだろう。

それでも、こうやって僕は生きていられたんだから感謝すべきなんだろうけれど。

(やっぱり、あいつに感謝するのはなんか腹が立つな)

お礼を言うべき事は何度もあったけれど、同じくらいに殴ってやりたくなる事もあったので、これはあいこでいいのではないだろうか。

「戦場の事は私にはわからないけれど」

ペンを動かしながら、視線はスケッチブックに向けたまま。

けれど、僕の事は意識したまま言葉は続く。

「こうやって貴方が生きていられたなら、それはきっと、正しい方法だったのよ」

それは、一つの解だと思う。

僕が生きていることが、あいつが正しいことの証左なのだ。

「僕もそう思うけど……でも、複雑なんだ」

生きているのが僕だけで。

皆死んでしまったから。

これが本当に正しいと、そう思っていいのだろうかと。

「生きてる人は、結局は自分に都合のいいことしか考えられないわ」

ミースの声は、いつもと違ってどこか感情が抜け落ちたような、そんな抑揚のないもので。

「だけれど、だからこそ生きた人には、それを肯定する権利があるの。死んでしまった人の為にと思ってもいいし、自分自身の為にと素直に言ってもいいわ」

「自分勝手な思いでも?」

「自分勝手な思いでも、よ」

きゅ、と、ペンの動きが止まり。

そしてミースは顔をあげる。

声もそれに合わせて、普段の、大人びた口調に戻っていた。

「死んでしまった人は、思い出の中にしかいないわ。夢の中にしか。そして、過去の、その時の事は教えてくれても、今必要なことは教えてくれない。今目の前にある壁は、自分で乗り越えないといけないの」

それが人生ってものでしょ、と、立ち上がってスカートの後ろをぱんぱんとはたく。

「ミースはよく考えてるんだね」

「違うわ。違う」

そんなんじゃないの、と、僕の言葉を否定しながら苦笑いするミースは、やっぱり僕やロゼッタより大人びていて。

「一杯悩んで、一杯泣いて、一杯寂しい思いをして……それで気づいたのよ。それだけ」

――母親が居なくなった時に。

言葉にはしていないけれど、きっとそうなのだろうと思いながら。

僕は、声を上げられず、静かに頷くことしかできなかった。

でも、ミースはそれだけで満足そうで。

「さ、早くモンスターが落としたものとグリーンストーンを回収して、帰りましょ?」

これ以上の用事はないとばかりに、僕にそれを促し、ぱたぱたとスケッチブックを煽る。

洞窟も深部となると湿気が強いのだ。

ただ座っているだけでも、立っているだけでも汗が流れてくる。

首筋に流れる汗の玉。

それが、すらりと華奢な胸元へと流れてゆく様を見て、僕はつい、ドキリとしてしまった。

「……? どうしたの?」

「ううん、なんでもないよ。すぐに済ませてくるね」

幸い薄暗いからか、ミースは気づいていないようだけれど。

(あれが女の人の『色気』って奴なのかな……)

女の人ってすごいなと、今更のように思わされて。

僕はついつい、そのことばかり頭に浮かぶようになってしまっていた。




「エリクさん、上手くやれているようですね」

洞窟で手に入れたグリーンストーンを早速畑に撒いていた所で、アーシーさんがやってきた。

季節はまだ夏前。

そろそろ戦闘服のままだときついかな、と思える時期だった。

「こんにちはアーシーさん」

「ええ、こんにちは」

散歩、というには距離があるし、こうしてアーシーさんが僕の元に来るというのは何か用事があってのことだと思うのだけれど。

でも、前はこの時期にアーシーさんと会った時は、ポテトの連作障害について教わったくらいしか記憶にない。

ポテトはもう普通に畑に植えてあるし、順調に育っていたし、僕の知らない展開だ。

何を言ってくるんだろうと様子を窺っていると、畑を見渡し、にっこりと、僕に笑顔を向けてくれた。

「これだけ広大な畑が見られるなんて。まるでマーシュさんが戻ってきたかのようだわ」

「ロゼッタのお父さんですよね。元々の、この畑の持ち主の……」

「ええ。でも、ロゼッタが見つけた貴方が、その父親の畑を耕している……運命を感じてなりません」

「アーシーさんは結構ロマンチストなんですね」

胸の前で手を組み、祈るようにして眼を瞑るアーシーさんを見て、僕はつい、軽口を叩いてしまう。

違う、場が重すぎて、ちょっと恥ずかしかったのだ。

僕の軽口に、しかしアーシーさんは怒ったりせず照れたように「そうでしょうか」と笑って誤魔化そうとする。

「実は、ミースから、エリクさんが西の洞窟を余裕で踏破できるというお話を聞きまして……エリクさんに、お願いをしたいと思ったのです」

本来の目的はこちらの方らしく、改まって話が進められる。

僕も、神妙な気持ちで黙って頷いて見せた。

「以前にも話しましたが、この村や周辺地域には、たまにですが、賊やモンスターによる襲撃が起こることがありまして。賊の対処に関しては、今まで私たちは北の国境まで向かって何とかしていたのですが……」

「可能なら、根元から断ちたいわけですね」

「ええ、そうなのです。国境の兵隊さん達は、確かにその時その時で賊を討伐してくれますが、根治とはいかず……毎回残党がいくらか落ち延びて、それがまた徒党を組んで戻ってきて、というのが繰り返されているようなのです」

終わらない悪循環ですわ、と、視線を落としながら畑の前の家を見る。

ロゼッタの家だ。

「かつて、村に男性がいたころには、マーシュさんを中心に、村の男性達が賊やモンスターを討伐してくれていたので、何の心配もなかったのですが……私たちだけでは、やはりどうにもできず」

なんとか問題の根本から解決したいのに、その為の力がなかった。

だけれど、今この村には、それが可能な人材がいる。

そういう事なのだろうと思い、僕は今一度、力強く頷いて見せた。

「解りました。賊の討伐は任せてください」

既に一度しているし、時期的にはまだかなり早いけれど、周辺地域を警戒するのは必要だとも思っていた。

「まあ! エリクさんは賢い方ね。私が全て言う前に全部悟ってしまうだなんて」

感動したように頬に手を当て顔を綻ばせるアーシーさんを前に、ちょっとだけ気分がよくなってしまう。

僕が賢いって言われるのは、初めてな気がするのだ。

僕はもともとは字すら読めなくて、言葉だって最初はどもっていたし、人と話すことなんてほとんどしなくて……だから僕はきっと愚かだったはずで。

今でこそ文字も書けるし読めるしで、話すことだって普通にできるけれど、それでも僕は、賢いと言われるような人間ではなかったと思っていたから。

だから、そう褒められたのは、ほんとに嬉しかった。

「……へへへ」

照れてしまう。どうしたらいいのか解らなくて、後ろ髪をぽりぽりと掻く。

「ではエリクさん。今のうちに村の周囲の警戒をお願いしますわ。勿論、成果次第で報酬も出しますし、警戒してくれればそれだけでも報酬は支払いますから」

ただ働きはさせないわ、と、ありがたい言質も貰えたので、素直に「解りました」と頷いておく。

賊の討伐なんて今の僕にしてみればなんてことはない。

湖に現れるまでもなく、全滅させてやる――

そう考えながら、僕は早速警戒ルートを考えることにした。



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