#8.徴税・即終わる
二日後の事。
50個の赤ターニットの収穫は予定通り行われ、半分はロゼッタへと支払うことに。
荷車いっぱいの赤ターニットを見せると、ロゼッタはハイテンションで「エリクすごいわ!」と喜んでいた。
前の時はずっと隣にいたけれど、ちょっと離れてみると子犬のようで可愛らしい……そんな喜び方をする子だったんだなと気づかされる。
ついでにクレアモラさんの話もしたけれど、そちらはミースづてで既に聞いていたらしく、「村の皆が心配だわ」と、自分をよそに村の人たちを気遣っているのを見て、「やっぱりロゼッタはこうなんだよなあ」と、どこか安心してしまっていた。
そう、安心していたのだ。
ロゼッタは、びっくりするくらいに変わらない。
(……こういう所は、僕、好きだったんだな)
村の人たちを思いやるロゼッタを思い返しながら、つくづく僕は、自分の置かれた今の状況に複雑な気持ちになっていた。
僕がミースを好きなのは、ずっと前からそうなんだと思う。
傍にいて分かる。ものすごく好みなのだ。
一緒にいて楽しいし話していてドキッとする瞬間もある。
人を容姿で分けるのはよくないことだけど、多分顔やスタイルだけで見るならロゼッタの方が良いのだろうけれど。
でも、僕はミースが良いのだ。
(アリスはそれを許してくれなかったけど……ううん。チュートリアルだからとか、そんな事言ってたけど)
未だにチュートリアルがよく解らないけれど、それでもミースを好きでいることは、難易度が高いのだと言われたから、きっとこの先試練か何かが待っているのだろうけれど。
でも、ロゼッタの事を見ていて、胸がちくちくと痛む事もあるのだ。
――僕は、本当にロゼッタの事をなんとも思ってなかったのか?
そんな風に自問すると、すぐに胸の奥から答えは出てくる。
(嫌いではなかったよ。ずっと傍にいてあげたかったし、守りたかった)
それは愛なのかと言われたら、愛なのかもしれないけれど。
でも、ミースが好きなのとは違うんだろうな、と、強制された時の苦しみを思い出して解に至る。
もしかしたら、本心から僕がロゼッタを好きになる道もあったのかもしれないけれど。
複雑な思いを抱えながら、それでも収穫した作物の一部を荷車で家に運んでいると、家の前に見覚えのある後ろ姿があった。
クレアモラさんだ。今日は肩に大き目のバッグを背負っている。
「あら、帰ってきたようね」
「おかえりなさい、エリク君」
丁度ミースとお喋りをしていたらしく、二人して迎えられる。
何の話か……は想像に容易い。
「ただいま。クレアモラさん、こんにちは」
「ええこんにちは! 先日見た赤ターニット、順調に育ったようね! 今日が最初の収穫日なんですって?」
早速大きな声で始まるのは、赤ターニットの話。
まずはこれだよな、と、予想通りの展開になったので「ええ」と、荷車の上の赤ターニットを見せる。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!! よっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「っ!?」
握り拳を作りながら突然絶叫。
あまりに突然だったので驚かされてしまった。
というかこの人には驚かされてばかりな気がする。
そういえば前の時も食事中に突然現れたなこの人。
「流石よエリクさん!! これほど質のいい赤ターニット、それも沢山!! これはいい、これはいいわぁ!! いい仕事してる!!!!」
まさにハイテンション。留まるところを知らない。
視線は赤ターニットに釘付け。それは解るのだけれど……それにしてもあがり過ぎではないだろうか。
見ていて心配になる。突然倒れたりしないだろうか?
「クレアモラさん、興奮するのは解るけど……うるさいわ」
「おうっ、ごめんなさいミース! ついつい珍しいものが大量にあるのを見て……ぐふ、ぐふふ……笑いが抑えられないわぁ……くふふふふっ」
「……まあ、いいけどね」
この時間帯はまだ近所の人も畑に出ているだろうし、夜中に突然押しかけられるよりは全然問題ないとは思うけれど。
それでもミースが苦い顔をしているのは、やはりお父さんが執筆するのの邪魔になるからだろうか。
「それで、ここに来たのはターニットの話をする為? それだけでもないんでしょう?」
なんとなくこの人ならターニットの話をする為だけにここにきてもおかしくない気もする。
(というか二日前はそのためだけにこの村に来たんだよなあ)
「半分はその為だけれど」
半分もそうだったことにも特に驚きを覚えないから困る。
「残り半分は真面目なお話よ? あっ、勿論ターニットについては私いつも大真面目だけれど!」
「その前置き要る? いいから先に進めなさいな」
ミースがいい感じに呆れて突っ込みに回ってくれるので楽で助かる。
ロゼッタの時はこうはならなかったからずっと聞く側に回っててきつい瞬間とかあったのだ。
「あっ、はい、ごめんなさい……えーっと、とりあえずね? 私は戦争から戻らないお父様や部下の人たちに代わって、これから徴税のお仕事をすることにしたの」
「うん、まあ、想像してた通りね。今まで誰も来ないのが不思議なくらいだったし……」
「私も、しばらくはお父様達が戻ってくるのを待っていたのだけれど……いつまでたってもお帰りになられないし、領主様がたも戦争に出たきりというお話で、やむなく私が取り仕切ることにしたのよ」
私、超がんばったわ! と胸の前で握りこぶし。
この人ほんと握りこぶし好きだよなあと思う。お嬢様なんだろうけど、妙に似合ってるし。
「それで、今月から徴税を開始したいのだけれど……」
「はいはい。それで額は? 私の家は問題なく支払えると思うけれど――」
「まずこの家は貴方とお父さんの分で1万ゴールドよ。どれだけ懇願されても1ゴールドも……ううん、本当に辛ければ少しはまけられるけれど」
ものすごく温情ある徴税だった。
相変わらずというか、徴税という嫌な響きにも関わらず、村の人に無理をさせたくないという気持ちが籠っていて安心できる。
「問題ないわ。ちょっと待ってて頂戴。すぐに払うから」
「あっ、別に厳しいなら月末でもいいのよ?」
「大丈夫よ……子供のころならまだしも、今のウチには余裕もあるからね」
パパの本も売れてるし、と、気にしない様子で家の中に入っていく。
僕とクレアモラさん、二人だけが残され、沈黙。
「ミースのお父さん、前は鳴かず飛ばずだったけれど、街で評判の作家になったようね」
……するはずもなく、クレアモラさんのお喋りが始まる。
黙っていることができない人なのだろう。そういう性分なのだ。
でも、気になる事ではあるので話に乗る事にした。
「ミースが挿絵を描くようになって売れたんだって聞きましたけど」
「そうなのよ。プラウドさんもだけれど、あの娘もすごく頑張ったのね。お母さんも頑張っていたけれど、母親の想いを娘が継いだって事なのかしらねえ」
「ミースのお母さんも……?」
「あの娘のお母さん、身体の弱い旦那さんを助けるために無理をして働いたりしていたから……」
家にいないという事は、そういう事なのだろうとは思っていたけれど。
でも、この村のほとんどの家庭と違って母親がいなくて父親がいるという特殊な環境は、それだけ特殊な経緯があった事を示していたのだ。
「あの娘みたいに絵を描いてた訳じゃないからプラウドさんの小説はあんまり売れてなかったし、生活も苦しかったみたいだけど。それでもあの娘にとっては大切なお母さんで、誇らしいお母さんでしょうから……気になっても聞いてはだめよ?」
僕の記憶では、あまりクレアモラさんはミースと絡んだりしてなかったと思ったけれど、実際にそんなことはなくて。
幼馴染、と言えるくらいの感情は、この人にはあったんだなあと、初めて感じる人間関係に驚かされてしまった。
「はい……好奇心だけで深入りはしません」
「ええ、それでよろしくてよ。あの娘はあれで繊細な娘だから……」
父親を誇りに思ってたのは解っていたけれど。
でも、母親の事も同じくらいに大切に想っていたのは知らなかったし、知りようもなかった。
そうかもしれないと気付くことはできたかもしれないけれど、直接聞かないと確信はできない部分だから。
「お待たせ……二人して何神妙な顔してるの?」
戻ってきたミースは僕らの顔を見て不思議そうに首を傾げる。
手には布袋。金貨が入ったいつもの奴だ。
「はい、1万ゴールド。きっちりと払ったわよ」
「ええ、確かに」
「確認しないの?」
「貴方がお金回りをごまかすとは思わないから」
それくらい解ってるわ、と、ニコニコ顔になりながら受け取った金貨袋を肩にかけていたバッグへとしまってゆく。
そんなクレアモラさんに「甘いわねえ」と、腰に手を当て小さくため息するミース。
「そんなんじゃ、村の人からごまかされて大変なことになるんじゃないの?」
「安心していいわよぉ? 徴税するのはこの家を除いてはアーシーのところと雑貨屋のところ、後はロゼッタの家と……エリクさんくらいでしょうから」
――この家の徴税がミースとプラウドさんだけが対象だったのはそういう事だったか。
こないなあと思ってたところだったので逆に驚かされた。
前は、ロゼッタと二人でという扱いの徴税だったから。
「あのターニット畑を見させられれば、この家という単位よりは、貴方個人から徴税した方が請求しやすいでしょうからね。それとも、この家と一緒の扱いの方がいい? 作物払いとゴールド払いは、できればどちらか片方の方がありがたいのだけれど?」
支払方法の都合もあるからか、と気づかされ「いいえ」と首を振った。
「僕は僕の方法で。ミースやプラウドさんには、別の事でお礼をするつもりですし」
「あらそう。聞くところによれば貴方には相応の資産もあるようだから、現金で払うつもりもあるかなあと思ったけれど、ちゃんと作物で払ってくれるようね!」
これに関してはクレアモラさんは作物で払ってほしかったのだろう。
視線から、赤ターニットをチラチラ見ているのが解る。
「では、赤ターニット25個を月末までに支払って頂戴! 勿論、今すぐ渡してくれてもいいし分割払いでもいいわ!! 今すぐじゃない場合は作物商人の娘に納品してね!!」
「あ、はい。じゃあすぐに払うので、待っててもらって良いですか?」
「なんと! ええ、ええ、待つわ、いくらでも待つ! お泊りしたっていいわ!」
「勝手に泊まられても困るんだけど……」
迷惑そうなミースに「野宿でもいいわ!」と即切り返し、僕の方を向いてニコニコ。
「それじゃあ追加の分も荷車で持ってきて頂戴! 私はその荷車の分を受け取るわ!」
プリーズ、と、手を前に突き出し求められたので、荷車を明け渡す。
「それじゃ、広場で別の荷車を借りてきます」
「ううん大丈夫よ! はあっ、ほあっ、とあーっ」
奇声をあげながら荷車のターニットをバッグの中に放り込んでゆく。
入るはずもないサイズだけれど、問題なく収まっていった。
僕の道具袋もだけれど、この手のバッグやサックってなんで物理法則を無視して色々入るんだろう……?
「くふふふ……これでお休みの日以外毎日赤ターニットが食べられる……最高の夜が迎えられるわぁ~」
既に欲望駄々洩れで抑えられなくなっていた。
(この状態のクレアモラさんをずっと見ているのはちょっときついな……)
口調だけじゃなく顔も崩れていくのは、元が綺麗な人だけに結構心をがりがり削られて辛いので、「それじゃあ取ってきますね」と、空いた荷車を持って畑へとダッシュで戻っていった。
その後、全25個を納品し終わり、クレアモラさんは妄想の中とろけた顔のまま帰っていった。
「ああなるともう三日間は戻らないのよ」
ミースの言に、「昔からあんなだったのか」という驚きと共に、「僕の知ってるクレアモラさんがどんどん人間離れしていくなあ」と、嘆きに近いものも感じ始めていた。
次に会う時には、元のクレアモラさんになっててくれるとありがたいのだけれど。




