#7.赤一色のターニット畑
朝、朝食前の一仕事のつもりで畑に顔を出す。
いつも早朝に畑の様子を見て水やりをして、それから食事をとるようにしていたのだ。
最近はミースを伴っての洞窟探索も慣れてきて、楽しみながら探索するという新鮮な感覚を覚えるようになっていたのだけれど。
「おぉ……赤い」
今までは青々としたターニットの茎が見られていたのが、今回に関しては、全てのターニットの茎が、赤く染まっていた。
芽吹いたばかりの頃は普通に緑色だったのに、とても不思議な変異だ。
「これが赤色変異って奴か。すごいな」
大地の赤の成分を吸い取ることで作物が赤色に変異するというこの『赤色変異』は、変異作物を作る際に最もオーソドックスな方法で狙って発生させることができる。
それは、畑一面に同じ作物を植える、という方法。
かなり思い切った農法で、だからこそ最初の僕は気づけなかったけれど、本に書いてあった通り大量のターニットを植えた結果、種の成長過程で特殊な魔力が発生して畑の中の赤の成分が増幅されるのだとか。
だから、それを吸収したターニットはただ赤いだけでなく、畑の力を更に獲得しているため、栄養素が高いだけでなく味が濃く、更に食材や触媒として優秀な効果を発揮することができるという話だった。
「これでカレーを作ったら、どんな威力になるんだろうな」
カレーは強力な武器だ。
まだスパイスの量産に成功していない(前の時の僕もできなかった)のでシスカが仕入れてくれるのを待つしかないが、作れるようになったらまた、カレーを大量生産したいと思うくらいには頼れるアイテム扱いになっていた。
もちろん、好物だから食べたいというのもあるけれど。
かさばるものの、探索の時に一つ二つ持っていれば間違いがないと思える最優秀装備の一つ、といった所だろうか。
「ターニットでカレーって……貴方! それはちょっとターニットを冒涜しすぎじゃないかしら!?」
「うわっ!?」
いつの間にか後ろにクレアモラさんが居た。
いや、貴方が現れるのこんな早かったでしたっけ?
というか僕が背後こんな簡単に取られるなんてすごくショックなんですが?
「か、カレーにターニットって、おかしい、ですかね?」
変な声が出てしまったのは恥ずかしかったけれど、なんとか平静を保ちながら応対する。
まだ、僕たちは初対面のはずだ。
「おかしいもおかしくないも! 適正というものがあるでしょう! 赤ターニットは漬物やポタージュにするものよ!」
その方が絶対にいいわ! と、相変わらず大きな声で朝からまくし立ててくる。
「漬物っていうと、酢漬け、とか?」
今一そっちには詳しくないので、とりあえず一番簡単なものを思い浮かべる。
「それを酢漬けにするだなんてとんでもないわ! カレーより冒涜的よ!!」
《なんてことを言うんだエリク! ターニットを酢漬けにするとかありえないよ!!》
――この人、ほんとターニットの事になると人が変わるな。
というか被るようにして別の誰かの声も聞こえたような。
アリスかな? ちょっと違う口調だったようにも感じるけれど。
「えっと……初対面、ですよね?」
「は? ああ、確かにそうだったわね。この村から珍しい赤ターニットの波動を察知してついつい――」
(また変なことを言い出してる……波動って何だ)
ターニットが何か変な力でも発してるのだろうか。
それにしても、代官屋敷からここまでは結構距離があるはずだけれど。
「本来顔を出せるようになるまでまだちょっとかかるはずだったのだけれど……でも、収穫が楽しみね! 私はクレアモラ! この辺りの集落の領主……の代官よ! 覚えておきなさいな!」
「あ、はい……エリクといいます」
「エリクさんね! 覚えておいたわ――赤ターニットが食べられる日を期待しているわね。ぐふふふ……はっ、そ、それじゃあまたねっ!」
にまにまと変な笑いを浮かべていたかと思えば、我に返って片手をしゅば、と挙げながら走り去ってゆく。
(相変わらず嵐のような人だ……)
話していると疲れるのもあるけれど、何がそこまでターニットを愛させているのか。
いや、ターニットは美味しいのは解るんだけども。
それにしても、ターニットの為に村まで来たとか、すごい情熱だ。
真似られるとは思わないけれど、あれくらい情熱をもって行動できるなら本物と言えるだろう。
(僕も、本物の農夫にならないとな)
まだまだ知識も足らず、活用法も覚えきれていないようだ。
カレーや酢漬けにターニットはダメ。
とりあえずは今は、そう思っておくことにしよう。
「……なんだか疲れたな。家に戻ってご飯食べよう」
家に帰ればミースがご飯を作って待っててくれているはず。
癒しの時間よ早く来い。
そう思いながら、僕は畑を後にした。
「クレアモラさんが来たの? 最近顔を見なかったけれど、元気そうだった?」
「すごく元気だったよ。また来るって言ってた」
「そう」
朝食の際、さっきの出来事をミースに話すと、「久しぶりねえ」と、ちょっと驚いた様子だった。
でも、元気そうだと解るや苦笑いを浮かべる。
「すごい人だったでしょ? アグレッシブというか、とにかく声が大きくって」
「うん。元気いっぱいって感じだった。後、ターニットを酢漬けにするのはダメっていうのも解った」
「えー? ターニットを酢漬けに?」
不思議そうな顔をされる。
てっきり「そんなの当たり前じゃない」とか言われるのかと思ったけれど、そんなこともないようで。
どうしたものかと反応待ちしていると「はあ」と、何とも言えない顔になっていた。
「あの人、ターニットが好きすぎてこだわり強いからねえ。別に、ターニットを酢漬けにしてもいいと思うんだけど」
私は好きだけど、と、肯定されてしまう。
アリだったのかターニットの酢漬け。
じゃあ、単なる個人の好みだったのか。
「てっきり、絶望的に合わないからダメなんだって言われたのかと」
「まあ、多少の合う合わないはあると思うわよ? 普通のターニットは食感がいいからシャキシャキになるけど、赤ターニットは漬物にするとちょっとしんなりしちゃうから、その辺りの好みはあるかもね」
最適解ではない、けれど好みによっては受け入れられる類のモノ、という事か。
つまり、クレアモラさんは最適解だけで考えているのか。
だとしたら、「ちょっと合わない」くらいのものでも絶対に許せないものになるのかもしれない。
アリスのものとは違うような、初めて聞く天の声の人も、きっとそんな感じなんだろう。
「でも、あの人が来るってなると、徴税の再開、近いのかもしれないわねえ」
料理の話はここまでで、ここからはもっと切実な問題についての話に流れていく。
その間にもパンを食み、ポテトのポタージュを飲むのだけれど、ミースはかなり小食なのか、パンもスープも僕の半分しかない。
なので、まだ食べている僕と違い、ミースは合間合間だけでも既にほとんど食べ終えていた。
「あの人はね、以前は徴税の度に、代官のお父さんについてきて村に遊びに来ていたのよ。ロゼッタと仲良しで、私もよく遊んだわ」
元気な人なのよねえ、と頬杖をつきながらかつてを思い出し語り。
確かにあの人なら、子供のころからあんな感じで、村の子供たちと遊んでても不思議でもないなあ、という気がする。
「徴税って、どんなことをするの?」
具体的なことは想像がつくけれど、ミース視点で徴税がどんなものか気になるので、そこを確認する。
「大体はお金か作物で一定の額を払えーって感じだったかしらね? 農家は作物払いがほとんどで、私の家やお店をやってるところはお金で払ってたわ」
まだ子供の頃の話だからうろ覚えだけれど、と付け加えながらお茶を啜る。
「村に男の人が居た頃は、徴税って言ってもむしろ皆余裕で。『どこの家が一番納税したのか』とか『荷車に積んだ作物がいかに珍しいものか』とか、競ってた面もあったのよ? 今やったら地獄でしょうけどね」
村の惨状を鑑みれば、ミースの言い分は解るというもの。
この村には、というより、既にこの辺りの集落ではもう、自活すら限界に近いのだから。
「あの人が代官をやるっていうなら、きっとお父さんのやり方を踏襲するでしょうから、そこまで狂ったことはしないでしょうけど……村の人たちの生活がどうなるか」
うちは大丈夫だろうけれど、と、余裕を感じさせながらも、ミースは村の人たちを心配しているようだった。
だけど、僕は知っている。
クレアモラさんは、村の人を困らせるような徴税の仕方はしないのだと。
その代わりに、今回もまた、僕が負担を背負うことになるのだろうけれど。
でも、それは心配ない。僕ならできる。僕ならできた。
「じゃあ、沢山作物を作って、納税頑張らないとね」
「そうね。頑張って頂戴。でも収穫した作物は半分はロゼッタの分なんでしょう? どれくらい収穫できそう?」
「一度に作ったから、大体50個くらいは収穫できると思うよ」
ターニットは生育が早い。
芽吹き茎が伸び葉が開けば、もうある程度まで成長しているだろう。
この分なら明日か明後日には収穫ができるはずだし、大体均等に成長していくので数の把握は容易かった。
「25個かあ……うーん、徴税がどうなるか解らないけれど、鮮度が落ちない範囲で、売りに出すのは待ったほうがいいかもしれないわね」
「うん。そうすることにするよ」
何よりクレアモラさん自身が楽しみにしているのだから、売りには出さない方がいいだろう。
そうなるとシスカが可哀想なことになるけれど……こればかりは仕方ない。
もうちょっと泣いていてもらおう。
「私も、パパに執筆を急いでもらわないとね」
「そういえばプラウドさん、全く部屋から出てこないね」
この家の主・プラウドさんは、作家業ということもあるからか、家にいてもあんまり姿を見ることがない。
ミース曰く「元々あまり身体が強くないから」とのことで、最近では家から出ることも稀なのだそうだが。
それでも、ちょっと心配になってしまうひきこもり具合だ。
ミースはと言えば、そんな父の話題に話が変わり、小さくため息をつく。
「パパは一度新作を書き始めると、脱稿するまでの間は、ずっとこもりきりだから……食事も部屋でするし、会話も最低限よ」
「仕事一筋なんだね」
慣れてはいるが少し寂しくも感じているのか、悪く言うつもりはないようだけれど、どこか抗議めいた口調になっていた。
だから、僕はプラウドさんを肯定する。
父親の挿絵を用意するために、毎日いろいろな絵を描いているような娘なんだ。
それそのものは誇りに思っているはずだから、と。
「……そうね。パパはいつだって大真面目よ。頑張ってる。だから、私も手伝ってあげたいの。ママみたいにね」
方向性は違うけれど、と、柔らかな笑みを浮かべてくれる。
これでミースの言葉に同調するようなことを言ったら、それこそ機嫌を損ねていただろうから、これは成功だったと思えた。
「プラウドさんの小説って、街で売れてるんだっけ?」
「そうよ。元々はそんなに売れてなかったらしいけれど、私が描いた絵を載せるようになってから売れ行きが伸び始めたって、出版の人が言っていたわ」
「ミース、絵が上手いもんね」
絵ばかり描いている子のように思えるけれど、実際にはミースはかなり器用なのも知っている。
料理も美味しいし針仕事だってできるし、体力はそこまででもないけれど、探索の時は隠れながらモンスターのいる動向を察知して教えてくれたりもするし。
戦うことはできないけれど、段々といるとありがたい相棒になりつつある気がする。
でも、やっぱり褒められて一番嬉しいのは絵の事のようで、「何よもう」と、口元を隠してしまう。
「たまに見るけど、ほんとに上手いと思うんだ。やっぱり、何かの本とかで勉強したの?」
「そうね……元々絵を描くのが好きだったから。最初は落書きとしか言いようがないものばかりだったけれど、ロゼッタのママに教わったり本を読んだり……」
学べるところからどんどん学んでいく、その意欲は見習うべきところなのかもしれない。
僕もまた、周りの人の学ぶべき部分から学んだ方がいいはずだし。
ただ聞き流していた戦場で聞いた話がこの村で役立ったのを思い返せば、それは今だって同じはずなんだから。
「そういうのもありか」
その在り方は、後々大いに自分を助けてくれるような気がする。
いや、自分だけでなく……この、目の前のミースすらも。
「……? どうしたの?」
「ううん。なんでもない。ちょっと思いついたことがあっただけだよ」
「そう。それよりもエリク君? スープが冷めちゃうから、早く食べなさい?」
もったいないわよ、と、お姉さん風を吹かせながらの指摘に、僕は今更のように「あっ」と気づき、ちょっと恥ずかしくなる。
おしゃべりに夢中になって食べるのも忘れるなんて、まるでロゼッタみたいだけれど。
でも、ミースとのおしゃべりは楽しくて、そうなるのも無理はない気もするから不思議だった。
話すのが苦手だった僕が、こんなにも楽しくなれるなんて。
やっぱり僕は、ミースの事が好きなんだと、そう自覚しながら。




