#5.市場に顔を出そう!
お茶の時間の後はまたクワを片手に全力で動き回り、半分ほどを耕し終える。
こうなればもう、ウネを作って作物の種を植え、グリーンストーンを撒くだけ。
お金はあるのだからすぐにでも買う事はできるが、「今の僕がいきなりシスカや行商のお店に行っても驚かれるだけだろう」と思い、まずはミースに頼る。
「あら、もうそんなに進んだの? いいわ、それじゃ一緒に広場に付き添ってあげる」
とても機嫌よさそうにニコニコと接せられる。
おかげでミースのとても可愛らしい一面が見られていいのだけれど、つまり、それだけ前の時の僕は不審がられていたんだなあ、と思わずにはいられない。
あの不機嫌そうなミースをからかう日々も、僕的には悪くなかったのだけれど……
「ちょっと待っててね」
お出かけに準備がいるのか、ミースは自分の部屋に入り、そのまま待つことになる。
中々出てこない。
(どうしたんだろう……?)
外に出るだけならすぐにでも準備ができそうなものだけど、体調でも悪くなってしまったか?
うっかり眠くなってそのまま寝入ってしまって……なんて考えたけど、ミースはそんなおっちょこちょいさんではないだろうから、と首を横に振り。
かといって「待ってて」と言われたのにドアをノックするのも、催促するみたいでちょっと、という気もする。
「おや、どうしたんだい?」
結局ミースの部屋の前で固まることになっていたが、ミースのお父さん――プラウドさんが声をかけてきてくれる。
今までも何度か顔を合わせたこともあったけれど、こうしてまともに話しかけられるのは初めてだった。
「あ、実はミースを待っていて……広場を案内してくれるっていう話だったんですけど」
「なるほどなあ。どれ――」
事情を説明するや、納得したように頷きながらドアの前に立つ。
そしておもむろにドアをノックし――
「ミース、あんまり時間をかけすぎると、エリク君が困ってしまうよ? そこそこのところで妥協するのも大切だと思うが」
『あっ――え、ええ、解ったわ。もうちょっとで準備できるから――』
呼びかけられたミースは、何かに焦ったように返答し。
そして実際に、そう掛からず外に出てきてくれた。
いつもと比べると、ちょっとだけお洒落したような。
ワンピースも可愛いし、肩も出てて涼しげだし。
「お、お待たせ……ごめんなさいね、服選びに迷ってしまって」
「こんな風にミースは、お出かけの時にちょっと時間をかけてしまう事があってね。ノックして呼びかければ、大体はすぐに決めて出てくるから」
「もうパパっ、そんなこといちいち言わなくても……本当にごめんなさいね」
父親に指摘されたのが恥ずかしいのか、眼をぎゅっと閉じながら抗議するミースは、ものすごく……僕好みだった。
「かわいい」
「えっ? な、何言って――」
「可愛いよミース」
つい感情が暴走してしまう。
思った言葉がついついそのまま口に。止められなかった。
「そ、そんな……うぅ、そう思ってもらえるなら、服選びを迷った甲斐があったわ」
おしゃれしてるミースが可愛くて出た言葉ではないのだけれど、でも、実際に見てみると確かにワンピース姿もかなり可愛いので間違ってはいないか。
僕と出歩くためにお洒落してくれたのかと思うと本当に健気というかいい子だなこの娘。
「でもほどほどにした方がいいぞ? 時間もあるのだろう?」
「そうね……気を付けるわ。さ、エリク君、行きましょ」
「うん。よろしくねミース」
広場に行くだけで大層時間がかかってしまったが、結果的に可愛いミースも見られたし、僕としてはプラマイで大幅プラスだったので気にしない。
玄関先まで見送ってくれたプラウドさんに「行ってきます」とミースともども声をかけ、家を出た。
「この村にはね、行商が集まる広場があるの。特に作物と鉱石は村で買うよりもそこで買う方が安いから、まずはそこを紹介するわね」
「村にはお店とかはないの?」
僕はもうステラの店の存在を知っているけど、あくまで知らないものとして敢えて聞く。
するとミースは少し話しにくそうに眉間にしわを寄せて「うーん」と難しい顔になる。
「あるにはあるわよ、ステラって娘のお店。でもごめんなさい、私はあの娘と仲が悪いの。だから、広場の後にそこにも向かうけれど、顔を出すのは貴方だけでしてちょうだいね」
わざわざ喧嘩するのもバカらしいし、と、呟くのを聞くに、やはりステラとの仲は悪いらしい。
基本的な部分は相変わらず、といった所か。
ロゼッタの時は問題なく村全体を案内してくれたけど、今回は自力でやる部分もありそうだ。
変に口を挟むのも悪いので「解ったよ」とだけ答え、ミースの反応を窺う。
幸いそれで機嫌を悪くしたとかではないようで、すぐにいつものミースに戻っていた。
「それで、ついでに村で一番偉い人のところに顔を出しちゃいましょ? まだお昼までには少しあるし、他にも重要そうなところ、知った方がいいでしょうから」
「うん。そうしてもらえると助かるよ」
アーシーさんのところやシスターのところは、できるだけ早く顔を出せるようにしたかったので、これもまた助かる。
村の配置は頭に入っているけれど、僕がいきなり訪ねても困らせてしまいそうな人は多いのだ。
シスターに関しては、「お祈りをしたいんですが」と言えばそれだけでニコニコ顔になりそうだけれど。
「おや作家のところの嬢ちゃん。いつもよりお洒落じゃないかい。それに――」
広場に入ると、入り口隣の椅子に腰かけていた老婆に声を掛けられる。
ベルタさんだ。すぐにミースのお洒落に気付き、そして僕をじっと見ていた。
「ええ、ベルタさん。彼はエリク君よ。例の行き倒れの――」
「なるほど、ロゼッタの話していたあのエリクかい。てっきりもっと歳の行った男なのかと思ったが、お嬢ちゃんとそんなに変わらないじゃあないかい」
上から下まで値踏みするように見回されるが、どうやら相変わらずロゼッタが村に広めていたようで、驚かれるようなことはなかった。
「軍人あがり、かい?」
ただ、その感想は大分違う。やはり着ている服の差か。
「多分そうだと思います。よろしくお願いします」
「ああ、よろしくね。多分っていうのは?」
「この人時々変な言い回しするのよね。変わった人だと思うわよね? 私も思ったわ」
「すみません変な奴で」
そういえば、と、自分の記憶喪失設定をミースに全く説明してないのを忘れていた。
そして気づいてから「記憶喪失設定ってなんだ」と自分に突っ込みを入れていた。
忙しい僕である。
「実は、行き倒れていたせいか部分部分思い出せないことがあって……今まで言い出せなかったんだけど」
今更のように説明を始める。
信じてくれるかは五分五分だ。
「おやそうなのかい。大変だねえ」
「それで今まで変なこと言ったりしてたのね。季節を聞いたり自分を覚えてるかって聞いてきたり」
「黙っててごめんよ。その……ただでさえ不審な余所者っぽかったのに、そんな事言っても信じてもらえるか不安で」
アドリブでなんとか行けばいいなと思いながら二人の顔色を窺う。
幸い、不審がっている様子はなかった。
「大丈夫よエリク君。この村の人、そんなに悪い人ばかりじゃないから」
「ま、行き倒れが居たって聞いたときは多少は気にしたけどねえ。でもまあ、この嬢ちゃんの家だから大丈夫だろうとは思ったし、ロゼッタも宣伝しに来たしねえ」
ロゼッタが早速噂話を広め始めているのはちょっと驚いたけれど、ロゼッタの時と比べると、ミースの家の場合の反応が全然違っているのが一番の驚きだった。
やはり、父親がいる家と女の子の一人暮らしの家に男が転がり込むのとは訳が違うらしい。
「ロゼッタったら、早速皆に話しに来たのね。ほんとにお喋りなんだから」
困った子だわ、と、さほど困った様子もなく呟くミースに、付き合いの長さを感じずにはいられない。
よく知った親友だからこそ、というべきか。
僕の前だからわざわざそんなことを言ってるんだと思うけれど。
「他の行商の人たちもいるわよね。ちょっと案内したいと思ったの」
「今日はガンドとシスカくらいしかいないねえ。最近は他の行商どももとんとこなくなっちまって」
「そうなのよねえ。昔は街から服飾職人とかが着たりしてたけど、最近はすっかり見なくなってしまったわ」
困っちゃうわよね、と、多少の世間話を交えてから「それじゃ」と手をあげ広場の奥へ。
僕も「じゃあまた」と声をかけてミースに続いた。
「今の人がベルタさん。この村で昔から行商との折衝役を買ってくれてる人なの。広場での顔役みたいなものだから、行商との商売で困ったことや流行の動向を知りたいときは話を聞いてみるのもいいかもね」
「なるほど」
「まずはガンドさんの所に顔を出しましょう。鉱物商をしているから、エリク君も関わることが多いはずよ」
そう言いながら、ミースは老商の元へと向かった。




