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アイアムバグゲープレイヤー!!  作者: 海蛇
四章.手に入れた自由と失った人生

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#1.見慣れない天井・見慣れたあの娘との慣れない関係


 アリスに殴りつけられ、意識を失った僕は、しばし真っ暗な中、宙に浮いているような感覚に陥り。

そしていつしか、目の前が真っ白になっていくのを感じていた。

これはそう、目が覚める前の感覚。

夢から目覚め、朝がやってくる、その前兆。


「――ん、う……?」

眼を開くと、そこは見知らぬ天井だった。

見慣れたいつもの(・・・・)部屋とは違う、見知らぬ誰かの部屋。

知らない感覚のベッドの上で、僕は横たわっていたのだ。

カリカリと何かを書くような音が聞こえ、意識がそちらに向く。

「……あ」

「あ……」

グレーカラーの長髪の、小柄な少女――ミースがそこにいた。

椅子に腰かけながら、いつものスケッチブックを開いて、何かを描いていたのだ。

僕と視線が合い、その手が止まる。

「気が付いたのね、よかった」

何が起きたのか解らない。

僕は、元の場所に戻ったのだろうか?

そういえば、水に溺れた時も一度元の場所に戻った気がした。

確か、セーブポイント? とか。

今回もそこに戻されて、何かあってミースに助けられたのだろうか?


 考えを巡らせていると、ミースの翠色(すいしょく)の瞳が僕にずっと向いているのに気づく。

何か反応待ちなのか。

口を開こうとした矢先だった。

「私はミース。この家の持ち主の娘よ。貴方は?」

――自己紹介? 今更? なんだこれは?

少なくとも僕の知るミースは、僕に対して自己紹介なんて必要ないはずで。

では、何故自己紹介が?

何か僕に変化があって、僕と認識できていないのか?

色々と混乱しそうになって、まずは自分自身を確認したいと感じた。

「よ……っと、はっ」

丁度少し高い場所に、窓がある。

そこで自分の姿だけでも確認できれば――そう思い、身体を起こし、膝立ちで窓を覗こうとした。

「あ、ちょっと、無理したら危な――」

「え? わ、うわっ――」

ミースが何か注意しようとして。

そして僕は、膝に力が入らず、そのままベッドの上に崩れ落ちそうになる。

幸い、ミースがすぐに支えてくれようとしたので顔面からベッドに落ちることはなかったけれど、ちょっと危なかった。

「ご、ごめん……」

「どうしたのよもう、窓に何かあったの? それにしたって無茶をし過ぎよ」

全くもう、と、ため息を着きながら離れ、ぶつぶつと文句を言ってくる。

この辺りはとてもミースらしいけれど、その割にはいつもより距離感が近いような気もする。

「いい? 貴方は三日間も寝込んでたのよ? 身体に力が入らないでしょうし、体力だって落ちてるだろうから、しばらくは寝てなさい?」

「そうなのか……ごめん」

「ん、解ればいいのよ。でも、なんで窓に?」

「……確認をしたくて」

「確認?」

「自分の姿が、ちゃんとしてるのか、とか」

アリスのところで起きたことは、僕自身にとってかなり不自然な事だったはずだ。

だからもしかしたら、アリスの言うバグ? とかで外見が変わってしまっているとか、そんな感じでミースから変な扱いを受けてる可能性もあるのでは、と思ったのだけれど。

でも、ミースは「何それ」と笑いながら、スケッチブックを開いて見せる。

「自分の顔を見たいのね? こんな感じよ?」

そこに描かれたのは、ベッドに横たわる少年の顔。

「……僕だ」

「そうね。貴方よ。それで? 自分の顔を確認出来たら、何かあるの?」

「ううん……そうか」

僕に変化はないらしい。

では、変化があったのはミースの方。

「回りくどくてほんとにごめん。もう一つだけ確認させて? 今の季節って、いつ頃?」

「はあ? 貴方、自分でこの村まで着ておいて季節も解らないの? 今は春でしょ? それとも夏か冬かと思った?」

ちょっといじわるな言われようだけれど、僕の質問に妙なものを感じたらしい。

つまり、このミースは(・・・・・・)僕のいつもの言い回しに慣れていない。

「うん……そうだったね。春だったね」

違和感と共に、今のこの状況は、既視感もあった。

それは、この村での初めての出会い。

ロゼッタとの出会いの記憶だ。

あの時もこんな感じで、ロゼッタの家のベッドで寝ていて、目が覚めたらロゼッタが現れて――ロゼッタがミースになっていて、最初から隣に座っていたりと多少の違いはあるけど、つまり、その時と同じ展開なのだろう。

(なるほど、これが『次』なのか)

最後の方でアリスが言っていたこと。

それはつまり、僕の次の人生、という意味だったのだろう。

この村での、出会いから始まる人生の。

だけれど、今回の出会いはロゼッタではなく、ミースだった。


「……?」


 改めてじっと見つめる。

外見上、ミースに違いはない。

強いて言うなら出会ったばかりの頃のままだけど、最初に出会った直後のようなツンツンとした様子は見られず、むしろとても友好的に感じられた。

だから、余計に混乱したのだけれど。

「ど、どうしたの、急に見つめてきて……?」

「ああ、ごめん。僕はエリク。僕の名前に、覚えとかはないよね?」

「エリク……君でいいのね? 残念だけれど、貴方の名前に覚えはないわ」

知り合いじゃないわよね? と、首を傾げながらもちゃんと答えてくれる。

昔だったら「はあ? 何言ってんの?」と疑念に満ちた顔で嫌味っぽく言ってきたはずだ。

でも、そうはならなかった。

何がミースを変えたんだろうか?

「そっか……」

でも、覚えがない、と言われてはっきりとした。

時間が戻ったのか、そもそもの場所が違うのか、何もかもが変わったのかは解らないけれど。

僕がいる今のここは、僕の知っている人たちがいる、僕の知らない場所なのだ。

「貴方はね、私の友達の……ロゼッタというのだけれど、そのロゼッタの持っている畑で倒れていたのよ? ロゼッタが朝見つけて……大騒ぎだったんだから」

「そうなんだ……ロゼッタ……っていう子の、畑に」

それ自体は、僕が初めてこの村に来た時と同じ流れ。

「本当はロゼッタが自分の家で看病するって言って聞かなかったんだけど、女の子一人で暮らしてる部屋に男の子は連れ込めないでしょ? 仕方ないから、ウチならパパがいるから引き取ったのよ」

感謝してよね、と、手を腰に当てながら胸を張る。

実にミースらしい仕草で、つい笑ってしまう。

「ど、どうしたの?」

「ううん……なんだか……いや、なんでもない」

変なことを口走ったら、僕はどうなってしまうのだろうか。

懐かしいとか、君の事を思い出してとか、そんなことを口走ったなら。

きっと、アリスがまた「修正しなくちゃ」とか言い出すんじゃないだろうか。

そんな気がするのだ。だってあの人は、「どうせ忘れるから」とか言いながら僕の頭を殴りつけたんだ。

きっと本来ならそれで、記憶が全て飛んでいて、アリスの事も、前の人生の記憶も、全部消えていたんじゃないか。

だから、僕が覚えている素振りを表に出すのは、危険な気がした。

「嬉しかったんだよ。僕を助けてくれる人が居て」

「そうなの? よく解らないけれど、貴方も苦労したのね?」

「苦労……うん、そうだね。詳しくは言えないけど、苦労はした」

とっても大変な日々だった。

けれど、とっても楽しくて、とっても満ち足りた人生だったはずだ。

そう思っていたはずなのに。

なのに今は、この少女を前にしても、自由な自分に気が付く。

(ミース可愛いミース愛してるミースを抱きしめたいミースの裸を見たいミースとキスしたい)

願望を思い描いても全く邪魔が入らない。

今までは全部これが「ロゼッタ可愛い」に塗り替えられていたのに。

驚くくらいに、思考にノイズが走らなくなっていた。

「……これからは、自由に生きられたらいいな」

自由に。そうだ、僕は自由になったんだ。

チュートリアルとかいう、訳の分からない強制された人生から外れて、自由に。

アリスの言葉通りなら、本当に好きな女の子とも、一緒に未来を進めるんじゃないだろうか。

そんな僕の気持ちなど知らないだろうミースが、それでも満面の笑みで言うのだ。

「安心しなさい。これからは貴方は自由よ。貴方がそうなった事情は知らないけど、無理して知ろうとはしないし……でも、だからって遊んでばかりは許さないからね?」

それくらいは解ってるわよね、と、言いながら、近くの水差しからコップに水を注ぎ、差し出してくる。

丁度喉が渇いていた。助かる。

「ありがとう」

素直に受け取り、一気に飲み干した。

ああ、ミースが注いでくれた水のなんと美味い事か。

「お腹は空いてる? 食べられそう?」

「お腹は……ペコペコだよ。ごめんなさい、後で必ずお礼はするから、今は――」

「解ったわ。ロゼッタがね、倒れた人には軽いものを食べさせないとだめって言うから、ミルク粥を作っておいたの。持ってくるわね」

いつ目が覚めるか解らない僕の為に、ミースはわざわざ食事まで用意してくれていたのだ。

こんなにありがたいことはない。

ロゼッタもすぐに作ってくれたけれど、予め用意してくれていたミースにはどう感謝したものか。


 考えていると、ミースが木製の器やスプーンと共に、ミルク粥の入った小さな鍋を持ってきてくれた。

「お待たせ。味の方は……ちょっと薄味かもしれないけれど」

「ううん、作ってくれるだけでもありがたいんだ。感謝ばかりだよ」

僕の記憶が確かなら、ミースは、ロゼッタの集めた料理が得意な人たちの中に入っていたはずだから、少なくともロゼッタ視点で料理上手という認識のはず。

味は心配ないという保証があった。

僕が知っているミースなら、だけれど。

「じゃあよそるわね。最初は……これくらいで、いけそう?」

「大丈夫だと思う。いただきます」

渡された器は温かくて、入っている量もほどよい。

これくらいならすぐに食べきれてしまいそうだけれど、今の僕は……始めてロゼッタと会った時と同じ感覚なのだとしたら、あまり食べ過ぎるのもよくないのだろうか。

一口食べると、程よい塩気とほんのりとしたミルクの甘さが口に広がる。

入っている麦そのものは大したものではなくて、これは正直食べた気になるだけのものだけれど。

それでも、味付けに関してはちゃんとした料理になっている辺り、ミースの料理の腕が解るというもの。

「美味しい」

「そ、そう? よかったわ。よその人に食べさせるのなんて滅多にないから、ちょっと緊張しちゃった」

意外と恥ずかしいわね、と、照れたように笑いながらまたスケッチブックを開く。

「また描くの?」

「ええ。折角のモデルだからね」

モデルになった覚えはないけれど。

でも、そういえばミースは、僕の事をモデルにして、お父さんの小説の挿絵を描いてるとか、そんな話を聞いた気がした。

あれ以来、僕がミースのモデルになったことはなかったけれど。

それでも、こちらでも、その行動パターンには違いがないようで安心する。

「なんだか、恥ずかしいな」

前はこっそりだったのに、今は堂々と描かれていて。

食事中もじーっと顔を眺められたり、色々と慣れないものを感じていた。

でも、知らないミースの一面を見たようで、ちょっと楽しかったような、そんな新鮮な気持ちもあって。

新しい人生も、悪いものじゃあないな、と、そう思えた一幕。

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