#4.お節介さん現る
「あんた、誰?」
畑に戻った僕の前には、全く知らない女の子が立っていた。
顔立ちから、僕と同じか一つ二つ上くらいの、だけど背の低い、長いグレーカラーの髪の女の子。
ロゼッタと比べて垢抜けた服装だけど、化粧っ気はあんまりないから派手な印象もなかった。
気の強そうなつり目が容赦なく僕に視線を向けてくる。とても友好的なものには感じられない。
「え、えっと……僕はエリク。ロゼッタのところでお世話になってるんだけど――」
「ふぅん、あの記憶喪失の、ね……で、なんでロゼッタの家の畑に? なんかすごく狭い範囲だけ耕されてるように見えるけど、あんたがやったの?」
一応自己紹介を、と思ったけれど、女の子の方はというと素っ気無い。
名前も教えてくれずにすぐに別の疑問をぶつけてくる。ちょっとしんどい。
「助けてもらったお礼をしたいと思ったんだ」
なんとなく、驚きもしていないあたり、僕が行き倒れてたのをロゼッタが助けたというのは伝わってるんだと思う。
どちらかというと、その『ロゼッタに助けられた男』がロゼッタの家の畑を耕してる事に、この子の興味が向いてる気がした。
「もちろん、ちゃんとロゼッタに許可は貰ってるよ。ほら」
腕に巻いた赤いリボンを女の子に見せる。
「それ……ロゼッタの。そう、ま、そういう事なら文句は言わないけどさ」
一応は納得してくれたらしい。
それでもあんまり面白くないのか、すぐにそっぽを向いてしまうのだけれど。
その後、女の子はどこかに行くでもなく、畑の隅っこ、白木の柵の上に腰掛けて、じーっと僕の方を見ていた。
「……まだ、何か用なの?」
特に何か聞いてくるでもなく、ただ見ているだけ。
それがなんとも気になり、居心地の悪さから聞いてみるのだけれど。
「――別に。助けてもらったお礼に耕すんでしょ? 見ててやるから、好きにやりなさいよ」
別に頼んでもいないのに監視役を買って出てくれるらしい。嬉しすぎて涙が出そうになる。ため息も一緒に。
「それは、ロゼッタの為?」
それでも、村の人だというならロゼッタの為にもあんまり事を荒立てたくないし、気にはなるけどそのまま作業しようとは思うのだけれど。
警戒心が強いのか、女の子は僕の方をじーっと見ながらまた、ぷい、とそっぽを向く。
「そうよ。見ず知らずの男が何をしでかすか解ったもんじゃないもの。あんた、自分が不審者だって自覚あるの?」
「不審がられても仕方ないとは思うけど、僕自身、自分が誰なのか解んないからなあ」
この子の言う事はもっともだけど、だからと言ってどうすれば良いのかも解らないのだ。
あんた不審者だから、と言われても、正直困ってしまう。
「ほんとかしら? 記憶喪失だとか故人に頼まれてーなんて、戦時中に流行ってた詐欺師の常套句みたいだけど」
わざとらしく横に首を振りながら、ため息ながらに僕を横目でちらりと見てくる。
なんとも感じが悪い。いや、仕方ないんだろうけど、なんでこの子はこんなに僕に喰って掛かるのか。
「――ほら、どうしたの? 畑を耕すんでしょ?」
「少し耕したから、試しに種を蒔こうと思って」
煽られたように感じてちょっとムッとしたので、ロゼッタに貰った種袋を見せながら、中に手を突っ込む。
「……本当に作物作るつもりなんだ。うわ、その三角形の種、ターニットじゃない」
ちょっとだけ意外そうにぽつりと呟いていたかと思えば、急に信じられない物を見るような眼で見てくる。
「よりによってそれを選ぶかー……ああ、そういえばマーシュさんも作ってたわね、ターニット」
「マーシュさん?」
気にせず畑に種穴を空けて蒔こうかと思ったものの、聞き慣れない名前に、つい反応してしまう。
「ロゼッタのパパよ。すごく豪快な人で、ほとんど一人でこの畑を耕してたの。こんな広い畑を、一人でよ」
あんたとは比較にもならないわ、と、ちょっとだけ楽しそうに語りだす。
「ターニットが好きな人だったから、沢山作ってたけどね。でも、だからってあんたが同じもの作るのはどうかと思うわ」
なんでターニットがダメなのか解らないので、この子がなんでそんなに否定的なのかもよく解らない。
簡単そうに見えて実は難しかったりするのだろうか。
特別なコツがなければ作れない、といった要素は本を読んだ限りなさそうだったのだけれど。
「もしかして、君はターニットが嫌いなの?」
あえて直球は避ける。多分、この子は僕のことが嫌いか、かなり警戒してる。
素直に聞いても、そのまま教えてくれるとは思えなかったのだ。
「はあ? 違うわよ。別に食べられるし」
「でも、ターニットの種を見たときにすごく嫌そうな顔してたし。作られると困るのかなって」
ちょっといじわるな言い方だっただろうか。
あんまり好かれる言い方じゃないなあ、と思いながらも、女の子の反応を見る。
僕の言葉に驚いたのか、ちょっとペースが乱れている感じだった。ちゃんと効いてる。
「嫌そうな顔って……あんた、なんにも知らないのね。ターニットは、グリーンストーンなしで育てようとすると一年に一度しか収穫できないの! そんなの育てるくらいなら年に二度取れる小麦の方がよっぽど儲かるのよ!」
呆れた顔で「馬鹿じゃないの」と、がなり立ててくる。かなり怒らせてしまったらしい。
だけど、その内容はとてもタメになるモノだった。
(そういえばロゼッタも言ってたっけ。『この辺りの家は皆麦しか作ってない』って)
どうして村の人達が麦ばかり作っているのかが良く解った。自分の家で小麦粉が欲しいのももちろんあるんだろうけど、他の作物では割に合わないのだ、きっと。
「でも、ターニットはグリーンストーンがあれば一週間で育つんだよね?」
「育つけど……そんな高価なもの簡単には手に入らないし、一々使ってたら元だって取れない。今の世の中、安定して手に入るのはお金持ちくらいだから、ターニットなんて趣味の作物よ」
加えて、グリーンストーンが簡単に手に入らない代物だというのも良く解った。
早く育てる為に必要なグリーンストーンが手に入らないのなら、確かに麦の方が良いのかもしれない。
だけど、そこで疑問もあった。
「でも、ロゼッタのお父さん……マーシュさんは、ターニットを作ってたんだよね? この畑で」
そう、少なくともその人は、その金の掛かる趣味の作物を作っていたのだ。
だから、グリーンストーンを安定して手に入れられる何かがあるんじゃないかと思った。
「もしかして、どこかで採れたりするものなんじゃないの? グリーンストーンって」
この辺りは鉱物図鑑でも読めば解り易いかもしれないけれど、今は気になったので話の流れでこの子に聞くことにした。
「……採れたけど。今は無理よ」
だけど、女の子は具合悪そうに眼を逸らしながら、ぽそぽそと辛うじて聞こえる声で呟いていた。
「無理?」
「モンスターが出るのよ。村に若い男の人が居た頃は定期的に討伐されてたけど、今は女ばっかだからね。とてもじゃないけど、採掘なんて出来ないわ」
死にに行くようなものよ、と、手を広げて首を横に振りながら。
大きなため息を吐いて、柵の上から降りた。
「――とにかく、お金が欲しくて作るのならグリーンストーンなしでターニットなんて儲からないもの作るのはやめなさいな。せめてポテトとかキューカンとかになさい。その辺ならグリーンストーンなしでもこの畑ならまあ、そこそこに作れるわ」
ただ警戒してるだとか、嫌ってるとかではなく。本当に気にしてくれているのだろうか。
ロゼッタの為に、というのは嘘じゃないのだろう。だとしたら、この子は気の善い子なのかもしれない。
でも、忠告に従う気はあんまりなかった。
「グリーンストーンって、これでしょ?」
首に下げてしまっておいた石を取り出して、女の子に見せる。
陽の光に当てられて優しく輝く緑の石。
「――えっ」
彼女は唖然とした様子で、それを見ていた。
ちょっとだけ面白い瞬間で。驚いた彼女は「どうして?」と、言葉に繋げられないままに僕の顔をじっと見つめる。
「何故か持ってたんだ。これしかないけど、これがあれば育てられるんだよね」
疑問ではなく確認で。女の子の顔を見ながら、グリーンストーンを、掘り出した平べったい岩の上に置く。
そうして、クワの柄の部分で狙いをつけ――叩き付けた。
ぱきん、という音と共に、グリーンストーンは脆く崩れる。
「これくらいで良いのかな?」
「……」
この子が口出ししたりしない辺り、これで間違っていないのだろうと思う。
意地が悪い子なら放っておいて後から笑うかもしれないけど、この子は善い子だと思ったので、それはないと信じたい。
岩の上でばらばらになったグリーンストーンを丁寧に手の平に集めていって、種穴に入るように少しずつ撒いていく。
それから種を蒔いて、それが終わったら少し盛るように土を被せ、予め桶に入れておいた水を撒く。
ぱしゃ、という小気味良い音が、強い陽射しを心地よく冷やしてくれた。
作ったウネもたった三列なので、そんな作業もすぐに終わってしまう。
その間中、女の子は何やら考えるように見ていたけれど、特に口出ししたり邪魔したりする様子は無く。
ただ、じーっと畑を見ていた。
「これで、後は毎日水をあげ続ければ、一週間後には収穫できるのかな?」
「何も起きなければね」
答えてくれなければ独り言のようになって虚しいなあと思い始めていたけれど、幸い彼女も答えてくれる。
反応があるというのはありがたかった。
「だけど、あんた、今回のでグリーンストーンを使い切ったのよね?」
「うん、そうだけど?」
「じゃあ、次以降はなんにも作れないじゃない。今回で土の栄養使い果たすから、多分向こう三年はなんにも育たなくなるわ」
完全に畑が死ぬわね、と、怖い事をさらっと言ってくれた。
「え……あの、それって、本当に?」
「嘘をついても仕方ないじゃない。冗談抜きで、畑が死ぬわよ。種を蒔く時にグリーンストーンを使うなら、畑を蘇らせる分のグリーンストーンも用意しなきゃ、畑は死んだままだもの」
まさか知らなかったの? と、さっきとは別の意味で驚いたように僕を見てくる。
「ま、それでも一度はターニットが採れるわ。麦よりは早くお金になるし、全部売ればグリーンストーンの一つも買うくらいはできるだろうけど……儲けとしては全く期待できないでしょうね」
なるほど、本に書かれていた『畑を休ませる必要がある』というのはこのことらしい。
本では収穫後もすぐにグリーンストーンを撒くので三日程度休ませるだけで済むのだろうけど、このグリーンストーン自体が高価な品だという以上は、採算を考えての農業としてはやっていくのは難しいかもしれない。
(そうなると、やっぱり――)
安定してターニットで儲けを得るには、グリーンストーンを採掘できるのだという洞窟に行くのが妥当なのではないか。
現状で出来るのはそれくらい。なら、ターニットができるまでの間に色々考えるのも悪くないだろう。
「その、グリーンストーンが採れる洞窟って、どこにあるのかな?」
まずは場所を知らなくてはならないだろう。
何せ僕はこの辺りの事をなんにも知らない。地図すら持ってないのだ。
「はあ? なんでそんな事教えなきゃいけないのよ。危ないって言ってるんだから、無理して行かないでよ。まるで私が煽ったみたいじゃない」
やめてよね、と、とても迷惑そうな顔で勝ち気そうな目を吊り上げる。
「でも、教えてくれないと知らない間に間違って入っちゃうかもしれないよ? なにせ、僕はこの辺りの事に詳しくないから」
これは脅迫とでも言うのだろうか。
あんまり褒められた言い回しじゃないなあと思いながらも、相手の眼をじ、と見ながら口元だけ半笑いに開いてみせる。
「ぐぅ……ダメよだめっ、そんな事教えて、ロゼッタに嫌われたくないもの! 知りたかったら自分で調べなさい、自己責任でやってよね!!」
視線に堪えられなくなったのか「ふん」と、そっぽを向いて、そのまま去っていってしまう。
そのままこちらに振り向く様子も戻ってくる様子も無く。
後に残されたのは僕一人。なんとなく疲れた気がして大きなため息が出るけれど、次にやる事ができたのでよしとする。