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アイアムバグゲープレイヤー!!  作者: 海蛇
三章.ロゼッタルート

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#15.ピオーネかく語りき


 しばらくの間は、壊された柵の修理や、馬車や荷車を巻き込んだバリケードの撤去、そして壊されてしまったバリケードに設置していた馬車の修理に時間を費やすことになった。

特に時間がかかったのは馬車の修理で、僕には馬車の構造についての知識がなかったので、ロゼッタに本を借りるなどして行商の人たちと協力しての作業となった。

「ご苦労さん、足止めは喰らっちまったが、おかげで走れるようにはなったな」

大体の馬車がまともに走れるようになったのは、襲撃を撃破してから一週間ほどが経過したころ。

意外と短時間で済んだのは、教会でのお祈りでパワーアップしていたから、というのもあるんだろうけど。

何より、ガンドさんをはじめ行商の人たちが、馬車の構造についてきちんと把握していたから、というのも大きい。

行商先での故障というのはよくある事らしく、ガンドさん曰く「行商なら自力である程度は直せて当然」とのことで、実際この人たちが手を貸してくれた分だけ、作業は急ピッチで進んでくれたのだ。

「行商の皆さんには、手を貸してもらってばかりで……」

「そう言うなよ。前も言ったが、俺たちとしたって、取引先が一つ生き残るか潰れるかで今後の生計が大きく変わるんだ。特にこの村はこの辺りで一番の稼ぎどころだからな」

生き残ってもらわなきゃ困るんだ、と語るガンドさん。

広場の行商の人たちも皆、それを聞いてうんうん頷いていた。

「坊主は、それを守ったんだ。他の奴らだってそれくらいは承知してるんだ、もっと胸を張りな!」

「そうそう」

「坊やのおかげでワシらまだ生きてるからのう」

防衛に失敗すれば、被害を受けるのは村人だけではない。

彼らも同じだった。

彼らもまた、モンスターの襲撃でいつ死ぬかもわからない状態だったのだから。

そう考えれば、確かに僕はもっと胸を張るべきだったのかもしれない。

行動に対して自信がまだないのは、ガンツァー周りの事がそれだけショックだったという事なのか。

自分でもその辺り、なんとかしなくちゃいけないとは思いながらも、「ありがとうございました」と、行商の人たちにお礼を告げた。



「あの……」

その後、広場を後にした僕は、畑の、ゴーレムにダメにされてしまった部分を植え直すため、資材を買おうとステラの店へと向かったのだけれど。

不意に後から声をかけられた。

「……? 貴方は……」

どこかで見たような顔だった。

けれど、村人の中には思い当たりがない。

少しして、教会でのことを思い出す。

「リゾッテ村の人でしたっけ。僕に何か?」

教会でシスターに寄付を渡した時から、時々僕の事を見ている人だ。

最初はリゾッテ村の人も見ていたけれど、この人だけは毎度のように僕を見ていた。

「貴方のお名前は、エリクさん、でよかったのよね?」

「ええ、そうですよ」

まだおぼつかないのか、たどたどしい様子で近づいてくるその人は。

こうやって対面し、改めて見てみると、僕と同じくらいの背丈の、大人びた雰囲気の、腰くらいまでの長い赤髪のお姉さんで、結構な美人さんだった。

虹色の、珍しい貝殻のブローチを髪につけているのがとても特徴的。

「やっぱりそうなの……私は、ピオーネと言います。ごめんなさい、エリクという名前を聞いて、知り合いの事を思い出してしまって……」

「ピオーネさん……そうか、貴方が」

――あいつの好きだった人だ。

思い出した時には知ろうと思っていたのに、忙しさの中で忙殺されてしまっていた事が、今更のようにまた広がってゆく。

「私の事を知っているの……? やっぱり、貴方は私の知っているエリクと、何か関係が……?」

ピオーネさんもまた、僕に疑問を抱いたのだ。

これは、隠し立てすべき事なのか。

一瞬迷ったけれど、でも、報せるべきことはきちんと伝えた方がいいと考える。

あいつの死は、無駄なんかじゃないんだから。なかったことには、ならないんだから。

「一つ確認しても良いですか。ピオーネさんは、彼とどんな……?」

だけど、一つだけ知りたかったことがあった。

ピオーネさんは、あいつの事を知っていた。

でも、それはただ知っていただけなのか、それとも何かしら、関係がある人だったのか。

あいつは、ピオーネさんに恋をしていたと言っていた。

ずっと片思いで、別の男の人と婚約して失恋したと。

だけど、もし欠片でもピオーネさんの中に、何か、特別な気持ちがあったなら――

「彼は、私の幼馴染よ。子供のころはよく一緒に遊んだわ」

「そうでしたか……」

やはり、あいつの恋は実らなかったらしい。

生きて帰れても、報われない道が進んだのだ。

(残念だったなエリク。いや、それが普通なのかな)

報われない恋とはこんなにも虚しいものなのかと思いながら。

少しだけ、以前の自分を思い出して嫌な気持ちになりながら、小さくため息をつく。

それで、意識が切り替わる。


「あいつは……エリクは、死にましたよ。戦場で」

「……そう」

「僕は戦場で育った孤児で、名前がなかったんです。だから、一番関わりの深かったあいつの……エリクの名前を、僕が貰ったんです」


 それは、別にエリクの望みでもなく、とても身勝手なことだったが。

それでも、今の僕には必要な、そして今の僕を形成する、大切な一因だった。

ピオーネさんは悲しそうに眉を下げたが、涙を流すという事はなく。

ただ、俯いてしばし、何かに耐えるように肩を震わせていた。

「ごめんなさい。そう、シスターが貴方の名前を呼んでいるのを聞いて、何か関りがあったらと思っていたけれど……そんなことになっていたのね。私、何も知らなかったんだわ」

ごまかすように笑みを見せ、そうして、妙に明るい口調で語ってくる。

泣いてしまってもいいのに、人に弱みを見せられない人なのか、耐えてしまっていた。

「このことは、実は妻にも話してないことで……できれば、村の人には話さないでもらえると――」

「ええ、貴方がそれを望むなら。それに、今は貴方がエリクさんだものね。大丈夫。私はただ、知りたかっただけなの。戦場が、どうなったのか。戦争は、終わったのか……と」

「戦争は、終わったと思いますよ。ただ、戦場は……」

「そうね……彼が亡くなってしまって、私の大切な人も、他の村人も帰ってきてない。この村だってそう……他の男の人が戻ってきてないのなら、きっと、皆――」

ネガティブな話だとは思う。

だけれど実際、そうなんだとしか言いようがない。

戦争は終わった。ガンツァーの手によって。

けれど、戦いに赴いた人は、あの時(・・・)即逃げる判断ができた人以外、皆死んだ。

いや、死すら生ぬるい、より恐ろしげな現象だった気がする。

でも、そこまで語って聞かせられるほど、僕は残酷ではなかった。

「この国は、しばらくは平和だと思います。侵略してくる敵国は、もうまともな兵力がないでしょうから。僕は仲間の中で一人だけ生き残ったけれど、もしかしたら同じように生き延びた人もいるかもしれない」

希望を残すような言い方は、時として酷い結末を生むこともあるかもしれないけれど。

でも、この人に今必要なのは希望なのだと思い、敢えてそれを伝える。

そう、生き残りはいるかもしれないのだから。

「ありがとうエリクさん。そう思えるだけでもまだ救いがあるわ……そうね。絶望していても、虚しいばかりだものね」

この人はもう、気づいてしまっているんだ。

大切な人も、同じ村の人たちも、二度と戻ってこないと。

それでも、僕の表向きばかりの希望を聞き、諦めながらも光を心に宿せたのだろうか?

先ほどまでよりは幾分、明るい表情になったように感じるこの人は、いつかは普通に笑えるようになるんだろうか?


 できれば笑えるようになるといいなあと思いながら、それとは別に、気になったことがあったのを思い出した。

「ピオーネさん、僕からも聞きたいことがあったんですが、良いですか?」

「聞きたいこと……ですか?」

これは、もう済んでしまったことではあるけれど。

それでも、解る範囲で聞きたいことでもあった。

「辛かったら無理に答えなくてもいいんですけど……リゾッテ村が襲撃された時に、何か、兆候みたいなものってあったのかなって」

「……襲撃のことなのね」

それはまた、彼女にとって暗い出来事のはずで。

戦争関連以上に直近の、そしてある意味でそれ以上にきつい出来事だったはずだ。

こうやって、辛い話を聞かせた後に聞くにはダメージが大きすぎるかとも思ったけれど、ピオーネさんは考えるように腕を胸の下で組み、しばし考えるように無言になる。

「あの日は、たまたま村で騒ぎが起こっていたの」

「騒ぎ?」

その時のことを思い出すように、そして搾りだすように、静かな声で、少しずつ語る。

「ある村の女性が、友達だった他の女性と喧嘩をしていて……元は、下らない言い合いからだったんだけど、掴み合いになってしまっていたの」

「それは……ただごとじゃないですね」

女の人はそんなことはしないようなイメージがあったけど、実際にはそうでもないのかもしれない。

意外とアグレッシブというか、女の人の喧嘩って、そういうものなんだろうか?

そう思っていると、ピオーネは「ううん」と、苦笑いしながら首を振る。違うらしい。

「普段はそんなことにはならないのよ? 皆理性的だったし……ただ、その日はその女性の、恋人の誕生日だったの。恋人の誕生日に会えなくて、辛くて泣き出したときに、その友達の女性は最初は慰めたらしいんだけど、口論になってしまって」

「ええ……慰めていたのに?」

「……多分、その友達の女性は、横恋慕していたんでしょうね。その、恋人の人に」

「ああ……」

痴情のもつれとでも言うべきか。

それにしても掴み合いになるなんて、よっぽどだと思うのだけれど。

「私も、流石にそれはやりすぎだと思ったわ。だけど、それだけ皆疲れていたのね。男の人が一向に帰ってこない中、生活はどんどん苦しくなっていって、最近では……動けなくなった人を、見捨てなくてはならなかったから」

「……そんな」

この村は恵まれていた。

ロゼッタがいたから。シスターがいたから。

アーシーさんという優秀な指導者がいたから。

人が多くて、行商の人たちも沢山立ち寄るから、物流も成り立っていて。

だから、この村では皆が生きていられた。

けれど、他の村はそうではなかった、という事なのだろう。

「……それで、村の中心で起きた喧嘩を、村の人たちが聞きつけて集まって……なのに止めに入る人もいなくて、煽る人や観戦する人……あの時の空気は、傍から見てちょっと異常だったわ」

「異常、というと?」

「まるで皆、楽しそうにしていたの。普段の憂さが晴らせるからなのかしら? 皆、あんなのを楽しむような人たちじゃなかったはずなのに……」

ああ、それはまずい。

そういうの(・・・・)は、あの人が一番嫌う事だ。多分。

「私は嫌な気持ちになりながら遠巻きに見ていたわ。止められなかったの。あの雰囲気の中に、入っていく気になれなくて……そしたら、突然村の中心からモンスターが現れて」

「村の、中心から?」

「そうなの。突然だったわ。そういえばあの時、どこかから『いい加減にしなさい』と、誰かの怒ったような声が聞こえたわね」

リゾッテ村のモンスター襲撃事件。

これは、つまり、あの人が起こしたことなのだろう。

そしてそこで出現したモンスターが、北上してきてラグナに向かってきた、と。

「集まっていた人は皆モンスターに襲われて死んでしまったわ。たまたま中心部から離れていた人や、私みたいに遠巻きに見ているだけだった人は、逃げたり隠れるだけの猶予があったの……それでも、全員は助からなかったみたいだけれど」

今教会で生活している避難してきた人達は、全部で10人足らず。

ラグナほどじゃないにしろ、リゾッテ村だって村を名乗るなりの規模はあったはずで、大半の人が死んだと考えると、空恐ろしいものを感じる。


「……でもね、あの人たちが死んだのは私、今では『仕方ないわよね』って思えるの」

悲しいこと、辛いこと。

今話したのはそういう分類になるのが当然なのに。

ピオーネさんは不思議と、それについてはばっさりと切り捨てていた。

「だって、生きててももう、意味がないんだもの。皆、それに気づいてしまっていたんだわ」

男の帰ってこなくなった村。

ただ帰りを待つことしかできない女たち。

その先に、希望など果たして残っていたのか。

戦争が終わり、戦場で男たちが死に絶えたこの国に、未来なんてあるのか。

ピオーネさんの絶望も、理解できない訳ではない。

「エリクさん……この村には貴方がいる。それがどれだけ、村に残された女性たちにとって希望になるのか、よく考えてあげてください」

絶対に無理はしないで、と、諭すように締め。

ピオーネさんは、それで話を終わらせ、背を向けた。

「ありがとうございましたピオーネさん。今度は、楽しい話をしましょう」

「そうね……ええ。次に会った時はそう願うわ」

ただ綺麗なだけの人ではなく、考えさせられる一面を持った、複雑な人なのだと思った。

不思議と、「また会いたい」と思わせるような……そんな女性だった。

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