#11.ボスモンスター、迎撃!!
ずしん、と、大地を揺るがすような地響き。
足元からぐらつき、何事かと音のした南側へと向かう。
「……うわ」
南にいたのは大蝙蝠の群れとネクロマージ、という話だったが、実際に来てみると、それに加え巨大なゴーレムが一騎、バリケードに迫っていた。
(最初は見えなかったのが後から現れたのか……それとも、ネクロマージが召喚したのか……?)
いずれにしても、このサイズのゴーレム相手にはバリケードはそう長くは保たない。
『クワックワックワッ――』
それに加え、ネクロマージが僕を見つけたようで、杖をこちらに向け始めていた。
『――アイスニードル!!』
一斉に飛び交う氷の針。
距離が離れていたのでいくらか余裕がある。回避は間に合う。
『ぐごぉぉぉぉぉぉっ』
《ズドンッ》
「うわっ」
避けようとした直後、ゴーレムがまた一歩進み、振動が軸足をブレさせる。
そのままぐらつき、転倒してしまいそうになり、なんとか左手を地についてそれを防いだ。
だが、これでは回避は間に合わない。
「うぐっ……うおぉぉぉぉぉっ」
ぐさ、ぐさりと、足や腕に突き刺さってゆく氷の針。
激痛が走るが、僕は構わずその場を飛びのき、距離を離す。
『フレッシェント!!』
更なる魔法が追い打ちをかけてくるが、ぎりぎりで立ち直れて避けきる。
けれど、これでは一方的だ。
負傷したのも含め、この状況のまま攻め続けられるのはまずい。
「こうなったらカレーでゴーレムを……うわっ」
『クキキキキーッ』
一撃必殺のカレー投擲をしようとした矢先、今度は上空からの大蝙蝠の攻撃を受け、カレー皿を落としてしまう。
『アイスニードル!!』
拾う暇もなくまた氷の魔法が放たれ、飛び退くことに。
(まずいな……連携が、連携ができてる……)
意図してそうしているのか、あるいはたまたまそうなっているだけなのか。
いずれにしても、目の前にいるモンスターの群れは、これまでのものと比べ、かなり精度の高い連携が組み上がっていた。
これを単騎で相手にするのは、かなりきつい。
(一旦……逃げるしか……うわっ)
ずどん、と、足踏みされ、また姿勢が崩れそうになる。
狙い撃ちするかのように氷の針が降り注ぎ、それをなんとかかわし、蝙蝠の攻撃を受け――このままでは、いつかは追い詰められる!
危機的な状況を感じて、僕は咄嗟に逃げの判断を取る。
今の状況は、僕向きじゃない。
だから、僕向きになるように、作戦を考えなきゃいけないのだ。
モンスター相手だから、人間相手じゃないからまともな連携なんて取れないという思い込み、自分なら大丈夫という思い上がりを捨て、今一度冷静になって状況を見直さないといけない。
《くすくす……エリク君たら、逃げまどってるわ。今まで余裕で倒せてたから焦ってる焦ってる♪ こういうエリク君の顔も可愛いわねえ♪》
脳裏に響く甘い声。
アリスの残酷な独り言が、今の僕の状況を端的に表しているかのようだった。
(そうか、僕は、焦ってたのか)
敵の予想外の連携に。
想像外だったゴーレムの存在に。
うまくやれると思っていた自分が、思いのほか負傷してしまったことに。
《カレーの有用性に気づけたのはすごいけど、このグランドゴーレムは火属性大幅減衰させるからカレー程度だと1ダメ連打にしかならないのよねえ。エリク君はどのくらいのタイミングでそれに気付けるかしら♪ ああ、楽しみ♪》
僕の何がそんなに楽しみなのか解らないけど、わざわざゴーレムにカレーが無意味なのが解ったのはありがたい。
でも、そもそも今はゴーレムに挑むどころではない。
逃げるしかない。退いた。
「はぁっ、はぁっ……しつこいなっ」
『キキーッ、キーッ』
追いかけてきた大蝙蝠が5。
これくらいならと、振り返ってダガーを投げつける。
『グギッ……ギッ……』
反撃が返ってくるとは思わなかったのか、大蝙蝠はまともな回避行動もとれず、一撃で沈んでゆく。
落とした収集品には目もくれず、他に敵がいないのを確認し、道具袋からターニットソテーを取り出す。
普通なら傷薬だが、そんなものでは済まないくらいの負傷には、料理を食べた方が効率がいいのだ。
以前、モンスターが落とした料理を食べたことで傷が回復したのに気づき、以降モンスターがいる場所では料理を食べて回復することにしていた。
「んぐ、んぐ……ぷはっ」
味わいも何もせず、かっこんで水で流し込む。
それだけで体中の傷が癒されてゆく。
流れ出ていた血も、今では何事もなかったかのように止血されていた。
(相変わらず、訳が分からないよ……)
戦場にいたころ、僕たちは傷薬一つ、包帯一つが足りないばかりに仲間が死んでいくのを見ていたのに。
こんな料理一つあればその問題は解決できたなんて、なぜあの場にいた誰も知らなかったのだろうか。
カレーの謎の攻撃性といい、もしかしてあまり知られてないだけで、実はもっとすごい効果を持った料理とかがあるのだろうか。
これが終わったら、その辺りを調べてもいいかもしれない。
……と、次の目標を見据えたところで、周囲を見渡す。
うん、僕たちの家だ。畑も近くにある。
相も変わらず地響きがすごいが、南のバリケードは、恐らくそう掛からず破壊され、モンスターが突入してくるだろう。
だが、これ以上の侵入を許せば、僕たちの家が、畑が、モンスターに破壊されてしまう。
つまり、下がれるポイントはここまで。
ここまでで、モンスターを迎撃しなくてはならないのだ。
(敵は、大蝙蝠が大分減ったけど、ネクロマージが……5はいたか。ゴーレムは厄介だけど、動きそのものは鈍いから、やりようによっては……となると、まずはネクロマージか)
ネクロマージの氷の魔法は、威力そのものは大したものではない。
実際、いくらかまともに浴びたのにもかかわらず命に係わるような負傷をせずに済んでいた。
その代わりに、速度が速くかわしにくかったり、喰らった時に動きを制限されたりするという厄介な面があるので、やはりこれを放置するのは危険この上なかった。
ゴーレムという大物がいる以上、取り巻きを片さなくてはいつ踏みつぶされてしまうかも解らない。
だけど、ネクロマージを狙うなら、空の大蝙蝠が邪魔過ぎる。
(あいつらに見つかると厄介だ……まずは蝙蝠をひきつけて倒して、その後、奇襲でネクロマージを)
大体の作戦はまとまる。
まずは釣り出し。敵の面前に現れ、大蝙蝠をひきつけまた離れる。
「僕はここだっ、こいっ」
『キキーッ』
『くけけけけ……アイスニードル!!』
すぐさまモンスターも反応するが、今度はネクロマージが魔法を詠唱し終わる前に走り出し、目測をかわす。
大蝙蝠は……すぐに僕に攻撃しようと追跡してきた。
ネクロマージ達は僕に向けての魔法に忙しく、その場から動けない。
その一瞬のズレで、モンスターを分断できる。
『ウボォォォォォォッ』
ずどん、と、また足踏みが響く。
今度は辛うじてかわせた。
振動が足元に来る前に、上手く飛んで衝撃を避けられたのだ。
「こうするのか……よくわかったぞっ」
厄介な振動攻撃も、これで対処ができるかもしれない。
偶然とはいえ、ここでかわせたのは大きい。
「まずはお前らだっ」
『グギッ……』
引き続き追撃してきた大蝙蝠に、ダガーを投げつけ撃破する。
これで空の脅威はなくなった。
そのまま、ネクロマージの視覚範囲内から離脱する。
モンスターの行動というのは、意外と意図してずらしやすい。
なぜなら、モンスターは、例外なく人間を憎み、人間を殺そうとするから。
モンスターならばどんな種族であろうと、必ず人間を狙おうとする。
だから、村への侵入という目的以上に、目の前の人間を殺そうとするのだ。
これを利用して、村へ入り込んだモンスターを一旦迂回し、今度は彼らの背後から強襲することで足止めができるはず。
一気に村の東側を駆け抜ける。
「――はっ」
『ぐげぇぇぇぇぇぇぇっ!?』
上手いところ前の方に立っていたネクロマージをスルーし、一番後ろにいた奴をショートソードで切り伏せ、そのままの勢いで近くにいたもう一体にも突き刺す。
『ぐぇっ』
『アイスニードルッ』
『フレッシェント!!』
直後、僕の接近に気づいた他のネクロマージが魔法を唱える。
だが、そんなものに付き合ってやるほど僕はお人よしではない。
すぐさま近くの茂みに飛び込み、そのまま離脱。
今度は群れの西側へと移動し、予め目測を付けておいた、一人だけ離れた場所にいたネクロマージを強襲する。
『グウッ……ウォーターボールッ』
突然の接近に焦ってか、いつもと違う水魔法が飛んでくる。
だが、これは喰らってもダメージ皆無の妨害魔法。
直近で喰らったところで、何の脅威もない。
「でやぁぁぁぁぁっ」
『グギャァァァァァァァッ!』
そのまま大きく振りかぶり、一撃の下沈める。
他のネクロマージはまだ気付かない。
ずどん、と、また足踏みが聞こえる。
ゴーレムは、僕の存在に気づいていないのか、どんどん僕たちの家へと向かっているようだった。
(急がないと……次は、あいつかっ)
少し離れたところに見えるネクロマージに狙いをつけ、一気に走り出す。
距離的に、知覚されかねない。
『ギギッ、アイスニードルッ』
気づかれ、魔法が放たれる。
「うわっ……とっ」
『ぐごぉぉぉぉぉぉっ』
ずどん、という振動を飛んで避け、そのままの勢いでネクロマージに飛びかかる。
『ぐぎぃっ!? ぎぃっ、ぎぎぃっ』
必死の抵抗を見せるネクロマージだが、こうなれば最早武器を持たない賊みたいなもので、簡単に首にナイフを突き立てられる。
『――アイス』
「そこぉっ」
近くにいた最後の一体。
これに向け、手持ち最後のダガーを投げつけ。
『ニー……グギャッ』
それが見事喉に突き刺さり、最後のネクロマージはその場に倒れ伏した。
「これで後は、ゴーレムだけだっ」
見据えたのは、巨大な背中。
《うふふふっ、上手く立ち回ってるみたいねえ。でもグランドゴーレムは強いわよお。カレーが効果薄いだけじゃなく、通常攻撃も正面からだとほぼ無効化するし。エリク君はまだ使えないけど、魔法もかなりの部分カットしちゃうし♪》
アリスの説明のおかげであのゴーレムがどれだけでたらめな存在なのかがよくわかる。
人造の魔道兵器・ゴーレム。
それは確かに、過去に僕も戦ったことのある相手だけれど。
でも、そこまで厄介な奴は、今まで一度もお目にかかったことがなかった。
今まで出会ったのはせいぜいが多少硬い程度で、集中攻撃すれば倒せる程度の敵でしかなかったのだ。
それと比べると、あのグランドゴーレムとかいうのは、サイズがそもそも桁違いだし、攻撃も効かないようだし、カレーも効きにくいという厄介この上ない存在らしい。
「どうすれば……とりあえず、カレーを投げるか」
あくまでアリスの独り言。
それが正しいかどうか。
それを確かめるためにも、まずはカレーを投げつけた方がいい。
アリスはきっと笑うだろうけど、それでもいいのだ。
「喰らえっ」
足踏みに警戒しながら、後から足に向けカレーを投げつける。
《ズガガガガガガガッ》
例によって多段ヒットが発生するが、ゴーレムにはそれほど効いている様子はなく。
全く問題ないかのように、前に前にと進んでいってしまう。
後にいる僕には、気付いてすらいないらしい。
「参ったな……効かないのか」
解ってはいたが、途方に暮れてしまう。
今のところ、僕が持つ最高の攻撃手段がカレーなのだ。
これ以上の攻撃は、僕にはない。
《くすくすくす……やっぱりカレー投げてる。無駄なのよエリク君♪ そのゴーレムは、背中のコアに攻撃しないとほとんどダメージが通らないの♪ ああ、早く気づいて♪ 頑張って乗り越えて♪》
歌うように囁くように、身勝手なことを言いながら、けれどもありがたいアドバイスも聞かせてくれる。
もしかして、わざと聞かせてるんじゃないかというくらいに今のこの状況にあった、大変ありがたい弱点情報。
(それなら――っ)
やってみるしかない。
だってもう、ゴーレムは僕たちの家まで迫っている。
これ以上近づかれたら、振動だけで家や畑に被害が出かねない。
「でりゃぁぁぁぁぁぁぁっ」
ゴーレムの背中のコア、とやらがどこにあるのか。
背後から見てみれば、確かにそれらしい宝石が埋まっているのが見えた。
――これがコアか。
左腕に持つショートソードに渾身の力を籠め。
地面を踏みしめるゴーレムの足を土台代わりに飛びあがり、僕はコアに向け、あらん限りの力で、ショートソードをたたきつけてやった。
《ぴき……ぴしぴしっ……》
次の瞬間。
ぴた、と、ゴーレムの動きが止まったかと思いきや、コアを中心にぴしぴしとひびが入り始め、やがてその巨体が、ぼろぼろと砂となって崩れ去ってゆく。
《おおうっ、上手く弱点見つけたわねーっ、エリク君意外と観察眼ある……?》
――君のおかげだよ、アリス。
笑いたくなるのを抑えながら、崩れ落ちた砂が消えゆく中、大量に残された戦利品を拾ってゆく僕だった。




