#9.モンスター襲撃、迎撃準備完了!
「お祈りを、たくさんさせてほしいのですか?」
「ええ、村の皆を守れるように、少しでも多く、神様に聞き届けてほしいんです」
教会にて。
シスターにお願いして、また沢山お祈りをさせてもらうことにした。
今度は、実験とかではなく、実践のために。
村の皆の為に、この効果を活用したかったのだ。
「もちろんですわ、どうぞ」
いつものにこにこ笑顔ではあるが、シスターも忙しいのか、聖水の入った瓶を聖堂内に並べながらの片手間で、手だけ女神像に向けての案内となっていた。
「ありがとうございます」
邪魔してはいけないと思いながら、女神像の前で片膝をつき、御祈りを捧げる。
(かごをおねがいしますかごをおねがいますかごをおねがいしますかごをおねがいしますかごをおねがいします)
五回分。
あんまりやってしまうとまたアリスが何か言いそうだし、前にメルから言われたことが気になったので以前より少なくしたが。
それでも、普段の五倍の力が出るようになった……気がする。
とにかく、お祈り直後から身体の調子がいいのだ。
「よし……これならいける」
肩をこきりと鳴らしながら立ち上がる。
身体が軽い。この分なら、僕一人でも柵の作成が早く進みそうだ。
「シスターは、浄化の準備ですか?」
結婚式の時にやっていた浄化の儀式。
それと同じことをやっているようで、シスターは聖堂内の様々な場所にブルーストーンを配置したり、聖水の入った瓶を設置したりしていた。
「ええ。もし万一の時の為に、村の方たちが避難する場所は必要でしょうから……それに、エリクさん自身の、休憩の為の場所も」
邪なモノを排斥する聖域指定の奇跡。
結婚式の時はあくまで儀礼だけのものだったらしいけど、本格的に発動するとなると、必要な聖水やブルーストーンの数はより多くなるらしく。
聖堂内の至る所にこれが配置されていた。
「手持ちのブルーストーンもこれで使い切ってしまいますが……エリクさんが以前、多めに確保してくださったおかげで足りそうですわ」
「これが終わったらまた持ってきますね」
「ええ、お願いしますわ」
よくやった過去の僕。
自分で自分を褒めてあげたくなる。
おかげで、多少なりとも安全な空間が生まれるのだから。
どれくらいの長丁場になるか解らないけど、ここが安全なら、ここだけが無事ならそれでいいというのは、かなりありがたい。
「聖域は半日もあれば完成すると思います。それまで、何事もなければいいのですが……」
「僕の方もそれくらいである程度の目途はつけたいですね」
村の中の弱点になりうる場所に張り巡らせなければならない柵は、かなり範囲が広い。
普通にやったら何日かかるか解らないが、今の僕なら半日でかなり進められるはずだ。
後は、モンスターたちの気分次第、というところだろうか。
本当なら事前に村周囲のパトロールもしたいところだけど、それは柵作りと兼任できることではないので、アーシーさんに頼んで、村の人たちに安全に監視できる場所から見張っててもらっている。
全体の監視にはならないけど、見張り一人いるといないとでは全く違うので、これも大切な要因。
初動で完全に不意打ちになるか、多少なりとも反応があって気付けるかの違いは大きいのだから、やはり人手があるのは助かる。
「それじゃシスター、また。後でロゼッタ達が来ると思いますから、ジュニアともどもお願いします」
「ええ。お任せください。向後の憂いだけはないようにしますので」
この教会の存在は、村にとって本当に大きなものだと思う。
教会一つあるだけで、こんなにも安心できるのだから。
心底ありがたいと思いながら、教会を後にした。
「エリクさん、依頼のあったものを作っておきましたよ……うわ、すごいですねぇ」
柵の作成に入り始め、いくらか経ったころ。
ミライドさんが荷車を引きながら現れた。
「こんにちは。急ですみません。運んでもらっちゃって」
「いえいえ。状況が状況ですから仕方ありません。それより、依頼の品はここで渡していいんですよね?」
「はい。お願いします」
ミライドさんに頼んだのは、柵作りに必要な釘の足りない分の作成と、装備の更新と、フットトラップの刃の部分の作成。
フットトラップは地面に設置するだけの簡易的なものだけど、これだけでもモンスターの動きが大幅に制限できるので役に立つ。
「それと、これは依頼外のモノですが――余った鉄材で作った棘球です」
そう言われ差し出された木作りの籠の中に収まっていたのは、指先代の鉄の球。
棘球、と呼ぶだけあって、球の周りにイガイガとした棘がついていた。
これは、嫌がらせに使える。
「すごいな……これだけあれば、ばらまいて使えそうだ」
「役に立ちそうですか?」
「大助かりですよ。ありがとうございます」
思わぬ収穫だった。
柵を作り切れないような場所や、モンスターが通りそうな場所にばらまいておくだけでかなりダメージを狙える。
「後は、村の人の為に戦闘で使える農具なんかを開発したんですけど……これはあくまで、非常用のモノなので」
「ええ、村の人たちに戦わせる気はありません」
戦うのは僕一人でいい。
モンスターの数がどれくらいいるのか解らないけれど、そこだけは人任せにするつもりはなかった。
自衛すらままならない村の人たちに、武器を持たせることはあまりしたくない。
「武器は……持ってるだけで、戦える気がしちゃいますからね」
「そうですねえ。私としても、できれば村の人には戦わせたくないです。最悪の場合は、私もハンマーくらいは振れますけど……力はあっても、センスの方が全然ないようでして」
ミライドさんは村の女性としては筋力があるようで、金属製の武器や道具を積み込んだ荷車を一人で運んだりできるようだけれど。
それでも、戦う事に関しては全くの素人らしく、戦力としてあてにしてはいけないらしい。
この辺りはまあ、解ってはいたけれどもったいないなあとは思う。
「力があるなら、クロスボウでもあれば違うんだろうけど……」
「弩は、アレで結構技術が必要なもので……師匠なら作れたかもしれないんですけど……」
すみません、と、謝られてちょっと申し訳なく感じてしまう。
ミライドさんなりにできることをやってもらってるのだから文句なんてないんだけど、本人的には力量不足を悔いているのかもしれない。
「気にしないでくださいミライドさん。僕はこれでも十分助かってるんです」
新たに更新できた装備。
急所を守るように軽鉄で補強されたジャケットアーマーと、念願の鋼製のショートソード、それと多少値が張るけど、鋼のダガーも五本用意してもらった。
念のために靴もゴムを補強してもらって、足回りも万全。
「エリクさんは、盾は使わないんですね」
「ええ。走り回るのに邪魔になるので」
僕の強みは、足回りを活かした強襲とヒット&アウェイ。
それと目の良さ勘の良さだろうか。
敵と正面から打ち合って殴り合うのは本懐ではなく、できれば避けなければならない状況のはずで、盾は想定にない。
これは、戦争中の、自分の戦闘シーンを思い出したから確証を持てた事なんだけど、やはり僕は速度重視の軽装の方が向いているらしい。
「それでは、確かにご注文の品は届けました。エリクさん、どうか頑張って」
「ありがとうございます。また、何か頼むことがありますけど、その時にはお願いしますね」
「はい! ご武運を!!」
ぐ、と拳を握って見せ、爽やかな笑顔で武運を祈ってくれるミライドさんに会釈し。
僕はまた、柵作りに集中する。
全体の半分ほどが終わった。
やはり、馬車や荷車を起点として、これをつなげる形に板を打ち付けていく方式は楽でいい。
「――いいか名無しちゃん。防衛戦ってのは、いかに相手に弱点を突かせないか、敵の動きをコントロールするかが重要なんだ、これ、俺の経験則ね」
どこの戦場だったか。
僕ではない、本当のエリクが、偉そうに説明していた。
僕はと言えば、聞き流している風を装って、一応は話を聞いていたけれど。
エリクは、構わず説明を続けるのだ。
「俺たちってのはさ、隊長はともかく、大半の奴らはあんま強くねえからよ。敵に一斉に襲い掛かられたら、すぐに全滅しちまう。今まで死んでた他の隊の奴らって、そこら辺がなってないから死んでたらしいのよ。だから、俺たちは考える必要があった」
それがこのバリケードさ、と、荷車やらがれきやらを再利用した簡易的な障害物を指さす。
「こんなもんでも、敵は通りにくさを感じたら避けようとする。中には無理やりにでもかいくぐってくる奴もいるかもしれないけど、少なくともその間は時間が稼げる。敵は、無防備な様を晒しながら登るか壊す羽目になる訳だ」
「見た目は、すぐに壊せちゃいそうだけど」
力のある兵士なら、ハンマーの一撃で粉砕できそうに見える。
けれど、エリクは「ちっちっちっ」と指を振るのだ。
その「わかってねえなあ」とでも言いたそうな表情が妙にむかっとする。
「いいかい名無しちゃん? 俺達は殺し合いをしてるんだぜ? それも剣やナイフでぶっ刺しあうだけじゃなく、クロスボウや弓矢持ちだっているんだ。でっけえハンマー担いで突っ込んでくる奴なんて見たら、真っ先に狙いたくなるだろ?」
「……そうだね」
確かに、そんなに目立つ奴は真っ先に狙い撃ちにする。
僕だってそうする。だって、狙いやすそうだし。
「だから意外と、こういうものは避けようとする奴が多い。するとだ、バリケードは無視して、乗り越えるのに手間取りそうな柵もできるだけ避けたい、という心理が働く」
「難しい話は嫌いだ」
そう、昔の僕は、こういう人から聞かされる話を「面倒くさいな」と思いながら聞き流していたのだ。
だけど、それは皆、僕にわざわざ教えてくれていた、その人たちの知識。
大切な、知恵だったのだ。今思い出して解る。
それは、生き抜くうえでとても重要なもの。
「ははは! 坊やにまだ早かったか? でもな、障害物や設置物を置いてる意味を分からないと、有効に活用できないだろ? これらは全て、自分たちに都合のいい迎撃ポイントに、敵を誘導するためのモノなのさ。それだけは覚えといてくれよ」
「知らないよ。そんなことよりお腹が空いた」
「っかー、しょうがねえなあ。わかったわかった、敵もまだ来ないし、今のうちに飯に――」
『敵襲ぅぅぅぅぅっ!! 各自、持ち場を固めろぉっ!!!』
ほどなく、監視役からの大きな声が陣地に響く。
エリクは顔を手で覆いながら「たはー」と、情けない声をあげていた。
「言ってた傍から! 仕方ねえなあ、やるぞ、名無しちゃん!!」
戦いは始まる。
けれど敵は確かに、彼の言うようにバリケードを避け、柵に沿って走り。
そして、攻撃を集中させやすい、迎撃ポイントに突っ込んできたのだ。
「――そうさ、きっと上手くいく」
あの時迎撃したのは人間だったけれど、モンスター相手でも、基本奴らが生物だというなら、多少なりとも知恵が働くはずで。
だから、これも上手くいくと思えた。
トンカンとカナヅチを打ち付けながら、不安な自分を押し殺すように思い込んでゆく。
そう、僕には経験があるのだ。
防衛戦をやったという、大切な経験が。
(役に立つなんて、思わなかったな……)
もう一人のエリクにも感謝しないといけない。
だけど、感謝しようと思うと妙にあのイラつく顔が浮かんで、素直にできない自分がいて、それがおかしく感じてしまった。
そう、こんな状況だというのに、おかしかったのだ。
それで、緊張がほぐれた。
いける。きっといけるはずだ。
そう思いながら、僕は作業に専念した。




