#8.モンスター襲撃、前兆
家族ができると、それだけで認識が随分と改められるものである。
例えば、これまでは村の発展のために、よりよい暮らしの為にと効率優先でモンスターがいる場所などに出入りしていたけれど、よくよく考えればこれはすごく怖いことなのではないか、と思えるようになったのだ。
「今の僕は、一人じゃないからな……」
例えばこの村は、家の数こそ多く、住民も他の村よりも沢山いるように思える。
けれど、例えば「賊に対しての防御面で見たらどうだろうか」と考えると、びっくりするくらい、この村は守りが甘く見えたのだ。
これは、戦争の時の記憶を少しずつでも思い出していたからなのだけれど、やはり敵地に攻め込む際に、守りが甘い場所を探すのが斥候の役目だったのもあって、この村の『弱点』がはっきりと見えてきたのが大きい。
まず、村を囲う柵が少なすぎる。
範囲的に見ても、入り口近辺と大き目の家や畑の周りに申し訳程度に柵が設置されているだけで、村自体の防衛は最初から主眼に置かれていなかったのではないかと思えるのだ。
防御面で考えると、柵の重要性は結構大きく、賊やモンスターの動きをある程度制御できたり、防御側が安全な距離から攻撃したり、あるいは逃げるルート策定に使えたりと、かなり広範に役立つ防御装置と言える。
「これからは、少しずつでも村の防衛とか、考えた方がいいかな……」
子供の世話という役目が加わり、今の僕はかなり多忙ではあるけれど。
だからとそれに甘えてはいられないのだと自分に言い聞かせ、早速今日から柵を作ることにしたのだ。
「エリクさん、精が出ますねえ」
まずは入り口から繋がってる部分を、と、雑貨屋で手に入れた木材を手に大工の真似事なんかをしていた所、アーシーさんが通りかかり、声を掛けられる。
「こんにちは。お出かけですか?」
「いいえ。ロゼッタから、エリクさんがこの辺りにいると聞いて来たのですよ」
たまたま通りかかるにしては奇妙な場所だとは思ったけれど、元々用事があっての事だったようで、納得する。
それならば、と、作業を止め改めてアーシーさんに向き直った。
「何か用事ですか?」
「ええ……先ほど、行商の方達に聞いて分かったことなんですが……」
「……?」
朗らかに話しかけてきたように思えたけど、話の内容そのものはあまり明るいものではないらしい。
表情はぴしりと硬くなったし、急にトーンが落ちて、少し迷っているようにも見えた。
けれど、じっと見つめていると「あらいやだわ」と、テレテレと頬に手を当てながら微笑み、また真面目な表情に戻る。
「黙っていても仕方ないわね。エリクさん、実は昨日、直近の『リゾッテ』の村が、モンスターの襲撃を受けて甚大な被害を被ったらしいのです」
「リゾッテが……?」
ピンポイント過ぎる話題だった。
というより、それを知っていたから、僕が備えていたのを見て安堵してくれていたのかもしれない。
「この辺りは、モンスターが活動するにも、例えば夜中であるだとか、森や洞窟の中だとか、かなり出現する場所が限られていたはずなんですが……日中、それもお昼ごろに襲撃されたとかで」
「それじゃ、リゾッテは……?」
「戦えない方ばかりだったのに加え、最近では若い人も村を離れてしまうことが多かったようで……大半の方が亡くなったようです」
これが遠く離れた村なら「大変ですね」と、胸を痛めながらでも他人事と思えたかもしれない。
実際に被害が甚大だったとしても、助けられる距離でなければアーシーさんも「エリクさんもどうか気を付けてくださいね」程度で済ませたかもしれない。
だけど、リゾッテ村はこの村から見ても結構距離が近い。
南へ一日も歩けばたどり着けてしまう場所だ。
これは、まずい。
「リゾッテには救援は?」
「事態に気づいた行商の方がその場で助けられる人だけ応急手当をしてくれたようで、今、仲間の人の馬車でそういった方だけ輸送しているそうです……村は、もう人の住めるような状況ではないらしいので」
「村を捨てることになったのか……じゃあ、その人たちもここに?」
「そう掛からず到着することになると思います。この近辺で、負傷した人を癒したり、受け入れてあげられる村はここくらいしかないですから……」
豊富な食料と、傷や病を癒せるシスターの存在。
確かにこの村は、そういう人たちを受け入れるのに最適だろう。
「実は、その話を聞いてから、余裕のありそうな家の人に受け入れの準備をお願いしていたんです。エリクさんには――」
「モンスターの対策、ですね?」
「はい。この村も、貴方を除いては戦える方はほとんどいません――オーランドの兵隊さんを呼ぶにも、いつ魔物が来るか解らない今の状態で山に向かうのは――」
賊の対策としては悠長過ぎるとは思ったけれど、それでも交渉の余地のある同じ人間ならまだしも、モンスター相手では時間稼ぎすらままならない。
対話ができないのだから、すぐにでも襲い掛かってくるかもしれないのだ。
「早速、周りの警戒をしてみます。村からはもう、あまり離れない方がよさそうだな……」
「そうしてくださると助かります。周囲の警戒をして、もし少しでも兆候が見られたら――」
「任せてください。斥候は得意分野なので」
実際にどこまでやれるかはわからないが、モンスター相手なら戦えるのだ。
なら、できる限りの準備をして、迎え撃てばいい。
できる、きっと僕ならできる。
「……いや」
「……?」
自信はあった。けれど、確証なんてどこにもなかった。
そんなに楽観していいのか?
もしどこかでほころびがあったなら、その時には――
「すみませんアーシーさん。村の人にも、できれば手伝ってほしいんですけど」
できる限りの事はしないといけない。
なら、今やるべき事のいくらかは、僕だけでなく、村の人たちにも共通の事もあるはずだ。
必要なものは頭に入っている。
後はアーシーさんがそれを承諾してくれれば――
そう思い、緊張ぎみに見つめていると、「ふふっ」と、朗らかに微笑んでくれた。
緊張を解いてくれる、優しい笑みだ。
「大丈夫ですよエリクさん。私達だって、できる限りの事はやるつもりです。あなた一人で、無理をしなくてもいいんですから」
戦うのは難しいですが、と、断りを入れながら。
それでも、協力してくれる人が居るのは、それだけでありがたかった。
「まずは、この馬車や木箱を使ってバリケードにできればいいんだけど」
「最低限の数は残して、襲撃されやすいポイントに横並びにさせておけばいいんだな?」
「そうです。お願いできますか?」
「任せとけ。俺達だって、この村に何かあったら商売どころじゃねえからなあ。馬車くらいで済むなら、必要な出費って事にしといてやる」
まず真っ先にお願いしたのは、広場にいる行商の人たちに、馬車や荷車、木箱を使って村の弱い部分の補強をお願いすることだった。
これらを使う事で、モンスターの侵入経路をある程度制御するとともに、被害を受けやすい孤立した家なんかを守ることもできるかもしれないと考えたのだ。
幸いこれはガンドさんをはじめ、よく村に顔を出していた行商の人たちが協力的だったのもあって上手くいきそうだった。
「でもよ、明らかに数が足りねえぞ? すかすかになっちまっちゃ意味がねえんだろう?」
「素人は黙ってなよガンド。エリクには何か考えがあるんだろう?」
「たっ、お前だって素人だろうに……まあいい、お前ぇにも腹案があるなら、聞かせてもらおうじゃねえか」
ベルタさんともども、他の行商の人達の視線も僕に向く。当然、シスカも。
だけど、傾聴してもらって悪いけど、僕にはそんな大した案はない。
「今から柵を作っていくんですよ。ものすごく頑張って」
「……はへ?」
「ものすごくって……あんた、正気かい?」
呆れたように笑われてしまうが。
でも、それでも怒ったりはしない辺り、任せてくれる気はあるのだろう。
「あ、あのっ、でも、お兄さんならできると思いますっ」
幸い、そんな中でも笑わないでいてくれた人はいたのだ。
シスカだった。いつも小さな声なのに、思い切り大きな声で。
「そんなの言われなくても解ってるよ!」
「なんだよシスカ。お前ぇこの坊主に気でもあるのか?」
「ひぇっ、そ、そんな……わ、私なんかが――」
だけど、その勇気はすぐに行商の人たちとベルタさんの笑い声、それとからかい文句でかき消されてしまった。
――ありがたかった。皆、信じてくれていたのだ。
「なんたってこの坊主には散々稼がせてもらってたからな!」
「そ、そうです……ガンドさん、からかわないでください……お兄さんは、ずっと頑張ってたんですから……」
「エリクの頑張りは皆知ってるさ。だけど、大変なことには変わりないよ? 大丈夫かい?」
呆れて、というのは、バカにしてではなくて、僕が無理をしているんじゃと、心配したうえでのものだったらしい。
恥ずかしい。僕はまだ、人の心というのが解っていなかったのだ。
でも、笑われても仕方ないくらいには思っていた。
まだ、僕は斜に構えてしまう悪い癖があるようだ。
「んじゃ、言われた通りに配置するからな! 皆、頼んだぞ!」
「は、はいっ」
「任せてくださいな」
「ふぇふぇふぇ、解っておるよ」
感謝しかない。
とにかく感謝しながら、早速自分の馬車へと向かってくれる行商の人たちに頭を下げ……そして、シスカを呼び止めた。
「シスカとステラのお店でありったけの材料を買った……後は……ただいまっ」
必要な材料を積んだ荷車を運びながら、家へと帰る。
「エリク、おかえりなさい。皆、もう呼んであるわよ」
「おかえりなさいエリク君」
出迎えてくれたのは、ロゼッタとミース。
それと、奥からぞろぞろと村の女性陣が顔を出す。
「ありがとう、早速だけど、皆にはカレーを作ってほしいんだ」
「カレー……? 皆を集めて何をさせるつものなのかと思ったら、料理なの?」
「まあ、面子を見たらそんな気はしましたが……」
「まあまあ、エリクさんはほんとにカレーが好きなんですねえ」
受け取り方も人それぞれ。
若い人だけでなく年配の方も含めて、料理上手な人ばかりを呼んでもらったのだ。
この面子にミースがいたのは中々ポイントが高い。
「皆、実は今まで内緒にしていたんだけど……カレーは、実はモンスターにとってはすごい毒になるようで、武器として使えるんだ」
そんな事言っても信じてもらえないかもしれないが、今は他に言うほかない。
少しでもそれっぽく説明できていればなあと思うけれど、言ってる自分からして「何言ってるんだ僕は」と呆れてしまいそうになる。
皆、顔を見合わせていた。
怒られるかもしれないと思った。
ロゼッタを呆れさせてしまうのは悲しいなあと思いながら、それでも皆の反応を待つ。
「それじゃ、エリクがいつもカレーをたくさん持ち歩いてたのって、それが理由?」
「なんかいつもカレー持ってたものねえ。カレー好き過ぎるでしょって思ってたけど」
「そういう理由なら、納得できるわねえ」
「でもすごい発見です、モンスターにカレーが有効だったなんて!」
誰一人疑う事はなかった!
えっ、僕がカレー持ち歩いてるの周知の事実なの?
「ロゼッタいつも言ってたものね。『エリクはカレーが好きでいつも持ち歩いてるの』って。エリク君が遠出した日は毎日のように聞かされてたからもう覚えちゃったわ」
「わっ、わっ、ミース! そういうのは言わなくてもいいの……」
からかうように笑うミースに、頬に手を当てながらテレテレするロゼッタ。
ちょっと懐かしいやり取りが見られた気がした。
そうか、ロゼッタ……相変わらずお喋りが好きなようだ。
ナイスお喋り。
「体感だけど、美味しいカレーほど効果が大きいようなんだ。だから、ありったけの材料を買ってきたので、ありったけの美味しいカレーを作ってほしい」
「解ったわ。それじゃ、皆で協力して作りましょ」
「なんだか大変なことになったわねえ……でも、ステラやアーシーさんがいなくてよかったわ」
そういえばステラだけでなく、アーシーさんも姿が見えない。
というか、アーシーさんはアーシーさんでやることが多いからいないものだと思ったけれど、これは案外、ロゼッタから除外された結果なんだろうか?
「アーシーさんは……まあ、ねえ」
「ちょっとあの娘は豪快過ぎるからねえ。野菜を皮むきせずにぶつ切りにしたりするし」
アーシーさんの意外な一面……というか、知りたくない一面だった。
「じゃあ皆! いつモンスターが来るかもわからないし、急いで作ってしまいましょ!」
「「「ええっ」」」
ロゼッタの音頭で、その場にいた女性陣が皆、はりきってくれる。
よかった、ここは任せてもよさそうだ。
「それじゃ、僕は他にやることがあるから、ここは頼んだよ」
「ええ、頑張ってねエリク。ジュニアは、安全のためにシスターのところにお願いしてあるから……」
「うん。教会にも用があるから、これから向かうつもり」
大量のカレー在庫の確保は、勿論モンスター相手に重要だけれど。
それと同じかそれ以上に重要な用事が、教会にはあるのだ。
後をロゼッタに任せ、僕は早速、教会へと走った。




