#4.結婚する! した !!
「――では新郎エリク、新婦ロゼッタ。互いが互いに愛し合う事、これを豊穣の女神メリヴィエールに誓えますか?」
色々あったけれど、今日この日。
僕とロゼッタは、清浄化された教会の中、キラキラとした世界を生きていた。
「誓います」
「誓えます」
宣誓の言葉を女神像に、そしてシスターに向け告げ。
「では、誓いのキスを」
「……エリク」
「大丈夫だよ、ロゼッタ」
僕らは、結婚した。
教会中に響く「おめでとう」が伝染し、村中が賑わいに満ちる。
祝いに駆けつけてくれた村の人達には感謝しても足りないほど。
ミースとステラとステラのお母さんが縫ったのだという花嫁衣裳は、メリウィン向けの布地の残りを使ったもので、秋を思わせる色合いが中心だったけれど。
でも、僕も出来合いの服を丈合わせしてもらっただけのものだったので、お互いにへんてこなカップルになっていた。
でも、二人して笑いあう。
「よろしくね、エリク」
「ああ、これからもよろしく、ロゼッタ」
当たり前のように二人でいる僕らが、当たり前のように二人でいられるようになったのだ。
ずっとずっと。いつまでも。
「いやあ、おめでたいわねえ! おめでとう二人とも!!」
そうして、とても声の大きな、ハイテンションなターニット頭……ターニット頭!?な女性?が現れる。
「え、えーっと……声からして、クレアモラさん、ですか? その頭は……」
「ええそうよ! クレアモラさんよ!! お久しぶりね二人とも!!」
テンションの高さ、声の大きさ。
これだけでもう解ってしまうのだが、そんな事どうでもよくなるくらいに、白い被り物がシュール過ぎた。
家の外ではまだ皆かかぼちゃ頭になるとはいえ、そんな中に一人だけターニット頭はどうなのだろうか?
アリなのか? 案外他の植物でも大丈夫なのか?
「えーっと、クレアモラさん? メリウィン期間中とはいえ、別に屋内では被り物は外しても構いませんよ……?」
「気にしないで頂戴シスター! これは私なりのこだわり! ターニット愛をメリヴィエール様にお見せする機会なの!!」
「別に見たくないです……」
参列者に混じって、あまり見ない顔の、地味めな村娘がぽそぽそ呟く。
ちょっと聞き覚えがある声だけど、誰なのかは思い出せない。
多分、どこかで見たことがあるくらいの人なんだろう。村にもそんな人は一人くらいいるはずだ。
「そもそもメリウィンはかぼちゃ頭なのでは……?」
「私もそう思ってたわ。やっぱりそうなのよね?」
「ええ、私とメルさんとでそう決めましたから、それは間違いありませんし……」
「わた……メルさんがかぼちゃ頭を広めたくて言い出したイベントなので、かぼちゃ頭じゃないと意味ないはずです」
代官令嬢殿の登場から、お祝いの雰囲気どころではなくなってきたのか、ところどころでぽそぽそとお喋りが始まってしまう。
ああ、でもやっぱりそうなのか。ターニット頭は変だったのか。変だよなあ。
「ふふふふっ、例え村のみんながなんと言おうと、ここは代官代行の強権で私だけはこれでおっけーって事にするわ! 村のみんなは好きにして頂戴!!」
そういえばこの人権力者だったんだと、今更のように思い出す。
最近は税を払うのも特に苦も無く、むしろ最大評価を得るためのチャレンジか何かのように思えたので楽しみ始めていたのだが、よくよく考えればこの人はこの村の税率を決められる立場にいる人なのだ。
当然、村長代理のアーシーさんと言えど無視はできない。
「まあ、クレアモラさんがそう言うなら別にいいけれど……」
「私はよくないです」
さっきから地味な村娘が地味に主張してくる。
誰にも相手されてないけど、僕だけは応援しようと思った。
「さあ、気を取り直して、お祝いの続きをしましょう!!」
ぱんぱん、と、手を鳴らしながら村人たちを誘導してゆくクレアモラさん。
自分でカオスにしておいて大したものである。
「私からも、この新郎新婦にはお祝いの品を用意したのよ! 既に家に運び込んであるから、上手く使って頂戴!」
「はあ……」
「ありがとうございます、クレアモラさん」
どんなお祝いの品なのかも解らないけれど、勝手に家に運び込まれててびっくりだけれど、領主代行殿から直々なのだから、きっと素晴らしいものに違いない。
素直にうれしいと思う。村のみんなの前で言われるとちょっと恥ずかしいけれど。
幸いというか、村の人たちも「おお」と盛り上がってくれた。
一応は、クレアモラさんの申し出も成功ということだろう。
「貴方たちはこの村での希望よ! 絶対に幸せになってね!!」
希望。
そう言われるとむずがゆいが。
でも、実際そうなのだろう。
若い男が他にいないこの状況下。
僕たちは、そんな世界で夫婦になれたのだから。
「ありがとうございます、クレアモラさん」
感激し、涙を流して喜ぶロゼッタは、美しかった。
そう、化粧をしていると、本当に美人さんなのだ。
こんな娘が僕のお嫁さんなのだ。嬉しい。誇らしい。自慢の花嫁だった。
「じゃあ、私は忙しいからこれで帰るわ。村の皆、今夜はちゃんと二人を家に帰してあげるのよ~? 調子に乗って酔い潰しちゃだめだからね?」
それじゃあ、と、手をあげながら教会を出ていく。
まるで嵐のような人だった。
「もう行っちゃったわ」
「相変わらず突然着て突然帰るわねえ。騒がしい人」
近くから聞こえてくるのはステラとミースの会話か。
なんだかんだ、この二人も祝いの場では喧嘩をしようという気はないらしい。
というより、クレアモラさんの登場でみんなの心が一つになったのかもしれない。
流石領主代行殿、統率はお手の物という事か。
(そんな訳ないなあ)
苦笑いしながら、去っていった入り口の扉を見やり。
「それじゃ、続きをしよう」
「あ、うん、そうね!」
落ち着いたロゼッタの肩をさすりながら、皆の方を向き直る。
「それじゃあ皆」
「これからはお祝いの宴よ! 沢山の料理、沢山のお酒、一杯楽しんでいってね!!」
予め頼んでいた料理や酒が、そろそろ並び終わる頃だった。
宣誓が終われば、あとは披露宴。
教会に入りきらない人たちも、教会の外で見守ってくれて、そして祝ってくれていたのだ。
だから、皆で騒ぎたい。
「ミース、調子に乗って太らないようにねー☆」
「そういうあんたこそ、栄養が胸にも行くといいわね?」
僕たちの音頭と共に、教会の外にそろそろと移動をはじめる参列者たち。
ミースとステラがいつもの調子で皮肉を言い合っているかと思えば
「うふふふ、楽しみですわ。沢山のお料理……♪」
「シスター……今日はお祝いの場だから、あんまり食べ過ぎないように、ね?」
普段はあまり一緒にいるところを見ないアーシーさんとシスターとが、気になる会話をしながら向かっていたり。
「なかなかいい式だったね……これは記憶にとどめておかないと」
列の最後の方、隅っこで何やら意味深な事を呟く、あまり見ない眼鏡のおじさんが居たり。
「あっ、ミースのお父さん。着てくれてたんですね」
「やあロゼッタ。いや、今日は気分がよかったから……」
まさかのミースパパだった。
全然似てない!! ミースは母親似だったらしい。
「エリク君、だったか。今更だけど初めまして。プラウドと言います。ミースも、世話になったとかで……」
目元が隠れそうなぎりぎりの長さの黒髪の、少し気の弱そうな眼鏡のおじさんだった。
緊張しているのか後ろ髪をぼりぼりと掻きながら、僕とロゼッタとを交互に見つめる。
「いい衣装だ。マーシュとアリシアを思い出すよ」
「お父さんとお母さんを?」
「ああ、二人が結婚した時も……出来合いの衣装だったからね。なんだか、時代が繰り返しているみたいだ」
またこんな光景を見られるなんてね、と、眼鏡のずれを直しながら苦笑いする。
僕もロゼッタも互いに顔を見合わせ、キョトンとしてしまうが。
「まあ、そんなだから――君たちもきっと、良い夫婦になれると思うよ。おめでとう。お幸せにね……あの娘の分まで」
最後の一言だけが気になるけれど、でも。
純粋にお祝いを言いたかったのだろうな、と思い、言及せず。
ただ「ありがとうございます」と、他の人の時と同様に返礼したのだった。
「いやあ、まさかカレー投げに発展するとは思いもしなかったね」
「突然かぼちゃ頭の怪人が現れて『村人たちよ、カレーを投げ合うのだ!』って言い出したときはどうなるかと思ったわ……ああいうサプライズだったのね」
びっくりしちゃった、と、宴の賑わいを思い出し。
今、僕らは二人で、ベッドに横たわっていた。
いつの間にか用意されていた、大き目のベッド。
これがどうやら、クレアモラさんの言っていた『お祝いの品』らしい。
なるほど、夫婦なら、こういう風に寝るものなのだろう、きっと。
その日あったことを語り合いながら、毎日を思い出にしてゆく。
そうして僕らは、夫婦になっていくんだと、そう思いながら。
「あのね、エリク」
眠り落ちるその少し前。
ロゼッタが改めて僕の顔を見つめ、そうして短く言葉を紡ぐ。
「私……もう、寂しくないわ。貴方が居てくれて。貴方のお嫁さんになれて」
「うん」
「だから……二人で、幸せに、なろうね」
「うん、なろう」
そうなりたかったから。そうしたかったから。
きっと、二人でそうなってゆくのだ。
こうして僕らは夫婦になり。
そして、新たな日々がまた、始まった。
穏やかな秋の中の。
寒い冬の前の、最後の暖かな一日だった。




