#2.カレーは地雷
洞窟攻略のために準備することは二つ。
一つは村で材料を仕入れることで、二つ目は道具を作る事。
仕入れはステラのお店で大半が揃ったけれど、それとは別に、広場にも顔を出しておく。
広場で買えるものには探索に役立つものはあまりないはずだけれど、冒険前のゲン担ぎみたいなもので、何か美味しいものでもロゼッタに作ってもらおうと思ったのだ。
「あ、お兄さん……こんにちは」
丁度販売に来ている日だったようで、入り口前で店を出すシスカがにっこりとした可愛らしい笑顔で出迎えてくれた。
いつもの泣き顔ではない。ある意味で貴重なご機嫌なシスカだった。
「こんにちは。最近はどう?」
「おかげ様で……最近は、おばさん達が機嫌がいいのか、『お祝い価格だから』って普通に買っていってくれまして♪」
それが当たり前なんだけど、そんなことで喜んでしまえるこの子の日常を想い涙腺が緩くなってしまいそう。
「これもお兄さんたちがご婚約なさったからですよね。おめでとうございます。ロゼッタさんとはあんまり会わないから、その分お兄さんにお礼を言わせてください」
「そんな、お礼だなんて……」
ぺこりと、礼儀正しく頭を下げられる。
けれど、年下っぽい子にそんな事をされてしまうと、却って照れてしまうというか、恥ずかしくなってしまうというか。
ぽりぽりと頬を掻きながらに、「いいんだよ、ありがとう」と、自分で始めた話を逸らそうとしてしまうのが僕という奴だった。
「その木箱……」
そして、その話題逸らしに使えそうなものが、シスカの後ろに積まれていた。
他の作物に交じって並ぶ、小さな布袋がいくつも詰まった木箱が一つ。
「あ、はい! これ、カレー粉です!! お兄さんがカレーが大好きだって聞いたので、また南方の商人さんから仕入れて来たんですよ!!」
これ以上ない朗報だった。
ここに来たのも、シスカに話しかけたのも、「もしかして」という期待がない訳ではなかった。
けれど、箱詰めされたカレー粉の山を見れば、テンションだって上がってしまう。
「買うよ! 全部買う!!」
「ありがとうございます!! ちょっとお高いですけど――」
「構わない! カレー粉の為なら僕は借金だってしてみせるよ!!」
「そ、そこまでお好きなんですか!?」
実際に提示された額は遊び金の範囲で収まったので借金まではしなかったけど、かなりの出費になったのは間違いない。
これは、ロゼッタに怒られてしまうかもしれない。
でも、もしかしたらこれは思わぬお役立ちかもしれないのだ。
「後、キャロットとポテトとビターオニオンもよろしくね」
「はい、カレーセットですね♪ ありがとうございます♪」
シスカもウキウキだ。買う方も気分がいい。
カレー粉の入った木箱ごと、他の材料も一緒に入れて家へと帰った。
そして翌日、山の鉱区に向けて出発する。
前準備として用意しておいたキラキラの粉と火炎毒キノコを使って作った『火炎爆弾』を新たな投擲武器として用意し、更に大量のカレーをアイテム袋に詰め込んだ。
「エリクがカレーが好きなのは解ってるけれど、そんなにカレーを食べたかったの……? 一つあれば、一食分としては十分だと思うのだけれど……」
昨夜の内に、ありったけの鍋を使って大量に作ったものを詰め込んでいくところをロゼッタに見られ、そんな疑問を投げかけれるけれど。
「カレーはね、武器にもなるかもしれないから」
かつての巨鳥を仕留めた時のことを思い出し、カレー武器説を広める。
ロゼッタは「そうなの?」と首を傾げていたけれど、僕は気にしない。
戦場では、結果こそが全てなのだ。
どんな武器を使おうと、勝てれば、生き残れればそれでいいのだから。
実際に村を出て北の山に登り、中腹にある鉱区へとたどり着いたころには、もうお昼になってしまっていた。
「あら、遅かったのね」
例によってミースが入り口にいた。
手にはスケッチブック。
ピクニックセットを用意していて、僕が到着した時にはお茶をしていたのだ。
「座ったら?」
「そうさせてもらうよ」
メリウィンの時以来、どうにもミースと会う機会がなくって、中々話せなかったけれど。
こんな場所でお茶に誘われたら、断る気にもなれなかった。
「――ここには、ブルーストーンを探しに来たんでしょ?」
「うん。結婚式に必要だからって」
山といっても、この辺りは登山がしやすく山道が整備されている範囲内のようで、鉱区入り口前からの見晴らしはとても綺麗。
静かな風がふわ、と吹き、僕とミースの髪を煽ってゆく。
さわやかな、だけれど寒さも感じ取れる、厳しさの前兆。
「気をつけなさいね。ここは西の洞窟どころじゃなく、危険だから」
「帰れとは言わないの?」
「言ったら帰るの? 違うでしょ? それくらい解るわ」
流石にそんな事言わないわよ、と、諦めたようにため息。
けれど、どこか吹っ切れたような、さっぱりした面立ちだった。
「ねえエリク君。一枚だけ絵を描かせてくれない?」
「いいよ。でも、そんなに時間はかけられないけど」
「大丈夫よ。ちょっとスケッチするだけだから。すぐ終わるわ」
そのまま座ってて、と、少し離れていき、立ったままスケッチブックを開いてゆく。
すぐにカリカリと描かれ始め――ミースが真剣な表情で僕を見つめてくるのが解った。
「こうやって正面から描いてもらうの、初めてだね」
「そうね」
短い返事しか返ってこない。集中しているのだろうと思った。
けれど。
「もっと……早くからこうしていればよかったわ。そうすれば、私だって――」
ぽつり、呟かれた言葉が意味深で。
それと共に、手の動きがどんどんと速くなっていくのが見えた。
「……そうだね」
もっと早くからこうなれていれば。
もしかしたら、違う道を歩んでいたのかもしれない僕達だから。
なんで僕達は、そうなってしまったんだろう。
いつもの、ツンツンとした女の子と、それをからかう男っていう関係のままでもよかったはずなのに。
ひとしきり描き終わった後、「もういいわ」と、満足げに荷物をまとめて去っていったミース。
もしかして、わざわざそのためだけにここにいたのだろうか。
僕が来ると思って、最初から。
「ミースだもんな」
そんな信頼はあった。
だけれど今は、目の前のことに集中しなくちゃいけない。
鉱区の攻略。これこそが、今日ここに来た理由なんだから。
「――はぁぁぁっ!!」
《ザシュッ》
『むるぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』
巨大な牛頭の化け物『ゴズ』をショートソードで切り捨て、後ろから迫る馬面の化け物『メズ』にはナイフを投げつける。
『グウォァァァァァァァァァァッ!!!!』
目にナイフが突き刺さり、悶絶しながらもメズは手に持った巨大なアックスを振り降ろす。
だが、その場に僕はいない。
「悪いな」
来ると解っていれば逃げるのは当たり前で。
メズの後ろに回っていた僕は、そのままショートソードを背筋に沿って叩きつけた。
『ヴモォォォォォォォォォッ』
びちりびちりと盛り上がった筋肉を切り裂いてゆく感覚と共に、メズの断末魔が響き渡った。
「門番は、こんなものか」
入り口に入ってわずか数分の場所にいたのがこの二体。
筋骨隆々で、一目で危険な化け物だと分かったので、西の洞窟の時よりも気合を入れて挑んだ。
結果、無傷で勝利できたけれど……それにしても、モンスターのグレードが上がりすぎていないだろうか?
(これは、フレアリザードどころの騒ぎじゃないな……)
西の洞窟がいかにレベルが低かったのか分かる。
この二体は、一体だけでも本来フレアリザードの群れに比するくらいの上等な奴だ。
昔、必要があって洞窟を抜けた時に戦った事があったからなんとかなったものの、初見だと痛い目を見ていたかもしれない。
「――ふう、牛や馬の頭してたって身体がこれじゃなあ。もっと美味そうな身体しろっての」
「そういうなよエリク。こいつら、これでステーキ肉落とすから美味しいんだぜ?」
「んなこと言ったって……モンスターが落とす肉とか、何の肉かわかったもんじゃないじゃないっすか。俺やだよ、変な肉食って毒に中ったり、変な呪いに掛かっちまうの。こないだも隊長、それで三日三晩苦しんでたじゃないっすか」
「がはははは! 毒だろうが呪いだろうが乗り越えてしまえば勝ちよ! さあ、今夜は肉食うぞーっ」
「やれやれ、なんだって俺っちはこんな隊長についてきちまったんだか……早くこんな洞窟抜けたいぜ~」
「まだまだこの洞窟は続くよ。軽く先行してみたけど、そこかしこに今みたいなのがうろうろしてたからね」
「うへえ、マジかよぉ、肉まみれじゃねえか」
「しばらく肉には困らないね」
「――そんなこともあったな、エリク」
もう、誰も返すことのない呟き。
けれど、確かにその時には仲間がいて、そして、彼らは生きていたのだ。
「確かにこいつらは、ステーキ肉を落とすよね」
モンスターがアイテムを落とすのは当たり前の事。
これを戦利品として獲得するのが当たり前だった。
そう、当たり前なのだ。当たり前に、なんで僕は記憶を失ったくらいで疑問を抱いたのか。
だが、一つだけ確信を持てた事があるとすれば。
「――僕なら、これくらいは余裕なんだっ」
こんな程度の魔物の潜む洞窟くらい、僕は余裕で先行できたという事。
一気に駆け出す。
ゆっくりと進む必要などない。
神経は研ぎ澄まされていた。
走りながらに感じ取れる洞窟の中の息吹。生命の予兆。
どこに何がいるのか、軽く目に入っただけで把握し、それがどんな行動をとるのかが、僕にはもう解る。
「そこだっ」
右の袋小路に集まっていたモンスターの群れ。
これに向けて火炎爆弾を投げつける。
先頭に立っていたワニ頭のモンスターが魔法を放とうと大口を開けた、その中にぴたりと収まり。
そして、驚きつい反射で口を閉じた瞬間に、その衝撃で爆ぜた。
飛び散る火炎毒キノコの成分が、キラキラの粉に反応して連鎖爆発。
狭い空間ではこれが絶大な振動となり、袋小路にいたモンスターは落盤に巻き込まれ全滅した。
(あそこには何もなかった……次っ)
そのまま歩を進める。
合間にグリーンストーンが見つかるが、それは後回し。
今はまだ、グリーンストーンは必要ないのだから。
一気に駆け抜ければ、モンスターの反応は僕より早くなることはない。
常に先制。常に不意打ちだ。
最早この足は、モンスターにすら察知させない。
「いたなボスっ、喰らえっ!!!」
最奥の広まった場所に居た巨大な骸骨の化け物に向け、袋の中からカレーを取り出し、一気に投げつける。
『シギャァァァァァァァァッ!!!!』
《ズガガガガガガガッ》
手に持った巨大な草刈りガマが僕に振るわれる前に、投げつけたカレーが異常な音を立てながらモンスターにダメージを与えてゆく。
やはりそうだ。カレーは、凶悪な武器だったんだ!
ただ、流石にそれだけでは倒せないのか、骨は身体の大半をカレーに崩されながらも、宙を浮きながらに残りの腕で攻撃をしてきた。
「当たるかっ」
素早く鋭いカマでの薙ぎ払いを器用に飛び退いてかわしきり、その手元に向けダガーを投げつける。
だが、それくらいではなんともないのか、再びカマを振り上げる。
――今度は叩きつけか。
「やらせるかっ」
第二のカレーを取り出し、狙いをつけ投げつける。
『ブシュシュシュシュッ』
しかし、流石に警戒されてか次弾はかわされてしまい、カレーは壁に跳ね返り、その形状を保ったままモンスターの後ろへと落ちた。
「くっ……うりゃぁぁぁぁぁっ」
このまままたカレーを投げてもかわされる気がしたので、一気に距離を詰め、接近戦を挑む。
『グゥゥゥ……ウモォォォォォォッ』
猛攻を前に敵も怯む。
けれど、それで終わりにはならず、器用に柄で弾かれ、そのまま柄での薙ぎ払いを胸元に喰らってしまう。
「ちぃっ――」
敵も長柄だからか、そのまま接近戦を続ける不利には気付いているようで、じりじりと距離を取られてしまう。
こちらにとって不利な、ショートソードのリーチ外。
あまり離れられてしまうと肉薄も難しく、カレーなどを投げつけるにもかわされやすくなってしまう。
どうしたものか、と考えを巡らせようとした、その時だった。
《ズガガガガガガガガッ》
――下がり続け、ボスが落ちていたカレーの真上に移動した直後、カレーがボスに反応しそこから多段ヒット。
これがとどめとなって、ボスはそのまま断末魔もなく崩れ去っていった。
「……よし!」
ボスは宙に浮いてたはずなのになんで落ちていたカレーが? という疑問は、勝利という結果の前にはどうでもいいものとして扱われることが決定した。
勝ったのだ。
そして戦利品は大量に落ちていた。
「この壁――」
今更ながら、一部の壁が青く光っているのを感じ――事前に買っておいたツルハシで、手に取りやすいサイズに崩してゆく。
「これがブルーストーンか……」
カンテラの灯りに照らさずとも、真っ暗闇でも見られそうな青い石。
教会で見たものと比べて濃い色合いだったが、恐らくこれで合っているはず。
「よし……必要数確保したら、他の鉱石も探してみよう」
ここは鉱区。モンスターの討伐も必要だけれど、それ以上に鉱石集めにも使える可能性が高い。
今後の為にも、装備の更新はもっとしておかないといけないし、ここの探索はしっかりやっておこうと、歩ける限り隅々まで歩き探索した。




