#1.新生活始まる
「――それでは、日取りはこれでいいとして……後は、どういった催しを行うか、ですが」
そうなると決まれば、あっという間に話は進んでいく。
メリウィン初日にプロポーズし、見事成功させた僕は、今、ロゼッタと二人で教会を訪れていた。
結婚式の為の段取りを決めるために、シスターから「一度いらしてください」とお呼ばれされたのだ。
婚約してからは毎日のように村人たちから結婚式の日取りについて聞かれたりしたので、僕たちとしてもありがたい申し出。
こうして顔を出し、シスターと三人、必要なことを決めていった。
「そういえば、結婚式って、どんなことをするんでしょうか? シスターは、見たことがありますか?」
「私も幼いころにフラワーガールをしたくらいで、それほどは……ですが、経験者の方の話を聞く限りでは、宣誓式の他に披露宴を行い、ちょっとしたお祭りのように村の皆さんに食事やお酒を振る舞ったりしていたようですね」
シスター自身、直接執り行うのは初めてという事で、素直にそう教えてくれたのでこちらも素直に相談できていた。
やることに関してはシンプルで、要するに教会で宣誓した後は、皆と一緒に飲めや歌えやで賑わって過ごすのが習わしだとか、そんな感じらしい。
これなら今の僕たちでもできそうだった。
「今はメリウィン期間ですから皆さんもやる気に満ちていますし、このテンションを維持したまま結婚式となると、中々賑やかなものになりそうですね」
「なんだか……今から緊張してしまって。エリク、私、ちゃんと花嫁として立てるのかしら……」
テレテレと可愛らしく照れながら、僕のすそをぎゅっと掴んで俯いてしまうロゼッタ。
自信がない、というより、今からみんなに祝われるところを想像してしまい、恥じらっているようだった。
この点に関しては、僕も同じようなもので、やはりちょっと緊張してしまう。
だから素直に「僕もだよ」と小声で囁き、笑いかけてあげるのだ。
そうするとロゼッタは眼をぱちくりさせながら「そうだったのね」と、ちょっとだけ安心したように柔らかな表情になった。
「こほん……よろしいでしょうか?」
話を進めていいですか、と、シスターから聞かれてしまう。
いつの間にか二人だけの世界に浸ってしまっていたのか。
二人して恥ずかしがりながら「ごめんなさい」とシスターに向き直る。
「仲がいいのは結構なことですわ……それで、結婚式の際に必要な『ブルーストーン』がこちらの手元に不足していまして、できれば、それを予め確保していただければ助かるのですが」
「プルーストーン……って、確か、水量の管理に使われているっていう?」
以前ロゼッタから聞いた話の通りなら、確かそんな感じに活用されているものだったはず。
見たことはないが、グリーンストーンが緑に輝く鉱石なら、ブルーストーンはやはり青く輝くのだろうか?
後で鉱石図鑑を読んでもいいのかもしれない。
シスターも頷きながら、修道服のポケットからネックレスを取り出す。
銀色のチェーンがついた、薄い水色の石。
「これがブルーストーン……?」
「そうですわ。ブルーストーンは、ただ水を管理するためだけのものではなく、水を用いた奇跡の活用にも用いるのです。式の際には、聖職者が清めの結界を張り、場を清浄化する必要がありますから……」
神聖な式の場に穢れは許されませんので、と、真面目な表情で言われるものだから、僕もロゼッタも思わず顔に力が入ってしまう。
「解りました。ブルーストーンは、どんなところにあるものなのか解りますか?」
「これに関しては鉱石商人の方もめったに手に入らないものらしいので、仮に売られていてもかなりの高額であると思われます。この辺りでは、山の中の鉱区に産出する場所があると聞きましたが、今は……」
「鉱区はとても危険な場所よ。西の洞窟もだけれど、ああいう場所はモンスターの住処になってしまっているっていう話だし……」
山の方というと、ミライドさんが鉄を集めたりしていたのを思い出す。
「ねえロゼッタ。ミライドさんは、その鉱区で鉄を集めてたんだよね?」
「いいえ。ミライドさんは多分、山肌から露出した鉱脈を探して、そこから掘り出したんだと思うわ。ミライドさんはそこまで戦える人じゃないはずだから……」
鍛冶屋をやっているくらいの人でも、やはりモンスター相手では心もとないのか。
戦える僕からすればなんてことないスライムやフレアリザードでも、村の女性からすればとんでもない化け物扱いなのかもしれない。
そう考えると、モンスターで溢れているというその鉱区とやらは、僕ならば入れる場所なのかもしれない。
「なら、僕が行ってくるよ。危険かもしれないけど、必要なものなら集めないと」
ついでに、鉱物でも手に入れば装備の更新もできるかもしれないし。
やるだけの価値はあると思い、はっきりと伝える。
「え……でも、エリク。もしかしたら、ガンドさんが仕入れてくれるかもしれないのよ? お金だって、余裕はあるし……」
「僕はもう、待ちきれないから」
そう、待ちきれないのだ。
何か、もっと大切な思いがあった気がしたけれど。
だけど、僕はあの日に誓ったのだ。
――僕はこの娘が大好きなんだから、この娘を大切にしよう、と。
だから、少しでも早く結婚したかった。
「~~~~~っ、エリクが、そう言うなら、私は止められないけれど……はぅ」
あんまりにも直球過ぎただろうか?
ロゼッタは顔を真っ赤にして、頬に手を当て恥じらっていた。
シスターも「ほほえましいですわ」と優しく見守ってくれていたけれど、それでは話が進まない。
実際にどこに行けばいいのか、鉱区の具体的な場所をシスターから聞き出し、早速準備に取り掛かることにした。
「いらっしゃいエリク君。何か入用なの?」
まずは雑貨屋のステラの所にお邪魔する。
必要なのは照明光弾の材料となるキラキラの粉。
変異した小麦粉を製粉するとできるらしいのだけれど、僕のところでは小麦は作っていなかったので買うしかなかった。
「キラキラの粉は希少だからお高いよ? 大丈夫?」
「大丈夫だよ。あるだけ欲しいんだ」
「おっけー! 他には?」
「火炎毒キノコを三つ」
「超危険物じゃん」
食べると口から炎が出る危険物。それが火炎毒キノコ。
上手くモンスターに食べさせると口から火を吹き同士討ちを狙えるので、集団戦には役立つアイテムだった。
うっかりまちがってこれに素手で触れて目や鼻に触れると、そこからも火が出て失明したり鼻が焼け落ちたりするので、扱いには注意が必要なのが怖いけれど。
こんなものでも農具や衣服、食料品や日用品に混じって扱っている辺り、ステラのお店はなかなかにカオスな気がする。
「じゃあ、合わせて3500ゴールドです! 払えるかーい?」
「もちろんさ、これで頼むよ」
どん、と、しっかり3500ゴールドカウンターに置き、材料をアイテム袋に放り込んでいく。
最近、どんな扱いをしても袋の中で中身が混ざったり壊れたりすることがないのだと気付いたので、結構雑な扱いである。
「ねえねえエリク君。これって、モンスター用に使うんだよね?」
「そうだよ。アイテムの材料にするんだ」
「そうなんだ……いや、仕入れた私が言うのもなんだけど、何に使うのかなあって思ってて」
ホントに仕入れた人が言うセリフじゃない過ぎる。
「時々、自分でも『こんなの何に使うんだろう?』って思うようなものを仕入れててさー、意味わかんないんだよね。実際買い手なんてエリク君くらいしかいないようなものとか仕入れてて……まあ、エリク君が買ってくれるからむしろプラスなんだけど?」
不思議よねえ、と、首を傾げながら気になることを口にする。
けれど、それに対して明確な答えは、僕には持ち合わせがない。
「変なこともあるんだね」
無難なことしか言えなかった。
今それを追求しても、何にもならないと解っていたから。
疑問を疑問のままにして、僕は前に進むのだ。
疑問を解決しようとしても、きっとまた僕は操られてしまうから。
今は疑問に思いながらも、変なこの世界を生きるしかないのだと、そう思ったから。
だから、本当の気持ちはどこかにしまいこんで、今ある今の自分を生きようと思う。
それが、今の僕の生き方だった。




