#16.チュートリアルという名の強制ルート
「え……なんで……?」
畑には、見慣れない格好の、見慣れた少女がいた。ミースだ。
かぼちゃ頭を脱いで、いつもの場所に座っていた。
手にはスケッチブック。誰もいないのに、ずっと絵を描いていたのだ。
だから、僕が現れて驚いていた。
「ちょっと、居心地が悪くなって」
ロゼッタと二人でいるのが。
そうではないのだ。ロゼッタの事は可愛いと思う。強烈に可愛いと思う。
一緒にいるとドキドキする。一緒にいるだけでドキドキしてしまう。
これはきっと恋で、僕はきっとロゼッタが好きで、僕はきっと、ロゼッタが好きという事にされているのだ。
意味が解らない。でも、でも僕はそうなりそうになっていた。
「ミース。ちょっと話したいんだ」
「……うん」
二人だけで。こうして面と向かって。
かぼちゃ頭なんていらない。
さっきとは違う、きっと手縫いの、ロゼッタのと比べたらみじめなくらい不格好なドレス違うそんなんじゃないミースをバカにするな僕!
「ドレス、着たんだね」
「そうよ。別に誰に見せるでもないけど……毎年用意しようとして挫折して。初めてだったのよ、完成したの。綺麗でしょ?」
「ロゼッタの方が上手だけど」
「でしょうね」
「でもとっても綺麗だと思うよ」
言葉は僕の心を無視する。
言葉だけは、僕の心を無視した。無視できた。まだ、自由にできる。
「……はあ」
深い深いため息。
呆れたような、困ったような、疲れたような。
けれど、最後には嬉しそうな顔も見せ、スケッチブックを閉じる。
「ありがと。それだけで、縫った甲斐があったわ」
「ダンスには出ないの?」
「私が踊るのを見たいの? 言っておくけど私は踊り下手っぴよ? 歌はそれほど悪くはないけれど」
運動が苦手なのよね、と、何も感じていないように、何も考えていないかのようにいつものように振る舞おうとする。
でも、ダンスと聞いてびくりと震えたのは、僕からは丸わかりだった。
「ミースと」
「……」
「ミースと」
言え。言うな。言ってしまえ。言ったら壊れるぞ。言うんだ。それ以上はやめろ!
僕の中の暴れ狂う何かが、僕の言葉を遮ろうとするけれど。
でも、僕は言ってやるのだ。そう、言えるのだ、きっと。
「ロゼッタと踊りたいから、協力してほしいんだ」
(……!?)
言葉すら、僕には何も。
「……っ、そうなの。解ってたわよ。解ってた。そうでしょうね。エリク君、前からロゼッタの事大事にしてたし……解ってたわ」
なんでもない風に振る舞われる。
愛想笑いながらに、スケッチブックがひらひらと揺れる。
けれど、ぱさりと落ちてしまう。
手に力が入らないのだろう。
顔を見ていれば解る。
「落ちたよ」
そんな言葉をかけたいわけじゃないのに。
スケッチブックに描かれていたのは、僕と一緒に踊るミースの絵だったのに。
それが見えていたはずなのに。
――ロゼッタよりもミースの方が可愛いし好きロゼッタの方が可愛いロゼッタの方が可愛いロゼッタの方が好きだロゼッタ愛してる!!!!!!!!
塗り替えられていく。
思考の自由が奪われてゆく。
好きなものを好きと思えないのか?
好きだと思ったものに好きだと言う事も出来ないのか?
そう思えば、僕は今まで、本当に自分の意志で動いていたのだろうか?
「ありがとう……その時になったら、背中位押してあげるわ。頑張ってね」
目の前で泣いているこの女の子に、泣かなくてもいいんだよって、僕は君の事がずっと気になってロゼッタ大好きロゼッタ愛してるロゼッタだけが僕の全てだだからやめろもう僕を無茶苦茶にするな!!!!!!!!
――何も考えたくなかった。
思考が飲み込まれていくのが解った。遅かったのだ。全て手遅れだったのだ。
なんでこんなになるのか解らなかった。
だけれど、僕には解る事がある。
ああ、そうだ。
僕は、ロゼッタが好きだったんだ。
焚火が熾され、賑わいが絶頂となる。
かぼちゃ投げは僕がシスカを制して優勝したし、ミスかぼちゃ娘コンテストはステラを制して女装した僕が圧勝したし、ダンスも、歌も、僕が勝った。
この日の全ては僕の為にある。
そう、僕の為に。僕がいるから。僕が中心だった。
本来一緒に遊ぶはずの参加者に過ぎない僕は、いつの間にか誰よりも重要なゲストとなっていて。
そして、皆の視線が、僕に向いていた。
少し前に村に来たばかりの僕が、この村で誰よりも、注目されていた、その理由は。
「――エリク」
おあつらえ向きにロゼッタがそこにいた。
焚火の前、かつては恋人たちが語らいあったという、焚火の前。
僕は、とても自然にロゼッタの前に立っていた。
そう、ミースに背中を押されたからそこに僕はいたのだ。
そういう設定だった。
「ロゼッタ……僕はね。ずっと、君に感謝していたんだ」
僕が生きているのは、ロゼッタに助けられたから。
僕がこの村に居られるのは、ロゼッタに拾われ、ロゼッタに色々なことを教えてもらえたから。
僕が今ここにいるのは、皆ロゼッタのおかげだ。
だから、この気持ちは、この感謝の気持ちだけは、間違いなく本物で、本物のはずで、誰に言わされてる訳でもなくて、誰かに操られている訳でもなくて、本当に、本当に心からずっと思っていたことのはずなんだ。
「感謝だなんて……そんな……」
炎を前に、赤く照らされるロゼッタは、とても可愛らしい。
これは偽りのない僕の感情。僕の本心だ。
だけど、だけど僕は、この可愛いよりも可愛い、この綺麗より綺麗を知っている。
この場にいて、僕の後ろに立っていて、僕とロゼッタを呆然と眺めている、瞳に涙をたたえている、あの娘だ。あの娘なんだ。
いつもツンツンしてて、お節介で、口調が強くて、ちょっとからかうとすぐ怒りだして、いつも勝手に僕の事を描いてて、いつも僕を見ていて。
僕が家から出ると大体最初に会うのはその娘で、いつも家から出るのを待ってて、いつも僕が家から出たタイミングでそれとなくたまたま会ったように振る舞って、いつも助けてくれて、いつも教えてくれて、いつも気にしてくれて、いつも僕の事を、いつも僕の事ばかり――!!
「ロゼッタ、お願いがあるんだ」
お願いだロゼッタ。
お願いだロゼッタ。
お願いだロゼッタ。
「僕と、ダンスを踊ってくれないかい?」
――断ってくれ!!!!!!!!!
「エリク……」
ロゼッタは泣いていた。
けれど、ミースの流している涙とは意味が全く違う。
嬉しさに、感動に、心を揺さぶられて流す涙だ。
それはとても美しくて、ヘーゼルカラーの瞳がより一層輝いて見えて、感動的で。
そして、僕が一番好きな娘の涙だった。
「うれしい……私、私、エリクの気持ちは、きっと別の娘に……ううん、嬉しいわ。喜んで♪」
もしかしたら、態度に出ていたのかもしれない。
いつの間にか、意識が変わっていたのかもしれない。
ロゼッタと一緒に居たいと思った僕は、本当に僕の気持ちだったのか。
僕はずっと前から、ロゼッタを不安にさせるような態度をしていたのではないか。
ずっと。ずっと。ずっと。
だから、ロゼッタは不安そうな顔をしたのではないか。
だから、ロゼッタは何か諦めたような顔をしていたのではないか。
だけれど、この笑顔を見れば。この嬉し泣きを見れば。
何より幸せそうな顔を見れば、そんな疑念など吹き飛んでしまう。
ああそうだ、僕はロゼッタが好きだったんだ。
僕はロゼッタを幸せにしたい。ずっと一緒に居たい。
大切なお嫁さんで、僕だけのロゼッタで、僕にとっての宝で、僕にとっての最高の伴侶にしたいんだ!!!!!!!
「その……踊りは、ヘタっぴだけど……でも私、頑張るから」
「うん。ゆっくりと踊ろう」
手を取り、焚火の前に並び立ち。
いつしかハープの音が鳴り響く。
見れば、広場の片隅、ベルタさんが木箱を背に、ハープを弾いていた。
とても綺麗な音色の。そして落ち着くリズムで。
やがて村の人たちが合わせて拍手を始める。
歌が聞こえてくる。盛り上がる。盛り上げてくれているのだ。踊らない訳にはいかないだろう。
ロゼッタと頷きあい、ぎこちない、けれど幸せなダンスが始まる。
見ればステラもアーシーさんもシスターも、行商達も僕達を祝福してくれているじゃあないか。
花びらが舞う。
かぼちゃの頭が空を飛び、やがて爆発し、花火となった。
なんて都合のいい舞台装置。
まるでそうなることを期待していたかのように祭りは盛り上がり、祭りというものが、祭りになった。
「ははははっ」
「ふふっ、楽しいっ、こんなに楽しいお祭り、初めてだわ♪」
「僕もだよっ、祭りって、こんな楽しかったんだねっ」
笑うしかなかった。
本当に楽しかったのだ。
本当に幸せだったんだ。
僕自身が何の疑いもなくそう思えるくらいにその祭りは面白くて。
だからこそ、本心からそう思った。
――この世界、狂ってるな、と。
こうして僕は、ロゼッタと婚約した。




