#15.恋をしよう!(させよう!)
一度家に帰った僕は、ロゼッタと昼食を取りながら、メリウィンで催される企画を確認していた。
「夕方ごろから焚火が焚かれて、そこから本格的なお祭りになるんだけど、まず最初にかぼちゃの頭を使った『かぼちゃ投げ合戦』をするのよ」
「かぼちゃの頭を……これって、投げる物だったんだ」
「そうなの。出来がいいかぼちゃだとちょっともったいない気もするけれど、それでそれまでの嫌なこととか不安なことを全部吹き飛ばしちゃいましょう! というイベントなのよ」
つまり、今村人たちが被っているかぼちゃ頭は、このかぼちゃ投げ合戦とやらの武器なのだ。
しかし合戦という事は、皆が一斉に投げ始めるのだろうか。
意味があってのものとはいえ、これが当たったら結構痛い気もするけれど。
「怪我人とかは出ないの?」
「うーん……前にミースがそれで腕を骨折したことがあるけれど、翌日には回復してたから大丈夫なんじゃないかしら?」
メリウィンの夜は特別なのよきっと、と、とても物騒なことをのたまうロゼッタ。
聞くに恐ろしげなイベントなのだけれど、この村では普通なのだろうか?
ロゼッタはニコニコ笑顔で語る辺り、きっと普通なのだろう。狂ってる。
「合戦の勝利者には、アーシーさんからご褒美がもらえるのよ。去年はシスカが優勝していたわ」
「行商も参加できるんだ……ていうかシスカが? すごいなあ」
見た感じ力もなさそうだし、いつもおどおどしているけれど、そんな時ばかりは全力なんだろうか。
「いつもは大人しいけれど、ああいう時はほんとすごいのよね。きっとそれだけ……ううん、なんでもないわ」
これ以上は言わないの、と、唇に指を当てながら話を終わらせてしまう。
僕もそれ以上は聞かない方がいいと思ったので、追及はしない。
「かぼちゃ投げが終わったら、今度はミスかぼちゃ娘コンテストをするのよ」
「何を競うの?」
「いかに秋っぽい格好か、かぼちゃっぽい格好か、かしら? 去年はミースとステラの壮絶な一騎打ちの末に」
「一騎打ちに末に?」
「シスカが優勝したわ」
「なんでシスカが!?」
不意打ち過ぎた。
というか壮絶な一騎打ちは何の意味があったのか。
ミースとステラの立場ももうちょっと考えてあげてほしい。
「たまたまかぼちゃ投げ合戦でかぼちゃまみれになっていたから……着ていた服がかぼちゃ色に染まってて、アーシーさんが『これぞかぼちゃ娘ね!』って」
「うわあ」
「シスカは別に参加した訳でもなかったのに突然かぼちゃ投げ合戦との二冠に輝いて混乱していたのを思い出すわ……」
それはそうだろう。
かぼちゃ投げはともかく、ミスかぼちゃ娘コンテストなんて訳の分からない、しかも参加してもいないコンテストで優勝とか意味不明過ぎる。
その時のシスカの表情が目に浮かんで同情してしまった。
「可哀想に」
「でもね、いままでで一番輝いてたシスカだったように思えたの」
それはそうなんだろうけど、本人的に不本意だったのではないだろうか。
できれば商人として輝きたいのではないだろうか。
いずれにしてもシスカにとってはこのイベントも受難の日々の一つに過ぎなかったという事だ。
今年はそうならないで済むように……僕も頑張ろうと思う。
「コンテストも終わるといよいよ大詰めで、村一番の歌唱自慢を選んだり、踊りの美しさを競ったりして過ごすのだけれど」
「そういえば、歌ったり踊ったりって聞いたけど、そういう方向なんだね」
「うーん……昔は違ったんだけどね」
ちょっと想像していたのとは違うな、と思っていたのだけれど、その疑問はロゼッタとしては難しい気持ちになるものらしく。
食事の手も止まり、ちょっとの嫌な沈黙が食卓に流れる。
「昔はね、焚火を囲って夫婦とか、将来を誓い合った恋人たちが一緒に踊って、それを囲むように周りの人たちが歌って盛り上げていたの」
そういえば、アーシーさんもそんなことを言っていたなあと思いながら、『収穫祭』と呼ばれていたころの流れを思い出してしまう。
ダンスを申し込んで、プロポーズする。
それは、好きな子をお嫁さんにしたい時に必要な事なんだろうけど。
今思い出すことではないはずだと思うようにして、なんとか顔や首が熱くならないようにする。
「でもね、戦争で男の人が皆村を出てしまったから……段々と、参加する人が居なくなってしまったの。女同士で歌ったり踊ったりしても空しいばかりだし、『もしかしたら他の村から若い男性が来るかも』って期待していた人も、年が経つにつれていなくなっていったわ」
確かに、恋を語らいあう為の場だったのだとしたら、語らう相手がいなければ、プロポーズしてくれる相手が居なければ、そんなことをしても意味がないと思ってしまっても仕方ない。
村の繁栄のための、一種の恋愛会場のような場所なのだとしたら、その意味をなくしたお祭りに、果たして参加者は集まるのか。
アーシーさんが変えたという、そして変わった後の奇妙な内容には、深い意味があったという事。
「今のメリウィンはね、そういう、寂しい気持ちになってしまう村の人達が、少しでも楽しめるようにって、アーシーさんが必死になって考えたお祭りなの。エリクから見たら変かもしれないけれど……でも、私は好きだわ」
ロゼッタが朝からハイテンションなのも、納得できる理由がそこにあった。
僕もまた、この奇妙な祭りを、ただ奇妙なだけの祭りとは思えなくなりつつあった。
だってそんな、大事な理由があったのなら、仕方ないじゃあないか。
少しくらい変でも、少しくらい狂ってても、一緒になって狂って見せるくらいの度量は持ちたいじゃあないか。
そう思えてしまうくらいには、僕はもう、この村に愛着があったのだから。
「でも、今年はエリクがいるから……皆、いつもと違うかもね」
「僕がいるから……?」
「うん。メリウィンになった後も、そこまで多くの人は参加してくれなかったの。ミースとかステラは盛り上げるために混ざってくれてたけど、若い人みんなが参加してたわけじゃなくって……だけど、さっき村を見て回ったら、例年よりずっと参加者が多いみたいで驚いたわ」
僕を意識してくれている村の女の人たち。
そういうのが本当にあるのか、まだ僕には実感がわかないけれど。
それでも、祭りを楽しみにしてくれる人が居るのは、そして、この祭りが変わりつつあることは、僕にもわかった気がした。
「ロゼッタも?」
だから、気になったのだ。
ロゼッタもそうなのか。
僕がいるから、楽しみにしてくれているのか。
僕と一緒にいることを、気にしてくれているのか。
知りたかったのだ。
知って……知ってどうしたかったのだろう?
(……あれ?)
本当に僕が知りたかったのは、それなんだろうか?
本当に僕が聞きたいのは、そのことなんだろうか?
一瞬頭にもやがかかったような気がして、それが晴れて。
そして強烈に「ロゼッタが好き」という気持ちが膨れ上がっていく。
意味が解らない。
でも、恋というのはこういうのを指すのだろうか?
こういうものなのだと言われたら、そうなのかと受け入れるしかないのか?
不思議な気持ちになりながら、ロゼッタの返答を待つ。
「~~~~~っ、そ、それは……っ」
急に赤面される。なんだこの、可愛い。
食事中じゃなければ抱きしめてしまいそうな位に可愛かった。
僕史上最高に可愛いロゼッタがそこにいた。
これはもう、返事など聞くまでもないのではないだろうか。
でも、聞きたくなってしまう。なんとしても聞きたい。
「勿論、エリクがいるから楽しみなのよ? いつもはミースやステラと遊んでいたし……ダンスとかは、私には向いてないと思っていたから見てるだけだったけれど……」
「そうなんだ」
それだけだと、僕のことを意識してくれているからなのか、それともいつもの調子で僕と遊びたいだけなのかの区別がつかない気がする。
どうすればいいのか。どうすれば解りやすいのか。
「アーシーさんから聞いたんだ。焚火の前でダンスを申し込むのって、プロポーズと同じ意味なんだって」
「えっ……?」
どうして、と、眼を見開いて固まるロゼッタ。
赤面どころではない。もう、完全に固まっている。
どう答えたらいいか、考えがまとまらないのだろう。
そういう所も可愛い。いや、本当にそうなのか? 勿論、可愛いに決まっている。
本当に? 勿論だとも。なんで僕の中で会話が成立しているんだ? それは勿論、僕の真意だからだ。
つまり、ロゼッタは、可愛い。
「……あはは、そういう意味もあるんだねって、話題のつもりだったんだけど」
固まったままのロゼッタに、助け船。
そのまま会話が進まないのは困るのだ。
僕の中の変な理論に僕が飲み込まれる前に、僕はこの場を離れたかった。
意味が解らない。
混乱しているのはロゼッタなのだろう。
なのに、なんで僕はこんなに混乱しているロゼッタ可愛いロゼッタ可愛いロゼッタ可愛い?
「そうなんだ……うん、そういう事になるわ。だから、もしエリクが……その、そういう相手がいて、ダンスを申し込んで……相手が受け入れたら、お嫁さんになってもいいよっていう意味だと思っていいから、ね」
それはもしかして、ロゼッタの返事なのだろうか?
ロゼッタにプロポーズしたら、受け入れますよっていう答えを、今聞いているようなものなのだろうか?
だとしたら僕はどれだけ意地が悪いんだろうか。
そんな事、女の子の口から言わせるなんて、なんて恥ずかしい奴。
「よくわかったよ。ありがとうロゼッタ」
「う、うん……」
だけれど、そわそわと視線を逸らすロゼッタは、どこか小さくため息をつきながら、残念そうな、寂しそうな顔をしていた。
恥ずかしい、というだけでなくて、何か、諦めのようなものを見せながら。
居心地がちょっと悪くなってしまって、ちょうど食べ終わったのもあって、僕は「ちょっと畑に用事があるから」と、すぐにまた家を出てしまって。
嘘をついてまでロゼッタから離れる必要があったのかと、自分の中の自分に疑念を抱きながら、誰もいないはずの畑へと向かっていた。




