#12.お祈りするたびに増えるパワー
実は、前々からおかしいと思っていた点がある。
教会に行ってお祈りをすることで、女神様からちょっとした恩恵として、その日一日快適に過ごせるようになるのだけれど。
一度、一日に三回教会に行く機会があったので行くたびにお祈りしたら、大幅に仕事が捗ったのだ。
試しに一度祈った後にシスターと会話してまたお祈りをしたら、やっぱり一度お祈りするだけよりも恩恵が大きい。
「エリクさんは記憶を失われる前は敬虔な信徒だったのでしょうね」
シスターはとてもご満悦のようだけれど、僕は多分そんなんじゃないと思う。
だって、祈ることで仕事の効率が大幅アップするなら、誰だって祈るはずだ。
人は利己の生き物だろうから、得られるものがあるなら皆教会に来るだろう。
しかし、三度目まではパワーアップが確認されて、それは翌日に解除されていた。
つまり、一日限定のパワーアップ効果が、教会の女神像にはあると言えるのだろう。
……試しに、何度目までならパワーアップ効果が増すのか確認してみたくなるじゃあないか。
「すみませんシスター。ちょっとどうしても不安なことがあるので、何度もお祈りしてもいいでしょうか?」
ここは神の家。本来嘘なんて許されないことだけど、僕は別に嘘をついてる訳じゃあない。
だってそうだろう。何かの機会に何度もお祈りしたものの、実はその効果は回数限定だったなんてなっていたら、むなしいことこの上ない。
もしそうなったらと思ったら不安で夜も眠れないのだ。
僕はそう思い込むことにした。僕はもしかしたら神様相手にも卑怯な奴なのかもしれない。
「まあまあ、エリクさんは村で唯一の若い男性ですものね。沢山の不安やプレッシャーもあるでしょうから……どうか、お気の済むまでどうぞ」
心配そうに慈愛深い言葉をくれるシスターに「申し訳ないなあ」と思いながらお祈りを始めた。
結果としてみると、このお祈り強化は10回までは許された。
11回目をやろうとした辺りで「エリク君やりすぎ! これ以上やるようなら修正しないと!!」というアリスの声が聞こえたので、きっとこれは無制限にできてしまえるのだろう。
無制限にやってみたい欲にもかられたけれど、修正とやらをされると色々と変化してしまいそうなのでやめておく。
怒られるのは面倒くさいし。後々何かの役に立つかもしれないし。
幸いにしてそこでやめたからか「やめてくれてよかったー」と安心したような声も聞こえたので、それは正解だったのだと思う。
振り向くとニコニコ顔のシスター。
「エリクさん程真摯にお祈りをしていただけたなら、女神様にもきっとお祈りは届くはずですわ」
胸の前でお祈りのポーズをしながらそう保証しくれるシスターに、僕は内心で「届いたのはアリスみたいだけどね」と返しながら「ありがとうございました」と頭を下げた。
「いえいえ♪ それはそうとエリクさん、お茶などいかがですか? 普段お疲れでしょうから、お茶菓子など振る舞えたらと思うのですが」
「いいんですか? ありがとうございます」
いつ来ても好意的に接してくれるシスターだけど、今回は僕が嘘をついたせいで心配してくれたのだろうか。
折角振る舞ってくれるというならそれを断るのは悪いし、と、素直に頂くことにする。
「それではこちらにどうぞ」
ゆったりとした仕草で振り返り、そのまま歩き出す。
僕もそれについていくのだけれど……教会の奥の方というのは入ったことがないので、ちょっとワクワクしてしまっていた。
「あ、あの……お客さん、ですか?」
奥まったところにある狭めの執務室、あるいは客室だろうか。
余計なものがあまり置かれていなくて、テーブルと椅子、それから宗教的なルーンが施された飾りが壁にかかっているだけの、シンプルな部屋だった。
そしてそこにいたのは、かぼちゃ頭の女性……うん、多分女性。
「そうなのです。いつも村でお世話になっている、エリクさんという方ですわ」
「そ、そうなん、ですか。初めまして……」
「あ、どうも……」
正直面食らったけれど、シスターが普通に応対しているので僕だけ動じる訳にも行かず。
けれど気になり、その顔……というか、かぼちゃ頭をじっと見てしまう。
「え……な、なん……なんですか?」
「あ、ごめんなさい。あの……村の人、ですよね?」
「この方――メルさんは、イベントの度にこの村に訪れるゲストのような方で……もうすぐイベントな時期なので、こちらにいらしたんですよ」
村では見ない奇抜ないでたちだったけど、どうやら村人ではないらしい。
とはいえ気になってしまう。
「その、かぼちゃ頭は……?」
「き、気にしないでください」
無理がある。
「メルさんはいつもこういう格好でいらっしゃってますので」
「メリウィンの正装なんです……私が決めました」
あまりに変わったいでたちだったけど、どうやら正装だったらしい。
ダメだ頭がいかれている。
「メリウィンっていうのは……?」
「秋の収穫を祝って豊穣の女神様に感謝を捧げるお祭りですわ。元々は収穫祭という呼び名だったのですが、今の時代に見合った変化が必要とアーシーさんが考えまして」
「それで、企画担当を請け負ったのが、私……なんです」
アーシーさんが絡んでいたのなら仕方ない。
それにしても珍妙な女性だった。
これで首から下も変な格好なら「お祭りに合わせた仮装なんだろうな」と納得も行くけど、首から下はまっとうな村娘ルックだから困る。
「あまり、見ないで……」
またじっと見ていてしまったのだろうか。
困ったようにそわそわし始めるメルに「ごめん」と謝りながら、シスターの方を向くようにする。
話しにくいけどこれなら安心するのか、ほっとしたようなため息が聞こえた。これでいこう。
「どうぞ、簡素なものではありますが……」
「ありがとうございます。頂きます」
教会という事もあって、食べる前にも簡易的なお祈りをして感謝の言葉を述べて、という面倒な事もやるけれど、これがまたシスターにはウケが良かった。
「最近は食事の前にもお祈りを省いてしまう方も多いようですが、エリクさんは本当に解っていらっしゃいますね♪」
……これからはシスターの前では本当にちゃんとやろうと思う。
お祈りも含めて。
「あの、エリクさんって……さっき10回もお祈りした人、ですよね……?」
「え? あ、はい。回数は、数えてないですけど」
突然斜めから話を振られて驚かされる。
今さっきの事だ。この人がいたようには見えなかったけど、どこかで見ていたのだろうか?
「そうですか……あの、加減は、した方がいいです、よ?」
シスターからはこない突っ込みが来た。
かぼちゃ頭の人からされると理不尽感がすごいけど、もしかしたら見た目以外は常識人枠の人だったのかもしれない。
「すみません、どうしても不安が募ってしまって」
「……嘘つき」
ぽそ、と、小さく呟いていた一言がぐさりと来る。
――心を読まれた?
「どうかされたのですか? メルさん?」
「い、いえ! なんでもないです。セリカさんのクッキー美味しいです!」
「そうですか? ならよかったです」
あわててかぼちゃ頭の口の中にクッキーを放り込んでゆくメル。
ぼりぼりと中から聞こえてくる中、「いたっ」とそれが止まり、かぼちゃ頭の目から涙がこぼれる。
「口の中噛んじゃった……」
とんだうっかりさんだった。
でも、ただの怪しい人というよりはコミカルな印象も感じるから、悪い人ではないのだろう。
僕もお茶を濁す意味もかねて、出されたクッキーをつまむ。
嫌いではない、素朴な味がした。
「メリウィンって、いつくらいからやるんですか?」
そのままでは居心地も悪いので、自分から話題を提供してみる。
幸いにして空気はすぐに変わり、「それはですね」とうきうき顔でシスターが説明を始めてくれた。
「秋になって、かぼちゃが沢山収穫できてから、アーシーさんが開催日を決めるのです。ちらほら、栽培している農家の方からかぼちゃの納品が始まっているようですから、月末くらいでしょうか」
「かぼちゃが……そういえば、種でありましたね」
一週間くらい前にシスカが売りに出していたのを見たけど、わざわざ別の作物を作る必要もないかなと、その時はターニットを選んだのだ。
今朝がたそれも収穫が終わったところだけれど。
「メリウィンでは、村の方皆がメルさんのようにかぼちゃ頭をかぶって、豊穣の女神様へお祈りを捧げるのですよ」
何だろうその奇祭は。
光景を想像するに恐ろしすぎる。
「流行の最先端です」
メルは「むふー」と自慢げだけど、そんな流行捨ててしまってほしい。
「そして、くりぬいたかぼちゃの中身などを使ったお菓子やスイーツを食べるのです♪」
これがとても美味しくて、と、シスターはほくほく顔だった。
そういえばシスターはクッキーを食べる速度がやたら早い気がする。
僕はまだ一枚、メルもさっきから手がついてないけど、シスターは合間合間に高速で食べている。
……お腹が空いていたのだろうか?
「僕はそちらの方が興味があるかな」
「うふふ、男の子ですね。きっとロゼッタさんも張り切って作ってくださるでしょうから、当日を楽しみにしていていいと思いますよ。勿論収穫祭ですから、夜には広場で焚火を焚いて、それを中心に歌ったり踊ったりするのです♪」
とっても楽しいですわ、と、思い出すように眼を瞑りながら語るシスターを見ると、奇祭ではあっても悪いものではないのだろう、と思えてしまうから不思議だ。
「その時も、かぼちゃ頭なんですか?」
「いいえ? 流石にそれでは息苦しいですから、任意ではありますが大体陽が沈むころには皆外していますね」
「私は好きで毎日つけていますが……」
メルの意見は無視して「そうですか」と安心する。
一日じゃないならまあ、かぼちゃ頭も我慢できるかもしれない。
「エリクさんも、日頃の疲れをいやすためにも是非ご参加くださいね。メリウィンで供されるお菓子や料理には、様々な疲労を癒し、心をリフレッシュする効果もありますから」
「ありがとうございます。前向きに参加してみたいと思います」
奇妙ではあるだろうけれど。
それでも、今は僕はこの村の男なんだから。
どんな祭りでもどんとこいの精神で挑むことにした。
その後も少しの間シスターとメルの話を聞いてはいたものの、メルが「お兄ちゃんが呼んでいるので」と席を立ったので、僕もこれを頃合いと見計らっておいとますることにした。
そして、畑である。
「……よし、やるか」
教会から寄り道し、広場で片づけを始めようとしていたシスカに頼んでかぼちゃの種を売ってもらい。
陽が沈む前の一番赤い空を背に、僕は農作業を始めた。
超絶パワーアップの恩恵はすさまじく、普段なら真っ暗になっていたであろう作業が、沈み切る前には終わっていたのだから驚きだ。
「これからは真面目にお祈りしよう」
胸に固く誓った瞬間だった。




