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アイアムバグゲープレイヤー!!  作者: 海蛇
一章.チュートリアル
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#2.本と夢とロゼッタと

 それから少しすると外は段々と赤に染まっていき、それと共にロゼッタは「用があるから」と家を出て行った。

留守の家を素性の知れない男に任せて出て行ってしまうのは、それだけ純朴だからなのだろうか。

記憶に無いことながら、なんとなく、ああいうタイプの女の子は初めてな気がして、話すのも顔を見るのもちょっとだけ照れくさい。

だけど、どうやら僕はしばらくの間、ここで世話になるしかないらしかった。

ベッドの上で足を曲げてみる。痛みは特に無い。

水だけ飲んだ後ではまともに立つ事すらできなかったけれど、今はこの足にいくらか負担が掛かっても支えてくれそうだ。

やはり、食事というのは大切なんだと思う。


「……とりあえず、本でも読もうかな」

手持ち無沙汰だった。一人きりだとこうまで退屈なのかと驚かされる。時間の流れがとにかく遅かったのだ。

外はもう陽が落ちきっていたけれど、外にかがり火か何かがあるのか、ぼんやりとした明かりのおかげでそこまで暗くはならない。

のんびりと、手元の本を開いていく。



『ターニット農家のススメ ミリアルド=スレイン=トーパー』


 ターニット――それは全てに勝る最高の野菜です。

世界中を探してもこれほど美しく、可愛らしく、神秘的な作物は存在しません。私は大好きです。

何故ターニットがすばらしいかと言いますと、まず他には無いそのまんまるな形状。

まるで雪のような白さ。かじると染み出る甘い汁。お腹が空いてきます。

ここでは、ターニット農家となる貴方のために、私と農場の共同経営者の方が長年積み上げたノウハウを伝授する為に――



「長いな」

前置きは飛ばすことにした。正直、回りくどいのはあんまり好きじゃない。

本自体があんまり好きじゃないのもあるのだけれど。



 では実際に、一度荒れ果ててしまった畑をモデルケースとして、これを立派なターニット畑に作り変えていきましょう。

まず、土はそのままでは堅く、土壌(どじょう)の中の空気が少ないため作物の根付きが悪い、という事を覚えて置いて下さい。

このため、種を()く前段階として、一度クワで土を耕し、可能なら土壌に養分を与えてくれる『グリーンストーン』を粉末状に砕き、撒いてください。

これによって蒔かれた種が芽を出した後も深く強く根を張り、少々の風や雨で折角の作物が台無しに、という悲劇が避けられるようになります。

雑草等の土地の栄養を吸い付くす植物の存在にも注意が必要です。見つけ次第摘み取り枯らせましょう。

土を耕すことは、これらが野放図に増殖していくのを防ぐのにも効果的なのです。


 同時に、長年放置された畑には、嵐や洪水などで岩や材木などが流れ着き、大量に積みあがる事もあります。

これでは折角の畑も台無しです。ですがご安心ください。

斧とハンマーがあれば大体の障害は片付きます。作物泥棒も片付きます。

私はあまり力仕事が得意ではないのですが、共同経営者の方はハンマーでドラゴンくらいまでなら余裕で倒せるらしいです。

強いですね、ハンマー。お勧めです。

そんな訳で便利です。がんばってかち割りましょう。ばきばきと。

油分の多い木材は形を整えて薪木(まきぎ)として使うととても経済的です。

一見邪魔者にしか思えない岩も加工すれば武器の材料になったり、畑や家屋の補強材として有用です。

嵐の後の悲劇にもへこたれない、転んでもただでは済まさない強さを持ちましょう。自然界は弱肉強食なのです。


 邪魔なものを排除し、畑を綺麗に耕し終えたら、クワで土地を()き込んでウネを作り、その上に拳大の小さな穴を手で掘って、そこに種を蒔きます。

グリーンストーンを撒くタイミングはこちらでもオッケーです。

種の近くに直接撒いた方が養分が集中する分、作物自体の育ちは早くなります。

穴を埋めて、水を撒いたら第一段階は完了。

この水をあげる、という作業はほとんどの作物に対して重要なものですので、芽が出るまで、そして出てからも毎日、収穫するその時まで忘れずに行いましょう。


 第二段階は、ひたすら祈ります。愛をもって祈ってください。

きっとターニットは貴方の想いとお水と土地の栄養ですくすくと育つはずです。

ターニットは非常に生育が早く、グリーンストーンを活用すれば大体一週間もすれば食べるのに適したサイズにまで成長します。

また、珍しい品種ですが赤いターニットは三日ほどで成長しきるため、とても経済的です。

ですが、観賞用として愛でたりベッドで抱きしめながら寝るためにはもう少し大きく育てる必要があります。一月は寝かせましょう。

その間、勿論水は毎日あげてください。愛を惜しまないでください。きっと届きますから!


 実際に収穫する際に、注意が二つほど。

一つ目は、土から離れたターニットはあまり日持ちしないという事。

大体二週間くらいで品質が劣化しはじめ、三週間ほどで腐り始めます。

自分で食べる際には涼しい場所で保管するか、食べる直前まで収穫しないほうがいいかもしれません。

収穫しなければ一月~二月は持ちますので、長持ちさせたければこちらがお勧めです。

二つ目は、収穫を終えた後の土は、そのままでは作物を育てる事は出来ない、という事。

ターニットは根菜(こんさい)です。

根菜には、土地の栄養を著しく消耗させてしまうという難点があります。

このため、いくら早く育つからとターニットばかりを同じ畑で作り続けると、見る見るうちに土地がやせ細ってしまいます。

これを防ぐため、最低でも収穫してから三日間は土地を休ませてあげてください。

そしてその間にグリーンストーンを撒いて土地の活力を回復させましょう。

土地はまた元気になり、たくさんのターニットを育ててくれます。

ターニットを育てるのは貴方自身だけでなく、土地の力、土の元気が必要、という事を忘れないでください。

貴方一人で成り立つ農業なんてどこにもありません。

土地も、貴方も、皆が幸せになれる農業を目指しましょう。

レッツトライ!



「……農業かあ」

ターニットがどんな植物かは知らないけど、著者のターニット愛が凄まじいものだというのはなんとなく伝わってくる。

育つのが早いというなら、手っ取り早く食べ物を作るのに向いてるのかもしれない。


 そういえば、と、なんとなしに窓の外を見る。

ここからでは見えないが、この家の前には畑があるらしい。

僕が倒れていたという畑。

ロゼッタ曰く「うちの畑には雑草と岩くらいしか生えてない」らしいが、そうだとしたら畑は荒れたまま、という事なのだろうか。

なんとなしに世話になったままというのも悪い気がするし、動けるようになったら、何かしらお礼の一つもしなければいけないと思っていた。

ロゼッタがどう反応するか解らないけど、その辺りも含めて、明日はもっとロゼッタと話したいなあ、なんて思いながら。

段々と(まぶた)が重くなっていくのを感じて、そのままウトウトとして――




――そこは、何処だろうか。

見覚えのある場所。見覚えのある赤い光景。倒れて、やがて青白く、そして黒くなっていく人達。

どこかで誰かが叫ぶ。どこかで誰かが倒れる。どこかで誰かが……そんなのが当たり前の世界。

そんな中、僕はというと、のんきに食事をとっていた。とても質素なものだ。

携帯食料を鍋に放り込んで煮込んだだけのモノ。

味も素っ気も無い。ただ食べた気になれるだけのものだった。


「作物ってのはな、ただ畑に種を蒔きゃそれで育つってもんじゃねぇんだ。それだけじゃ、大して育たねぇ。大地の力を強めてくれる、グリーンストーンがなきゃな」


 僕の対面に座っている顎髭(あごひげ)の男が、鉄のカップの中に入った携帯食料を(すす)りながら、愉しげに語っていた。

「いいか坊主、これだ。こいつがグリーンストーンだ。俺の故郷なんかじゃ洞窟でいくらでも()れたもんだが、街で手に入れようとするとそうもいかねぇ。こないだの戦利品でようやく手に入れたのが、こいつ一つきりだ」

胸元の緑の……見覚えのあるペンダントを見せながら、男は僕の反応を見るように話を続ける。

「だが、こいつが土地を蘇らせる。死んでた土地だって見る見るうちにな。だから、こいつは俺達畑の民には護り石みたいなもんなんだ」

僕は、何も答えない。カップの中の食料をなんにも感じずに飲み込みながら、ただその男の顔を見ているだけだった。

「お前みたいな坊主が、いつまでもこんなところにいるもんじゃねぇ。これが終わったら、報奨金で畑の一つも買ってよ。田舎で静かに暮らせよ」

そっちの方がずっと幸せだぜ、と、男は笑う。

僕はどうしたら良いのかわからず、曖昧な表情のまま、男の胸のペンダントを見ていた。




「ん――ゆ、め……? はぁ」

そんな光景が、眼の裏に焼きつく目覚めだった。

なんとも不思議な気分で、ため息が出てしまう。

しばしぼーっとしてから、その光景を思い出しながら頭の中で整理していく。

今見た夢は、きっと僕の忘れていた過去に関係する夢なんだと思う。

僕のことを『坊主』と呼んだ男は一体誰だったのだろう?

あの、妙に血なまぐさい場所はどこだったのだろう?

何故僕はそんな場所にいて、あの男と一緒に食事なんてとっていたのだろう?

そして何より、あの男が持っていた緑の石のペンダント。

多分グリーンストーンだと思うけれど、何故僕はそれと同じものを持っているのだろう、という疑問。

夢の中の僕はそんなものは持っていなかったのに。

多方面で謎が多い。夢一つで、たくさんの疑問に気づいてしまった。

どうしたらそれが解決するのかも解らない。

ただ、なんとなく気になってしまい、胸元のペンダントを手に取る。

緑に輝く綺麗な石。昨日とも、そして夢の中とも変わらない。

昨日気づいた時は宝石か何かかと思ったけれど、これは農業に使われる『畑の民の護り石』なのだという。

だとしたら、これは使う為にあるんだと思う。グリーンストーンとして。



 窓の外を見れば、昨日とは違う柔らかな陽射し。

開かれたままの本が、僕のおなかの上に乗っかっていた。

どうやら本を読んだまま眠ってしまったらしい。

「んん……」

上身を起こして背伸びする。

心なし、昨日よりも体が軽くなっている気がした。


 もしかしたら、なんて思いながら、勇気を出してベッドから降りようと試みる。

足を床に付け、ゆっくりと膝に、腿に、足首に力を込めて――腰を上げた。

「お、おお……」

やはりバランスは崩れそうになる。

だけど、昨日と比べて大分踏ん張りが利く。これならなんとか歩けそうだった。



「おはよう――もう、立ち上がって大丈夫なの?」

心地よい朝陽に癒されていると、ロゼッタが挨拶と共に部屋へと入ってくる。

手には黒いパンと、スープの入ったボウルが乗ったトレー。

「うん。なんとか。ご飯を食べて一晩寝たら、大分力が戻ってきたみたい」

まだ普通に歩くには力が足りず、腿がプルプルと震える。

僕はぱたん、と、ベッドに座り込み、ロゼッタを見た。

「あの後、急いで帰って夕食を用意しようと思ったんだけど、エリク、よほど疲れてたのね」

トレーをテーブルに置きながら、「はい」と、スープの入ったボウルを渡してくれる。

「ありがとう。その、ごめん。本を読んでいたら、眠ってしまったみたいなんだ」

布団の上に置いたままだった本をロゼッタに渡しながらボウルを受け取る。

「早速読んでくれたのね。嬉しい」

眼をキラキラ輝かせながら微笑むロゼッタ。

本の表紙を見たりぱらぱらめくりながら、「うんうん」と何かに納得したように頷いていた。

「エリクは農業に興味があるのね。それとも、ターニットが好きなのかしら? ふふっ」

なにやら楽しそうだった。なんとなく読んだだけだなんてとてもじゃないが言える雰囲気じゃない。黙っていようと思う。



「ターニット、うちの畑でも昔は作ってたんだけどね。収穫までが早いし、資材が揃えば結構お手軽に作れるの」

誰でも作れるのが魅力の作物なんですよ、と、パンを手渡しながら続けるロゼッタ。

「僕は知らないんだけど、結構どこででも作ってる作物なの?」

スープを一口。ポテトのポタージュだろうか。ざらりとした食感が心地良い。

「んー、そうでもないみたい。この辺りなら、自前でパン粉を用意したいからって麦を作ってる家の方が多いかな……うちは、お父さんがターニット好きだったから」

すっごく大きくなるの、と、手の平を合わせながら丸を作る。

どうやらこれがターニットの形らしい。

「今は作ってないの? その、昨日は畑に雑草と岩しか生えてないって言ってたけど……」

「うん。作ってないわ。というか、私一人じゃ雑草が増えないようにちまちま抜いていくくらいしか出来なくって。とてもじゃないけど、再生するのが無理な状態」

女の子一人じゃ無理です、と、苦笑い。

「……」

それがどこか寂しそうにも見えて、なんとなく黙ってしまう。

「……」

釣られてか、ロゼッタも黙り込んでしまう。

ちょっとだけ重い空気が流れてしまった気がする。どうしたらこれを元に戻せるのか。


 少し困った後、とりあえずスープを口に運んだ。

ポテトの独特の風味、塩気、それから胡椒(こしょう)のピリリと来る刺激がたまらない。

「これ、すごく美味しいね」

きっとこれが糸口だと思いながら、スープの味を褒める。

「あら、そう? ポテトは滋養(じよう)に良いから、ちょっと奮発(ふんぱつ)しちゃったの。がんばった甲斐があったかな。ふふっ」

ロゼッタは笑ってくれた。良かった。

女の子となんてどう接したら良いか解らないから、こういう時には本当に困ってしまう。

慣れが必要なのかもしれない。



「さっき、なんとか立ち上がれたから、すぐに歩けるようになると思うんだ」

ちょっと堅いパンをスープに浸して柔らかくしながら口に運ぶ。

これはこれで中々美味しい。もしかして、ロゼッタの料理なら何でも美味しいのではないかと思えてしまう。

「良かったわ。記憶がないの以外は、そんなに大変な状態じゃないみたいで……この村にはお医者様もいないから、それだけが心配で」

ほっと胸をなでおろしてくれる。こんな僕の事を気にしてくれてるのだ。嬉しくて顔が熱くなる。

「ありがとう」

お礼を言いながら、でも、歩けるようになったあとの事にも、少し思考をめぐらせていく。


 僕は今、ロゼッタの家でお世話になってる。

けれど、回復して歩けるようになれば、いつまでもロゼッタのお世話になりつづける訳には行かないだろう。

それに、お世話になったお礼もしたい。

生憎とお金になりそうなものは手元には……そういえば、僕はそういう荷物とかは持っていなかったのだろうか?

昨日は色々あって聞き忘れてしまったけれど、もしかしたら何かあるんじゃ。

なんとなくそう思い、ロゼッタの顔を見る。


「……?」

ロゼッタは、不思議そうにこちらを見ていた。

パンを片手に、急に考え込んでいたのだ。奇妙な光景に見えていたのかもしれない。

「ねえロゼッタ。その、僕が倒れてた時って、何か荷物みたいなのはなかったのかな。その、袋とか、着替えとか……」

僕がどういう経緯でこの村に来たのかはまだ解らないけれど、街から馬車で三日の村に何の用意もなしに来るとは思えない。

気になるところもあるし、素直にロゼッタに聞くことにしたのだ。

「荷物……? うん、肩掛けサックが近くに落ちてたから一緒に持ってきちゃったけど……見てみる?」

「頼むよ。もしかしたら、それで何か解るかもしれないし」

「持ってくるわ」

待っててね、と、小さく頷きながら部屋から出て行き、すぐに戻ってくる。


「はい、これ」

胸には麻のサック。やや大きめだけどかなりくたびれていて、汚い。

「ありがとう。ちょっと見てみるね」

とりあえず食べかけのスープとパンはテーブルに戻して、サックを受け取る。

女の子が抱えられる程度の重さしかない時点でそんなに大した物は入ってない気もしたけど、さかさまにしてその中身を全部取り出す。

ベッドの上に転がり落ちた中身は、ナイフが一本、薄めの毛布が一枚、作業用のグローブが一組、鉄で出来たカップが一つ、それから小型の鉄鍋が一つ、燃料が収まった携帯カンテラが一つ。

替えの服すら入っていない。金貨袋らしいものは入っていたけれど、小さめの1ゴールド金貨が十枚ばかり入ってたくらい。

「……10ゴールドじゃ、パン一個買うのがやっとだね」

「うん……自分でもまさかここまでなんにもないとは思わなかった……」

目の前の視界がちょっとブレた気がした。ロゼッタがプルプル揺れてるように見える。

これはもしや、本当に作物泥棒に入ろうとして行き倒れてたパターンなんじゃ、と、ちょっと悲しくなる。


「でも、カップと鍋はすごいと思う。へこんじゃってるけど、鉄製なんて初めてみたかも」

ロゼッタはというと、鍋とカップを好奇心ありありでさわったりしている。

でこぼこになっちゃってるけど、ロゼッタにしてみればあまり見ないものなのかもしれない。

「今度からは、これにスープとか入れようか?」

上目遣いでの提案。だけど、僕は首を横に振っていた。

「ううん。木のボウルの方が良いよ。今の僕には、そっちの方が慣れてるし」

ひんやりとした鉄の感触は、なんとなく好きになれなかった。

温かな感触がする木材の方が、家庭の味が楽しめる気がするのもある。

「そっか……ねえ、何か、思い出せそう?」

「ううん、残念だけど、自分に何にもないっていうのが解っただけかな……」

少なくとも手持ちの金銭や物資で助けてもらったお礼をする、という方向が無理なのは良く解ってしまった。虚しい。


「それからね、これ……エリクが履いてたブーツ。ボロボロになってたから、職人さんの手が空く夕方に行って直してもらってたんだけど……」

また部屋の外に出て、すぐにブーツを手に戻ってきたロゼッタ。

サックと違ってかなり綺麗で、表面は光沢が見えた。

「これを、僕が……?」

「うん。普通のブーツなら買いなおしたほうが安いと思ったんだけど、色んなところに鉄の細工が入ってるし、高いものなのかなって思ったから……」

差し出されたブーツは、なるほど、確かに手の込んだ品のようだった。

靴底は補強されていて、弾力のあるゴムが塗られている。

靴先には鉄が打たれていて、かなり頑丈。手でたたくとコンコンといい音が鳴った。

紐止めも鉄細工で、これを使って締め付けるので紐だけの物と比べてかなり足のサイズに合わせやすくなってるんだと思う。

いや、それだけじゃないかもしれない。旅用のブーツ。あるいは長期間歩く為に必要なものなのかもしれない。

靴底は今でこそとても綺麗に仕上がっているけれど、ここが綺麗になっているという事は、きっと元はボロボロになっていたに違いない。

かなりの距離を歩いたのかもしれない。もしかして、僕は旅人か何かだったのだろうか?


 疑問は置いておいて、ロゼッタの顔を見る。

機嫌よさげにニコニコと笑っていたが、もしかして夕方に用事があると言っていたのはこの為だったのだろうか。

「その、この靴、直してもらうのにもお金が掛かったんだよね……?」

お礼をするつもりが、逆にお金まで使わせてしまったとあっては、いよいよ申し訳ない。

直してもらえたのはありがたいけれど、ただ喜ぶ訳にも行かないのだ。

「ちょっとだけね。だけど気にしないで。靴が直らないと外にも出られないだろうし――」

ロゼッタは昨日、生活にはそんなに困っていないと言っていたけれど。

でも、ここまで色々としてもらって、そのままなのは悪い気がしてしまう。


「ありがとうロゼッタ。僕、頑張って歩けるようになるから」

負い目を感じているのは表に出さないように、頬を引き締めて笑って見せる。ちょっとはまともな顔になってるはずだ。

今、僕に出来ることは、ロゼッタの好意を素直に受け入れて、一刻も早く満足に動けるようになる事。

そうして初めて、お礼をする為に何かをする事ができるのだ。

まずは……そう、おなかにもっと食べ物を入れないといけない。

(沢山食べて、栄養つけなきゃ。動けるようになったら、いろんなことが出来るようになるんだ。その中で、ロゼッタの為になる事を考えよう)

僕はテーブルに置いたトレーを引っ張って、堅いままのパンを頬張った。


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